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『美術/音楽/舞台/読書』「≪さくらんぼの実る頃≫と桜桃忌」-山村國晶さんのブログによせて・6/28

『美術/音楽/舞台/読書』「≪さくらんぼの実る頃」 と桜桃忌―山村國晶さんのブログに寄せて」6/28

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画家山村國晶さんのブログに、6月のこの時期の想い出として、太宰治の「桜桃忌」とシャンソン「桜んぼの実る頃」について触れていた。私にとっても多少の思い出がある。

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① 三鷹―玉川上水
*太宰が心中した玉川上水の場所はJR三鷹駅の近くだ。三鷹から吉祥寺の方に玉川上水沿いに右側を戻っていく一帯を「下連雀」といった住宅街で、私の中学の国語の先生のお宅がその近くだった。先生のお宅を訪問すると必ず玉川上水を通った。当時玉川上水を見て、こんな所でよく死ねたなぁーと不思議がったものだった。
*その頃、野田宇太郎の「東京文学散歩」(?)をたよりに、東京の街を歩いた。三鷹からのコースでは、三鷹駅北口の国木田独歩の詩碑―太宰と鴎外の墓のある「禅林寺」-多摩霊園―国立天文台―深大寺―神代植物園(まだ出来ていなかった?)など何度か散策したことがある。

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「禅林寺」には鴎外と太宰の墓が背中合わせに近い位置にあった。偶然かと思ったが、鴎外を尊敬する太宰が近くに建てたらしい。太宰の墓の前で弟子の田中栄光が後に自殺している。
鴎外の墓に惹かれた。本名の「森林太郎」だけが彫られていた。遺書にあるように「岩見人、森林太郎として死せんと欲す。」「栄典は絶対に取止め。」軍医総監という軍医の最高位まで登りつめた鴎外が、死ぬときは一個人として死んでゆく覚悟に清清しさを感じた。古武士的な生き方を感じた。
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② シャンソン「さくらんぼの実る頃」
フランス語でなくても日本語でもいいから覚えて歌いたいと思っていた。2000年パリに画家の白山先生のアトリエを訪ねた時、先生に案内されて、モンマルトルから葡萄畑―サクレ・クール寺院―アトリエ洗濯船跡を散策していた時、白山さんは「さくらんぼの実る頃」を歌いだした。しみじみと心の底に伝わってくるような唄であった。

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後に、東京に帰ってから調べると、「パリ・コミューン」に関係する奥の深い歌だということを知り、白山さんもそのことを踏まえて歌っていたのだなぁーと思った。

*「さくらんぼの実る頃」
銅工職人でパリ・コミューンに参加したジャン=バティスト・クレマンが作詞し、テノール歌手のアントワーヌ・ルノワールが曲を付け、1866年に発表された。

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さくらんぼの実る頃のはかない恋と失恋の悲しみを歌った曲。コミューン崩壊後の1875年前後――「血の1週間」の参加者への多数の虐殺への哀悼の思いを込めて、第3共和政に批判的なパリ市民が歌ったことから有名になった。

<意訳>
私たちはさくらんぼの季節を歌う
ナイチンゲールやマネシツグミが陽気に囀り
みんな迎えてくれる
美しい娘たちの心は狂おしく
恋人たちの心は太陽に満たされる
私たちはさくらんぼの季節を歌う

でも、さくらんぼの季節はとても短くて
夢の中で探す
失くした片方のイヤリング
愛はさくらんぼの実と同じ衣を纏い
滴る血となり葉の下に落ちる…


あなたがさくらんぼの季節にあって
失恋を恐れているならば
美しい娘たちを避けなさい!
つらい想いを恐れていない私は
私は苦しみなくて一日として生きていけないでしょう…
あなたがさくらんぼの季節にあるとき
あなたはまた恋を失うでしょう!

私はいつもさくらんぼの季節を愛する
あの時から私は心に秘めている
開いた傷を!
そして私に運命の女神が遣わされようと
私の痛みを押し静めることはありません
私はいつもさくらんぼの季節を愛する
そして、私が心にある思い出を!


第1章から3章まで,「さくらんぼの実る頃」のはかない恋を歌っているが、4章の「開いた傷」「私の痛みを押し静めることはない」「心にある思い出」とあるように、単なる甘い恋の歌ではないこと・「血の1週間」の虐殺への哀悼を込めた曲になっている。

*「パリ・コミューン」
1871年、世界で初めてパリで行われた労働者による革命政権。パリ各地区から選出された代議員によってコミューン(自治政府)を組織したが、プロイセン軍の支援を受けた政府軍と「血の1週間」の激戦の後崩壊・虐殺された。自由・平等・連帯によって築かれた組織は、労働者の団結・基礎教育の保障・集会と結社の自由・言論の自由、、、後の人々の理想として語り続けられた。

③ 参院選・序盤の情勢として「改憲勢力『2/3』伺う」と各紙が伝えました。皆さん!ここで負けるわけにはいかないのです。戦争をする国になっては、戦後70年が何だったのでしょうか?改憲絶対阻止です。頑張りましょう!

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山本太郎が推薦している東京地方区の三宅洋平(無新)の街宣風景です。25日の渋谷交差点です。歴史は変わるか?!




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  1. 2016/06/28(火) 11:28:46|
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