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『2016年ヒエロニムス・ボスの旅』⑦「ヒエロニムス・ボスについて」他 4/27

『2016年ボスの旅』⑦ 「ヒエロニムス・ボスについて」他  4/27

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( 「アラスの素描集」にある肖像画の模写でボスの自画像に近いと言われている。1550年頃)

⑴ ヒエロニムス・ボス
* ヒエロニムス・ボス(1480年頃―1516年)は15~16世紀の初期ネーデランド代表的な画家。ファン・アイク(1390-1441)、ロヒール・ウェイデン(1399-1464)ピーテル・ブリューゲル(1525-1569)と並ぶ4人の1人。

* 北方ルネサンス絵画創世記の1人。北方絵画は写実主義が伝統となった。聖母画がファン・アイク。宗教画と肖像画がウェイデン。ボスから出発したブリューゲルが風景画や農民風俗画。ボスは人間世界の非情な姿と地獄の幻想を描いた。ボスはダ・ヴィンチ(1452-1519)と同時代を生きた。イタリア・ルネサンスと北方ネーデル絵画、両者の生き方・絵画の世界がどう違っていたのだろうか?
* 本名はイェ―ルン・ファーン・アーケン。オランダ語でイエロ二ムス・ボス。
先祖はドイツからの移住者で、ベルギー国境に近いス・ヘルトーヘンボスの代々画家の家系に生まれた。祖父、父、叔父、兄弟皆画家であった。生前の資料に乏しく、生涯には不明な点が多い。父の元で画家としての修業をして独立した。
富裕な家の娘と結婚し、町のキリスト教団体「聖母マリア兄弟会」に所属し、名士として活躍して絵の注文を受けていった。
* ヨーロッパ各地の支援者から注文を受けていた。特にスペイン王フリッペ2
世は熱烈な愛好者で傑作がマドリードに残された。ところが、16世紀の宗教改革運動での「偶像破壊」を受けて作品が紛失し、現在確認される作品は30点余に過ぎない。一部の作品には、補正や修正、工房作、後世の模作も見られ、真贋の判別の困難な物もある。

⑵ 年表・時代 = 中世の末期からルネサンスへ

*<ペストの大流行1347-51>
*<百年戦争1339-1453> <ジャンヌ・ダルクの活躍1429>
*<十字軍の遠征12世紀、オスマンによるビザンティン帝国の滅亡1453>
*<大航海時代コロンブス1451-1506、マゼラン1480-1521>
*、インカ帝国1532、マヤ文明15世紀分裂>
*<ルネサンス=イタリア14・15世紀、ネーデルラント15・16世紀>
*<宗教改革と印刷技術、ルター1517、カルヴァンの改革1541、グーテンベルクの活版印刷機15世紀中期>
*<スペイン絶対王政1479-1580・オランダの独立1581>

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(15世紀のスヘルトーヘンボス。1450年頃ボスはこの町で生まれ生涯この地で生きた。)

1450・「ボス、生まれる」 
1452                                レオナルド・ダ・ヴィンチ生誕
1453               東ローマ帝国・百年戦争・終焉、オスマン、コンスタンチノーブル征服
1454・「祖父ヤン・アーケン死去」
1455                                グーテンベルク・印刷聖書出版
1462・「父アントニウスが市場広場の家」を購入
1464                                ロヒール・ウェイデン死去
1466                                ロッテルダムのエラスムス生
1471                                アルブレヒト・デューラー生
1472                            トマス・ア・ケンビス「キリストにならいて」出版
1474・公記録に「ヒエロニムス」の名が出る
1475                               ミケランジェロ生誕
1477              シャルル突進公戦死、後継ブルゴーニュのマリア、ハブスブルク家の
                 マクシミリアンと結婚。
1478                           ヤコブス・デ・ウォラギネ「黄金伝説」
1480・「父アーケン」死去、・「ボス、アレイトファンデン・メールフェネと結婚。」
「聖母マリア兄弟会」が「画家ヒエロニムス」の古い祭壇画の翼画パネルを購入
1481・「兄弟妹に市場広場の家と土地を譲渡。」
1482                        ブルゴーニュのマリア死去
1483                        ラファエッロ生誕
1484・「妻の兄ホヤルトから、オイルスホットの土地を相続。」
                占星術の予言で災厄の年とされる。ローマ教皇インノケンティウス8世
                魔術を異端とする教書を発布。「トンダロの幻視」出版。
1486・「聖母マリア兄弟会の会員になる。」
                              「魔女の鉄槌」出版
1488・「白鳥の宴に招待される。」
1493                          マクシミリアン1世神聖ローマ皇帝
1493・「聖母マリア兄弟会の礼拝堂のためにステンドグラスの下絵制作」
1494               フィリップ美公ネーデルラント統治。セバスティアン・
                   ブラント「阿呆船」。ハンス・メムリンク死
1498                サヴォナローラ処刑。デューラー木版画連作「ヨハネ黙示録」刊行
1499・「自宅で白鳥の宴を主催、」
1524                大洪水予言が広まる。
1502・3・「高額納税者となる。」
1503・4 ・「3人の弟子を持つ、」
1504・「フィリップ美公、ボスに「最後の審判」を委嘱」
1506                     フィリップ美公死去
1507                    オーストラリアのマルガレ―テ、ネーデルラント総督に。
1508・「マリア兄弟会の礼拝堂のために十字架の下絵制作、高額納税者となる。」
1510・「白鳥の宴主宰」、                ボッティチェリ死
1512                           ミケランジェロ「システィーナ礼拝堂天井画」完成。                    
1512・「マリア兄弟会の礼拝堂のシャンデリアの下絵制作」
1516・「8/9ボスの葬儀がマリア兄弟会の礼拝堂で催される。」
1517                           マルティン・ルター、95か条の論題を掲げる
1519                           ダ・ヴィンチ死
1520                           ラファエッロ死、
                              デューラーネーデルラントを旅行。
1522・「ボスの妻アレイト死」 

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(スヘルト―ヘンボスのヤンス大聖堂の付属彫刻。ボスは怪物を造形するとき参考にした。)

⑶ ボスの作品(真贋も含めて)

*「エッケ・ホモ」  1468  フランクフルト・シュテ―デル美術館
*「「七つの大罪と四終」1475   プラド美術館
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(「七つの大罪と四終」1475年 プラド美術館 )


*「愚者の治療」   1475   プラド美術館
*「キリストの磔刑」 1475  ブリュッセル王立美術館
(*「いかさま師」   1475 サンジェルマン・アン・レー市立美術館)
*「手品師」     1475  サンジェルマン・アン・レー市立美術館
*「大食のアレゴリー」1508  エール大学付属美術館
(*「行商人」         ロッテルダム)
*「快楽の園」    1480    プラド美術館
*「放蕩息子」    1486  ボイマンス・ファン・ベーニンゲン
*「パトモス島の聖ヨハネ」  1488  ベルリン国立絵画館
*「荒野の洗礼者聖ヨハネ」 1488 マドリード・ラザロ・ガルディア―ノ美
*「愚者の船」      1490  ルーブル美術館
*「守銭奴の死」     1490  ワシントン・ナショナル・ギャラリー
*「十字架を担うキリスト」 1490 エスコリアル修道院 
*「十字架を担うキリスト」 1490  ウィーン美術史美術館
*(「干し草車」             同     )
*「干し草車」    1500   プラド美術館
*「聖アントーニの誘惑」1493    リスボン国立古美術館
*「聖アントニウスの誘惑」   プラド美術館
*「楽園―祝福された者の楽園への上昇」1500ヴェネツィア・ドゥカ―レ
*「地獄―呪われた者の堕落」 1500        同
*「聖ヒエロニムス」   1488      ゲント市立美術館
*「東方三博士の礼拝」 1510  プラド美術館
*「最後の審判」    1510  ウィーン美術アカデミー
*「十字架を担うキリスト」 1515  ゲント市立美術館

*:素描
・「聖アントニウスのいる風景」ペンとインク ベルリン国立美術館版画
・「卵のなかの合唱」               同
・「魔女と蜜蜂の巣箱」     ウィーン・アルベルティ―ナ版画素描室
・「樹木人間のいる風景」          同
・「フクロウの巣のある風景」 ロッテルダム・ボイマンス・ベーニンヘ美-




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  1. 2016/04/27(水) 22:01:01|
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ヒエロニムス・ボス

お帰りなさい。ご旅行の成果の大きさのわかる記事で、興味深く拝読しました。むかし、故・粟津潔さんの話を聴く機会があり、そこでボスについて言及されていたのが、この画家との最初の出会いであったこと、これも故人になった渡辺一夫が『パンタグリュエル』の最後の方の描写が、ボスやブリューゲルの絵画と共通するものを感じさせると書いていたことなどを思い出します。ボスの絵を愛好したスペインのフェリペ2世が、宗教裁判と新教徒弾圧とで歴史に悪名を残している(もっともフィリピンという国の名前は彼の名に由来している)ことを考えると、いろいろと考えさせられます。
  1. 2016/05/02(月) 16:03:09 |
  2. URL |
  3. たんめん老人 #jTQx0736
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