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私の見た映画・美術・

映画・美術・イタリア旅行の紀行文の紹介です。

『2018年映画』「いとの森の家」(原作、東直子、演出、木寺一孝、出演、永作博美、樹木希林10/7

『2018年映画』「いとの森の家」(福岡発地域ドラマ9/30・原作=東直子、脚本=坂口理子、演出=木寺一孝、音楽=三柴恵、10/7
                    出演、永作博美、渡辺真紀子、樹木希林、

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① 糸島の想い出
東京で主婦として過ごしている加奈子(永作博美)に、福岡県糸島の咲子(渡辺真紀子)からぜひこちらに来て欲しいという手紙が届いた。糸島は彼女が小学4年の時、一年間過ごした。大の親友になった咲子と、糸島は時を忘れて飛び回った懐かしいところ。生と死が交差する不思議な自然に夢中になった思い出がある。

35年前東京から転校してきた加奈子(濱田ここね)にとって糸島の自然は珍しいものだった。たくさんの蛙の死骸、オケラを使った奇妙な遊び。加奈子は35年ぶりに再会した咲子(戸高花暖)と共に、想い出の場所・記憶の世界に浸るのだった。弥生時代の歴史を持つ「伊都」の森、二見ヶ浦の海辺、糸島は子どもたちにとって自然の王国だった。

糸島を散策していた加奈子が、バス停で遺骨を持ったおハルさんを見て「アッ!」と驚く。いや、違った。知らないお婆さんだった、、、おハルさん(樹木希林)の幻影が浮かんでくる。
 
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② 森の中に住むおハルさん
35年前、加奈子は妹と家の近所の森を散歩していた時、森の中に不思議な家を発見した。ふとしたことで足を擦りむいた。家の中からお婆さんが出てきて傷の手当てをしてくれた。それが「おハルさん」だった。家の前にシナモンの木があって、小枝を噛むと甘い味がする。それを教えてくれたのもおハルさんだった。森の中の一軒屋に一人で住んでいるおハルさん、死刑囚と交流していると噂があって、村人からは「死刑囚に関わらんがええ」と避けられていた。加奈子はおハルさんがどうして死刑囚に会いに行くんだろ?と思った。

子どもたちが書道の先生(中村蒼)に連れられていた時、遺骨を抱えたおハルさんが帰って来るのに出会った。先生が「今日だったんですか」。
おハルさんは言う。「この方はね、何度もお手紙を交わす内に、心を開いて下さいました。今日はね、処刑の前の最後の面会日。家族の方は誰もいませんでした。自分の骨をどうか持って帰ってくれと頼まれました。知らない人をこの村に入れることを嫌だと思われる方もおられると思いますが、どうか、どうか、私の勝手を御許し下さい。」
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➂ おハルさんはどうして死刑囚の人を慰問するのか?
加奈子と咲子は35年前に、おハルさんを訪ねていろいろと話した。
「どうして死ぬと悲しいのかな」「もう会えないから」「おハルさんが持っていたお骨の人も悲しい人がいたのかな」
「おハルさんはどうして死刑囚を訪ねて行ったのですか?」「私が行くとあの人たちは嬉しがってくれるから。だから、こうやって毎日お祈りさしてもらっている」

 そして次の俳句を見せた。
(或る死刑囚の俳句)
* 春暁の足をふんばり見送りぬ
* 全身を口にして受く春の雪 (春が来る喜びを全身で受けようとしている)
* 一匹のアリの自由をみてあかず (アリの自由と己の不自由の対比)
* 風鈴やほんとのことがいえなくて (風に吹かれて色んなことを言っているが何も言えない自分)
* 布団たたみ 雑巾しぼり 別れとす (身の回りを整えて、処刑に向かう)
* 水ぬるむ 落としきれない 手の汚れ (マクベス夫人の手のように、罪は消えない)
* 冬晴れの 天よ つかまるものもなし (天につかまるものも、何も無い。絶対的孤独

加奈「言葉だけが残るって、何か悲しい」
咲 「でもちょっと分かる気がする」
加奈「死刑囚の人はしたことで死ぬしかない。だけど、生きたいと思うのじゃないかな」
咲「自分が生きていたことを残すために俳句を作るのかな」
加奈「おハルさんは、つかまるものを無くした人に、つかまるものを残したんじゃないかな」

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➃ 咲子の告白
親友の咲子は長年の夢であった「カフェ」を実現していた。一日中糸島の思い出の場所を歩き回って、夜咲子のカフェで二人は話した。
<加奈>「人生の終わりの時間に、おハルさんは何故死刑囚の慰問なんかしていたのだろうか?普通だったら終わりまでの時間をゆっくり過ごすじゃない」
<咲>「加奈ちゃんだったら、あの頃の時間を取り戻して生きる力に出来るかと思った。でも、やっぱりおハルさんに行きついてしまうとよ。私、あんまり時間がないかも知れん。今の私は、おハルさんが訪ねた人と同じじゃけん。」
<加奈>「えっ!」
(咲子は余命が限られた病に罹っていることを告白。それで昔の親友を呼び寄せた。咲子に
とって、余命をどう受けとめるべきか?死をどう受けとめるべきか?と同時に、わが人生は
何だったのか?加奈子に重い課題をぶっける。
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

<加奈>「おハルさんの家に行ってみない。あの頃のおハルさんをたどったら、今の咲ちゃんの必要なことが分かるんじゃないかな。」
<咲>「ハルさんの家、もう無いの。あれっきり、姿、消しちゃった。」

(加奈子たちの卒業式の日、ハルさんから学校に出られないという電話が入った)
   「自殺したんじゃないかな、あまり死に近づき過ぎたために。私おハルさん好きだっため、本当のこと知るのが怖いとよ、あんなに命のこととか、生きるってどういうことかを教えてくれたのに、、、正直、今の私にはきついよ。
<加奈>「おハルさんが自殺するはずないよ。私、行ってみる。」

 翌日、加奈子はおハルさんの家を訪ねた。前の橋は朽ちて苔が生えていた。橋の向こうにあった家は跡形もなく消えて、深い森が続いていた。35年の歳月を語っていた。
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⑤ おハルさんを訪ねて
  「篠山ハル」を加奈子は市役所に行き調べ始めた。地元の新聞社、新聞社の先輩、ある
ホスピスの院長(品川徹)に会う。おハルさんは自殺ではなかった。院長から「ここへ移っ
て半年で亡くなった。持っている死刑囚の遺骨を一緒に埋葬して欲しいとお願いされた。
そして収容所で作った工作品を遺品だと加奈子に渡された。院長は言う。
「実は戦時中、アメリカの日系移民の強制収容所にいた。過酷な目にあった。でも、おハル
さんが体験した過酷な体験はそんなものではなかった」
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<ハルさんの告白>
私が親のように慕っていたご夫婦が、息子さんを米兵(国籍が米国となっていた)として
出兵させた。日本に味方していた人たちは、ご夫婦を「アメリカの犬」と蔑み酷い仕打ちをしました。勿論私もひどい仕打ちをしましたね。墓穴を掘って「日本への反逆者」という木を立てました。過激な人から暴力を振るわれて、或る日、自ら命を絶ってしまった。
 戦争が終わって、私は自分がやったことが怖ろしくなって、逃げるように日本に帰って来たんです。梁に縄を掛けて、首を吊っている姿が忘れられなかった。私は人を殺したのも同然です。私が死刑囚の人へ訪問するのは罪滅ぼしのためです。

<死刑囚の人に何故手紙を書くか?>
何を書くかといえば、読んだ本のこととか、料理のこととか、窓から見える景色のこととか、他愛のないことよ。死刑囚の人は、何時“その日”が来るか分からないから、普通の毎日が――毎日が格別の日なの。だから、いつ終わるかもしれない普通の日の、普通のできごとを書くの。あの人たちも、書きたくてたまらないみたいよ。同時にね、読みたいみたい。誰かの、なんでもない日の、なんでもないできごとを。自分も、この人たちも、今は確かに生きてるんだって、確かめたいのね。
私は、たくさんの人が踏みつけていった雪の上を、さらに踏みつけて歩いたの。残酷なところもいっぱいあるの。残酷な時代でしたからね。踏みつけてきたのよ。たくさんの命や、心を。死んでいく人を、黙って見ていただけのこともあるし。黙って立ち去ったこともあるわ。自分が生きていくのに精一杯だった。
たくさんの命と心を踏みつけにしてきたのよ。踏みつけにしてきたから、手紙を書くことで罪滅ぼしをしているのよ。

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  1. 2018/10/08(月) 14:34:38|
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