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『2018年映画』「花咲くころ」(ジョージア映画、監ナナ・エクフティミシュヴィリ)3/10

『2018年映画』「花咲くころ」(ジョージア映画、監ナナ・エクフティミシュヴィリ、)

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1991年ロシアから独立を果たした「ジョージア」が舞台。かつてソ連の構成国であった「グルジア」が独立して「「ジョージア」となった。(黒海の東岸、先日取り上げたアルメニアと隣接するコーカサス地方の国)
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三年ほど前取り上げた映画、「放浪の画家ピロスマニ」が19世紀末のグルジアが舞台だった。コーカサスという地域はアジアとヨーロッパの要衝路で、双方の文化の交流があった歴史的に興味深い地域であった。ギリシャ正教会系のキリスト教で中東のイスラム文化とは異なる風情の街と人情。
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ロシアから独立を果たした92年の春、ジョージアの首都トリビシが舞台。戦乱と内戦で荒廃した街、人々はパンを奪い合うような耐乏生活のなか、2人の14歳の少女がたおやかに成長する姿を描く。(政治社会が戦乱・荒廃する中で子どもたちはどうしていたか?)

エカの家には父がいない。喧嘩ばかりしている姉とやや過保護の母との生活だ。父が刑務所に入っているという。
(なぜ入っているのか分からぬが、いつもエカを虐めるコカという少年。彼の父と関係がありそうだ。映画では解明するシーンがないが、内乱に関係しているようだ。エカの父はコカの父と敵対関係にあったのか?内乱の痕跡のシーンはない。)
親友のナティアの家では喧嘩ばかりしている。酒浸りの父と母との言い争い。口煩い祖母とナティアはうんざりしていた。グルジア人の癖かと思えるような家庭内の口論シーン。いや、女性監督のメッセージかも知れない。目まぐるしく変わる喜怒哀楽、突如として荒天となる空模様。監督の手法だと理解するのに時間がかかった。
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家でも学校でも自分の居場所がないと感じていた二人は、放課後の二人だけの時間が、“居場所”だと感じていた。美人のナティアには二人の男が好意を持っていて付きまとう。学校の授業風景も生徒たちの様子もどこの国にもあるような、生徒たちは先生の言うことを聞かず、各自が勝手にしている。やや荒れた風景はどこの国も同じだ。

ある時、ナティアに好意を寄せていたコテに、車で略奪されて強引に結婚することになった。コーカサス地方に昔からある“略奪婚”だ。「愛は後からついてくる」とこの地方に昔からある因習だ。場面転換の素早さ!“掠奪から結婚・披露のパーティー”
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その因習に従順に従うナティアにエカは怒る。結婚式のパーティーで、怒りのダンスをエカは踊るのだった。このエカの男踊りは圧巻だった!全世界に向かって抗議しているかのように!

このように成長して行くのだろうか。無邪気な少女時代を通り過ぎた少女は、大人たちの世界に入って行くのか。そして、獄中の父親に会いに行くところで映画は終わっている。


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  1. 2018/03/10(土) 11:25:01|
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