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『2017年映画』「草原の河」(チベット映画・監・脚=ソンタルジャ。出ヤンチェン・ラモ)6/5

『2017年映画』「草原の河」(チベット映画、監・脚・ソンタルジャ 出・ヤンチェン・ラモ。 6/5
                           ルンゼン・ドルマ。グル・ツェテン)

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チベット人監督による映画の劇場初公開。舞台は監督の故郷青海省海南地区の3000mのチベット自治区だ。半農半牧の貧しいが大地に根ざした一家の生活を描く。父グルと、もうすぐ第二子を産む母ルクドルと六歳の少女ヤンチェン・ラモの家族だ。

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文革で還俗を強いられた祖父は、改革開放の時代になって再び僧衣を着て修行のために洞窟に籠っている。村人からは「行者さま」と呼ばれて尊敬を集めている。ところが、少女の父は「行者」の父にわだかまりがあって断絶している。
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チベット仏教の修行僧であった祖父は文革で還俗を強いられ結婚して息子グルを得た。が、改革開放で再び僧衣を着て修行のために洞窟に籠った。修行のためには家庭を顧みなかったために息子グルは家庭的不満を抱いて成長した。父子の仲違いを監督のソンタルジャはチベット仏教の「修行者」と「世俗に生きる者」との断絶と捉えているようだ。具体的には4年前、母が危篤になった時、父に見舞って欲しいと頼んだが、行者の父は「天命だ」と言って母を見舞わらなかった。そのことがわだかまりとなって父を赦すことが出来ない。今、父は病気になって入院を勧められるが、「天命だ」といって洞窟の修行をやめない。

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ヤンチェン・ラモは草原を駆け回り、甘え盛りの6歳の少女だ。腹の大きくなった母親に、もうすぐ赤ちゃんが生まれること、父親が持っているジー(天珠)から授かったと告げられる。母の愛がその子に奪われることを恐れてジー(天珠)を隠してしまう。そして、母親のお腹を触りながら「ねぇー、赤ちゃんはまだいるの?」と聞く。
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ヤンチェン・ラモはくまのぬいぐるみを大切にしている。麦の種を蒔く時に、母親が「この一粒がたくさんになって戻ってくる。」と言う。少女は大切なくまのぬいぐるみを土の中に埋めて「くまさんがたくさんになって戻ってくるね」と思う。
ヤンチェン・ラモの描き方がいい。昔幼児の頃に誰にもあった遠い記憶の思い出である。

チベットの高地の大自然のなかでラモたちの家族は質素に生きてゆく。少女ラモの成長物語でもあり、雪解け水が諾々と流れる河がラモの成長や家族の生活を見守っているようでもある。こういう空間と悠久の時間が流れる<世界>がこの世にもあるのである。

『日記』「ある日本庭園で」 6/4

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先日、昔の同僚との会食後、日本画の大家の記念館に行った。
客間からの日本庭園の趣きがよかった。坐って大きなガラス窓から庭の木々を眺めていると、爽やかなものが体の中を通り過ぎていった。最近心が虚ろになっていたので目が覚めるような気持になった。しばらく、木々に見とれていた。

*『治安維持法』現代版がのさばる世の中が来ようとは!
第2次安倍内閣で極右のスピードが速くなった。秘密保護法・安保法案・共謀罪と恐い恐い法があとからあとから攻めてくる。そして改憲で「軍国日本」の完成か?

みなさん!デモに行きましょう!声をあげましょう!「共謀罪粉砕!」野党よ、ガンバレ!






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  1. 2017/06/05(月) 17:05:15|
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