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『2016年ボスの旅』 ⑧「悦楽の園」その㈠ 4/30・5/4

『2016年ボスの旅』⑧「悦楽の園」その㈠ 4/30・5/4

悦楽の園 全体図

どうも私の考えていたことが違うのではないかと思ってきた。「エスコリアル」の「枯れ草車」での貪欲な快楽の追求は、その果てに「最後の審判」が下され、大火災と怪物と悪魔が横行する恐怖の地獄で人間は責めたてられる、と思っていた。欲望の赴くまま生きると地獄で恐ろしい目に遭うぞという警告の画だと思っていた。ボスはそんな単純な画家ではないのだ!? 「悦楽の園」は真逆の世界の探求ではないか!性の楽園・性の謳歌を呆気からんと歌いあげているではないか!エデンの楽園を高らかに歌いあげているではないか!

僕なりに作品を見ていく。

①トリプティック(三連画.祭壇画)=外翼パネル・天地創造

パネルDSC_8945

カトリック美術において、祭壇の背後を飾る絵画を祭壇画といい、中央と左右をつなぎ、開閉式で普段は閉じて絵を保護していた。閉じた外翼パネルにも図像を描いたものもあった。
ネーデルラントの祭壇画は、トリプティック(三連画祭壇画)が多く、ボスの「悦楽の園」はまさしくそれで、外翼パネルにも「天地創造―ノアの箱舟と洪水」が描かれていた。「天地創造」の世界である。暗黒のガラス玉の中に≪世界≫がある。旧約の「創世記」の世界だ。
1日目・暗闇の中、神は光を作り、昼と夜が出来た。
2日目・神は空(天)を作った。
3日目・神は大地を作り、海が生まれ、地に植物を生えさせた。
4日目・神は太陽と月と星を作った。
5日目・神は魚と鳥を作った。
6日目・神は獣と家畜を作り、神に似せた人を作った。
7日目・神は休んだ。
ボスの外翼パネルは何日目だろうか?多くの研究書では4日目とされている。問題は「ノアの洪水」の前後だそうだ。後か?前か?「ノアの洪水」(全てが無くなり最初からやり直し)の問題は絵全体の評価に関わってくる?

しかし、これがカトリックの祭壇に掲げられ、人々は祈りを捧げたのだろうか?ともかく、祭壇画の形式をとっている。

外翼を開くと、左翼・中央パネル・右翼と三連画の世界が展開されている。

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② 左翼パネル=エデンの園
<エデンの園>を表し、あらゆる生物、人類の誕生を描く。
*絵の中央の赤い奇妙なものは<生命の木>で、丸い大きな円形を介して<生命の泉>とつながっている。円形の中に<フクロウ>がこちらを見ている。<フクロウ>は何の象徴か?ボスは色々場面でよく使う。ここでは外翼パネルの中心にて世界を見る目となっている。世界で起ること、人類が起すこと見ている。

*上部は原始の山々を鳥たちが群れを成して飛んでいる楽園。地上にも無数の鳥がおり、鹿や猪、兎などもいる。山や森の木々には葉や実が実り、春の健やかな息吹きを感じる。また、生きとし生きる者が生き、弱肉強食の世界でもある。

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*画面下部では神がイブの右手をもってアダムに引き合わせている。優雅な金髪のイブの美しさに心奪われて、アダムの目はイブに心奪われている。誘惑とそれに伴う罪の始まりが暗示されている。イブの後ろの兎は好色と繁殖のシンボルで、人類の好色と多産の歴史を暗示している。ここでは神がアダムとイヴを結婚させたのであり、楽園から追放したのではないことを明記しておきたい。
②DSC_8951

③ 中央パネル=テーマの展開

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まずテーマから
500名を超える裸体の男女の、性の楽園・性の謳歌ではないか!それぞれの構図や人の動作や形、動物・植物などの寓意や意味は解らぬものが多いが、まさしく楽園幻想である。性の祭典・カーニバルである。画面は後・中・前景に分かれる。
景DSC_8957

*中景=真ん中に楕円形の池があって、裸婦が水浴を楽しんでいる。池の周りを裸体の男たちが馬や大鹿や熊や訳の分からぬ動物たちに乗ってメリーゴーランドのように巡っている。男たちは10人近くの束になって楽しく騒ぎ立てるように巡っている。池の裸婦たちを挑発しているのだ。池の裸婦たち(黒人もいる)―頭の上にサクランボやカラスや白鷺が乗っかっている。サクランボ等はどういう意味を持つのか?ある研究書に「女陰」とあった。女たちは自身の象徴で男共を誘っていることになる。(絵の図表の意味を解くのは大変だなあー)

*遠景=上部真ん中に大きな池が四方に広がっている。池の真ん中に左翼と同じように青い球体だが<生命の元>があって、男女が戯れ愛し合っている。
池の四方の端に奇妙な立方体があり、中央から湧き出た水が流れて行って、それぞれの立方体の穴から世界に向かって流れていく。四方の立方体は天に向かって様々な花を咲かせている。立方体にも男女の睦み合う姿。性の愉楽の謳歌!

周りDSC_8958

*前景=下部は裸体の男女が、100人以上幾つかのグループに分かれて思い思いのことをしている。カップルもいるが、よく見ると三人一組が多い。
・下部左・手を差し伸べる男、視線は左翼パネルの神に向かっている。差し伸べた手はどういう意味を持つか?右手の先に左翼のエデンから来た鳥がいる。男の隣は黒人女が頭の上に真っ赤なリンゴを乗せている。このグループと対になるのが右下・穴の入り口のところで、肘をついている大きなリンゴを持っている女を指さしてこちらを見ている男。こちらのリンゴは腐っている。左下のリンゴから右下のリンゴ、時間の経過を表すという。長い快楽の果てに地獄に向かうというのか。この二人をアダムとエヴァと推理する説もある。

部分DSC_8961

・リンゴ、いちご、サクランボ、ぶどう、ザクロなどの果実が、人物群や魚や鳥などの関係を持って描かれている。果実は肉体の喜びであり、又、滅びゆくものだという。
・果実の皮の住居=いろいろな意味があるそうだ。人間が入る容器になるという事は果実が食いつくされたことを意味する。中世ドイツ語で「争い」意味し、皮の中では激しい恋の争いがなされているという。
・足が逆さにY字型になって水に頭を突っ込む=自由意志を表すという。
・貝を運ぶ男=二枚貝は女性の生殖器、貝殻の中で交わって精液が真珠となっているのが描かれている。
・魚=貝が女性の生殖器であるのに対して、魚は男性の生殖器だという。
・フクロウ=ボスは好きだったようで色々な場面で使っている。①ミネルヴァのアトリビュート(知恵の属性) ②知恵 ③死 ④眠り ⑤夜など多様な意味を持つ。場面によって判断すしかない。

ボスが絵画の世界で描いている構図・寓意・象徴・意味は到底解るものではない。
さくらんぼうDSC_8960

「悦楽の園」では外翼・左翼・中央とここまで来て、「悦楽の園」が性の大胆な肯定と悦楽の楽園を描いたものと確信する。ボスを異端のアダム派の画家と見て否定する論調がある。欲望のあるがままに生きてゆけば罰として地獄が待っている。といった論調ではボスの世界を包括出来ないし、人間はそんな単純なものではない。「中央パネル」の世界を読み切れない言が多いのではないか?一体、これは祭壇画として使われたのか?形は三連想祭壇画だが、絵画鑑賞用の作品だったのではないだろうか?ボスは「聖母マリア教会」の有力な会員だし、葬式も教会が出した記録がある。ボスの絵を愛したスペインのフェリペ2世もカトリックの総本山みたいなものだ。今では奇怪と思えるグロテスも当時は受け入れたと解釈するしかないだろう。いや、奇怪・グロテスクと思う現代人が甘いのではないか?






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  1. 2016/05/04(水) 19:56:42|
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