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『美術/音楽/舞台/読書』「河瀬曻展ー目と手のちょっと先へ」 ~10/15まで 10/12

『美術/音楽/舞台/読書』「河瀬曻 展」(目と手のちょっと先へ)せんびゃく堂画廊10/15まで。10/12

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*前回(2015年10月「今、人はどこへ向かうのか」)おさらいしておく。

「状況の混沌・世界の流動化――そういう中で自分はどう生きるのか」
氏はそれぞれの問いをイメージ化して作品として見事に形象化した。
① 「白い傘の少女」見知らぬ街に迷い込んだ少女はボスやブリューゲルの16世紀のネーデルラント絵画の世界であった。
➁「ある日曜日の朝」の現代都会の交差点のシュールな風景であった。
③ 「歩む人々―1.2.3」④ 「海に引き寄せられた人々」⑤ 「川を歩む人々」

私には面白かった。氏の作品化・形象力に舌をまいた。スケールの大きい構想で河瀬ワールドが組み立てられていた。なお氏は自己の内面の動きを常に探っていた。
今回の展覧会では自身の想い出の記憶に遡(さかのぼ)った素描が中心である。故郷・滋賀県「長浜曳山祭り」の「子供歌舞伎」である。「長浜曳山祭り」は初めて聞く祭りであった。氏がこれをどう取りあげているのか、作品の世界とトークでの見解を紹介しよう。
(*「曳山祭り」については、頂いた曳山博物館のパンフを参考にした。)

ユネスコ無形文化遺産の登録を記念して、「滋賀県長浜の曳山(ひきやま)祭」が2017年4月15日に行われた。長浜八幡宮の春季大祭の多彩な行事である。
① 長浜城主であった羽柴秀吉が長年待ちわびた男子の誕生を喜んで、町に砂金を与えた。町
ではその資金を基に「動く美術館」と言われた12台の山車(だし)を作って八幡宮に奉納した「十二基(き)の山車の行列
➁ 秀吉は戦乱で荒廃した長浜八幡宮を再興し、八幡宮ゆかりの源義家の前九年・後三年の役の凱旋の様子を偲んだ長刀(なぎなた)組の行列=「太刀(たち)渡り」(武者行列)で祖先を偲んだ。
③ 「子供歌舞伎」の奉納。
④ 「太刀渡り」の山車や「長刀組」も「子ども歌舞伎」も10歳~4歳の子供が主役。「子供・若衆・中老の三世代がお互いの立場を尊重し、永きに渡り引き継がれてきたのが長浜曳山祭りの真骨頂だ」とパンフにある。奥が深い言葉だ。子供狂言の担い手は4歳~12歳までの男子。(歌舞伎は男子が女形(おやま)として演じるのが伝統。)町場の男子が4~5歳になった春休みの3月20日頃から朝・昼・晩と、4月12日まで毎日厳しい稽古が繰り返される。狂言の役者は子供。振付・太夫・三味線を三役と言い県外から招聘していたが、地元での三役修業塾が出来て子どもたちに教えるようになった。「無邪気な子どもたちが山組の若衆に見守られる中、1ゕ月足らずの間に、多くの観客を魅了する歌舞伎役者に育っていく。
⑤ <演目・脚本>歌舞伎台本の内容と同じ。
「本朝弐四孝」「紅葉狩」「伊勢音頭」「モーツァルトの「フィガロの結婚」を歌舞伎化した喜劇」⑥ 曳山祭りが秀吉の長浜城主時代から続いていたそうだが、京都の豊国神社は秀吉が死ぬと家康によって取り壊され明治になって復元とある。曳山祭りは江戸時代に弾圧されなかったか?歴史を探りたい。

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河瀬さんは毎年故郷の曳山祭りに出かけて少年時の記憶の中に漂った。町中に残った「昔の街並みや無心に遊ぶ子供、日常の一隅に己の原風景」を捉えようと素描を試みた。
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(視点を変えて、ある画家の独白?)
絵が画けなくなった。何だろう?、、、体を動かしてみる、筋トレの心算(つもり)で素描に向かう。素描も昔少年時に無心で遊んだように、対象を写し取ろうと手を動かした。頭の中で作ったものをこねますより、素描の方が体にぴったりしている感じだ、、、少年時の記憶が蘇ってくる。過去は否定しないで積み上げてゆく。ひたすら素描を重ねる。それは生きる感覚につながるようだ。

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曳山祭りの「子ども歌舞伎」にであった。毎年春には長浜曳山祭りに通っている。昔懐かしい情感が沸いてきた。今回歌舞伎狂言の舞台を描かせてもらって、私は昔これほど身近に狂言に没入しただろうか?昔は素通りして東京に行くことばかり考えていたのではないか?素通りした故郷、街中の風景、寂れた小路の風景に今立っている。

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写真を撮って描かせてもらうと、描くのも大変なことだと解ってくる。歌舞伎の衣装を着て化粧した少年が立派な色気のある腰元になっているのだ。舞台での主人公の腰元の目の位置・手の動きの意味を考えるようになった。

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着物や帯の柄や色合いも考え抜かれていて深い味あいを出している。背景の柱や襖絵も、職人が一生ものの仕事をしている事が分かってくる。こちらもそれをしっかりと描かないと叱られそうだ。



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  1. 2017/10/12(木) 13:01:27|
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