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『2018年映画(ドキュメント)』「ブラックリストー韓国 ⓶ 2/4録画」 2/20

『2018年映画(ドキュメント)』「ブラックリスト―韓国⓶2/4録画」2/20

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(拘束されるキム・ギチュン元秘書室長)

8年に及ぶ保守政権の間に、政権に批判的だとしてリストアップされた1万を超える人々。その一人一人にどんな影響を与えたか?今、韓国では司法当局を巻き込んでその実態にメスが入っている。

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 拘束された元政府高官は7人。パク・クネ元大統領、キム・ギチュン元秘書室長等ブラックリスト作成に加わり実際に様々な圧力をかけていたとされる中心人物だ。

 リストに記載された1人、プサン国際映画祭元実行委員長のイ・ヨングァンさん。韓国映画を育てた人だ。事件が実際に起きたの
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は2014年10月、プサン映画祭の時。参加作品300本、世界各地から20万人の観客が集まった。問題は1本のドキュメントを巡って起きた。
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「ダイビングベル・ーセウォル号の真実」。セウォル号の沈没のドキュメンタリー映画を上映しないように上か圧力がかかった。沈没事故で高校生ら299人が亡くなり、未だ5人が不明だ。事故対策・救出の政府の無策を責める世論が巻き起こる。「ダイビングベル」が注目のドキュメントだった。
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 それに反応したのが青瓦台(大統領府)だった。秘書室長が残したメモ(2014年9/5)
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官邸内で「ダイビングベル」が話題に上っている。事故発生から5ヶ月=犠牲者遺族や市民のいらだちがピークに達した。捜索活動の遅れや政府の対応の不手際に対する怒りが高まった。この時、1本の電話が文化体育観光部に青瓦台からかかってきた。「ダイビングベル」上映の中止をプサン市長に命令するようにという伝達だった。青瓦台秘書室―文化体育観光部―プサン市長を何度も連絡した記録が残っている。当局はプサン市長に政府の立場を伝えている。9/20文化体育部の高官がプサン市長に面会、市長は映画の上映の中止を約束した。
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 問題が明るみに出ると市長は自らの関わりを否定した。当時の実行委員長イ・ヨングァンさんの記憶は異なる。

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「プサン市長が私と副委員長に<上映の中止を要請>。政治的な問題が多すぎる、という。
私「すでに発表しているので上映しなければならないと拒否。」後で、携帯にかかってきて、
「上の方はお怒りだ。こんな映画は上映する必要があるのか。映画祭のためにならないから中止の方向を探るべきだ。」何度も圧力がかかってきた。記者が委員長に「上の方とは?」と聞くと委員長「文化体育部と大統領府です」と答えた。
10/6映画祭5日目、「ダイビングベル」(イ・サンホ監督)が上映された。
10/6上映中止が出来なかった当日、キム・ギチュン秘書室長のメモに「文化芸術祭の左派の連中とは今後闘ってゆく。例えば<ダイビングベル>だ。」とあった。
 政府は権力を総動員して、映画祭に圧力をかけてきた。「映画祭には問題が多い」「政治的に左派だ」「内部に危険人物がいる」そんなレッテルを貼ってメディアや組織を使い映画祭を攻撃してきた。大きな圧力は映画祭の後にやってきた。全国200か所で上映が予定されていた「ダイビングベル」が30ヶ所でしか上映されなかった。翌年から映画祭に対する政府の援助が半分に削減された。

 ブラックリストは2代の8年の保守政権の中で作られた。民主化され先進国の仲間入りした、この国で何故必要とされたのか?その背景を自らの経験をもとに語ってくれる人物がいる。

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 昨年まで保守政党の国会議員を務めていたジョン・ドゥオンさん。イ・ミョンバク政権時代には、彼の腹心の1人だった。
「リストを作る背景にあったのは、元大統領の強い危機感でした。米産牛肉の自由化を進めていたが、狂牛病に対する市民の不安が広がり、政権を脅かす問題となってきた。健康への不安は政権そのものへの怒りにつながった。この時、政府が問題視したのはテレビー「ある報道番組」―MBC・2008/4月=「米国産牛肉―狂牛病の危険性は?」
 病気の牛を見て韓国人は、自分も病気に罹ると思い込む。/倒れた牛を食肉にされると宣伝された。『事実に基づかないもので虚偽だとわかった』この番組の後、文化人・言論人を中心に政権批判が広がり、SNSを通じて社会に広がった。「狂牛病の牛を食べるなら青酸カリを口にした方がましだ!」「政権を担う者は辞めるべきだ」と広がった。政権側は「誤った報道と文化芸能人が政府批判を煽った結果だと受けとめた。政権が発足して3ヶ月余り、7割を超えていた支持率が17%に急落した。あの時、政権は追い詰められていた。左派を倒さなければ持たないと思いました。文化芸能人による左派勢力の拡大を恐れた。それを食い止めるためにブラックリストがつくられたのです。
 
 もうひとつの背景として、韓国には「南北分断」という朝鮮半島の厳しい現実がある。韓国の政治社会は絶えず、北朝鮮とどう向き合うかが問われてきた。韓国は分断された国家です。北朝鮮と対峙している。北の存在が大きく影響している。北に批判的なら“保守”、好意的なら“革新”とみられる。冷戦時代に続いた韓国の保守政権。経済発展の基礎を作ったといわれるパク・チョンヒ政権は国を守るために「反共法」を制定した。民主主義者まで共産主義者として弾圧した。その後長く保守政権が続いた。流れを大きく変えたのがキム・デジュン政権の誕生。北との融和を進める一方で、国内では文化人の育成に力を注いだ。結果としては、文化芸術の分野まで巻き込んで”保守と革新“の構造が固定化してしまったといわれた。韓国では革新政権の時は左派に偏った政策を行い、保守政権の時は保守に偏った政策を行う。南北が統一するまでこの対立は続く。文化・芸術まで巻き込んだ、保守と革新の対立がリストを生んだ背景にあるという。

続く


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  1. 2018/02/20(火) 16:11:06|
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