FC2ブログ

私の見た映画・美術・

映画・美術・イタリア旅行の紀行文の紹介です。

『美術/音楽/舞台/読書』「ダンス&トランペットインタビュー達人たち 1 」3/21

『美術/音楽/舞台/読書』「伊勢崎賢治&菅原小春」(インタビュー達人達 ① 3/21
                    17年12月9日/(再放送18年3月10日)

DSC_1733_2018032120431322b.jpg
  ① 異色のコラボ                          
Eテレ「インタビュー達人達」は異業種の達人のコラボである。思いがけない異業種の達人たちのコラボに関心を持った。伊勢崎賢治は世界の戦争難民救援サポートとして有名である。昨年院内集会で彼の講演聞いた。何しろ戦後70余年日本人は戦争をやって来なかった。自衛隊の中に戦争を知っている者はいない。が、国連の難民・戦争避難民の派遣官であった伊勢崎は戦争体験者である。内戦の中に救済を目的に入ろうが弾が飛んでくる。ピースキーパーは反撃しなければならない。その意味では日本の唯一の戦争体験者だ。(自衛隊が教わりにくる)
その彼が何故ジャズを?トランペットを吹くのか?
 又、菅原小春のダンスはナマで見たことがない。しかし、ユーチュブで見た限り面白そうだ。私はかってピナ・バウシュのコンテンポラリーダンスに熱中して彼女の来日公演は外さなかった。自分はやらないが身体芸術には興味を持っている。戦争の中のジャズとダンスー-面白そうだ。何回かに分けて書きます。ただし、自分のためのメモの領域を出ません。このブログを見て下さる数名の方を想定しています。

ダンサー菅原小春

森の中で妖艶に踊るダンサー菅原小春。今最も注目されている舞姫だそうだ。三浦大知も面白そう。
(和製マイクロジャクソンと言われている三浦大知とのコラボ)
DSC_1666.jpg

驚くほどキレのある動きと、どこか中性的な魅力が様々なジャンルのアーティストの虜にしている!
(K-POP界のアイドルテミンとのコラボ)
DSC_1702.jpg

世界にその名も知られるダンサー菅原小春。各国で開かれるワークショップには生徒たちで溢れかえる。訪れた国は35ヵ国になる。
DSC_1705.jpg

「“私にとってダンスは、見せることとか振り付けとかは問題ではない。自分の中に何があるのか、それが重要なの。自分は音楽をどう捉えるか、なのよ。今日、それが見られたから、とても嬉しい!だから興奮している!”」(菅原小春)
DSC_1708.jpg
彼女の視点がいい。見せることを第1に置いていない。「自分の中に何があるか」を大事にしている。音楽をどう捉えるか、だと。いいなあ、、、

既存のジャンルに当てはまらない斬新な振り付け、見る者を釘付けにする不思議な存在
感、世界中に熱狂的なファンが増え続けている!

DSC_1679.jpg
 そんな菅原にぜひ会ってみたいと申し出た者は、伊勢崎賢治。東チモールやアフガニスタンなどの世界の紛争地に赴き、当事者たちの武装解除を指揮してきた男だ。伊勢崎は「紛争解決請負人」という異名を持つ男だが、彼は“ジャズマン”というもう一つの顔を持つ。紛争地でも常にトランペットを持ち歩いた。彼にとって、音楽と紛争は切り離せないテーマだ。伊勢崎は言う。

DSC_1685.jpg

 「“音楽に国境は無いと言われてきた。実は、今音楽に国境づくりが始まっている。タリバンの登場によってジャズはアメリカ音楽だと否定される。これは音楽・ジャズの危機だ。彼女に会ったらぜひどう思うか聞いてみよう。」”

伊勢崎のラブコールを受けて小春は、
DSC_1813.jpg

 「“嬉しかったです。お名前も全然知らなかった方なので、それはいいことだというか、来てくれて自分で伊勢崎さんの話を肌で感じられるじゃないですか。それが意味あることなので、いい日になる予感がした。”」

 「伝えたいが 身体を動かす」=菅原小春のダンス& 「世界の矛盾と 向き合う 」伊勢崎賢治の生き方

DSC_1744_20180321211221590.jpg

➁ 対面(伊勢崎賢治、菅原小春を彼女の実家に訪れる)菅原が実家に伊勢崎を呼んだ。なかなか出来るものではない。
 菅原の実家の居間、ひび割れた大きな鏡がある。小春が少女時代から鏡はあった。暴れてひび割れが出来ているという。
 伊勢崎} この鏡は菅原さんの成長をずっと見守っているのですか?
 小春〕  そうです!どのような印象を持ちましたか?
 伊勢崎} かっこいいですね。菅原さんはかっこいいですね。
 小春}  先生は包容力がある。温かいエナジーがある。怖くない。
 伊勢崎} ユーチュブであなたのダンスを見た時、人生で同じような感動を2回くらいしましたね。それはアフリカで女性のダンサー       が踊る。男たちが座って焚き火をたいて、(電気などないですから)セレモニーですね。女性が踊るわけですがトランス        状態になるわけですね。それがもの凄くって釘付けになって、その時の印象だった。こんなエレガントで、力強くて、気持       ちの入っているダンスは見たことがなかった、それは今回も感じた。それでこの企画をお願いしたんです。
 小春}  嬉しいです。
      *伊勢崎氏の感性なかなかなもの!

<菅原小春のダンス>
三浦大知
DSC_1818.jpg
鍛えぬかれた肉体を駆使し、日本人離れした動きを見せる。和製マイケルジャクソンとも称
される三浦大知との共演は筋肉の緊張と弛緩を使い分けた独特の動きを示した。

テミン
DSC_1702_20180321211943fe9.jpg
感情をむき出しにするかのような心地よい表現、K―ポップ界の人気アイドル=テミンから
ラブコールを受け振付を担当。

<小春は高度の表現力をどのようにして身に着けたか?>
伊勢崎} 菅原さんは反復練習をされています?
菅原}  やっていました。 今はやっていません。やらない時期に来ちゃいました。がむしゃらにやっていた時期は毎日決めてやら      ないと気がすまない領域にいっていた。やり過ぎて「自分を抜ける場所がなくなった。」ずっと作ることをしてきたので、
     この音をここで切って、合わせて展開をこうやってつけて、こういうふうに踊って構成をこうするという風にやっていた。しか     もコンテストに出ていたので勝つために作っていた。だから勝ち方がわかっていた。こういう風にやったら人の心を掴めて      勝てるんだという事が分かった時に、つまらないと思ってきた。
    私が最近しびれるものは、自分が小さい頃から踊ってきた、お母さんとかが酒を飲んでフラフラ踊るものとか、子どもが遊ん    でいる動きとか、まったく無の状態のあれですよ。知識もないし、練習もしていないし、真っ新な中でただ動いているだけの、    その時間にすごく憧れる。
伊勢崎} ジャズというものは僕も楽しまなければお客さんも楽しめない。そう信じていいですか?
菅原}  いいです!自分がピュアに感じた時に『人は鏡のように映る』-映ってくれているんだなぁとか、感じてくれているんだなぁ      と踊っていて思うことですね。
伊勢崎} 自分も入っていたなぁーという演奏が時々出来るわけですね。客も乗ってくるし、でも毎回できるわけではない。次回その      余韻があるんで今回出来ていないなぁーと思うと、すごく意気消沈してしまう。それをどうやって克服しますか?
菅原} それを聞いてもらって嬉しいです。いいなぁと思うことは私よく忘れちゃうんです。過去のことは忘れちゃう。多分私良かった     時のことも忘れちゃって、その時に感じることは異常に強いんですよ。最悪な日も最強な日もあるんですが、2.3日たつと良     い物も悪い物も飛んでいってしまう。
     多分忘れるように生きてきたのか、その時の感覚には、誰も一生戻れない。そこが同じ場所であろうが来てくれるお客さん     が違えば違うし、毎日違う日なんですよ。その日の自分をどれだけ愛してあげて、受け入れてあげて、その日のー最悪な     音が鳴ったら、その最悪の境地の中で心地良い部分を聞かせるだけ、見せるだけというか、そういう風に思っちゃうだけで     す。
    「どうでもいいって大事ですよ」
    「こういう風に踊って」とかその期待に応えようとするから空回りが生まれる。その人の要求に「そうですね」と聞き入れて「美     しいどうでもいい感覚で浸れた時に、はじめて踊れたんだなぁと思います。
伊勢崎} 菅原さんはかっこいいですね。
 *① 伊勢崎の「反復練習」はアーティストやスポーツマン&ウーマンにとって毎日の日課である。伊勢崎はそこから突入した。
  ② プロの調子が出ない時はどうしたらいいか?本丸に突入。小春「(舞台の時は)異常に強い感性で没入している。一期一会    だ。一回一回が違う。彼女の舞台は高度に飛翔するのだ。
  ③ 「どうでもいい」は大事ですよ、という名言をはく。彼女はかなりのレベルだ!

➂ 菅原小春の通ってきたみち

DSC_1747_20180321212312dcf.jpg
 ファッション関係の仕事している両親の元、1992年2人姉妹の次女として生まれた。小さい頃から家族の前で踊り、喜んで貰うのが嬉しかった。10歳でダンススクールに通い、めきめき頭角を現した。高校生の時、ダンスコンテストで何度も優勝した。卒業後さらなる上を目指してアメリカに渡る。
菅原} 高校の時、2時間半もかけて(往復5時間)ダンスが出来る学校に通っていた。ぶうぶう不満を言ったら、お父さんが「ここが帰って来る場所なんだ」と叫びながら泣いた。その時は意味が分からなくて、、、借金して苦労して好きなことをやらしてくれた。今思うと、こういうふうに守りぬいてくれて「小春がどこへ行っても帰って来る場所」を作ってくれたのだと思う。この家にいて、こんな爆音を鳴らしたり、近所迷惑な家なのにずっと小さい時から好きなことをやらしてくれてダメという答えが無かったから今、踊りたいとかこういう生き方をしたいという気持ちに辿りついた。
伊勢崎}アメリカに行く時、お父さんはどうでした?
菅原} 行け、行けと。「お前は日本じゃないから、とりあえず外に行け」と。お金を持っている家じゃないんですけれど、どうにかして自分でして、行け、と

DSC_1754_20180321212310813.jpg

(動画サイトの小春のダンスの映像)
菅原小春が世界にとどろいたのは動画サイトにのっけた映像だった。その斬新なダンスは瞬く間に評判となった。各国で開かれるワークショップといわれるダンスレッスンの講師として招かれるようになる。ヨーロッパやアジアなど今では訪れた国は35ヵ国にな
る。彼女は大きなエージェントの力を借りずに、たった1人で世界中を渡り歩いてきた。頼よりにするのは自分のダンス感性のみで。 
DSC_1756_20180321212309645.jpg

(続く)
スポンサーサイト
  1. 2018/03/21(水) 18:35:53|
  2. 美術/ 音楽/舞台/読書
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<『美術/音楽/舞台/読書』「伊勢崎賢治&菅原小春 インタビュー達人たち」 ② 3/23 | ホーム | 『日記』「想うこと」3/14(水)>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://sinema652.blog.fc2.com/tb.php/491-f3eba477
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)