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映画・美術・イタリア旅行の紀行文の紹介です。

『2018年映画』「葡萄畑に帰ろう」(ジョージア・エルダル監督)12/26

『2018年映画』「葡萄畑に帰ろう」(ジョージア・エルダル監督)12/26

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ジョージアはコーカサス山脈の南、黒海とカスピ海の狭間の土地、ヨーロッパとアジアに挟まれた東西文化・民族の交流地であった。昔グルジアと言った。ペルシャ・アラブ・モンゴル・トルコ・ロシアの侵略と支配が絶えなかった。19世紀に帝政ロシアの支配、ソ連の支配と続き、1991年ソ連から独立した。内部から分離独立の動き、ロシアとの紛争、長く混乱した政治状況が続いた。2015年、「グルジア」から「ジョージア」に国名を変更。どんなに抑圧されても守ってきたのが次の3つである。「ジョージア語」「ジョージア正教」「ワイン」、独自な文化を持っている。

 しかし、我々がジョージアでイメージするのは「放浪の画家、ピロスマニ」(1969)である。その監督ギオルギ・シェンゲラヤの兄、エルダルの監督作品が今作の「葡萄畑に帰ろう」。84歳のエルダルはジョージア映画界の大御所であり、国会副議長を務めた政界の最長老。最愛の娘を亡くした後、政界を引退した。

 この作品は、ユーモアとアイロニカルな寓意に満ちた風刺映画である。監督エルダンの体験した、戦中戦後のジョージア政治史の体験が裏打ちされている。

 主人公ギオルギは故郷に母を残し、大臣に出世した。「国内避難民追い出し省」という何とも皮肉な看板の省の長官である。省内をローラースケートで行き来する職員、皆無表情で不気味な雰囲気が漂っている。大臣自慢の座り心地のいい椅子に悦に入っていると、ボタン一つで天井まで上がったり急に下がったり、ブラックコメディーの世界に引き込まれてゆく。母を忘れ、故郷を忘れた男はどのような運命をたどるか?
 妻を早く亡くし、娘とは折り合いは悪いものの、地位も権力もあり、可愛い息子と義姉と立派な家に住んでいる。順風満帆、或る
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日出会った元ヴァイオリニストのドナラとの恋も成就した。ドナラとの結婚式はジョージア伝統の飲めや歌えの結婚式。(ジョージア伝統の祝宴。)しかし、権力渦巻く泥まみれの政治の世界。彼は大臣を首に、立派な家も取り上げられる。さて、ギオルギと一家の運命はどうなるか?

5年の歳月が流れる。

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 ギオルギは故郷の母を訪ねた。「あんたの家はここ、葡萄園で働けばいい」母の温かい言葉!そうだ!故郷に帰ればいい。母の温かい言葉で忘れていたものを思い出したギオルギ。
故郷の村には妻のドナラも娘も息子も待っていた。ギオルギは葡萄畑で働き、家族との時間で自分を取り戻していった。或る日、ニュースで新首相に昔の部下が就任したことを知り、ギオルギは苦々しい思いで、今は不要となったあの「椅子」を崖から投げる。いったんバラバラになった椅子は、元どおりになり、ギオルギに向かって

 <いつだってこうでした。今もそうです。これからも同じでしょう>

と言って、不気味な笑い声をたてて、青空に去って行った。

 「椅子」は何の象徴か?権力―政治的な権力の象徴か?政治の栄光を求めて、出世階段を上ったが、権力争いに引き込まれて失脚。転落の人生をたどるが、故郷のジョージアの自然、葡萄畑に帰ってゆく。ジョージアの人にとって「言語」「正教」「葡萄酒」が大切な物だと言っている。

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 みなさん、いろいろとありがとうございました。
来たる2019年もよろしくお願いいたします。

 ジュリアンの夢




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  1. 2018/12/26(水) 17:35:58|
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『2018年映画』「ぼけますから、よろしくお願いします」(監督、信友直子) 12/2

『2018年映画』「ぼけますから、よろしくお願いします。」(監督、撮影、語り、信友直子)
                                   ポレポレ東中野 12/2 
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 広島県呉市で生まれ育った私(信友直子)は、ドキュメンタリー制作に携わるテレビディレクター。18歳で大学進学のために上京して以来、40年近く東京生活を続けている。
結婚もせず仕事に没頭する一人娘を、両親は静かに遠くから見守り続けている。
 
 そんな私に45歳の時、乳がんが見つかる。メソメソばかりしていた娘を、ユーモアたっぷりの愛情で支える母。母の助けで人生最大の危機を乗り越えた「私」は、父と母の記録を撮り始める。元々ドキュメンタリーの映像表現を幾つか手掛けてきたが、自身の病気体験を基に撮った2009年の「おっぱいと東京タワー」(私の乳がん日記)が幾つかの賞を取った。その続きで自分の両親の生活を撮ってみよう、プライベートビデオ風を考えてビデオを撮り始めた。この時は認知症のことは想定しなかった。だが、私はカメラを通して、少しずつ母の変化に気づき始めた。認知症の発症である。
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 87歳で認知症になった母を95歳の父が介護する、老老介護が現実になった。一人娘の私は、仕事を止めて実家に帰るべきか色々と悩んだ。父は「あんたはあんたの仕事をしなさい。わしが元気のうちは、わしがみるけん」という父の言葉に背中を押されて、私は記録を撮り続けた。父の言葉――“あんたの仕事”には、父は大学に行って学問をしたかったが戦争のために志しを果たせなかった、父の無念の思いが込められている。

 私は東京でテレビディレクターの仕事をしながら、故郷の呉市では父が母を介護することに甘えた。故郷には時々帰った。母は機嫌の悪い時は、何日も貯めた洗濯を手伝おうとすると、異臭がする洗濯物をいじるだけで、「放っておいて」と取付く暇もなかった。廊下での母娘のやり取りは、耳が遠くなった父には聞こえない。実家に帰る度に認知症のシグナルを感じる。やはり帰って来ようかと思うが、父の励ましの言葉に甘えるのだった

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 <ドキュメンタリーの方法論>について。2009年に自身の病気を題材に、ザ・ノンフィクションで「おっぱいと東京タワー」(私と乳がん日記)を製作したことは以前に触れた。
乳がんの時、おっぱいを切るとか抗がん剤で髪の毛が抜けるとか、隠そうと思えば隠せる。今までいろいろな方を取材してきて、“これ以上は止めて”と思うようなところまで踏み込まないと取材したとは言えない、と思って取材相手と関係を築いてきた。その上で普通だったら言わないようなことを聞くとか、、、そういうことをやってきたので、それに対する贖罪、、、(あなたにいっぱい話を聞いてしまったけれど、私はすべて出しませんというのは申し訳が立たないと思う。それが私の表現に対する姿勢だとも言える。)
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 監督のカメラは1200日になった。介護保険のサービスとか支援とかディケアなど話してゆくと、受付けなかったのが聞くようになった。家事をやったことがなかった95歳の父が家事に挑戦しだした。しかし、穏やかだった暮らしが一変、娘の私も戸惑うほどの激しい衝突!カメラには壮絶な認知症と老老介護の現実が映し出された。壊れてゆく自分に不安を抱く母と、そんな気持ちを理解する父との間には夫婦の絆が浮かび上がる。

 監督は「ここまで撮っていいか?」と常に自己自身に問うた。父・母に聞いた。「撮ってもいい?」「直子の仕事だから協力するよ」家族の認知症のシーンをどこまで撮っていいか?機嫌の悪い時には、「私だけが知らんことばかり、、」と泣いた。父は、それが“日常”だと言う。初めて見る母の自虐と混乱。洗濯物の山の前でやる気を失くしてゴロンと横になってしまうシーン。

* 認知症の修羅場のようなシーン。「私だけが知らないことばかり」と泣きだす。「やる気を失くして布団に寝てしまう」「もう邪魔になるから死にたい」「私ばかり写さないで」
* 逆に文句を言う。文句を言うのをなかなか止めない。攻撃的になる。
* 母は若い頃は戦後のキャリア・ウーマンの一人。意欲的に何でもやった。書道の全国大会で賞を取ったこともある。私に対してやさしく快活な母だった。何でも叶えてくれた。
* 機嫌の悪い時に出て来る言動の根底にあるのは若い時の明朗な言動の裏返しではないのか?母の心の深層には、あんなに出来たのに、今出来ない自己への不満・不安・自信喪失・いらだちが渦巻いているのか。心細さからの寂しさなど。

2005年、若年性認知症を取材した時は、認知症を否定的に捉えていた。が、母は可愛いいままだし、父とは今までにない関係を築くことが出来た。両親が愛し合って本当に仲が良いシーンを見た。母が布団の中から父の手を握るシーンは涙がでてくる。

この映画は、認知症の修羅ともいうべき悲惨な場面も赤裸々に撮っているのに、暗くならないのはどういう訳か?認知症の修羅を見ても、どうして絶望的にならないのはどういう訳か?認知症は多くの人が罹る病気だ。死と同じように多くの人の人生の終末期に訪れる。人間の心・理性の崩壊である。人間の寿命は限られている。いかに死んでゆくか?寿命を全うするか。それはいかに生きたかでもある。認知症の修羅が映されても、暗くならないのは作者や登場人物の”父や母”が絶望していないからだ。お互いを愛し尊敬しているからだと思う。
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  1. 2018/12/02(日) 20:47:20|
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