FC2ブログ

私の見た映画・美術・

映画・美術・イタリア旅行の紀行文の紹介です。

『2019年映画』「僕たちは希望という名の列車に乗った」ドイツ映画

2019年映画』「僕たちは希望という名の列車に乗った」(監督ラース・クラウメ
               出演レオナルド・シャイヒャー。トムグラメンツ
               ロナルト・ツェアフェアフェルト 6/1

DSC_2940.jpg

 1950年代は僕らにとって文学に目覚め、西欧の思想や共産主義というものにも出会った、色々なものに出合った覚醒期だった。ソ連とか共産主義がバラ色の布で覆われた時代であった。(その後失速するが)戦争が終わり日常に平和が訪れた、60年の安保闘争までの、全世界がまだぼやけた霞みがかかった時代であった。

 共産主義がバラ色に思える一方、ハンガリー動乱、ポーランドの民主化、ワレサの連帯、プラハの春、東欧ではソ連型一党独裁政権の強圧に抗して、民主化を求めて民衆が立ち上がった。それに対して必ずソ連の戦車が出てきて民主化を弾圧。デモと戦車、戦車と市民のデモの対立という構図が戦後東欧史の僕のイメージに強く残っている。

 映画は1950年代の東ドイツのエリート校の高校生たち。第2次大戦が終わり社会主義国として踏み出した、青春の真っただ中にいた彼ら。ドイツ映画「僕たちは希望という名の列車に乗った」は、一九五六年の「ハンガリー動乱」が関係して、東ドイツの高校生が主人公だ。ある時、二人の高校生が西ベルリンに行き、映画館に入った。(ベルリンの壁が出来たのは1961年、それまで東西の交通は可能だった)ニュース映画が付いて、ハンガリー動乱が、ハンガリー国民の自由を求める運動であると報道されているのを見て、二人は衝撃を受けた。当時の東ドイツ国家権力は「ハンガリー動乱」を「反革命」と断罪した。しかし、若者たちは納得しない。ソ連の支配の息苦しさに抵抗して抗議の声を上げたのではないか。僕たちも自由を求める彼らに連帯すべきではないか。二人は学校でクラスに訴えて、動乱の死者たちへ「二分間の黙とう」を捧げた。ここに戦後の東ドイツ社会主義の若々しさを見る。

 「2分間の黙とう」がソ連圏の東ドイツでは、「国家への重大な犯罪」になってゆく。校長を越え、共産党の幹部が乗り出してくる。女性でナチのゲシュタポのように怖い共産党の幹部、ケスラー。「首謀者は誰か?何を狙っているのか?黙とうしたのは誰と誰だ?」犯人捜しが始まった。クラスの生徒一人一人、呼び出して追求する。言わないと退学だと脅迫する。犯人捜しの手法は隠微で過酷なものだった。

 彼らが通う高校の進学コースは、将来を約束されたエリートへの道だった。彼らに退学という脅しは将来を左右する決定的な揺さぶりだった。だが、ナチばりの脅しによく耐えた高校生たち。また、彼らの祖父や父親に暗い影として付きまとうナチイズムの過去。ナチと社会主義が彼らの家族の歴史に深く反映されている。
共産党幹部ケスラーの巧妙で隠微な追求は、西ドイツに行って卒業試験を受けようと決心するまでに追い詰めた。彼らの家庭の事情によって「西行き」は家族を引き裂くこともあった。果たして、彼らの運命は、、、どうなるか?西へ行って卒業試験を受けられるだろうか?

映画の最後に字幕で東ドイツに残った4名を除いて全員が西ドイツに行き卒業試験を受けたとある。映画の舞台は1950年代で戦争の傷跡が残っていた。作中人物の家族関係で表現される。父親がナチ党員だったので夫に引け目を感じて服従している母親。社会主義者として命を賭けたとされた父親の隠された秘密。ナチスに付けられたという共産党幹部ランゲの首の切り傷。
しかし、高校生たちは古い戦争の傷跡を越えて生きてゆくのです。高校生たちの生き方・行動力に新しい息吹を感じます。
DSC_2951.jpg


2019年公開 (ドイツ映画)
監督     ラース・クラウメ
スポンサーサイト



  1. 2019/06/01(土) 10:40:42|
  2. 『2019年映画』
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0