私の見た映画・美術・

映画・美術・イタリア旅行の紀行文の紹介です。

『日記』 酷暑お見舞い申し上げます

時を超えた酷暑お見舞いを差し上げます。

我が列島に覆いかぶさる酷暑の夏は、熱中症の症状を呈しているようで、
皆様にはご健康にくれぐれもご留意下さい。

         2017年8月末   ジュリアンの夢





『2017年映画』「静かなる情熱―エミリ・ディキンスン」岩波ホール 8/26

DSC_0718_2017082616032938f.jpg

エミリ・ディキンスンという詩人の半生を描いた映画を見た。名前だけしか知らず、彼女の詩も読んだことがなかった。しかし、映画は緊密感あふれるシーンと真実の詩空間を求めた一人の女性の半生が展開されていた。一見、潔癖で意志が強く人生に妥協しない主人公の内面はどのような精神の葛藤が渦巻いていたのだろうか。死後発見された1800篇の詩に表現されているが、映像表現として展開されたのは、主人公エミリを演じたシンシア・ニクソン。共演者の妹ヴィニ―のジェニファー・イーリー。父親役のキース・キャラダイン。親友のバッファムのキャサリン・ベイリー。兄のダンカン・ダフなど優れた俳優たちによってつくられた、舞台劇のような画面である。
DSC_0714_20170826160328f79.jpg
DSC_0712_20170826160328b0f.jpg


特に主役のシンシア・ニクソンの名演。彼女の台詞の発声、立ち振る舞い、彼女の画面での一切が<エミリ・ディキンスン>の詩や人間性を具現しているといえる。孤高の詩的宇宙の表現といえる。余り内実がわからぬままに感動した。
DSC_0717_201708261603260fc.jpg

19世紀アメリカマサチューセッツ州の小さな町アマストで、エミリ・ディキンスン(1830-1886)の死後1800篇の詩が発見され、彼女はアメリカを代表する詩人として脚光を浴びた。エミリが育ち生涯その地を出ることがなかったアメリカ東部のマサチューセッツ州は、清教徒主義の影響を受ける男性社会であった。エミリ・ディキンスンが目指したものは、自立した女性の真の生き方であった。自立した女性の叫びとしての<詩>だった。硬質な詩的宇宙の構築だった。
 
 これは世界にあてた私の手紙です
私に一度も手紙をくれたことのない世界への――
やさしい威厳をもって
自然が語った簡素な便りです――

そのメッセージをゆだねます
まみえることのできぬ人の手に――
自然への愛のためにも――気立てよい――同胞の皆さん――
やさしく裁いて下さい――わたしを
   (亀井俊介編)

彼女の詩の一節である。詩的宇宙から後に来る来者へのメッセージが詩である。孤独な心の奥底からの発信である。

19世紀の男性優位の社会で、エミリは自己の尊厳を守り理想を実現するために、隠遁という道を歩みながらひたすら詩の世界に没頭した。私はこのように詩作に没頭する純な精神を忘れていた、、、


スポンサーサイト
  1. 2017/08/26(土) 15:57:08|
  2. 『日記』
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<『2017年映画』「ハイドリヒを撃て!」(チェコのレジスタンス。チェコ、英、仏合作)9/1 | ホーム | 『日記』「緊急ニュース—ー戦争は絶対反対!」 8/10>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://sinema652.blog.fc2.com/tb.php/456-55b0f483
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)