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私の見た映画・美術・

映画・美術・イタリア旅行の紀行文の紹介です。

『2018年映画』「教誨師」(主演、大杉蓮。監督/脚本、佐向大。)10月28日

『2018年映画』「教誨師」(主演、大杉蓮。監督/脚本、佐向大)10月28日

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2018年2月、俳優大杉蓮が突然病死した。ロケ先の旅館で腹痛を訴え、急性心不全により搬送先の病院で亡くなった。66歳だった。400以上の映画・ドラマ・演劇に出演した彼の突然の死は衝撃をもたらし、何か大病を患っていたのか、、、と思ったが?

大杉蓮を70~80年代、板橋氷川台の倉庫を演劇空間にした劇場で見ている。能に通底した太田省吾主宰の「転形劇場」無言劇で、「小町風伝」「水の駅」など主役の一人として出ていた。当時、演劇はオーソドックスな大劇場より小劇場に、渦巻くように独自な演劇思想を持った演劇人が集まっていた。鈴木忠志、唐十郎、蜷川幸雄、串田和美、太田省吾、花組芝居等で、よくわからなかったが小劇団にはエネルギーがあった。転形劇場の無言劇は伝統芸能の能楽からの影響を受け、緊迫感ある舞台を創り出していた。演劇の主要素である「科白(せりふ)」(言葉)を無化して、空間の中に役者の動作と音で劇的空間を創出。削ぎ落す、純化させるなどのイメージが残っている。舞台を男と女が行ったり来たりしていた。、、、それからしばらくして、蓮さんは映画やテレビで見かけるようになった。しかし、無言劇の蓮さんと現代の彼とはイメージが合わず、亡くなって遺作の「教誨師」を見て何となく納得がいった。

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 「教誨師」は大杉蓮のプロデュース・主演作であり、遺作でもある。大杉蓮の教誨師が6人の死刑囚に面会して対話をする。世界各国で廃止が決まる中、いまだ存続するわが国の死刑制度の下(死刑が極刑として肯定されている)で、死刑囚が望めば己の心の対話を行える宗教的行事(刑の執行までだが。)平安時代から牢屋に話に行くお坊さんのことが記録されていて、そこを起源とする。教誨師と死刑囚の対話、宗教的空間があったということか?教誨室という特異な空間での会話劇の中で、魂のぶつかりあい、次第に明らかとなるそれぞれの人生。人間の本質。生きるとは何か。罪とは何か。人間ドラマの展開である。

光石研①

 無言を貫き、心を閉ざして反応しない。教誨師佐伯(大杉蓮)の問いにも一切答えようとしない鈴木(古舘寛治)。気のよいヤクザの組長吉田(光石研)。年老いたホームレス進藤(五頭兵夫)、文字を読めない。後、教誨師から文字を習う。
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よく喋る関西の女、不気味さを感じる野口(烏丸せつこ)。子の方が拒否しているのに、我が子を思い続ける気弱な小川(小川登)。
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大量殺人者の高宮(玉置玲央)。相模原事件がモデル。攻撃的な態度を教誨師にするが、刑の執行の時それまでの態度と正反対になる。
教誨師は彼らが自らの罪を見つめ、悔い改めること。心安らかに「死」を迎えられる、などを目指す。しかし、なかなか思い通りにはゆかず、自分の言葉が彼らの心に届いていないことを感じる。一通りではない心を持つ死刑囚。教誨師との葛藤が、彼らの罪の深みに炸裂する。教誨師自らが自己の人生の罪と向きあうことになる。
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死刑囚は何時、刑が執行されるか「待つ」のだ。有限の刑ではなく、無限の刑なのだ。ある意味では、「無意味な行事」だともいえる。どんなに精進しても死刑から逃げられないのだから。荒れる。自暴自棄。泣き崩れる、、、教誨師にむき出しの「生」をぶっける者もいる。
――物事の根底のところでの、真のドラマが生まれるのだ――
 それは、死刑囚だけでなく、教誨師もむき出しの「生」を晒されるのだ。何故、教誨師をやっているか?己の少年時代の過ちをえぐられることになるのだ。
映画で表現される「むき出しの生」を恐れ嫌悪すべきものと感じない。むしろ、「愛おしい生」「大切な生」として見えてくるではないか!
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< 文字を教わった年老いたホームレスが文字盤に書いた文章。>

あなたがたのうち
だれが わたしに つみがあるかと
せめうるのか

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  1. 2018/10/28(日) 20:52:41|
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『2018年映画』「負け犬の美学」(仏映画、監督.脚本サミュエル.ジュイ主演マチュー・カソヴィッツ

『2018年映画』「負け犬の美学」(仏映画。監督/脚本サミュエル・ジュイ。
                         音楽/母マリオンオリヴィア・メリラティ。   10/16
                       出演スティーブ(マチュー・カソヴィッツ)
                         チャンピオン・タレク(ソレイマヌ・ムバイエWBA世界王者
                        娘オロール(ビリー・ブレイン)母マリオン(オリヴィア)
 
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舞台はフランス。49戦13勝3分33敗。主人公スティーブの戦績である。彼はこれ程多くの敗北を重ねながら、なぜボクシングを諦めないのだろうか?冴えない戦績ながらボクシングにしがみついている中年ボクサーが映画の主人公だ。今日も敗戦、会場の外で漠然としていると、会場のスタッフに顔すら覚えてもらえない彼はあわや締め出される始末。勝ったのは3年前だという。アメリカ映画の「ロッキー」のような成功物語ではない、「負け犬の美学」が展開されるのだ。私はこんなフランス映画が好きだ。
 アメリカ映画と違って、描かれるのはリングの戦いではない。それに附随するものだ。トレーニング、試合の前後、ボクサーの孤独、無謀さ、心情、家族との暮らし、毎朝どのように起きるか、また何のために戦うのか、である。
 殴られっぱなしの体はボロボロ。妻からは50戦したら引退をと迫られている。娘から試合を見に行きたいとせがまれても、いいところを見せられない彼はダメだと言う。生活は苦しく、
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美容師の妻の稼ぎと自身のレストランのアルバイト代でやっと家計を支える日々。そんな彼の楽しみは、愛娘のピアノを弾く姿を見ること。だが、ピアノのレッスン代もろくに払えず、各請求書が溜まっているというのに、娘のパリ高等音楽院へ入学したいという夢を叶えるために、ピアノを買うことを思っている主人公スティーブ。
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 彼はピアノ購入のために、誰もが敬遠する*1欧州チャンピオンの(チャンピオン=タレクを演じるのは欧州世界チャンピオンのソレイマヌだ。*2スパーリングパートナー(実践形式の練習相手。チャンピオンが選手権のためのハードな練習の相手。試合を控えて闘争心がみなぎり荒れ狂った男を一か月の間、毎日相手をしなければならない)
に志願するのだった。パートナーの仲間は、皆輝かしい戦績を誇り自信に溢れた若者たち。何とかパートナーを務めたスティーブだが、ポンコツ呼ばわりされ、クビになった。娘のために黙って引き下がれない彼は、翌朝、薄暗い中ホテルの前でチャンプを待ち伏せ、ロードワークについて行った。ついてゆくのが瀬一杯。「サンドバッグなら間に合っている」「俺にもあんたに無いものがある」と応酬。KO負けの恐怖を乗り越えた経験とその重要性を説くスティーブにチャンプも折れ、クビは免れる。とはいえ、スパーリング中はボコボコにされるスティーブ。パートナーの仲間たちからも同様に、、、
 
 陣営の作戦会議。戦法変更を唱えるトレーナーにおずおずと異議を出すスティーブだが、負け犬は黙っていろと相手にされない。それでもめげずにチャンプの部屋に行って、自分が考えている秘策を提案する。チャンプの公開練習の日、そこに念願だった父のボクシング姿を楽しみにやってきた娘オロールの姿が。チャンプは2番目のスパーリングにスティーブを指名、観客に彼を紹介、「勇敢ないいボクサーだ」だが、「パンチは当たらないからヘッドギアは不要」と煽(あお)る。観客ドッ!と笑う。チャンプに面白いようにボコボコにされるスティーブ。ヤジを飛ばす観客。いたたまれなくなったオロールはその場を飛び出した。
 その後も普段通りにスパーリングの日々は進み、本番が近づいた或る日チャンプが彼に、意外な提案をする。「前座試合に出ないか」と。奇しくもスティーブの50試合目、引退を約束した最後の試合となる。妻のマリオンが見守る中、スティーブの最終戦が始まる――。
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 映画の中で、主人公のスティーブの目の腫れが尋常でなかった。演技としてのボクシング(振付)のシーンではなく、本当の殴り合いをやっていたのだ。メイクなんかであんな傷ができるか!劇中での50試合目は、主人公にとって引退試合なのだ。自分に才能がないことは分かっている。が、ボクシングが好きだ。年齢の加速は肉体の退化。わかっている。もう限界だということを。引き際は大切だ。勝負よりもどういう戦いをするかだ。我がボクシング人生を賭けた勢一杯の戦いをしょう。これによって引退後の人生がどのようなものになるか?結果が勝ち負けというより、俺はどのように頑張ったかという自己肯定感を得られるかということだ。

 見ていて涙が出てきた。リングは二人の男の戦いだ。白熱したボクシングの勢一杯の戦いが続く。最後の引退試合は、一度も栄光を見なかったボクサーたちへのオマージュなのだ。スターの影に日陰のボクサーがいる。彼らがいなければプロボクシング界は存在しないのだ。彼らこそリング上で得られる栄光の絶頂にいるのだ。絶頂にいることへの賛歌ともいうべきものだ。
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 娘オロールを演じたビリー・ブレインの無垢の眼差しと笑顔が可愛い。彼女が弾くショパンのノクターン2番は、映画の初めの方で弾いたのよりいいが、父のボクシングと同じレベルかなー、、、



  1. 2018/10/16(火) 21:19:21|
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『2018年映画』「いとの森の家」(原作、東直子、演出、木寺一孝、出演、永作博美、樹木希林10/7

『2018年映画』「いとの森の家」(福岡発地域ドラマ9/30・原作=東直子、脚本=坂口理子、演出=木寺一孝、音楽=三柴恵、10/7
                    出演、永作博美、渡辺真紀子、樹木希林、

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① 糸島の想い出
東京で主婦として過ごしている加奈子(永作博美)に、福岡県糸島の咲子(渡辺真紀子)からぜひこちらに来て欲しいという手紙が届いた。糸島は彼女が小学4年の時、一年間過ごした。大の親友になった咲子と、糸島は時を忘れて飛び回った懐かしいところ。生と死が交差する不思議な自然に夢中になった思い出がある。

35年前東京から転校してきた加奈子(濱田ここね)にとって糸島の自然は珍しいものだった。たくさんの蛙の死骸、オケラを使った奇妙な遊び。加奈子は35年ぶりに再会した咲子(戸高花暖)と共に、想い出の場所・記憶の世界に浸るのだった。弥生時代の歴史を持つ「伊都」の森、二見ヶ浦の海辺、糸島は子どもたちにとって自然の王国だった。

糸島を散策していた加奈子が、バス停で遺骨を持ったおハルさんを見て「アッ!」と驚く。いや、違った。知らないお婆さんだった、、、おハルさん(樹木希林)の幻影が浮かんでくる。
 
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② 森の中に住むおハルさん
35年前、加奈子は妹と家の近所の森を散歩していた時、森の中に不思議な家を発見した。ふとしたことで足を擦りむいた。家の中からお婆さんが出てきて傷の手当てをしてくれた。それが「おハルさん」だった。家の前にシナモンの木があって、小枝を噛むと甘い味がする。それを教えてくれたのもおハルさんだった。森の中の一軒屋に一人で住んでいるおハルさん、死刑囚と交流していると噂があって、村人からは「死刑囚に関わらんがええ」と避けられていた。加奈子はおハルさんがどうして死刑囚に会いに行くんだろ?と思った。

子どもたちが書道の先生(中村蒼)に連れられていた時、遺骨を抱えたおハルさんが帰って来るのに出会った。先生が「今日だったんですか」。
おハルさんは言う。「この方はね、何度もお手紙を交わす内に、心を開いて下さいました。今日はね、処刑の前の最後の面会日。家族の方は誰もいませんでした。自分の骨をどうか持って帰ってくれと頼まれました。知らない人をこの村に入れることを嫌だと思われる方もおられると思いますが、どうか、どうか、私の勝手を御許し下さい。」
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➂ おハルさんはどうして死刑囚の人を慰問するのか?
加奈子と咲子は35年前に、おハルさんを訪ねていろいろと話した。
「どうして死ぬと悲しいのかな」「もう会えないから」「おハルさんが持っていたお骨の人も悲しい人がいたのかな」
「おハルさんはどうして死刑囚を訪ねて行ったのですか?」「私が行くとあの人たちは嬉しがってくれるから。だから、こうやって毎日お祈りさしてもらっている」

 そして次の俳句を見せた。
(或る死刑囚の俳句)
* 春暁の足をふんばり見送りぬ
* 全身を口にして受く春の雪 (春が来る喜びを全身で受けようとしている)
* 一匹のアリの自由をみてあかず (アリの自由と己の不自由の対比)
* 風鈴やほんとのことがいえなくて (風に吹かれて色んなことを言っているが何も言えない自分)
* 布団たたみ 雑巾しぼり 別れとす (身の回りを整えて、処刑に向かう)
* 水ぬるむ 落としきれない 手の汚れ (マクベス夫人の手のように、罪は消えない)
* 冬晴れの 天よ つかまるものもなし (天につかまるものも、何も無い。絶対的孤独

加奈「言葉だけが残るって、何か悲しい」
咲 「でもちょっと分かる気がする」
加奈「死刑囚の人はしたことで死ぬしかない。だけど、生きたいと思うのじゃないかな」
咲「自分が生きていたことを残すために俳句を作るのかな」
加奈「おハルさんは、つかまるものを無くした人に、つかまるものを残したんじゃないかな」

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➃ 咲子の告白
親友の咲子は長年の夢であった「カフェ」を実現していた。一日中糸島の思い出の場所を歩き回って、夜咲子のカフェで二人は話した。
<加奈>「人生の終わりの時間に、おハルさんは何故死刑囚の慰問なんかしていたのだろうか?普通だったら終わりまでの時間をゆっくり過ごすじゃない」
<咲>「加奈ちゃんだったら、あの頃の時間を取り戻して生きる力に出来るかと思った。でも、やっぱりおハルさんに行きついてしまうとよ。私、あんまり時間がないかも知れん。今の私は、おハルさんが訪ねた人と同じじゃけん。」
<加奈>「えっ!」
(咲子は余命が限られた病に罹っていることを告白。それで昔の親友を呼び寄せた。咲子に
とって、余命をどう受けとめるべきか?死をどう受けとめるべきか?と同時に、わが人生は
何だったのか?加奈子に重い課題をぶっける。
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

<加奈>「おハルさんの家に行ってみない。あの頃のおハルさんをたどったら、今の咲ちゃんの必要なことが分かるんじゃないかな。」
<咲>「ハルさんの家、もう無いの。あれっきり、姿、消しちゃった。」

(加奈子たちの卒業式の日、ハルさんから学校に出られないという電話が入った)
   「自殺したんじゃないかな、あまり死に近づき過ぎたために。私おハルさん好きだっため、本当のこと知るのが怖いとよ、あんなに命のこととか、生きるってどういうことかを教えてくれたのに、、、正直、今の私にはきついよ。
<加奈>「おハルさんが自殺するはずないよ。私、行ってみる。」

 翌日、加奈子はおハルさんの家を訪ねた。前の橋は朽ちて苔が生えていた。橋の向こうにあった家は跡形もなく消えて、深い森が続いていた。35年の歳月を語っていた。
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⑤ おハルさんを訪ねて
  「篠山ハル」を加奈子は市役所に行き調べ始めた。地元の新聞社、新聞社の先輩、ある
ホスピスの院長(品川徹)に会う。おハルさんは自殺ではなかった。院長から「ここへ移っ
て半年で亡くなった。持っている死刑囚の遺骨を一緒に埋葬して欲しいとお願いされた。
そして収容所で作った工作品を遺品だと加奈子に渡された。院長は言う。
「実は戦時中、アメリカの日系移民の強制収容所にいた。過酷な目にあった。でも、おハル
さんが体験した過酷な体験はそんなものではなかった」
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<ハルさんの告白>
私が親のように慕っていたご夫婦が、息子さんを米兵(国籍が米国となっていた)として
出兵させた。日本に味方していた人たちは、ご夫婦を「アメリカの犬」と蔑み酷い仕打ちをしました。勿論私もひどい仕打ちをしましたね。墓穴を掘って「日本への反逆者」という木を立てました。過激な人から暴力を振るわれて、或る日、自ら命を絶ってしまった。
 戦争が終わって、私は自分がやったことが怖ろしくなって、逃げるように日本に帰って来たんです。梁に縄を掛けて、首を吊っている姿が忘れられなかった。私は人を殺したのも同然です。私が死刑囚の人へ訪問するのは罪滅ぼしのためです。

<死刑囚の人に何故手紙を書くか?>
何を書くかといえば、読んだ本のこととか、料理のこととか、窓から見える景色のこととか、他愛のないことよ。死刑囚の人は、何時“その日”が来るか分からないから、普通の毎日が――毎日が格別の日なの。だから、いつ終わるかもしれない普通の日の、普通のできごとを書くの。あの人たちも、書きたくてたまらないみたいよ。同時にね、読みたいみたい。誰かの、なんでもない日の、なんでもないできごとを。自分も、この人たちも、今は確かに生きてるんだって、確かめたいのね。
私は、たくさんの人が踏みつけていった雪の上を、さらに踏みつけて歩いたの。残酷なところもいっぱいあるの。残酷な時代でしたからね。踏みつけてきたのよ。たくさんの命や、心を。死んでいく人を、黙って見ていただけのこともあるし。黙って立ち去ったこともあるわ。自分が生きていくのに精一杯だった。
たくさんの命と心を踏みつけにしてきたのよ。踏みつけにしてきたから、手紙を書くことで罪滅ぼしをしているのよ。

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  1. 2018/10/08(月) 14:34:38|
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