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映画・美術・イタリア旅行の紀行文の紹介です。

『美術/音楽/舞台/読書』「パンソリ<沈清歌><東学農民革命>」8/3

美術/音楽/舞台/読書』「パンソリ<沈清歌>・映画<東学農民革命>前田憲二監督」
              成美教育文化会館(西武池袋線・東久留米) 8/5           

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炎天下、駅から会場への道程も汗ダクダク!こんな日に!と後悔のグチを幾度飛ばしたことか!ところが5時間の長公演を終わって、私は感動に包まれていた。素晴らしいパンソリ!前田憲二さんの映画「東学農民革命」、4~6世紀東アジア(日本・朝鮮・中国)の歴史情勢論、18世紀の朝鮮史、興味を誘うお話でした。

<プログラム>
13;30 映画「東学農民革命」上映

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15:30 休憩
15:40 講演 前田憲二「日本とは」
16:20 パンソリと韓国民謡
  「沈清歌」パンソリ・金美貞(全羅北道国楽院、パンソリ教授。各賞に輝く。)歌・尹孝珍  鼓手・張仁善

(金美貞夫人)   
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 宋代、「沈清」という娘が、失明して没落した父の養生をしていた。父の目が開くならば、と身を売って人身御供になるが、天帝の命により人間の世界に戻される。あまりの美しさに皇后となった沈清は、全国の盲人を都に集めた。ついに沈清と盲目の沈鶴九の再会するのであった。
   *パンソリの名曲―全編8時間に及ぶ大曲。ポイントの場面を勢力的に歌い語った。
    歌い手・金(キム)美(ミ)貞(ジョン)は各大会の賞に輝く実績を持つベテラン。本格的なパンソリ公演に感動!感情起伏の深さの表現に素晴らしいものがあった。金さんの娘尹(ユン)孝(ヒョ)珍(ジン)は若いエネルギーを噴き出すような歌い方をする。単純だがその破壊力が凄い。
18:00 終演

* パンソリは、唱い手が太鼓を叩く鼓手と二人で表現する芸能である。唄い手は物語を一人で演唱し、鼓手は太鼓を叩いて伴奏又は合いの手を入れる。唄い手は物語を語る以外に、笑い声・泣き声・ため息、様々な情念や恨を声楽として表現する。又、人間だけでなく、鳥の声や風の音などの自然界の音響全てを表現する。それに本来、聞き手の観客の合いの手や囃子声が舞台を構成する第三者なのだろう。
民衆の感情や恨を代弁する演唱芸能として、17世紀の中頃から朝鮮で急速に広がった。
現在残っている台本は「春香歌」「沈清歌」「赤壁歌」「水宮歌」「興甫歌」5篇。

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* パンソリは1994公開(韓国は93年公開)の、映画「風の丘を越えて」から火がついた。韓国では100万人以上の動員、パンソリだけでなく韓国の伝統芸能に対するブームを起こした。パンソリの独特な曲と唄い手の腹の底を突き破るような声は一度聞いたら、魔力から逃れられないと思われた。映画ではパンソリの奥底にある「恨(はん)」(漢字の「恨(うら)み」ではない。)を極めるために壮絶な旅をする親娘が描かれていた。パンソリにとって必要不可欠な恨を娘に芽生えさせるために、彼女の視力を奪って身体的な苦痛を刻み込もうという壮絶なシーンがある。義父の心を察した娘は喜んで応じようとする。

* 「恨(はん)」とは何か?解説することは難しい。漢字の「恨(うら)み」ではない。相手に対する多様な感情を含み、相手に約束を果たせなかったことから生まれる自責の念も恨と捉えるという。鬱積してしこりとなった恨が一気に解き放たれるため、猛烈なカタルシスが発生する。恨とは、そのように人の心の奥底に沈殿し、しこりとなり、一気に解き放たれるカタルシスをいう。映画の場合、親と娘は深い愛情と哀れみで結ばれているため恨は発生しないという。長い間離れ場馴れになっていた姉と弟が再会するラストシーンで、二人の間にあった心のしこりが一気に解き放たれるために、猛烈なカタルシスとしての恨が発生するという。



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  1. 2018/08/05(日) 15:08:43|
  2. 美術/ 音楽/舞台/読書
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