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『美術/音楽/舞台/読書』「人間が生きる条件ーアイデンティティーについて」 10/15

『美術・音楽・舞台・読書』「人間が生きる条件―アイデンティティーについて」

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*「ホロコーストのリハーサル」より
10/06付のブログ『ホロコーストのリハーサル』で、癲癇病のために叔母が虐殺されたことを成人して知った姪のギーゼラが、叔母の尊厳回復のために新聞広告を出した行為があった。ギーゼラを深く動かしたものは、このままではヘルガ叔母はこの世に存在しないことになる、人々の記憶に刻みこまれないまま消えてなくなることに耐えられなかった。叔母は癲癇病のために家族から隠され犬小屋に閉じ込められたという。兄であったギーゼルの父は犬の話しはしたが妹の話しは一切しなかった。戦後生まれの姪のギーゼルにとって叔母が家族から消された存在であったことがショックであった。家族の襞(ひだ)にまでしみ込んだ「差別意識」は家族・親族・村・町に浸透していったのではないか。容易ならざるものを感じる。
相模原事件の背景として、強く否定する意見ではなく、どこかに肯定するものがあるとするならば、しっかりと見つめていかなければならない。

一方、家族に忘れられ・消された叔母ヘルガは彼女の死後どこにも存在しなかったことになる。身近な人々にも記憶としてさえ残らないのだ。姪のギーゼルは納得がいかなく、どうしたら叔母ヘルガの尊厳回復を行い、彼女が存在したという記憶が残るように出来るか考えて「新聞広告」を思いつく。
ギーゼラの行為は、ひとりの人間が人間として扱われないことへの抗議である。強烈なヒューマンな行為である。人間の尊厳が尊重されること、人々の記憶に互いに残されることが如何に大切なものであるかを物語っている。ヘルガ叔母のアイデンティティーを問う行為であった。

ギーゼラさんの

(新聞広告)
ヘルガ・オルトレップ
あなたはナチスのいいなりになった協力者によって殺された。
家族によっても黙殺された。
わたしは あなたを 忘れない

あなたの姪 ギーゼラより


*「めぐりあう日」より

.ポスターめぐりあう日

存在に対するシャープな問いかけとしてウニ―・ルコント監督が挙げられる。
08/14付けのルコント監督の映画「めぐりあう日」は、実母を知らないまま養子として大人になった女性の「母探しの」物語である。

物語の主人公はパリの夫と別居して出生地であるダンケルクに8歳の息子と住んで母探しをしている。母の記憶はない。彼女にとって複雑である。どういう事情にせよ自分を捨てた母、恋焦がれていたのに関係を拒絶された。憎悪以外に何があるというのか?一方、心の奥の方から湧いてくる否定しょうがない母への感情。母への思慕は幻想的に昇華し、アンドレ・ブルドンの愛の詩「あなたが狂ほしいほどに愛されることを、私は願っている」が究極の愛として彼女のなかで幻想化される!
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しかし、「匿名出産」の壁に遮(さえぎ)られて「母親探し」はうまくいかない。自分のルーツが解らないことと、息子がアラブ系の顔立ちをしていて自分にあまり似ていないこともトラウマになっていた。(父母のどちらかがアラブ系だと認識している。)又、彼女は妊娠していて、産むかどうしょうか悩んでいた。自分自身のアイデンティティーを掴めないのに――生きる根拠が掴めない――息子にも負い目があるし(従って息子もルーツが掴めない)、新たに子供を産めるか?という疑問、産んだ子に対する母親の責任・愛。子にとって母と言う存在の大きさ。悩み考えた果てに中絶してしまう。

その直後皮肉にも実母を発見!彼女、衝撃的に母を拒否!
映画は如何にして母を受け入れてゆくかが展開されてゆく。感動的だったのが、彼女の施療の方法である。母が我が子を抱え込む様に、娘は母親を愛しい最愛の嬰児を包む様に施療を行った。肌と肌の接触、赦しと愛とのつながりの施療。このシーンは魂をかきむしる。
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(監督のルコント自身、韓国の孤児でフランスに養子として貰われてきた。自身の個的体験が核となって「春の小鳥」を制作、2作目が「めぐりあう日」である。孤児として養子に出される体験の痛烈な痛みが作品の原点になっている。孤児として外国の家庭での養子。まさにアイデンティティーを問う中での成長だった。壮絶な内面が想像される。彼女の製作はまだまだ続く。我々は見守ってゆくしかないであろう。)

*「自己の生きる価値を求めて」
ある人から聞いた話である。フィクションではない。だが、聞いた話なので多少のお話しとしてまとめてみよう。

ある家庭があった。兄妹や親族も芸術家や学者など文化の匂いのするリベラルな家庭が多かった。ところが、ご両親が離婚することになって、まだ嬰児だった二人の子どもは母についていった。しばらくして母は子連れで再婚した。二人の子どもはその頃ことは全然覚えていないという。子どもたちはすくすくと成長して立派な少年少女になった。高校に進学の時、必要があって戸籍を見た。それで実父がいることがわかった。実父の祖父や叔父・曾祖父には優れた芸術家がいたことがわかった。高校に入学するまで全然知らなかった。自分には優れた芸術家の血が流れていること、それを誇りとして生きられると思っているそうである。遠い西の地から東京へ、自分のルーツを追ってわざわざ訪ねて来られたそうだ。
ここまでのお話は「アイデンティティー」でもいい話で終わっている。今日はここまで。

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  1. 2016/10/15(土) 17:50:03|
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