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私の見た映画・美術・

映画・美術・イタリア旅行の紀行文の紹介です。

『日記』「暑中お見舞い申しあげます。」 7月23日

暑中お見舞い申しあげます

皆様には如何お過ごしでしょうか。想定外、という言葉が陳腐になっていますが、想定外の炎暑、皆様にはご自愛
下さるようお祈り申し上げます。

7月23日
しばらく 休みます。


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  1. 2018/07/23(月) 18:22:57|
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『美術/音楽/舞台「読書』「天満敦子チャリティーコンサート7/14朝日ホール」7/21

『美術/音楽/舞台/読書』「天満敦子」チャリティーコンサート」朝日ホール 7/14

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プログラム
1 アルマンド       (J.S.バッハ)
2 ヴォカリーズ      (S.ラフマニノフ)
3 シチリアーナ      (G.フォーレ)
4 耳に残るは君の歌声   (G.ビゼー/和田薫編曲)
5 トロイメライ      (R.シューマン)
6 タイスの瞑想曲     (F.マスネ)
7 アヴェマリア      (F.シューベルト)
8 ホーム・スィート・ホーム(ビショップ/ファーマー編曲)
9 望郷のバラード     (C.ポルムベスク)

――休憩――

10 落梅集より「古謡」   (竹内邦光)
11 夏の思い出       (中田喜直)
12 見上げてごらん夜の星を (いずみたく)
13 叱れて         (弘田竜太郎)
14 ジュピター       (G.ホルスト)

孫のTくんは学校の行事で初めてクラシック音楽を聴いた時、半分寝ていたそうだ。だから今回の音楽会も寝るんじゃないかと本人は不安だった。「眠りたかったら寝てもいいよ。それは気持が良いから寝てしまうのだよ」と安心させておいた。
会場ロビーで昼食のサンドイッチを食べ、開演30分前に席に着いた。T君はすぐコックリさんになった。開演になっても目を開けなかった。3番目のシチリアーナあたりから目が覚めた。あと終演まで静かに聞いていた。

私にとって2年ぶりのナマの演奏会、忘れていた。この音!心の深いところを撃つ魔法の響き。 毎日CDを着ているが、ナマの様々に変容する音のシンフォニーを忘れていた。天満さんのストラディバリウスはビンビン響いてきた。昔からそうだったが、以前より自在で自由な演奏になったように思える。――20年ぐらい前に彼女の演奏をよく聴いた。彼女はチャリティーコンサートをよく引き受けていた。叔母が某女子大学の学長で、その縁でのチャリティーによく聴きにいった。天真爛漫の人間性とダイナミックな演奏は人々を引きつけた。

天満さんの演奏会で忘れられない思い出がある。やはりその当時、茨城の笠間を訪れた時、笠間稲荷にお参りして、門前に「松緑」という造り酒屋があったので店内に入って行った。売店に当家の酒が並んでいる中に、天満敦子さんの大きな肖像写真が飾ってあった。松緑の女主人の出身大学が天満さんの叔母の女子大であり、毎年天満さんの「蔵コンサート」を開いているとのこと。その縁で4~5年「蔵コンサート」に通った。大きな琺瑯引きの酒樽が何十と並んでいる大きな酒蔵の中でコンサートはおこなわれた。弦の音と琺瑯引きとの最初の不協和音も素敵な音色になって、蔵中を響いた。
演奏会後のレッセプション。地方の豪商の「御もてなし」に感動した。東京から何回か通ったのは、「御もてなし」のせいだったかも知れない。(笑)

本日(7/14)のプログラムは全部が名曲で、メロディーはどこかで聞いたことがある曲ばかりだ。T君のような小学生にはおあつらえ向きであった。天満さんの演奏はドラマティックであり、情感に溢れた演奏であった。弓を引く腕の大ぶりなこと、美しい音色からは天満さんの熱い心と情感が伝わってきた。T君に感想を聞くと、「良かった。」と言って、天満さんの演奏時の腕の大ぶりに弓を引く動作を言った。
 
以前に書いたが、小生、高校時代日比谷公会堂でウィーンフィルの演奏を聞きにいった。曲名は忘れたが、弦楽器の素晴らしい音色・弦の合奏による驚くべき端正な音色に聞き惚れた。その記憶が私の音楽に対する原点になって、名曲喫茶店に入り浸った。
その意味もあって、少年時にいいものを見たり、聞くことが大切だと思っている。T君は鉄博や科博好きの理科少年である。最近文化方面にも誘っているのは、そんな思いを込めている。

弦楽器では、昔の名手はともかく、G.クレーメル、チョン・キョンファ、諏訪内晶子、そして、五嶋みどりをよく聴いた。みどりさんはジュリアードのドロシー・ディレイ教授の薫陶を受け、教授の門下生の中でもずば抜けている。ユーチュブに入っているチャイコフスキーのヴァイオリン・コンチェルトを聞いても抜群の集中力で、鳥肌が立ってくる!

休憩後は、日本の戦後のお馴染みの曲で愉しんだが、T君はほとんど知らなかった。「埴生の宿」も「叱られて」も知らない、なんて!愕然とした。もしかしたら、この数十年日本の児童は「白秋」や「雨情」の童謡を歌っていないのかも知れない。


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  1. 2018/07/21(土) 09:08:16|
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『2018年映画』「菊とギロチン」(監、瀬々敬久。出、東出晶大、筧一郎、木竜麻生、韓英恵)7/18

『2018年映画』「菊とギロチン」(監督、瀬々敬久、木竜麻生、東出晶大、筧一郎)

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物語の舞台は、大正末期・関東大震災直後の日本。混沌とした社会情勢の中、時代は急速に不穏な空気が漂い始めた。大正ロマンやアナキズムの夢は、大杉栄の虐殺や大逆事件で圧殺されたか?

 「春三月 縊り残され 花に舞う」

 美は乱調にあり、と自由・反権力・愛に・生き虐殺されたアナキスト大杉栄は大正ロマン・の革命家として、今でも人気なのは何故か?蠱惑の永遠の革命家として虐殺されたからか?大杉栄に「永遠の絶対自由の殉教者」を夢見るのだろうか?
 
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 映画に登場するは、大杉の時代のアナキスト「ギロチン社」である。中心は中濱鐵(東出晶大)・古田大次郎(寛一郎)の二人。世の中を変えたいという志を持ちながら、資本家を強請って女遊びにうつつを抜かしているという、青春の真只中にいた。彼らは自由と反権力を誰よりも求めていた。だが、単なるチャランポランの風来坊に過ぎなかったのだろうか?

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 東京に女相撲の一座「玉岩興行」がやってくる。力自慢の女力士の中には、元遊女で在日朝鮮人の十勝川(韓英恵)や、新人力士の花菊(木竜麻生)がいた。花菊は貧しい農家の嫁であったが、夫の暴力に耐えかねて家出し、女相撲に加わったのだ。「強くなりたい。自分の力で生きて行きたい」と願う彼女は厳しい稽古を重ねてゆく。花菊演じる木竜麻生の可憐さ・初々しさは素晴らしい。

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十勝川の韓英恵は韓国人の差別に耐え抜く内面の強さをうまく表していた。女相撲の一行と若きアナキスト「ギロチン社」が交じり合うことで、ドラマは発展する。

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 「差別のない世界で自由に生きたい」この純粋な願いは、中濱と十勝川、古田と花菊を惹かれあい結びつけてゆくが、厳しい現実が彼らの前に立ちはだかる。

 1910年、大逆事件。天皇暗殺を企てたという冤罪で幸徳秋水・菅野すが等の社会主義者・無政府主義者を逮捕、翌年に12名を虐殺し、世を震撼させた事件。
 1923年9月、 関東大震災、震災後の流言飛語により、自警団などが朝鮮人・中国人を多数殺害。
 1923年9月、甘粕事件(大杉栄・伊藤野枝・橘宗一が甘粕憲兵大尉によって殺害される。)
 1923年~26年、ギロチン社中濱・古田らは大杉の仇を撃とうとするが失敗、逮捕後死刑。

(映画では震災後の「朝鮮人虐殺」を、1917年のロシア革命と関連する翌年の日本軍の「シベリア出兵」と結びつけて解釈している。シベリア出兵で革命軍に苦い思いを受けた日本軍が帰国後、在郷軍人となって震災時の自警団を形成し、その恨みから朝鮮人虐殺に向かったと。この解釈に初めてお目にかかったがどうなのか?)

 乱世としての大正期、女相撲とアナキストとの結合は様々な夢を抱かせる。女相撲は真っ当な相撲興行を目指したが、一座の親方・興行する町の有力者・監視する警察と在郷軍人会といった、女相撲を囲む社会の構図に取り囲まれていた。しかし、土俵は苦しい現実からの
脱出出来る唯一の晴れの舞台なのだ。強くなることが、自分の力で生きることの唯一の道なのだと、必死に稽古に励む女相撲。彼女たちは貧しい農民の娘だったり、夫の暴力に耐えかねて逃げてきた嫁だったり、元遊女だったりだが、それに負けまいと必死に稽古に励んでいた。
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 だが、ギロチン社の男たちは夢想を追うが、現実にはだらしなくテロを計画するが官憲にあっけなく捕まり虐殺されてしまう。事実は以上のように終わってゆくが、映画「菊とギロチン」の世界は、枠を超えて無限の世界にはみ出している。「女相撲」の内容を丁寧に描いている。砂浜での全員の踊りのシーンは素晴らしい。在日の十勝川が在郷軍人たちに「天皇陛下、バンザイ!」と言えと拷問にあって、さんざん殴られてとうとう、「バンザイ」を叫ぶシーン。私は見ていて泣けてきた。
 「菊とギロチン」は映画の枠を超えて、大正のロマンとアナキズムが面白いと予感させる作品である。 



  1. 2018/07/18(水) 10:58:01|
  2. 『2018年映画』
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『日記』 「七夕豪雨災害の御見舞申し上げます。」 7/8

『日記』「七夕豪雨災害のお見舞い申し上げます」 7/8

 先週からの九州―中国地方―四国―近畿―北陸、、、北海道、日本列島を縦に貫くような集中豪雨は、大小の河川を氾濫させ多くの市町村を水浸しにしました。その災害の規模・家屋の破壊は3・11の「東日本大震災」のような大災害です。災害に合われた皆様にお見舞い申し上げます。


  1. 2018/07/08(日) 22:26:53|
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『2018年映画』「30年後の同窓会」(監督リンクレイター、ボブ・ディラン「ノット・ダーク・イエット」

『2018年映画』「30年後の同窓会」(「6歳のボクガ大人になるまで」監督のリンクレィタ―、 7/6

                
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                    原作・脚本ダリル・ポニックサン、)音樂グレアムレイノルズ
                            =ボブ・ディラン曲(ノット・ダーク・イエット)
                     主演スィテーブ・カレル、ブライアン・クランストン、
                     ローレンス・フィッシュバーン、クイントン・ジョンソン   7/6
 アメリカの現代史は、何年か毎に、国を分断するような大きな戦争に見舞われ、戦争に狩り出された若者たちは、戦後心の傷に悩まされた。ベトナム戦争に参加した本編の主人公たちも、戦争の傷を背負っての人生だった。大人の「スタンド・バイ・ミー」といわれる「30年後の同窓会」が、悲劇をもたらした旅が人生の意味を問う。アメリカ映画らしいロード・ムービーである。 
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ベトナム戦争に参加し、痛みを分かち合った3人の仲間は、ベトナム戦争中の悲劇をきっかけに離れ離れの人生を送っていた。その中の一人ドク(スティーヴ・カレル)は1年前に妻を癌で先立たされた後、たった一人の息子がイラク戦争で戦死、この世に一人で放り出された。痛烈な哀しみと孤独に見舞われた。ドクは息子の遺骨を故郷に連れて帰る旅に、ベトナム戦争の二人の戦友を誘った。

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バー経営者の一見陽気なサル(「トランボーハリウッドで最も嫌われた男」のブライアン・クランストン)、だが酒浸りの荒んだ日々を過ごしていた。今や敬虔な牧師を務めるミューラー(ローレンス・フィッシュバーン)、実は向こう見ずで荒くれた青春時代をもつ。3人による遺体引き取りと輸送の旅、過去と現在の戦争の苦しみに向き合いつつ、海兵隊で共に過ごした愉快な仲間とのユーモア溢れるロード・ムービーが始まった。

一行はドーバー空軍基地につくと、遺体は国旗で包まれて棺の中に収められていた。基地の責任者の中佐は、頭を撃たれて損傷が激しいので見ない方がいいと言うが、ドックは息子の顔が見たいと言い張り、息子と対面し、変わり果てた息子の遺体に泣き崩れる。そして、ドッグは遺体を故郷の墓地で、卒業式のマントを着せて埋葬したいという。中佐はプライドをかけて、アーリントン墓地で海兵隊葬をやるべきだと対立する。2人の戦友たちもドッグに加勢して、故郷に埋葬することになる。息子の親友の若い兵士ワシントン(クイントン・ジョンソンが同行する。(ドグは中佐の海兵隊葬に反撥、息子の酷い様子にショック)

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3人は道中、アメリカを誇りに思いながら、苦しまされたベトナム戦争のことや、息子の命を奪ったイラク戦争のことなど、冗談を交えて語り合う。生死を共にした昔の仲間同士の本心とユーモアに満ちた会話だった。この会話には、アメリカのカルチャーがあるのではないか?30年前の戦友2人を捜しあて、息子の遺体を一緒に埋葬してもらうとするドグの意図。息子と向き合う自分、30年前の旧友と向き合う現在の自分、ベトナム戦争とイラク戦争が交差する。30年の時間が流れている。大きな戦争をいくつもしてきたアメリカの歴史・カルチャーの意味を問うているのだ。どこかで戦争をやり、若者が死に、帰還してもトラウマに悩み続ける戦争の犠牲者の数々。それがアメリカのカルチャーだというのか? 

地獄のような戦場。死への感性を潰すために軍から支給されるモルヒネ。衛生兵だったドグが手を付けて、モルヒネでハイになることに病み付きになった。そして、全部使ってしまった。大怪我をして痛みでのたうち回る兵士を見殺しにした。ドグはその罰として2年間服役した。帰還後、3人は連絡を取ろうとせず、罪悪感を背負って生きてきた。
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旅の途中で3人はある老婆を訪ねた。大怪我をして、見殺しにした兵士の家だった。ドグは老婆に正直に話し謝罪をする。母親は悲しそうな顔をしながら「いったい、何のための戦争だったの?」と3人に尋ねる。

ドグの息子の葬儀が行われた。(それまで、海兵隊葬ではなく故郷の墓地に埋葬すると言っていたドグは息子の遺書に
「父さん母さん、僕は愛しているよ。この国と軍隊に入ったことに誇りに思っている。僕が死んだら、軍服で埋葬して欲しい。」   

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ラストの海兵隊の軍服での葬儀に違和感を持った。あれがアメリカのカルチャーなのだ
ろうか? 戦後70年戦争をして来なかった日本との違いだろうか?

ラストのボブ・ディランの「ノット・ダーク・イエット」がよかった。


  1. 2018/07/06(金) 17:01:31|
  2. 『2018年映画』
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