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私の見た映画・美術・

映画・美術・イタリア旅行の紀行文の紹介です。

 
                         迎春 
                                          2017年 元旦  
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* ヒエロニムス・ボスを巡る旅、故郷(蘭.スヘルトヘンボス)での没後500年ボス祭は世界各地から20点近くのの絵画が集められ、スペイン<プラド美術館>の「悦楽の園」他を加えて、夢の一大桃源郷が出現。

* 映画「めぐりあう日」(<冬の小鳥>ウニ―・ルコント監督)は、産みの親から拒絶された孤児の女性の、アイデンティティーを執拗に求める感動のドラマ。自己の尊厳の回復を求めて、人間が生きる心の証を求める必至の旅です。

* 庄司紗矢香の「無伴奏ヴァイオリン」コンサート。バッハやバルトークからロマン派の情念を削ぎ落した音の凄さ!

* 参院選、「野党は共闘」が成功した東日本の1人区は負けていないのです。東日本大震災・反TTPが背景にある。問題は関西や西の極右的ムードです。一強の安倍政権のやりたい放題の政治、もうウンザリです!

* ポーランドの映画監督.アンジェイ・ワイダが亡くなった。「灰とダイヤモンド」を何回も見た。当時若者たちは主人公に、己の情念をぶつけて、己を観ていた。ワイダ監督は90歳で死ぬまで生涯、歴史状況における人間の生き方を映画で探求した。芸術の情況への関わり方を学んだ。

* 仏のホロコースト美術家「C・ボルタンスキー展」。幼年期の迫害の記憶・その再構築から始まったアーチスト活動。今回の日本でのインスタレーションは、霊魂の象徴としての<風鈴>を荒涼たるチリの高地の砂漠か、情感に満ちた日本の緑の森で、音色豊かに響かせた鮮やかなイメージ。人類史の膨大な死者の魂の救済を暗示するものなのか?

* トランプ登場後の、反グローバル極右とテロが席巻する世界。真の連帯と行動力が求められています。

本年もよろしくお願いいたします。

                           ジュリアンの夢



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  1. 2016/12/31(土) 18:14:12|
  2. 『日記』
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『美術』「<アニミタス>さざめく亡霊たち(K ・ボルタンスキー」12/14

『美術/音楽/舞台/読書』「クリスチャン・ボルタンスキー<アニミタス>さざめく亡霊たち>」
                           都庭園美術館 ~12・25   12/14

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現代フランスの美術家ボルタンスキーの展覧会をやっと見てきた。難解ではないかと敬遠していた。ある雑誌で、うっそうとした深い森の木の枝に日本の風鈴が果実のように数百と飾られて(実って?)いるインスタレーションを見た。その鮮やかな映像に魅せられ、無性に見たくなって師走の庭園美術館に出かけた。

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クリスチャン・ボルタンスキーの創作活動は「インスタレーション」*と言われている。

*(ある特定の室内や屋外などに、作家の意向に沿って、オブジェや装置によって、空間の構成を変化させたりして、場所や空間全体を作品として体験させるのがインスタレーションといわれている)

① 「さざめく亡霊たち」
館内の所々でスピーカーから女性の声が聞こえてくる。意味ありそうもないランダムなお喋り、まるで亡霊たちのざわめきともとれる。ここ庭園美術館はアールデコ様式の旧朝香宮邸である。耳をすませば歴史上の亡霊たち――戦前の皇族や外交官・戦後の首相公邸や迎賓館のざわめきが、聞こえて来るかもしれない。最後のホロコースト世代のボルタンスキーにとって、ナチス独と枢軸国を担った日本の皇族の宮邸で展示を行うことの不気味な意味とは?皇族の宮邸が建造された1930年代、日本が3国枢軸国の一角を担った時代に、同盟の仲間ナチスドイツが作者の父祖たちに何をしたか!その視点でアールデコ調の美術館を見れば何とするか!

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② 「影の劇場」
隣の部屋の覗き穴から見ると影絵の世界。幾つもの首つりの風景・中世の魔女狩り・死の舞踏・悪霊たちが漂う・影絵の風景からは見る人によって、内包する魂によって様々なイメージが膨らんでくる。
ボルタンスキーはユダヤ系フランス人の父母の子として1944年にパリ生まれた。ユダヤ人であることから幼少期はナチスの亡霊や差別の幻影に脅かされて育った。ホロコーストの曾祖父や父によって、おぞましい迫害の歴史を聞かされた。その記憶は彼の悪夢や欲望や問いかけとなって、命に焼きつき作品に大きな影響を与えた。
影絵はナチスのユダヤ人迫害の構図か?アウシュヴィッツのイメージや中世の魔女裁判の、暗黒のイメージが漂う。
ただ、日本の至る所に幽霊や骸骨などに出合う。日本人は死者に対する信仰が根深い。その点で日本の伝統にも通じるのではないか,とボルタンスキーは言う。

心臓音

③ 「心臓音」
 暗い部屋の奥に真紅の裸電球が点滅する。心臓の音が脈打っている。世界の無数の匿名の人の心臓音だそうだ。ボルタンスキーは
「心臓音は作家にとって写真や古着にかわる人間の存在/不在の新しいメタファーともいえる。心臓音は人間がこの世に生を受けて初めて母胎の闇の中で聴く音であり、生命の証。しかし、いつか止まる瞬間がくることも私たちは知っている。」と言っている。「心臓音」を原理的に捉えている。生命の証・根源なんだ。初めて生を受けた時、胎児は母体の用水の中でこの音を聞くのだ。音を通して世界に触れるのだ。疎かに出来ないのだね。

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④ 「 眼差し 」
何枚もの薄手の白いカーテンが垂れ下がっている。カーテンの向こうから大きな「匿名の目」がこちらを見ている。女性の目だろうか。こちらの心の中を見透かすような目だ。何枚ものカーテンをくぐり抜けながら大きな目に晒される不思議な体験。匿名の目が亡霊のように私たちを見つめる。容赦ない眼差しに晒されることによって私たちの心に何を感じるか?感性が問われる。
離脱する魂、弔いの花のように何かを訴えかけている。
実はギリシャ人の身分証明書の写真で、国籍は関係がないそうだ。この装置によって、我を見失い、問いを投げかける証人になる。眼による問いかけ。軽い布に印刷され、空気の働きに揺らめく、亡霊のようだ。
部屋の真ん中に、黄金のカバーで覆われた山がある。黄金は「金・富のシンボル」であると同時に「死のシンボル」だそうだ。

アニミタス荒涼とした風景

⑤ ・その一・「アニミタス」
チリの2000mを超えるアタカマ砂漠。最も乾燥した高地。風に揺られてかすかな音を鳴らすのは、数百の日本の風鈴。死者たちへの鎮魂を込めて風鈴は風に揺らぎ鳴り響く。
「アニミタ」とはスペイン語で「小さな魂」を意味し、チリでは亡くなった人に手向けられた「路傍の祭壇」のことを指すそうだ。ボルタンスキーは荒涼たる高地に、朽ちて消滅することを前提に数百もの「歌う魂」を捧げた。荒涼たる高地での風鈴のささやくような鎮魂歌。作品に星との関係がある。星が最もよく見える場所は、インデアン神話では重要なこと。風鈴の奏でる音楽、天空の音楽、この装置は一種の巡礼地になることを願う。

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・その二・「ささやきの森」
一転、情感に満ちた緑の森の木の枝に吊るされた風鈴。そよ風に揺らいで優美な音色を響かせている。鎮魂の響きは木々の間をくぐり抜けてゆく。情感に満ちた、、、幸運の女神。*
*「ささやきの森」の情感溢れたイメージに、クリスチャン・ボルタンスキーの滋味溢れた到達点を見る。最後のホロコースト世代であるアーチストの赦しを感じる。
「ささやきの森」は祈りの場になる。風鈴を購入して札に愛する人の名前を書き込んで吊るすことが出来る。聖なる場として残ること。人々はそこが愛の祈りを捧げる場所であることを知っている。人々はやがて消滅するけれど、愛はそこに残る。そんな巡礼地にしたい。

⑥ K ・ボルタンスキーのメッセージ
私の生命と芸術はホロコーストに結びついている。日本人は実体験していないので、大震災など他の経験を通して、私の芸術を読み取る。震災後の福島は信じ難い光景だった。作品を作りたがったが、日本の友人に記憶が生々しいといわれた。偶然と運命の間について深く考えさせられた。誰にも災害が起こる可能性がある。自分の子どもを抱きしめた数時間後にその子どもを殺す親だっている。誰一人としてそれから逃れられない。人間は善人でありながらも、最も残酷な人間にもなりうる。人は自分とちょっと異なる他者に残忍だ。

「ユダヤ人と床屋を見な殺しにしなくてはならない」
「なぜ床屋を?」
もしユダヤ人や他の属性の人々を皆殺しにする理由が立つのであれば、床屋を皆殺しにする理由も同じだけ存在する。人間をカテゴライズすることによって、人類は残虐なことをしてきた。私は床屋を皆殺しにする10の理由を言うことが出来る。
芸術家の仕事には精神分析的トラウマが見え隠れする。

*2019年、複数の美術館で、彼の大回顧展が日本を巡回開催される予定だそうです。今回の展覧会はそのプレだそうです。

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<クリスチャン・ボルタンスキー>
1944年、パリにユダヤ系フランス人の子として生まれた。
フランスの彫刻家・写真家・画家・映画監督・現代アーティスト。

配偶者に<アネット・メサジェ>(雑誌・刺繍・ぬいぐるみ等身近な小物を使った作品を手掛ける。<聖と俗の死者たち>2008年
兄に<リュック・ボルタンスキー>(1940年~)フランスの社会学者・詩人。著作多し。

*皆さま、本年もお付き合いいただきありがとうございました。本年はこれにて終了とさせていただきます。
 来る新年には、またお目にかかりますように、よろしくお願いいたします。



  1. 2016/12/13(火) 22:41:51|
  2. 美術/ 音楽/舞台/読書/文学
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『日記』 「某日、、、新聞から」   12/8

『日記』 「某日、、、新聞から」      12/8

久し振りに面白い記事を目にした。引用させてもらう。

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≪メルケル氏が切った啖呵(たんか)≫
『血統、肌の色、宗教、性別、性的指向、政治的立場に左右されず、民主主義、自由、人権と、人の尊厳への敬意という価値観の共有に基づき、トランプ次期米大統領との緊密な協力を申し出たい』

「ドイツのメルケル首相は、トランプ氏にかけたお祝いの電話でこう述べた。トランプ氏は総てその反対のことを言っていたのである。メルケル氏の言葉は考え抜かれた思考に貫かれている。オバマ大統領と一致できた価値観を今後も共有できなければ、米国といえどもお付き合いお断りということだ。某ジャナーリストは、トランプ氏への「毒矢」と評した。安倍首相がいち早くトランプ氏に会いに行ったことと比較すると、メルケル氏が反対の極に立っている。

戦後ドイツは、如何にナチスを繰り返さないことが国是だった。国民が飢え苦しみながら、その苦闘は並みのものではなかった。その過程で培われた価値観が、メルケル氏が毒矢に塗り込んだ、差別への強い嫌悪と人道主義だ。難民を受け入れたメルケルの並みならならぬ原動力がそこにあった。
トランプ氏がメルケル氏が切った啖呵にどう反応するのか。
(こんなシャープな新聞記事にはなかなかお目にかかれない。拍手を贈る!)

もう一方のヒラリーが勝つと思い込んで、米国へ行った時もヒラリーにペコペコしてトランプを歯牙にもかけなかったアベ氏、彼が当選した時の慌てようはなかった。アベだけでなくマスコミ・ジャーナリズム全体がそうだった。その時の評論家の言葉の虚ろなことよ!

わが邦の政府は慌てて特使を派遣、慌ててアベ自ら「トランプ詣で」をした。その時、取り巻きは “いち早く次期大統領に会談する大国ニッポンの首相” と囃子たてた!

ところが、米政府が事前に「トランプ氏はまだ大統領ではない。前例のないことはしないでほしい」と強い異議を日本政府に伝えていた。日本側は、会談は非公式でトランプ氏提案の夕食会は見送るとして理解を求めた。しかし、米側は納得せず、調整していたペルーでの首脳会談は実現せず、立ち話にとどまった。(オバマは広島訪問後、アベと首脳会談をやっていない。立ち話のみだ。アベのプーチンとの接近を警戒してのことらしい)

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初めのメルケル首相の啖呵に戻る。何と小気味よい啖呵だろう。優れた思想性の筋の通った言葉である。彼女の思想の背後にはナチスを繰り返さないという戦後ドイツの歴史・苦闘のプロセスがあるのだ。それに比べて、、、

トランプ登場後の反グロバールの自国保護主義、極右と差別とテロの席巻する弱者を切り捨てる社会、それらと真っ向から立ち向かえる世界の良心!ギリシャ・ローマ文明以降の人道主義と自由がかかっている。





  1. 2016/12/08(木) 17:48:05|
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『美術/音楽/舞台/読書』「詩歌と戦争ーその②」  12/4

『美術/音楽/舞台/読書』「詩歌と戦争その②=戦後の出発」12/4

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優れた社会思想史の研究者・中野敏男さんの講演を聞き、先生の著作「詩歌と戦争」(NHKブックス)を手引きにブログに書きました。
私がこの著作に引き込まれたのは、「震災」(関東大震災)から「総力戦=15年戦争」へ歴史のダイナミズムが激動してゆく過程を、北原白秋の抒情歌(童謡・民謡)と愛唱する民衆の心情を見事に分析した鮮やかさでした。
「総力戦」はナチズムと違った形の「ファシズム」でした。上からの統合・制度化と下からの民衆の自発的・組織的な「翼賛」に支えられていた。中野さん指摘の「自警団の経験」、「新民謡運動」、「校歌・社歌ブーム」「東京音頭」の熱狂で進んだ「町内会・隣組」などが下から「日本ファシズム」を支えたのです、、、ともかく、日本は敗れ、戦争は終わった。戦後の出発点の在り方が問題点を残し、現代にまで引きずっている。戦争をどう見るか、戦争責任をどう追求するか、どういう戦後社会を築くか、幾つかの点を簡単に触れておきたい。

「ファシズム」は国民尽く<翼賛>体制に組み込んでゆく。言語の表現で積極的に愛国心を煽るものはもとより、直接愛国や戦争を歌っていなくても、人々の情感に訴え日本の自然への繊細な共感を掻き立てるものは、國への心情的な一体感を形成する不可分な構成要件とされた!つまり戦時下において表現は総て<翼賛>に手を貸すことだと言われた。最近の研究では文化領域すべてに亘って「総動員」の戦争協力体制が作られていたことがわかっているそうです。

敗戦後の日本に最初に登場した民衆歌謡は「リンゴの唄」45年です。
(詞サトウ・ハチロー、曲万城目正、唄並木路子・霧島曻)
これは流行りました。3百万余の死者を出したこの戦争は人々の心に癒しがたい深い傷を残した。明るい「リンゴの唄」は人々の心を捉えた。戦後直後は「癒しの唄」が流行った。中野さんの鋭いところは戦後流行ったたくさんの「癒しの抒情」に、戦争の記憶を都合良く色付けていくような動きがあったのではないか?と疑念の目で見たことです。

「里の秋」45年(詞斎藤信夫、曲海沼實、唄川田正子)
① しずかな/しずかな/里の秋  おせどに/木の実の/落ちる夜は
ああ /かあさんと/ ただ二人  栗の実/煮てます/ いろりばた
➁さよなら さよなら 椰子の島/ お舟に ゆられて 帰られる
ああ とうさんよ御無事でと / 栗の実 煮てます いろりばた

「里の秋」は当時外地からの「引揚げ」(復員)で賑わった民衆の心情に、大ヒット!ところがこの歌は同じ斎藤信夫の41年12月の「星月夜」という原作品があって、3番と4番に

③きれいな /きれいな/椰子の島/  しっかり/護って/くださいと
ああ/父さんの/ご武運を/  今夜も/ひとりで/祈ります
④大きく /大きく/なったなら/  兵隊さんだよ/うれしいな
ねえ/ 母さんよ/ 僕だって/  必ず/ お国を/ 護ります

これは41年作の戦争翼賛の歌だ。再構成して戦後の「平和の歌」に直している。このように戦争中の「翼賛詩人」が戦争責任を棚上げして「平和詩人」として大手を振って歩いていたのが実情だ。「戦後」たくさん出てきた歌の多くがそうだった。「戦後の出発」の時、「戦争責任」をきちんと追及して来なかったツケが現代に及んでいる。外国から「歴史認識」の無さを追求されている。これはイデオロギーの問題ではない。一独立国として当然求められることだ。それが「一億総ざんげ」と責任を曖昧なものにすり替えられてしまったのだ。

中野さんの優れた問題意識は二つの「震災」-東日本大震災と関東大震災の「震災後」を分析して、何が見えてくるか?「関東大震災」は「総力戦の15年戦争」に連鎖したが、「東日本大震災」は何につながってゆくか?だった。1945年の戦後「戦争責任」の追求の曖昧さが、日本人の歴史認識の希薄さを生んだように、「東日本大震災」の「震災後」の今、何がおかしなものを作り出しているだろうか?

わが国は3百万余の人命を奪いアジアの国々を蹂躙した戦争の責任を誰も取ろうとはしなかった。国際社会では行動には責任が伴い、罪には謝罪と償いを要求される。日本軍「慰安婦」を始めとして、過去の植民地支配や戦争の加害に関わる責任と被害の償いが未解決である。ところが最近の情勢は過去の歴史事実を否定しようとする動きが顕著である。戦後70年軍隊を持たず戦争しなかった日本が、海外において戦争可能な憲法違反の法律を持った。多くの未解決な問題を抱えて、テロと極右のファシズムの時代を我々は迎えようとしている。
 






  1. 2016/12/04(日) 22:40:04|
  2. 美術/ 音楽/舞台/読書/文学
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