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『2016年ボスの旅』 ⑫4月11日 「キューケン公園からマウリッハウス美術館へ」5/21

『2016年ボスの旅』⑫4/11「キューケン公園からマウリッへ美術館」5/21

キューケンホフ公園
 
*「キューケンホフ公園」
15世紀ヤコバ伯爵夫人のハーブ栽培場だった。1949年リッセ市の市長と球根花の生産者と輸出業者が発起人となって、球根の展示会が行われた。敷地面積32万K㎡(東京ドームの7倍)の広大な土地に700万株の花が植えられている。
オランダの花輸出は世界のシェア60%、バラ、菊、カーネーション、ユリ、チューリップなど。球根では、チューリップ、ヒャシンス、グラジオラス。

キュ公園

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珍しい青い蘭を見た。名も知らぬ花々に囲まれて、昨日のボス展を思っていた。ボスの絵17点、見ている時は夢中だったがもっと落ち着いて見たかった。出来れば何日も通って、、、非現実の空想に陥るのであった。しかし、ボスは何故地獄絵に拘るのか?もっともっとボスの心像に入らなければつかめないだろう。
公園内で各自ランチ・フリー。絵ばかりの日々で眼の疲れを癒すのにはよかったもかも知れないか? 4時間の休息を何故かもったいないという感情が一方にあり、心は昨日のボス展にゆきがちである。
チューリップはまだ花を咲かせていなかったがヒャシンスが咲いていた。

*「デン・ハーグ」

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国会議事堂を始めとして政府機関、各国の大使館が集まっており、オランダの政治の中心。宮殿もあり、ロイヤルシティだ。

*「ビネンホフ」
「騎士の館」と言われてオランダの近代政治史の舞台。現在は「国会議事堂」「政府機関」として機能している。

*「マウリッハウス美術館」

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王立美術館、オランダ総督ウィレム5世とその子の初代オランダ国王ウィレム1世の収集が中核となって、1822年王立美術館として開館した。最近大規模な拡張工事が行われ、2014年に完成した。オランダ絵画特に世界で30数点しかないフェルメールが3点もあることが注目されている。
・カメラはノー・フラッシュなら許可されている。
・作品
+レンブラント「テュルプ博士の解剖学講義」(レンブラントの出世作。集団肖像画の傑作。)「自画像」
+フェルメール「デルフトの眺望」「真珠の耳飾り」「ディアナとニンフたち」
+ファン・デ・ウエイデン「キリストの降架」
+ルーベンス「聖母マリアの被昇天」
+花の画家ヤン・ブリューゲルとルーベンスの合作「地上の楽園」
+動物画の巨匠パウルス・ポッター「雄牛」

*フェルメール「デルフトの眺望」

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運河と市壁に囲まれた町デルフト。現在でも運河クルーズが盛業だ。デルフトか
ら運河は外せない。市の南端のスヒー川の対岸からの眺め、中央にスヒーダム門、
右にロッテルダム門、スヒーダム門の時計から朝の七時過ぎだという。二つの門
の間から新教会の塔が明るく照らされている。画面の上の半分を大空にあて、白
い雲がたなびいている。対岸の前をスヒー川が静かに流れている。川表には対岸
の門や家々の影が映っている。手前の河岸には六人ほどの人影が見える。
フェルメールは実際の情景を描写したのではあるまい。これは「デルフトの町」
へのフェルメールのオマージュである。これが描かれたのが1660年頃、その少
し前の1654年にデルフト町の弾薬庫が大爆発して、市の4分の1が破壊され
死者100人以上、数千人が負傷する大惨事があった。フェルメールはこれを踏
まえて、祈りとして我が愛する町デルフトへのオマージュとして描いたものだ
ろう。現在の「眺望」の場所探しに付き合っているうちに、「デルフトの眺望」
がフェルメールの最大の傑作ではないかと思えてきた。



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  1. 2016/05/21(土) 16:01:45|
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