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『美術』「<アニミタス>さざめく亡霊たち(K ・ボルタンスキー」12/14

『美術/音楽/舞台/読書』「クリスチャン・ボルタンスキー<アニミタス>さざめく亡霊たち>」
                           都庭園美術館 ~12・25   12/14

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現代フランスの美術家ボルタンスキーの展覧会をやっと見てきた。難解ではないかと敬遠していた。ある雑誌で、うっそうとした深い森の木の枝に日本の風鈴が果実のように数百と飾られて(実って?)いるインスタレーションを見た。その鮮やかな映像に魅せられ、無性に見たくなって師走の庭園美術館に出かけた。

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クリスチャン・ボルタンスキーの創作活動は「インスタレーション」*と言われている。

*(ある特定の室内や屋外などに、作家の意向に沿って、オブジェや装置によって、空間の構成を変化させたりして、場所や空間全体を作品として体験させるのがインスタレーションといわれている)

① 「さざめく亡霊たち」
館内の所々でスピーカーから女性の声が聞こえてくる。意味ありそうもないランダムなお喋り、まるで亡霊たちのざわめきともとれる。ここ庭園美術館はアールデコ様式の旧朝香宮邸である。耳をすませば歴史上の亡霊たち――戦前の皇族や外交官・戦後の首相公邸や迎賓館のざわめきが、聞こえて来るかもしれない。最後のホロコースト世代のボルタンスキーにとって、ナチス独と枢軸国を担った日本の皇族の宮邸で展示を行うことの不気味な意味とは?皇族の宮邸が建造された1930年代、日本が3国枢軸国の一角を担った時代に、同盟の仲間ナチスドイツが作者の父祖たちに何をしたか!その視点でアールデコ調の美術館を見れば何とするか!

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② 「影の劇場」
隣の部屋の覗き穴から見ると影絵の世界。幾つもの首つりの風景・中世の魔女狩り・死の舞踏・悪霊たちが漂う・影絵の風景からは見る人によって、内包する魂によって様々なイメージが膨らんでくる。
ボルタンスキーはユダヤ系フランス人の父母の子として1944年にパリ生まれた。ユダヤ人であることから幼少期はナチスの亡霊や差別の幻影に脅かされて育った。ホロコーストの曾祖父や父によって、おぞましい迫害の歴史を聞かされた。その記憶は彼の悪夢や欲望や問いかけとなって、命に焼きつき作品に大きな影響を与えた。
影絵はナチスのユダヤ人迫害の構図か?アウシュヴィッツのイメージや中世の魔女裁判の、暗黒のイメージが漂う。
ただ、日本の至る所に幽霊や骸骨などに出合う。日本人は死者に対する信仰が根深い。その点で日本の伝統にも通じるのではないか,とボルタンスキーは言う。

心臓音

③ 「心臓音」
 暗い部屋の奥に真紅の裸電球が点滅する。心臓の音が脈打っている。世界の無数の匿名の人の心臓音だそうだ。ボルタンスキーは
「心臓音は作家にとって写真や古着にかわる人間の存在/不在の新しいメタファーともいえる。心臓音は人間がこの世に生を受けて初めて母胎の闇の中で聴く音であり、生命の証。しかし、いつか止まる瞬間がくることも私たちは知っている。」と言っている。「心臓音」を原理的に捉えている。生命の証・根源なんだ。初めて生を受けた時、胎児は母体の用水の中でこの音を聞くのだ。音を通して世界に触れるのだ。疎かに出来ないのだね。

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④ 「 眼差し 」
何枚もの薄手の白いカーテンが垂れ下がっている。カーテンの向こうから大きな「匿名の目」がこちらを見ている。女性の目だろうか。こちらの心の中を見透かすような目だ。何枚ものカーテンをくぐり抜けながら大きな目に晒される不思議な体験。匿名の目が亡霊のように私たちを見つめる。容赦ない眼差しに晒されることによって私たちの心に何を感じるか?感性が問われる。
離脱する魂、弔いの花のように何かを訴えかけている。
実はギリシャ人の身分証明書の写真で、国籍は関係がないそうだ。この装置によって、我を見失い、問いを投げかける証人になる。眼による問いかけ。軽い布に印刷され、空気の働きに揺らめく、亡霊のようだ。
部屋の真ん中に、黄金のカバーで覆われた山がある。黄金は「金・富のシンボル」であると同時に「死のシンボル」だそうだ。

アニミタス荒涼とした風景

⑤ ・その一・「アニミタス」
チリの2000mを超えるアタカマ砂漠。最も乾燥した高地。風に揺られてかすかな音を鳴らすのは、数百の日本の風鈴。死者たちへの鎮魂を込めて風鈴は風に揺らぎ鳴り響く。
「アニミタ」とはスペイン語で「小さな魂」を意味し、チリでは亡くなった人に手向けられた「路傍の祭壇」のことを指すそうだ。ボルタンスキーは荒涼たる高地に、朽ちて消滅することを前提に数百もの「歌う魂」を捧げた。荒涼たる高地での風鈴のささやくような鎮魂歌。作品に星との関係がある。星が最もよく見える場所は、インデアン神話では重要なこと。風鈴の奏でる音楽、天空の音楽、この装置は一種の巡礼地になることを願う。

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・その二・「ささやきの森」
一転、情感に満ちた緑の森の木の枝に吊るされた風鈴。そよ風に揺らいで優美な音色を響かせている。鎮魂の響きは木々の間をくぐり抜けてゆく。情感に満ちた、、、幸運の女神。*
*「ささやきの森」の情感溢れたイメージに、クリスチャン・ボルタンスキーの滋味溢れた到達点を見る。最後のホロコースト世代であるアーチストの赦しを感じる。
「ささやきの森」は祈りの場になる。風鈴を購入して札に愛する人の名前を書き込んで吊るすことが出来る。聖なる場として残ること。人々はそこが愛の祈りを捧げる場所であることを知っている。人々はやがて消滅するけれど、愛はそこに残る。そんな巡礼地にしたい。

⑥ K ・ボルタンスキーのメッセージ
私の生命と芸術はホロコーストに結びついている。日本人は実体験していないので、大震災など他の経験を通して、私の芸術を読み取る。震災後の福島は信じ難い光景だった。作品を作りたがったが、日本の友人に記憶が生々しいといわれた。偶然と運命の間について深く考えさせられた。誰にも災害が起こる可能性がある。自分の子どもを抱きしめた数時間後にその子どもを殺す親だっている。誰一人としてそれから逃れられない。人間は善人でありながらも、最も残酷な人間にもなりうる。人は自分とちょっと異なる他者に残忍だ。

「ユダヤ人と床屋を見な殺しにしなくてはならない」
「なぜ床屋を?」
もしユダヤ人や他の属性の人々を皆殺しにする理由が立つのであれば、床屋を皆殺しにする理由も同じだけ存在する。人間をカテゴライズすることによって、人類は残虐なことをしてきた。私は床屋を皆殺しにする10の理由を言うことが出来る。
芸術家の仕事には精神分析的トラウマが見え隠れする。

*2019年、複数の美術館で、彼の大回顧展が日本を巡回開催される予定だそうです。今回の展覧会はそのプレだそうです。

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<クリスチャン・ボルタンスキー>
1944年、パリにユダヤ系フランス人の子として生まれた。
フランスの彫刻家・写真家・画家・映画監督・現代アーティスト。

配偶者に<アネット・メサジェ>(雑誌・刺繍・ぬいぐるみ等身近な小物を使った作品を手掛ける。<聖と俗の死者たち>2008年
兄に<リュック・ボルタンスキー>(1940年~)フランスの社会学者・詩人。著作多し。

*皆さま、本年もお付き合いいただきありがとうございました。本年はこれにて終了とさせていただきます。
 来る新年には、またお目にかかりますように、よろしくお願いいたします。



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  1. 2016/12/13(火) 22:41:51|
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