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私の見た映画・美術・

映画・美術・イタリア旅行の紀行文の紹介です。

『2018年映画「マルクス・エンゲルス」(ラウル・ペック監督、仏・独制作)5/11

『2018年映画』「マルクス・エンゲルス」(ラウル・ペック監督、仏・独・ベル製作)5/11
                マルクス(A・ディール)エンゲルス(S・コナルスケ)
                妻イェニー(V・クリープス)プルードン(オ・グルメ)

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私の青春時代、マルクス・エンゲルスは神様だった。多くの若者の心を引き付け支配した。共産主義運動はロシア革命を生み、多くの社会主義国を誕生させた。しかし、それはマルクスたちが思い描いた、真に階級も搾取もない社会だったろうか?真の自由と人間的な喜びにあふれる世界だったろうか?(当時、階級も搾取の無い社会が遠くにあり得ると思っていた)
戦後70余年の現在、いろいろな現実を見てきた。総力戦としての太平洋戦争と多くの犠牲、敗戦による価値観の崩壊、貧困の中の民主主義、ナチスの大量虐殺(アウシュヴィッツ強制収容所)、スターリン主義の強制収容所と反対派虐殺、ソ連崩壊による社会主義の解体、生き延びた社会主義の変貌。21世紀の現在、マルクスの裏も表も見てきたのだ。かつて新鮮な顔をしていた彼らは、複雑な様相に変貌している。見向きもされない存在に陥っているのか? そうだろうか? いやその問いを突き詰めるエネルギーが己にあるかと自問自答している。
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「マルクス・エンゲルス」という映画を見た。ハイチ生まれの「ルムンバの叫び」などの作品を持つラウル・ペック監督の作品だ。時代は1840年代のヨーロッパ。イギリスの産業革命、絶対王政のプロイセン、2月革命のパリ、3月革命のドイツ、、、と社会体制が大きく揺らぎ、貧困と差別が噴き出していた。ヨーロッパに自由主義、民主主義、社会主義の思想が燃え上がっていた。
ドイツ・プロイセン生まれの若きマルクスは、搾取と不平等な社会に対抗すべく政治批判を展開するが、それによってドイツを追われフランスに辿りつく。パリでエンゲルスと運命の再会を果たし、マルクスはエンゲルスの経済論に魅かれ、二人の友情は育まれてゆく。マルクスは貴族の娘イェニーと婚約し、「ライン新聞」で論陣を張っていたが、弾圧により新聞が廃刊となると、「独仏年誌」を刊行・執筆して対抗するという果敢な闘いの日々であった。

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エンゲルスは父親が経営する英国のマンチェスターの紡績工場で働きながら、労働者の過酷な実態を調査してゆく。工場の不当な待遇に抗議した労働者メアリー・バーンズが解雇されたので、ひそかにメアリーの後をつけ貧民街で暮らす彼女を訪れた。彼女の生命力に惹かれ、同棲生活に入ってゆく。
世界の分断が進み、経済格差、人種差別が激しくなる中で二人は、有名な「ヨーロッパに妖怪が出る」の「共産党宣言」(1848年)の誕生に携わった。宣言の骨子は
*経済が社会の土台である。
*すべての歴史は階級闘争の歴史である。
*プロレタリア革命は一階級の解放ではなく、人類全体の解放である。

映画はマルクス・エンゲルスの若き日に焦点を当てて描いている。若い二人の情熱や敵に対する攻撃の激しさと、襲いかかる貧困や官憲の弾圧の過酷さが、エネルギーとしては均衡を保っているくらいに両者とも凄まじい。彼らの苦悩と不平等に対する戦闘性に感動するのだ。若い二人は――或いはマルクス夫妻・エンゲルス夫妻の四人はよく生き・愛し・闘った人生に敬意を表する。
しかし、もう一度振り返って、マルクス主義の後半の展開についての疑念が払しょく出来ない。スターリン主義やベルリンの壁やその他色々な暗雲だ。これは違う、肌合いがあわぬとぶつぶつ呟いている。

(無政府主義者バークニンとマルクス・エンゲルス)
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それともう一つ、人間の精神に関するとらえ方に疑念を感じる。その延長線上にある芸術についても同様である。



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  1. 2018/05/11(金) 21:15:48|
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