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『2016年映画』「めぐりあう日」(監督ウニ―・ルコント、主演セリーヌ・サレット、アンヌ・ブノワ8/14

『2016年映画』「めぐりあう日」(監督ウニ―・ルコント、出演セリーヌサレット、アンヌ・ブノワ、
                                     
                                    エリエス・アギス) 8/14
.ポスターめぐりあう日



孤児となった少女が韓国からフランスへ養子として旅立つまでを描いた「冬の小鳥」のウニ―・ルコント監督。それから6年後、産みの親を知らずに育った女性が、30年の歳月の果て、実母とめぐりあうまでの日々を描いた本作「めぐりあう日」。母親を知らぬままに大人になった女性の「母親探し」の物語、自己のアイデンティティーを執拗に求める感動的ドラマ。


理学療法士(身体の機能回復をサポートする)をしているエリザ(セリーヌ・サレッ)は、パリで夫と10歳になる息子と住んでいた。
彼女は「産みの親知らずの養子」として育ったため、実母を探していたが、「匿名出産」(匿名で出産した女性を守る法律)の壁でなかなか実母を発見出来なかった。自ら調査しようと夫をパリに残して、自分の出生地であるダンケルクに息子と引っ越してきた。しかし、エルザが生まれた産院も移転し助産婦も行方が分からない。「匿名」の壁は厚く、実母調査はなかなか難しい。

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ダンケルクはドーバー海峡に近く、英国やベルギーと接している。第2次大戦の激戦地で壊滅的な被害を受け、戦後、復興のために海外から多くの労働者を受け入れ移民の多い町だ。重工業の発達した現代都市。砂浜の海岸が続いていて、パリとは違った色々な国の移民が集まっている。哀愁を帯びたアラブ風のトランペットの曲がダンケルクのシーンでは流れている。
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10歳の息子ノエ(エリエス・アギス)はアラブ系の容貌なので、実父母にアラブ系が入っていると予感しているエリザ。息子が学校で「豚肉はダメなんだろう!」と虐められているのを庇った用務員のアネット(アンヌ・ブノワ)は、息子のノエを見守るようになった。
アネットは或る日、犬の散歩中に転倒して背中を痛めて、学校から聞いてエリザの診療所にやってきた。アネットは「長いまつ毛ときれいな青い目をしたお子さんですね」とノエを誉める。エリザの施術を受けるアネット。ある時エリザはアネットに「子どもはいるか?」と尋ねるが、ノン(否)だった。又、或る時アネットがエリザに、「ノエはあなたの実の子?」と尋ねると、「養子は私の方よ」と切り返され、次第に心が乱れ始めるアンネット。エリザを30年前に産み、放棄した子ではないかと思い始める。
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エリザの施術は身体の機能回復をサポートするために、素手で患者の肌に触れ揉みほぐす。素手と肌が触れ合い、肉が肉を揉み合い、身体の深部の機能を回復させてゆく。このエリザの施術が、映画のドラマにとって重要な意味を持ってくる。
エリザの施術を受けるアネット。晒した裸体はでっぷりと脂肪のついた人生の峠を越えた「肉体」だ。映画はリアリズム、容赦なくアネットの贅肉の塊のような肉体を晒す。
エリザの施術は、寝そべらせた患者の全身を、母親が我が子を抱き抱えるように、子を夢の世界で、ゆり籠で揺するような、施術を施す。幻想的な目眩いシーンである。ピアノとトランペットの静かな調べが流れて、、、(胸がわしずかみされるような)

①DSC_9471

アネットがエリザに手紙で実母であると打ち明けることから急な展開が始まる。
30年前、故郷に妻子を残して出稼ぎに来ていたアラブの男をアネットは愛した。ノエと同じょうな青い目をしていた。アラブの男は故郷に帰り、妊娠してたアネットはどうしても産むと言ってきかなかった。アネットの母ルネ(フランソワーズ・ルブラン)は娘を匿名出産させ、産まれたエリザを養女に出してアンネットを庇って生活してきた。突然現れた孫娘のエリザに腹立たしさをぶつける。


シュールレアリスムの創始者アンドレ・ブルドンの詩の中に、まだ幼児の我が子に宛てた一節
「あなたが狂おしいほどに愛されることを、私は願っている」

その詩が朗読されて、映画は終わる。ちょっと唐突だが、監督ウニ―・ルコントの切ない感情が込められている。産みの親から一切絶縁された人生は、己の人生が肯定感がない不毛なものだと言っている。自己のアイデンティティーを掴むためには、また、他者と人間関係を築くためには、避けて通れないのだと言っている。


マルガレーテ・フォン・トロッタ監督の「生きうつしのプリマ」と

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ウニ―・ルコント監督の「めぐりあう日」
エリザDSC_9488

の二作品を見ての感想を書きました。二人の優れた女性監督は似ているようなテーマを追求しているようです。映像作家フィオナ・タンも同じです。己のアイデンティティーの追求です。そしてそれは、
「人はどこから来て、どこへゆくのか」
に。つながってゆくはずです。


暑い日々が続きます。皆さまお体を大切に。

しばらく、お休みをいただきます。









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  1. 2016/08/14(日) 18:51:04|
  2. 『2016年映画』
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1
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コメント

普遍感情

いつもメッセージありがとうございます。

貴BLOGの記事はほんとうに
良質で
どの作品にも
惹かれてしまいます・・。

アンドレ・ブルドンの
「あなたが狂おしいほどに愛されることを、私は願っている」

こちらは
子をもつ親
まして
自分の手で育てられない状況の時に
願わずにはいられない
親の普遍感情の様
ですね・・・。


  1. 2016/09/15(木) 15:05:15 |
  2. URL |
  3. 紗希 #YrGnQh/o
  4. [ 編集 ]

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