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私の見た映画・美術・

映画・美術・イタリア旅行の紀行文の紹介です。

『美術/音楽/舞台/読書』「メメント・モリ」(藤原新也詩集)11/24

大きい文字『美術/音楽/舞台/読書』「メメント・モリ」-死を想え(藤原新也/写真と詩集)11/24


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 映画「ガンジスに還る」を見て、インドには安らかな死があるのだろうか?死への独特な方法(メソッド)があるのだろうかと思った。生に不安、死に恐怖、を感じるから人間はいろいろ惑うのか?誘惑にかられるのか?

 上記のテーマを考える過程で私は「メメント・モリ」(藤原新也の詩/写真集)に出合った。ある衝撃を受けた。ラテン語「死ぬことを忘れるな!」という警句だそうだ。ページをめくってみると、
*「ちょつとそこのあんた、顔がないですよ」
誘拐するようなギョとする言葉が飛び込んできた。
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 詩人藤原新也の詩・写真のアンソロジーである。難解な詩句や暗示に富む言葉とショッキングな写真。(写真集なので写真の掲載を遠慮する)意味の分からぬ語句があった。いや、これは時間をかけてイメージを膨らます詩集ではないか?

*「いのち、が見えない。生きていることの中心(コア)がなくなって、ふわふわと綿菓子のように軽く甘く、、、死ぬことも見えない。いつどこでだれがなぜどのように死んだのか、そして、生や死の本来の姿はなにか。」
ポケットの中にもニセモノの生死がいっぱいだ。」
*「本当の死が見えないと本当の生も生きられない。等身大の実物の生活をするためには、等身大の実物の生死を感じる 意識(こころ)をたかめなくてはならない。」
*「死は生の水準器のようなもの。死は生のアリバイである。」

*「祭りの日の聖地で印をむすんで死ぬなんて、なんとダンディなヤツだ!」
ガンジスの岸辺で印を結んで死んでいる遺体の写真。
*「死体の灰には、階級制度がない。」
遺体が真っ赤に燃えている。インドの厳しいカースト制度を想起する。
*「死のとき、闇にさまようか 光に満ちるか 心がそれを選びとる。」
ガンジスの岸辺に緑の布を被った女性が灯りをもって祈っている。周りに白い布の人がその人を守るように祈っている。

 映画「ガンジスに還る」とダブる。いつか見たチベット宗教の壮絶な修行風景を思い出す。ガンジスもチベットも誘惑に満ちた世界だ。
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  1. 2018/11/24(土) 19:03:15|
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『2018年映画』「ガンジスに還る」(インド映画、シュバシシュ・ブティアニ監督) 11/21

『2018年映画』「ガンジスに還る」(シュバシシュ・ブティアニ監督インド映画)11/21
               1016年ヴェネツィア国際映画祭入賞、他多数入賞
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 ある日、夢の中で自らの死期を悟った父ダヤは、ガンジス河畔の聖地「バラナシ」へ行くと家族に宣言する。家族の反対をよそに決意を曲げない父。恐らくダヤの母があの世から呼んでいるのだろう。聖地バラナシには死を待つ家がいくつかあり、ダヤはそこへ行って死期が来るのを待つというのだ。翌日、ダヤは牝牛を寄進し、仕方なく付き従う仕事人間の長男ラジーヴと旅立つ。
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 辿り着いた先は、安らかな死を求める人々が暮らす宿屋「解脱の家」。施設の仲間と打ち解けて、残された時間を有意義に過ごそうとするダヤ。付き従う長男のラジーヴは常に携帯をかけ回っている仕事人間。(死にゆく父と対象的な位置にいる)仕事で忙しいが、男子が彼しかいないので仕方なくついてきた。父親との関係はわだかまりがあるようだ。
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 施設長のミシュラは解脱の家の決まりを話し、「ここからは信仰の話です。突然悟るのです。それが解脱です。」と言う。この家には15日間しか滞在できないのだが、老女ヴィムラは夫に先立たれ18年もこの家に滞在している。ヴィムラは「自分は死ぬのにまだ努力が足りない。いろいろ試してみて断食もしたけれどそれでも死ねない。小手先の努力では死ねないのだ」と言う。「死」とは各人の運命みたいなもので、いつやって来るか?

 バラナシの聖地内の巡礼路があり、それが俗世との結界をなし、内側に入った者は、たとえ罪を犯した者でも死ぬと即解脱が得られるという。死期を悟った主人公ダヤは必死である。生きている内に聖地にたどり着かなければならないのだから。途中で絶えたら解脱は得られないだろう。ダヤの意志の固さの内にはそのような心理がある。
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 バラナシはヒンドゥー教の聖地で、信仰者はここで死ねば解脱が得られると固く信じている。シヴァ神に守られてこの聖地で死ねば、解脱が得られるという信仰に支えられて、古来、死ぬまでに一度はここを訪れたいと願う多くの巡礼者を引きつけてきた。ダヤがバラナシの解脱の家に入りたかったのも、ガンジス河で沐浴して祈るのも、ヨーガを実践するのも、ガンジスの聖水を飲むのも、みんな「信仰」からきている。
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「聖なる母ガンジス」の信仰の具現ともいうべき父ダヤに対して、息子のラジーヴは仕事人間の典型的な現代インドビジネスマンだ。父子は心の疎通を欠いている。映画のひとつの主題は父子の対立だ。昔高校の教師だったダヤは息子に厳しく、ラジーヴの詩人になる夢を壊した苦い思い出がある。ラジ―ヴの心のわだかまりとなっている。父に頭が上がらずいつも抑え付けられていると思い込んでいる息子。 

 ダヤはすぐ周りの人と馴染んだが、息子のラジーヴは手に携帯を持ち、常に会社と連絡を取り、なかなか馴染まない。日が昇ると人々はいろいろな生活をする。ダヤは老女ヴィムラに誘われて、ヨーガを教わる。又、彼女はノートに「ラーマ」を何字も書く。ダヤはガンジス河に入って身を清める。食事の席で、携帯で会社と連絡を取っているラジーヴにダヤは切ない表情をして、彼が作った食事を口にすると、「これが、メシか?味がない」ラジーヴは不満そうに、口に入れた途端、慌てて他の容器に吐き出す。
(ラジーヴの世間知らず、仕事以外何もできない人間の象徴として描いている)

 薬も拒み淡々と死への準備をしてゆくダヤを、複雑な表情で見守るラジーヴ。河の洗濯場で慣れぬ手つきで洗濯しているラジーヴ。その脇で書き物をするダヤ。ダヤが話しかける。「昔、よく物語を書いていたな。」「物語ではなくて、詩です。お父さんのせいです、、、」とラジーヴは言い返した。

 老女ミシュラが死んだ。ガンジスの河岸で遺体は焼かれ、ガンジスに流された。
 ある夜、ダヤは高熱を出して寝込む。最後が来たと思ったダヤはガンジスの聖水を飲ましてとラジーヴに頼む。ラジーヴは急いで家族を呼び、ミシュラに葬儀の相談を持ち掛ける。ラジーヴは河岸の火葬場にゆくと、そこでは毎日のように人が群がり、煙が立ち込める中で遺体が河に流されていた。ラジーヴは、燃え上がる炎をじっと見つめた。
 夜通し苦しむダヤを、ラジーヴが介抱していると、「わしは、お前の才能を伸ばしてやれなかった。」とか細い声でダヤが囁く。ラジーヴはダヤを抱きしめ、声を上げて泣く。

 一方、息子に対しては厳格な父だったダヤも孫娘スニタにはオオ甘だ。もうすぐ結婚が決まるというのに、孫娘が就職したいという希望を簡単に許してしまう。息子ラジーヴも食事の時、携帯の電源を切ったり、料理に挑戦したり、洗濯初めを初めてやったりする。映画は息子の成長、孫娘の自立という現代インド社会の構造をゆるやかに変えてゆくことを示している。
DSC_2463.JPGガンジス河

 聖なるガンジスの畔で、家族に温かく見守られながら人生の最後の時を過ごす。何人かの楽士が昼夜を問わず神々への賛歌や宗教歌を歌っている。人は最後の時をどのように迎えたいか。ダヤはこうして死を迎えた。
 一方残された家族――息子ラジーヴ夫妻、孫娘スニタは、残された生をどうやって全うするか(特に息子ラジーヴに象徴される)が描かれている。母なるガンジス河が滔々と流れ、人々は生を受け、生き、そして死んでガンジスに帰ってゆく。ああ、聖なるガンジスよ。

監督・脚本、シュバシシュ・ブティアニ
ラジーヴ=アディル・フセイン ダヤ=ラリット・ベへル 
ラタ=ギータンジャリ・クルカルニ スニタ=パロミ・ゴ―シュ
ヴィムラ=ナヴニンドラ・ベへル、 ミシュラ=アニル・ラストーギー

  1. 2018/11/21(水) 13:37:46|
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『美術/音楽/舞台/読書』「内田光子/シューベルト/ピアノ・リサイタル/第2夜」11/7  16記

『美術/音楽/舞台/読書』「内田光子/シューベルト/ピアノ・ソナタ第2夜」11/7
                ピアノ・ソナタ4番イ短調、 D.537
                ピアノ・ソナタ15番ハ長調、 D.840
                ピアノ・ソナタ21番変ロ長調、D960 11/16記

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 内田光子「シューベルト=ピアノ・リサイタル」第2夜は、4番D537./ 15番D540 /21番D960の3曲である。第1夜と同じように最も若い20歳の時の作品4番と中期の15番、あの世に旅立つ年の3つのソナタの最後の21番。シューベルトは1797年~1828年と31年の短い生涯であるが、20歳の青春期から31歳の没年まで年を追うことで曲がどう変化したか?

 「4番」(D537)、20歳の時の若々しい曲だ。独特なシチリアーノという序奏のリズム歯切れがいい。第2楽章の歌謡的な旋律は心に響いてくる旋律で、彼も気に入ったのか最晩年の20番(D959)の終楽章で再度使っている。しかし4番には最晩年の凄惨の運命に苦しむ地獄はない。青春の歌だ。

 「15番」(D840)内田は第1楽章モデラートと第2楽章アンダンテを弾いている。アンダンテの悲しみに沈んだ旋律が良かった。全4楽章の内1と2楽章だけを弾いた?未完となっている。私には「15番」の位置が分からない。1825年作曲、死ぬ3年前の作品。没年1828年の3つのソナタ、19番(D958)20番(D959)21番(D 960)とそれ以前のソナタでは次元が違うことは分かるのだ。
 
 没年の1828年の3つのソナタ、20番(D959)の第2楽章「アンダンティーノ」の旋律に震えた。愛おしく孤絶の深淵の中で愛を求める旋律。又、最後のソナタ21番(D960)の第1楽章の出だしの弾き方!彼方からゴーと寂寞たる魂のかたまりが走ってくるではないか!内田はシューベルトの魂の深部に漂う暗黒を表現しようとした。(厳密な意味ではマイクに入り切らない音だろうが)まさに「時の質を変え、密度の異なる時を」経験しているのであろうか?10月29日と同じように今宵11月7日もこのホールを満席で埋めたのである。
 
 前回の29日の時、シューベルトの毒気に当たった。地獄の苦しみ、内部の深淵の誠実な表現。モーツァルトではおきないだろうと思った。

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  1. 2018/11/15(木) 21:43:15|
  2. 美術/ 音楽/舞台/読書/文学
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『美術/音楽/舞台/読書』「内田光子ピアノ・リサイタル/シューベルト.ピアノ・ソナタ」11/5

『音楽/美術/舞台/読書』「内田光子ピアノ・リサイタル/シューベルト・ソナタ」11/5
             
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               2018年 10/29(月)11/7(水)    <サントリーホール>
             *10/29ピアノ・ソナタ 7番変ホ長調 14番イ短調 20番イ長調
                   <EC>モーツァルトPS10番、K330、第2楽章
             *11/7 ピアノ・ソナタ 4番イ短調 15番ハ長調 21番変ロ長調
 
  内田光子は、自己の音楽の世界を独自に深く追求しているピアニストである。それは世界の音楽演奏史にあって、新しい一歩を開く次元の話だ。彼女のベートーヴェンにしてもモーツァルトにしても、それまでの演奏史上に何事かを付け加える音楽の誕生だ。

例えば、内田のアンコール定番の一つになっているモーツァルトのソナタ=K545の2楽章。感動のあまり泣いている人、立ち上がれない人が続出と言われている。1楽章の淡麗で明晰な演奏に対して、2楽章は底の深いところから湧いてくるような単一な弱音。弱音が鍵か?嬰児の可愛さに涙が出てくるような感覚。こういうモーツァルトは他にないという。

或る評論家の言であるが、「演奏された音楽が聴く人の、<時>の質を変え、密度の異なる<時>を経験した記憶が、時に聴き手の人生の<何か>を変え得ることを確信して、それをピアニストの存在理由と志しているという」素晴らしい言。こういう体験が己にあったであろうか?或る音の体験が、その時の質を変え、己の人生を変え得るのか?音楽はそれほどのものなのか!また、己にそれだけのものを求める激しさがあったか?と問うてみる。それ程でないにしても、私自身にとっても幾つかの音楽体験があった、と思っている。

1982年から始まったモーツァルトのピアノ・ソナタ・連続演奏会。フィリップがソナタと協奏曲を全曲録音。そのあたりから内田光子をぼくは注目して聴きだした。*
*手元に残っている演奏会パンフレットから。

2006年9月16・18(モーツァルト/ベートーヴェンのソナタ)
2009年11月24・27(モーツァルト/ベートーヴェン/シューマン/バッハ)
2010年11月20・(モーツァルト/バルトーク/バッハ/ブラームスの各ソナタ)
2011年10月28・29(ベートーヴェン/弦楽四重奏曲13/14)
    11月4・7 (シューマン/シューベルト=ソナタ19・20・21)
今回2018年10月29(シューベルト/ソナタ7・14・20)
      11月7(シューベルト/ソナタ4・15・21)
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 2011年秋の11月の公演ではオールシューベルトである。この時から内田の中でシューベルトのピアノ・ソナタ・シリーズの取り組みが始まったのか?シューベルトの器楽曲は戦前殆ど弾かれなかったそうだ。「冬の旅」などの歌曲の王として、ウィーン抒情作家として有名だった。しかし、器楽曲などは殆ど演奏されなかった。最近交響曲の自筆譜の研究が進み、もっと深く厳しい作曲家ではないかという研究発表が行われているそうだ。自筆譜の深掘りとシューベルトの生涯の伝記の研究だ。内田はシューベルトの中にある暗い暗部ともいうべきものに少女時代から気になっていた。それが当時不治の病と言われた梅毒に感染して絶望の淵に立たされた天才の魂の叫びだということが分かってくる。シューベルトの自筆譜から苦悩を取り出さなければならない。彼女はピアノの音で世界に伝えようとした。地獄の世界を我々の耳に訴えようとした。深い読みとそれを伝える類ない技術!苦悩の自己表現、人生に絶望し地獄の淵を彷徨う天才の叫び。それを渾身の努力でピアノの響きに表現しょうとする内田光子の演奏!

 10月29日の曲目は
ピアノ・ソナタ 第7番 変ホ長調 D.568
ピアノ・ソナタ 第14番 イ短調 D.784
ピアノ・ソナタ 第20番 イ長調 D.959

 この夜の座席は舞台左側、演奏する内田の背中側。音響のいいサントリーホールにぼくの魂は釘付けになった。ぼくの耳にがんがん鳴った。彼女の演奏についてゆこうとした。甘い抒情は削り、研ぎ澄まされた透明な音が鳴っていた。その最高の至上の音が20番(D959)の2楽章「アンダンティーノ」でないか。きりきりと迫った孤独の深淵。何故か涙を抑えることができなかった、、、翌日体調不良に陥った。初めこの体の不調が何から来るのか分からなかった。




  1. 2018/11/05(月) 18:32:48|
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