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映画・美術・イタリア旅行の紀行文の紹介です。

『2018年映画』「THE PROMISE君への誓い」(アルメニア大量虐殺を描く) 2/26

『2018年映画』「THE PROMISE 君への誓い」(「ホテル・ルワンダ」のテリー・ジョージ監督が
                     2/26         「アルメニア大量虐殺」を語り継ぐ
                 出演オスカー・アイザック。シャルロット・ルボン。クリスチャン・ベイル。
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ナチスのユダヤ人大量虐殺の前に、20世紀最初のジェノサイドがあった。150万人犠牲となった、アルメニア人大量虐殺事件。噂では耳に入っていた。しかし、この「THE PROMISE」でほぼ全体像がつかめた。19世紀末のオスマントルコ帝国の少数民族であったアルメニア人が「強制移住・大量虐殺のジェノサイド」があった。特に第1次大戦に入ってのオスマン帝国が組織的虐殺を行った。その数150万人(諸説がある)。しかし、オスマンの後継国家であるトルコは認めていない。

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オスマン帝国におけるアルメニア人共同体は、東部の農村社会とインスタンブールなど
の都市部商業地域から成り立っていた。特に後者は貿易や金融で成功して富裕な商人層を形成していた。しかし、19世紀に入るとアルメニア人の中からカトリックへの改宗を通じて、西ヨーロッパの庇護を受け特権を享受する者が現れ、ムスリム住民との間に軋轢を生じるようになった。又、富裕層の中から西ヨーロッパとの交流を通じて民族主義に目覚める者も現れた。

1877年の「露土(ろと)戦争」(バルカン半島のスラブ系民族がトルコの支配に反対して起こし反乱。ロシアが支援に動き勝利)ロシアは南カフカスとアルメニア居住地帯の北東部を占領し、オスマン帝国内のアルメニア人を保護するようになった。これを契機にオスマン帝国内外でアルメニア民族主義が勃興し、秘密のアルメニア独立党が生まれ、オスマン官僚を狙うテロが勃発するようになった。と同時に、先の露土戦争の時にロシアの占領地からオスマンに逃れてきたムスリムたちが、キリスト教徒であるアルメニア人との敵対感情を露わにするようになった。

1894年「ハミディイェ虐殺」アナトリア東部でムスリムとアルメニア人との大規模な衝突、オスマン政府が軍隊を出して鎮圧、アルメニア人が2万人の犠牲を出した。度重なる襲劇にアルメニア政党は国際世論に訴えた。
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1895年に英・仏・露が共同してアナトリア東部の行政改革案を出した。オスマン帝国が改革案を受諾しながら全然実行しないこと怒ったアルメニア人の大規模なデモがインスタンブールで起きるが、これが外圧を傘に着た横暴だと激怒したムスリムが首都のアルメニア人を襲撃する。さらに翌年アルメニアの革命組織がオスマン銀行を襲撃・占拠する事件が起こり、ムスリムとアルメニア人との衝突が繰り返された。アルメニア人の一連の衝突の犠牲者は数万に上り、一部富裕層はオスマン帝国を見限って欧米への移住が相次いだ。 
 
20世紀に入って、「ユルドゥズ暗殺未遂事件」を経て、青年トルコ人革命軍がスルタンを倒して、トルコは憲政を復活した。1909年4月に起こった「アダナの虐殺」でアルメニア人キリスト教徒1万5千人~3万人がムスリムに殺された。この時現地の米大使館に数千のアルメニア人が避難し、寄港中の仏の軍艦3隻にも殺到した。(このような対立を繰り返し)
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 第1次大戦に入ると、トルコは民族主義に傾斜し次第にアルメニアとの対立が強まった。大戦で「オスマン帝国」が同盟国側につくと、ロシアは連合国側について東部アナトリアを撃破してオスマン軍を破った。この時アルメニア人ゲリラがムスリムを殺害する事件が起きた。これらの行動は露土戦争以来オスマン帝国内外に浸透していたムスリムのアルメニア人への敵意を確実なものにした。1915年4月のヴァン包囲戦で、アルメニア人防衛戦が突破され、戦闘地域での反国家・利敵行為を阻止するとの目的で、アナトリア東部のアルメニア人をシリアの砂漠地帯にある「デリゾール強制収容所」に移住させる方針を決定した。それは死の行進政策であった。*
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*「死の行進」指令が実際に行われたか否かの事実は議論があるが、タラート・パシャ によって1945年4月24日行われたとする説が有力である。同日インスタンブールにいるアルメニア系の著名な知識人が多く逮捕・追放され虐殺された。この日を「ジェノサイド記念日」と記憶された。
  アルメニア人は徒歩で乾燥した山地を超えてシリアの砂漠を超えた強制収容所に駆り立てられた。多くのアルメニア人が命を落とした。虐殺を肯定する立場からは、村々から青年の男子は一か所に集められてまとめて殺されたという。
  ジェノサイドを否定する立場からは、戦時下の最前線の混乱によるといっている。

*宗教的にはイスラム教(トルコ)&キリスト教(アルメニア人)。宗教的敵対か?それと一帝国内に異教の少数民族の存在が邪魔になった?だが、それでジェノサイドが起こるのだろうか?
*移民として入ってきたアルメニア人。トルコの民族主義の高揚からの少数民族への排除の論理か?
*ヒットラーがアルメニア人虐殺を参考にしたという説がある。これは恐ろしいことだ!

ジャナーリストDSC_1590

<映画のストーリー>
 オスマン帝国の小さな村に生まれ育ったアルメニア青年ミカエル(オスカー・アイザック
は、医学を学ぶためにインスタンブールの大学に入学した。アルメニア人女性のアナ(シャ
ルロット・ルボン)と出会い互いに惹かれ合うが、アナには米国人ジャナーリストの恋人ク
リス(クリスチャン・ベイル)の存在があった。第1次大戦と共にアルメニア人への弾圧が
さらに強まる中、故郷の村に向かったミカエルはアルメニア人への虐殺を目にする。一方ク
リスはトルコの蛮行を世界に訴えるために奔走し、アナも行動を共にする。
第1次大戦下のトルコによるアルメニア人を縦軸に、3人のロマンスを横軸に物語は展
開する。「生き延びるが復讐」というテーマのように、ジェノサイドを主人公たちは必死に生き、フランス海軍救出までが描かれる
 
登場人物DSC_1594

全体のトーンが甘すぎる。往年のハリウッドの戦乱メロドラマと深刻なジェノサイドの組み合わせに無理があるのか?現在の視点ではいろいろと困難な難しいことが出てくる。アルメニア人側の視点だけが強調されているが、トルコ側の視点はどうか?イスラム教とキリスト教との対立。移民と先住者の対立。現在の中東を見ていると、これをどうするか?と重たい心を引きずっている。
多数民族と少数民族の問題といえば、「ミヤンマーのロヒンギャ」だろうか?少数者といかに仲良くするかということは簡単ではないことがわかる。

*「日記」2/26
先週の木曜に緊急な下痢に悩まされ少し往生しました。入ったものがすぐ出てしまい、やっとおさまったのが土曜日。まる2日食べ物が取れなかった。お蔭で2K痩せた。減量が苦しみと共にあるなんて!


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  1. 2018/02/26(月) 17:18:07|
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コメント

興味ある記事をありがとうございました。私も機会があればこの映画を見てみようと思います。アルメニア人の大部分は、キリスト教といっても独自のアルメニア教会に属していて、他のキリスト教の宗派との関係は複雑です。以前、英国で訪問した学校の校長の秘書の女性がアルメニア人だという話を聞いたことがあって、その時世間話程度でも話をしておけばよかったといまだに悔やんでいます。中東の戦火が激しくなる以前は、ベツレヘム周辺にアルメニア人が多く住んでいたそうですが、今は四散しているのではないかと思います。トルコにはギリシア人を追放したという前科があり、さらにクルド人問題もあってなかなか事情は複雑です(クルド人はイスラム教徒ですから、宗教だけが問題ではありません)。
  1. 2018/02/27(火) 21:41:32 |
  2. URL |
  3. たんめん老人 #FCDxNsNQ
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