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『2018年映画』「ペンタゴン・ペーパーズ・最高機密文書」監督S・スピルバーグ4/6

『2018年映画』「ペンタゴン・ペーパーズ=最高機密文書」監督S・スピルバーグ,
「ワシントン・ポスト」社主キャサリン(メリル・ストリープ)
編集主幹ブラッドリー(トム・ハンクス)

ランド研究所(シンクタンク)エルズバークがマクナマラの指示で歴代のベトナム戦争の功罪を調べ、ペンタゴン・ペーパーズを書く。ここから――新聞社へ     
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『「30年も隠してきたベトナム戦争の嘘をあばくのだ」
「これは違法ではありませんか?」
「何のために新聞はあるのか!」
「これは政府との戦いだ!負ければワシントン・ポストは無くなり、全員刑務所行きだ!」』
(地方紙だった「ワシントン・ポスト」の女性社主が人生のすべてを賭けての決断!)
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* 感動に震えた!涙が出てきた。これはどこの国の「ウオーターゲート事件」の話しか?日本の今ある、事件の話ではないか!いや、日本でこそ作られる映画ではないか?
「国家機密文書」暴露!「国家機密文書」改ざん!どちらの国も国家の存立を揺るがす問題だ。映画を見ながら二つの国に同じような場面があることにびっくりしていた。
( X )はあらゆる手を使って君に圧力をかける!葬られるぞ!
マクナマラ元国防長官がワシントン・ポスト社主キャサリンに言う言葉だ。
X= ニクソンでも阿部でも交換できるぞ!
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* ニューヨーク・タイムズによって暴露され、その存在が世界中に知れ渡った米政府の最
高機密文書「ペンタゴン・ペーパーズ」。タイムズは政府の弾圧で差し止められたが、ワシントン・ポストが政府の隠蔽を暴くことがジャーナリストとしての使命ではないかと社命を賭けて戦う。

1971年3月、ニューヨーク・タイムズの記者ニール・シーハンは政府の不都合な事実が記された「最高機密文書」を入手した。1967年、時の国防長官R・マクナマラの指示で作成された「アメリカ合衆国のベトナムにおける政策決定の歴史」(1945~1967)という文書。(ペンタゴン・ペーパーズ)別名「マクナマラ文書」ともいう。
トルーマン、アイゼンハワー、ケネディ、ジョンソンの4政権に渡って隠蔽されてきたベトナム戦争に関する膨大な事実が記されていた。4人の大統領はベトナム戦争における米国の軍事行動についても何度も虚偽の報告をしている。政府が平和的解決を追求していると発表されている時でさえ、軍とCIAは極秘に軍事行動を拡大していた。ペンタゴン・ペーパーズには、暗殺・ジュネーブ条約の違反・不正選挙・米国連邦議会に対する嘘といった闇の歴史の証拠が記されていたのだ。文書に関するスクープは、ベトナム戦争に召集された多くの兵士が生死に関わる危険にさらされている時に暴露されたこともあり特に衝撃的なニュースになった。アメリカは1973年にベトナム戦争から撤退したが、58.220人の米兵が死亡し、その他100万以上の命が犠牲となる直接の原因となった政府の嘘が暴かれたのだ。
ニューヨーク・タイムズに情報を提供したのは、政府も資金提供していたシンクタンク・ランド研究所の優秀な軍事アナリスト――ダニエル・エルズバークと言われている。彼は機密文書の執筆者の一人で、ベトナムに米国国務省から派遣され、政府による秘密工作や戦争の実態を目の当たりにして、政府に対しして大いに幻滅した。1969年、エルズバークと同僚のアンソニー・ルッツはペンタゴン・ペーパーズを密かにコピーし始めた。
エルズバークは国民に公開しょうとしたが、連邦議会議員の説得に失敗すると、ニューヨーク・タイムズに機密文書をリークすることを決意する。1971年3月、記者のニール・シーハン(政治的に強硬な記事で有名)と密会し文書を見せた。シーハンは上司に掛け合うと答えた。
ニューヨーク・タイムズはこの文書を公表することで何が起こるかをはっきりと理解していた。法律顧問の助言に逆らい、発行人のアーサー・“パンチ”サルツバーガーと編集局長エイブ・ローゼンタールは*政府の利益と公益の両方に対する責任を慎重に考慮して文書の公開に踏み切った。ホテルに担当の特別チームが籠って3カ月かけて文書を精査し、複雑な内容のためにFBIに召喚されるのではと心配したほどだった。そして、1971年6月13日(日)にタイムズに載ると大騒動が起きた。大きく出し抜かれたと思った他紙は独自の調査を始める。一方、政府はエルズバークとタイムズを起訴準備にかかる。6月16日、ニクソン政権は国家の安全保障を脅かすとして、記事の掲載差し止め命令を連邦裁判所に要求した。
 
  タイムズが差し止め命令を受ける中、ライバル紙は文書を入手して独自の記事を出そうと奔走していた。マイナーなローカル紙扱いをされてきたワシントン・ポストはすぐに文書の入手に動き、編集局次長ベン・バグディキアンが文書のコピーを入手した。こうして、文書を公表するか、見送るかの決断は当時唯一の女性経営者だったキャサリン・グラハムに委ねられることになった。 (続く)
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日本公開は3月30日です。ぜひ見て下さい



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  1. 2018/04/06(金) 23:32:39|
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