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私の見た映画・美術・

映画・美術・イタリア旅行の紀行文の紹介です。

『2017年映画』「この世界の片隅に」(原作、こうの史代。アニメ監督、片渕須直、声のん1/21

『2017年映画』「この世界の片隅に」(アニメ映画、原作、こうの史代漫画。1/21
                       監督、片渕須直。音楽コトリンゴ、声優のん


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広島出身の漫画家「こうの史代」の原作「この世界の片隅に」を、片渕須直監督がアニメ映画した。SNSを通じて評判は広がり爆発的な人気を呼んで、100万人の観客を得て人気は益々広がるばかりだという。

作品は戦時下の広島から軍港・呉に嫁いだ、18歳のすず(声、のん)が激しくなる戦禍の中、一生懸命に生き抜く姿が描かれている。
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私が興味を持ったのは、このアニメ映画は戦時中の庶民の生活を描いたのだが、若い人に圧倒的な支持を受けたことだ。平成の今、戦争ははるか昔の出来事であり、あらゆる分野で若者の心を掴めないという嘆きが聞かれるのだ。被爆2世のTさんは原爆の実体を若い世代に伝えるためにドキュメンタリーを作って、平和運動を担ってきた。ところが、原爆の被害を直接訴える映像は敬遠されて、こうした映画の上映の機会が失われたという。Tさんにとって戦争がもたらした過酷な現実をどうしたら、次の世代に伝えることが出来るかが課題だという。
「この世界の片隅に」は何が今の人々の胸を打ったのだろうか?このことは重要なポイントである。

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原作者のこうのさんは言っている、「戦争の悲劇が死者の数だけで計られがちに違和感を抱いてきた。戦時下に確かにあったはずの人々の生の輝きや悲しみを作品に込めたかった。」

家族の

この映画は戦時下の庶民の生活を描いている。繰り返し描かれる食事のシーン。「いわしの干物4匹で一家4人の3食分」の配給。道端の雑草を工夫して食べたり、洗濯にいそしんだり、毎日が楽しそうである。

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この映画の主人公<すず>の声を担当した、のんさん(連ドラの「あまちゃん」)は登場人物1人1人がたまらなくいとほしいと感じるという。「ご飯を食べて幸せに感じたり、お洗濯するのが誇らしいとか思えるようになった」「毎日生きていく中で感じることは、昔の人と今の人と変わらない部分があるんじゃないか」と言っている。こうして70年前の戦時中と平成の今が地続きになった。ここがポイント。
戦時下の生活というと竹やり訓練とか隊列行進とか貧しく画一的な息苦しいイメージが思い浮かぶが、実際には人々の笑いとか食事とか会話とか、今と変わらない人間の営みが主ではなかったか。

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戦争は激しくなり、庭先から見ていた東洋一の軍港・呉は何度もの空襲によって港の軍艦は全滅、市街は二千名の死者を出して壊滅する。姪の晴美の爆死、すずも右手を失う重傷を負う。空襲ですずたちが逃げ惑うシーンの恐怖感は、観客の中には東日本大震災の時の津波の恐ろしさと重なる人もいたという。続いて広島への原爆投下・日本の降伏。戦争はすずが大切にしていたものを奪い、大きな傷を残して終わった。かくて生き残ったすずたちの戦後生活が始まるのである。

すずが空襲から逃げるシーン、爆撃機が空からむちゃくちゃに爆弾を投下するシーン、それも爆撃機から攻撃する呉市を見下ろしているシーン、怖かった!戦争が日常生活を破壊する恐怖が伝わってくる。

原作漫画、こうの史代。(広島出身の漫画家。他に「夕凪の街 桜の国」戦時下の日常をあえて描いたことが評価された)
アニメ監督、片渕須直(60年生、アニメ監督、日芸の映画科でアニメを学び、宮崎駿の教えを受ける。この作品で「キネマ旬報監督賞に輝く)
音楽、コトリンゴ
声優、のん

*クラウドファンディング(クリエイターや映画製作者が製作資金をネットなどで呼び掛けて資金を募る。このアニメでは7000人が出資した。)
 具体例、亡き祖母の呉軍港における戦争体験を伝え残すために出資した。祖母から聞いた戦争体験をまだ幼い我が子に伝えたい。
                


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  1. 2017/01/21(土) 17:59:33|
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『2017年映画』「ヒトラーの忘れもの」(デンマーク・ドイツ共同制作) 1/14

『2017年映画』「ヒトラーの忘れ物」(デンマーク・ドイツ共同制作)      1/14
                      監督・脚本マーチン・ピター・サンフリト
                      軍曹ローラン・モラー兵士ルイス・ホフマン
 
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第2次大戦の1940年デンマークはドイツに占領され、5年間の占領後45年5月ドイツ軍は降伏。敗残のドイツ兵が列をなして自国に引き上げてゆく。それをジープで追ってきたデンマーク軍のラスムンス軍曹(ローラン・ムラ)が、凄まじい罵声を浴びせ、ドイツの敗残兵を殴打する。凄い憎しみをナチスはデンマーク人に与えた。

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ナチス・ドイツがデンマークの海岸に埋めた地雷の数は200万個以上。その撤去をデンマーク当局は、置き去りにされたドイツ軍捕虜しかも少年兵たちにやらせた。これは実話に基づく映画化。しかもデンマーク国内ではほとんど知らされず、歴史の闇に葬り去られた事実だった。この映画はデンマーク・ドイツ合作の作品である。

美しい白砂の海辺で、腹這いになった少年兵が一つずつ除去してゆく。間違えば命を落とす。訓練の時、緊張した一人が爆死している。緊張で汗を流しながらの作業が続く。緊張感に満ちたシーンだ。寝食を共にする11人の少年兵。思慮深い少年から幼い心の子ども、反抗的で脱出を考えている者、様々なキャラクターである。ただ、みんなは終わってドイツへ帰るという望みで作業に従っている。
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デンマーク軍のラスムスン軍曹は11人のドイツ少年兵を海岸の粗末な掘っ立て小屋に隔離し、連日、食料も禄ろくに与えず、過酷な地雷撤去を強いていく。ドイツ軍への余りの憎悪感から、彼の妻子がドイツ兵に殺されたことがわかる。地雷解除は絶好の復讐のチャンスか?
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しかし、少年兵との接触によって彼の心が微妙に動く。
終わればドイツに帰れるとひたむきに思い詰めて必死に作業をする彼ら。ひもじさから家畜の餌を食べて食中毒を起し、地雷に嘔吐し、大怪我を負う事件が起こる。それを聞いて、いつの間にかパンとポテトを調達していた軍曹。海岸でサッカーをやって良い雰囲気が出来たと思ったら、愛犬が爆死して軍曹が元の鬼軍曹に戻ってしまった。少年兵は又一人、一人と落命してゆく。

局面が転回するのは、近所の少女が何もわからず地雷原に入ってしまった時だ。少年が手前の地雷を一つ一つ取り除きながら辿りつくまでの間、逆の方角から無謀にも地雷原に踏み込んで少女の元に寄り添ってあげる。その彼は兄を地雷で亡くした心優しい少年兵だ。
少女救出劇は涙がでてくる。地雷原に入ってしまった少女を救おうとした2人の少年兵の行動。映画のクライマックスであり、両国和解の象徴である。
ナチスの地雷敷設の犯罪性と、デンマークの戦後処理の恥部を合わせて、真っ向から描いた作品である。いたいけな少年兵の地雷撤去シーン。
一方の鍵を握る、軍曹の表情の刻々の変化、軍曹の少年兵に対する態度、行動、、、
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ラストは夢のようなシーンだ。




  1. 2017/01/14(土) 20:22:37|
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『日記』 「感想➁ メルケル首相の新年の挨拶」2017.1.8  1/9

『日記』 「感想 ② メルケル首相の新年の挨拶」 2017.1.9

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ネットを漁っていたらメルケル首相の「新年の挨拶」を見つけた。立派である。民主主義、の王道を踏み外していない。彼女の論調を支えるものはドイツ国民への絶対的な信頼である。昨年、ヨーロッパ中で起ったイスラム過激派のテロに対して首相は次のように言う。
 
「ドイツに難民として保護を求めてきた人物によってテロが起こされたことは、わが国の人道的な態度を嘲笑っただけではなく、本当に助けを必要とする人たちをも嘲笑する結果にもなった。」

こうした厳しい困難のなかでどうしてドイツ国民の強さを信じることが出来るかと言えば

「テロリストたちの憎しみ対して、国民の多くが人間同士の思いやりと結束、連帯を決然とした態度で示したから」だと言っている。
「我々がどのように生きるかを決めるのは我々であって、憎しみに満ちた殺人者であるテロリストたちではないこと。我々は自由であり、ドイツは開かれた社会であることを示したからだ。そして、これらの態度には我々の民主主義と法秩序、我々の価値観が反映されている。これらの価値観は憎しみに満ちたテロリズムの対極にある。この価値観を共に守ろうとするとき、我々はテロリストより強くなる。そして、わが国は、国民の自由と安全を守るために全力を尽くす。」

メルケル首相の、ドイツ人の、人間としての強さはどこから来るのだろう?ナチスドイツの敗戦として出発した戦後史があると思う。人類史上類のない大量虐殺を行ったドイツの20世紀。二度とナチスにはならないという戒めの戦後史だった。差別しない。人間の尊厳を守るが前提だ。トランプ氏大統領当選へのお祝いの電話に象徴的に表れている。

『血統、肌の色、宗教、性別、性的指向、民主主義、自由、人権と、人の尊厳への敬意という価値観の共有に基づく』

以上の価値観の共有が前提なのだ。同じように日・独・伊の三国同盟の日本においては、民主主義、・人権の蓄積はどのくらいあるのだろうか?深く問いたい。

*参考として「メルケル首相の新年の挨拶」を掲載させて頂く。

メルケル首相の新年の挨拶    1/8
『国民の皆さま、2016年は厳しい「試練の年」でした。それについて今夜は皆さまにお話ししたいと思います。そして、私がなぜ、こうした厳しい困難にもかかわらず、ドイツとドイツ国民にはその試練を乗り越える力、強さがあると確信するかということについても私の考えを述べたいと思います。』
こういう言葉で新年の挨拶を始めたメルケル首相は、およそ7分にわたって、要旨次のように述べた。
『もっとも厳しい試練は、いうまでもなくイスラム過激派によるテロでした。中でももっとも苦々しく不快だったのは、南ドイツのヴュルツブルクやアンスバッハ、そしてベルリンのクリスマス市でのテロ事件が、ドイツに難民として保護を求めてきた人物によって起こされたということです。テロリストたちはその行為によって、困っている人に手をさしのべようとする我が国の人道的な態度を嘲笑っただけではなく、本当に助けを必要とする人たちをも嘲笑する結果になりました。
そうした中でも私がなぜ我が国と我が国民の強さを信じることができるのかと言いますと、テロリストたちの憎しみに対して、国民の多くが人間同士の思いやりと結束、連帯を決然とした態度で示したからです。それによってドイツ人はテロリストに対して、「我々がどのように生きるかを決めるのは我々であって、憎しみに満ちた殺人者であるテロリストたちではないこと」、「我々は自由であり、ドイツは開かれた社会であること」を示したからです。これらの態度には、我々の民主主義と法秩序、我々の価値観が反映されています。これらの価値観は憎しみに満ちたテロリズムの対極にあります。この価値観を共に守ろうとするとき、我々はテロリストより強くなります。そして、我が国は、国民の自由と安全を守るために全力を尽くします。』
メルケル首相は同時に、2015年の夏、シリアなどからの多数の難民を受け入れた自らの決定を弁護して次のようにも述べている。
『爆撃で破壊され尽くしたシリアのアレッポの映像を目の当たりにして、我々が、保護と助けを必要としている人たち、我々の社会に溶け込もうとしている多くの人たちを助けたことは、いかに重要で、いかに正しかったかが明らかになったと言えるでしょう。
テロと並んで2016年に世界は支離滅裂になった、少なくとも既存の社会秩序に疑問符がつけられたと感じた人も少なくなかったかもしれません。例えばEUや議会制民主主義が機能しなくなった、あるいは政治が少数のエリートだけに有利なものになり、一般市民の利益を考慮しなくなったという印象を受けた人もいたかもしれません。しかし、これは「歪んだイメージ」だと私は思います。我々ドイツ人は決してこうした「歪んだイメージ」に惑わされてはなりません。
ヨーロッパは確かに動きがゆっくりしています。それに加盟国の一つが脱退を表明するという問題にも直面しました。しかし、ヨーロッパが抱える多くのグローバルな問題を一国だけの努力で解決できると考えるのは幻想です。そしてヨーロッパは、一国では解決できない共通の課題に集中して取り組むべきでしょう。さらに議会制民主主義を強めるためには、市民の関与と批判精神が必要です。批判はしかし、個々の人間を尊重する自由な批判でなければなりません。』
メルケル首相は最後に新しいエネルギー分野やデジタル技術の発展に寄与している多くの企業、大学の研究機関の探究心やパイオニア精神をたたえ、「我々が一致団結してオープンな社会を維持すること、我々の民主主義と強力な経済力、これこそが我々すべてに利益をもたらすものであり、これこそが我々の未来に希望が持てる理由でもあるのです」という言葉で、新年の挨拶を締めくくっている。
カテゴリー: ベルリン通信 (ドイツみどりの1kWh)


  1. 2017/01/09(月) 15:31:49|
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『日記』 「感想 ①」 2017.1.3

『日記』「感想 ①」    2017.1.3

アニミタス荒涼とした風景

イスラム教徒・差別発言のトランプ氏が、あと何日かで米国大統領になる。世界に恐怖と不安を与えている。選挙イヤーを迎える欧州(オランダ3月下院選。フランス4~5月大統領選。ドイツ秋下院選)ではポピュリズム(大衆迎合主義)が台頭して、先の英国EU離脱の根底にあった、反難民・反移民=自国第一主義が侮れない流れになってきた。欧州各国に難民・移民の排斥の極右勢力が台頭してきて予断を許さない。政治経験のないトランプ氏の「アメリカ第一主義」「アメリカは世界の警察にはならない」という主張は、これまでの欧米グロバールリズムの世界協調路線とどう関係いう関係になるのか?

その意味では、ドイツのメルケル首相のトランプ氏にかけたお祝いの言葉、
「、血統、肌の色、宗教、性別、性的指向、政治的立場に左右されず、民主主義、自由、人権と、人の尊厳への敬意という価値観の共有に基づいて、」次期米大統領と緊密な協力をしたいという<メルケル氏の毒矢>は見事なものであった。トランプ氏が各項目と反対概念に立脚していると巷では見られているからである。トランプ氏の行動如何によって世界の在り様が180度変わるからだ。緊張関係にあったロシアや中国がどういう位置付けになるのか予想が立たない。

前から気になっていたことに、トランプ勝利の予測がごく僅かにあったことだ。例えば「ルポ 貧困大国アメリカ」の著者堤未果氏だ。米社会の実体のルポはリアルであった。その堤さんは次の様に分析する。

「米社会には、中間層はいない。1%の超富裕層と、それ以外の人」(まともな暮らしが出来なくなって将来が見えない人が中間層にまで広がって、大多数の人がそちらに行ったということ)トランプはそこを掴んだ。
*英国のEU離脱の根底にも同様の格差社会・貧困問題も絡んでいる。
*日本も若者の非正規雇用が4割、パラサイト・シングル(親と同居の未婚者)の増加などが日本の社会構造も地下では崩れ始めている。中間層の解体と貧困層の拡大。

都市部には 恩恵を受けている人が集まっていてクリントン氏の得票が多かったが、地方は打ち捨てられているという意識が強くトランプはそこを掴んだ。

クリントン氏はベテランのエリート色が強く都市を基盤とした。1%の富裕層以外の多くの人々がトランプ氏を選んだ。アメリカの民衆は民主・共和の二大政党の既存の政治より新しい道を選んだ。野獣はどこを突っ走るか?

この悩み多き世界を彷徨える難破船と捉えれば、英・米はいち早く逃げ出した。ナチイズムと決別し、二度と差別を繰り返さないと決意する独のメルケル首相の孤高が眩しい。それにしても、右顧左眄(うこさべん)するわれ等の棟梁の見苦しいことよ。



  1. 2017/01/03(火) 22:24:03|
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