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『2017年映画』「サクリファイス1986年」(アンドレイ・タルコフスキー) 5/14

『2017年映画』「サクリファイス1986年」(アンドレイ・タルコフスキー)5/14

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「出演エルランド・ヨセフソン」。「音楽=バッハのマタイ受難曲、スウエ―デンの民俗音楽、日本の尺八」。絵画「ダ・ヴィンチの東方3賢人の来訪」。86年度カンヌで審査員特別大賞。

渋谷の多目的スペース「UPLINKアップリンク」でA・タルコフスキーの「サクリファイス1986年」をやっていた。席が20しかない小部屋、研究会用なのか?宣伝をしていないので普通は見落としてしまう。

<アンドレ・タルコフスキー>
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「アンドレイ・タルコフスキー」(ソ連の映画監督。1932~1986/ 84年自由を求めて亡命
し1986年パリで没。享年54歳。60年代の青春時代から表現の自由を求めて権力と闘う。
検閲との闘いで象徴的表現や暗喩が多く、難解さに解釈が難しい。)
私にとって最も難解で気になる映画監督である。生存中にもっと見ておきたかったという後悔の念がしきりにある。だが、難解なので挫折したかも知れない。

父はウクラナイの著名な詩人アルセーニ・タルコフスキー。タルコフスキーの幼少期に父は家を出て別に家庭を持ったので、母に育てられる。赤貧のうちに育ち、音楽、絵画の道を志すが断念、後に映画を目指し国立映画大学に入学。
主な作品
1960年「ローラーとバイオリン」
1962年「僕の村は戦場だった」
1967年「アンドレ・ルブリョフ」
1972年「惑星ソラリス」
1975年「鏡」
1979年「ストーカー」
1983年「ノスタルジア」
<ノスタルジアー―タルコフスキーの原風景ではないか>
ノスタルジア①

1986年「サクリファイス」
    パリにて客死、享年54歳。

何年か前にイタリアへ行った時にある画家から、タルコフスキーの「ノスタルジア」の撮影現場の教会に案内された。撮影現場は教会の地下らしいが、「ノスタルジア」は見ていたが、地下に蝋燭を灯(ともし)たシーンを漠然と思い出した程度のタルコフスキー理解だった。だが、古びいた訪れる人の少ない村の教会に強烈な印象を持った。

<舞台になった教会>
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<サクリファイス>
バッハの「マタイ受難曲」が流れている。キリストの受難の場面のバッハの名曲だが物悲しい場面を想定させる。海辺に立つ1軒の家と草原の情景がバッハの曲に添えられて一つの世界を造っている。舞台はスウェーデンのゴトランド島。
主人公アレクサンデル(エルランド・ヨセフソン)が息子トミーと一緒に木を植えている。誕生日を迎えた息子は言葉を喋れない。
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若い僧が師の命を救うために枯れ木を植えて毎日水をやったら、3年後に花を咲かせたという伝説を息子に話した。(父の願いとしては息子が言葉を回復して欲しい)アレクサンデルは舞台の名優だったが、突然引退してゴトランド島で評論を書きながら暮らしている。一家は妻のアデラィデ(スーザン・フリートウッド)と娘のマルタと息子のトミー。小間使いのジュリアと召使いのマリアである。
主人公は何故俳優を引退して海辺の家に籠っているか?

誕生祝いのパ―ティーのために親友の医師ヴィクトル(スヴェン・ボルテル)や郵便夫オットー(アラン・エドヴァル)が駆けつけることになっている。
アレクサンデは誕生日を迎えた息子と木に水をやっていたところに、郵便夫のオットーがやってきて、アレクサンデルにニーチェを使って議論を吹っ掛ける。オットーはさしずめメフィストフェレス(ゲーテの<ファースト>に出て来る悪魔)か?誕生祝いの祝電を持ってきたのだ。単なる郵便夫ではなくアレクサンデルを取り巻く友人である。
妻のアデラィデが親友の医師ヴィクトルを案内してやってくる。ヴィクトルは誕生祝いに「ルブリョフのイコン画集」を持参したようだ。オットーも17世紀の本物のヨーロッパ地図をお祝いに持ってきた。高価すぎて頂けないと辞退するが、犠牲がなければプレゼントではないという。息子の誕生祝いのパーティーに豪華なプレゼントはどういう意味を持つのか?
(*「ルブリョフのイコン画集」はタルコフスキーの67年の作品の主人公だが、「17世紀のヨーロッパ地図」といい、ここでの誕生祝いのプレゼントの意味は解らない。又、書斎の壁に掛かっているダ、ヴィンチの「東方3賢人の来訪」の絵画はキリストの生誕の祝いだが、「マタイ受難曲」のキリストの受難とどう関係付けるのか?

妻はアレクサンデルの俳優引退に不満で夫婦は争いが絶えない。親友のヴィクトルはいつも仲裁役だ。映画の画面に不気味さを漂わせ、子どもが急にいなくなる。アレクサンデルが探す内に、オットーが不思議な出来事を語り失神してしまう。テーブルの上のグラスが音をたてはじめ、激しい地鳴りと轟音。戸棚の水差しが落ち、ミルクが床にこぼれる。
自宅の外にアレクサンデルは自分の家とそっくりなマッチ箱のような家を見つける。子どもが誕生祝いに作ったものだとマリアはいう。子どもは2階のベットで深い眠りについていた。

書斎のダ・ヴインチの絵から異様な声がした。アレクサンデルが階下に降りてゆくとテレビで「核戦争」が始まったというニュースが流れて電気が消えた。パニックに襲われる。妻は不幸な結婚・人生を呪い泣きわめく。娘のマルタは医師のヴィクトルを誘う。神を信じなかったアレクサンデルは狂気を賭けて、愛する息子や家族を救うために、全てを捨てて神に救いを請い、自らを犠牲に捧げる<サクリファイス>=献身・犠牲を行おうとして倒れてしまう。「マタイ受難曲」の「神よ、私の涙にかけて御赦し下さい」である。
目が覚めたオットーが魔女のマリアを抱けば救われるとアレクサンデルにささやく。彼はマリアの家に行き彼女にひれ伏す。

翌朝、アレクサンデルが目覚めると世の中は何事もなかったように平静な朝であった。テレビをつけると核戦争などなかった。いつものようにオーディオで日本の楽器尺八の透明な音色を聞いて心の平静を保っことができた。彼は何事もなかったのは自分が魔女と寝たからだと思い、神に犠牲<サクリファイス>を払う必要と思い実行にかかるのである。

<サクリファイス=犠牲として己の家を焼き払う>
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息子は言葉を回復した。

*ソ連のウクライナの「チェルノブイリ原発事故」が1986年4月26日。「サクリファイス」の撮影が開始されたのが1985年、完成公開されたのが1986年5月9日。直接関係はないが、余りの偶然の符合に何かの暗示を感じた人は多かった。当時のヨーロッパでは「核戦争の恐怖」を現実のものとして生きている人が少なからず存在したのである。
*タルコフスキーの視点が核戦争・科学文明技術の行末にバッハの「マタイ受難曲」やダ・ヴィンチの「東方3賢人の来訪」レベルであり、偶然の符合やチェルノブイリ原発を予見したというレベルではない。ただ、難解だ。例えば言葉を失った子どもが何故回復したのか?その解は何だろう?





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  1. 2017/05/14(日) 17:06:14|
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