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私の見た映画・美術・

映画・美術・イタリア旅行の紀行文の紹介です。

『美術/音楽/舞台/読書』「≪さくらんぼの実る頃≫と桜桃忌」-山村國晶さんのブログによせて・6/28

『美術/音楽/舞台/読書』「≪さくらんぼの実る頃」 と桜桃忌―山村國晶さんのブログに寄せて」6/28

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画家山村國晶さんのブログに、6月のこの時期の想い出として、太宰治の「桜桃忌」とシャンソン「桜んぼの実る頃」について触れていた。私にとっても多少の思い出がある。

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① 三鷹―玉川上水
*太宰が心中した玉川上水の場所はJR三鷹駅の近くだ。三鷹から吉祥寺の方に玉川上水沿いに右側を戻っていく一帯を「下連雀」といった住宅街で、私の中学の国語の先生のお宅がその近くだった。先生のお宅を訪問すると必ず玉川上水を通った。当時玉川上水を見て、こんな所でよく死ねたなぁーと不思議がったものだった。
*その頃、野田宇太郎の「東京文学散歩」(?)をたよりに、東京の街を歩いた。三鷹からのコースでは、三鷹駅北口の国木田独歩の詩碑―太宰と鴎外の墓のある「禅林寺」-多摩霊園―国立天文台―深大寺―神代植物園(まだ出来ていなかった?)など何度か散策したことがある。

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「禅林寺」には鴎外と太宰の墓が背中合わせに近い位置にあった。偶然かと思ったが、鴎外を尊敬する太宰が近くに建てたらしい。太宰の墓の前で弟子の田中栄光が後に自殺している。
鴎外の墓に惹かれた。本名の「森林太郎」だけが彫られていた。遺書にあるように「岩見人、森林太郎として死せんと欲す。」「栄典は絶対に取止め。」軍医総監という軍医の最高位まで登りつめた鴎外が、死ぬときは一個人として死んでゆく覚悟に清清しさを感じた。古武士的な生き方を感じた。
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② シャンソン「さくらんぼの実る頃」
フランス語でなくても日本語でもいいから覚えて歌いたいと思っていた。2000年パリに画家の白山先生のアトリエを訪ねた時、先生に案内されて、モンマルトルから葡萄畑―サクレ・クール寺院―アトリエ洗濯船跡を散策していた時、白山さんは「さくらんぼの実る頃」を歌いだした。しみじみと心の底に伝わってくるような唄であった。

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後に、東京に帰ってから調べると、「パリ・コミューン」に関係する奥の深い歌だということを知り、白山さんもそのことを踏まえて歌っていたのだなぁーと思った。

*「さくらんぼの実る頃」
銅工職人でパリ・コミューンに参加したジャン=バティスト・クレマンが作詞し、テノール歌手のアントワーヌ・ルノワールが曲を付け、1866年に発表された。

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さくらんぼの実る頃のはかない恋と失恋の悲しみを歌った曲。コミューン崩壊後の1875年前後――「血の1週間」の参加者への多数の虐殺への哀悼の思いを込めて、第3共和政に批判的なパリ市民が歌ったことから有名になった。

<意訳>
私たちはさくらんぼの季節を歌う
ナイチンゲールやマネシツグミが陽気に囀り
みんな迎えてくれる
美しい娘たちの心は狂おしく
恋人たちの心は太陽に満たされる
私たちはさくらんぼの季節を歌う

でも、さくらんぼの季節はとても短くて
夢の中で探す
失くした片方のイヤリング
愛はさくらんぼの実と同じ衣を纏い
滴る血となり葉の下に落ちる…


あなたがさくらんぼの季節にあって
失恋を恐れているならば
美しい娘たちを避けなさい!
つらい想いを恐れていない私は
私は苦しみなくて一日として生きていけないでしょう…
あなたがさくらんぼの季節にあるとき
あなたはまた恋を失うでしょう!

私はいつもさくらんぼの季節を愛する
あの時から私は心に秘めている
開いた傷を!
そして私に運命の女神が遣わされようと
私の痛みを押し静めることはありません
私はいつもさくらんぼの季節を愛する
そして、私が心にある思い出を!


第1章から3章まで,「さくらんぼの実る頃」のはかない恋を歌っているが、4章の「開いた傷」「私の痛みを押し静めることはない」「心にある思い出」とあるように、単なる甘い恋の歌ではないこと・「血の1週間」の虐殺への哀悼を込めた曲になっている。

*「パリ・コミューン」
1871年、世界で初めてパリで行われた労働者による革命政権。パリ各地区から選出された代議員によってコミューン(自治政府)を組織したが、プロイセン軍の支援を受けた政府軍と「血の1週間」の激戦の後崩壊・虐殺された。自由・平等・連帯によって築かれた組織は、労働者の団結・基礎教育の保障・集会と結社の自由・言論の自由、、、後の人々の理想として語り続けられた。

③ 参院選・序盤の情勢として「改憲勢力『2/3』伺う」と各紙が伝えました。皆さん!ここで負けるわけにはいかないのです。戦争をする国になっては、戦後70年が何だったのでしょうか?改憲絶対阻止です。頑張りましょう!

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山本太郎が推薦している東京地方区の三宅洋平(無新)の街宣風景です。25日の渋谷交差点です。歴史は変わるか?!




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  1. 2016/06/28(火) 11:28:46|
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『日記』 「いよいよ、参院選です。投票に行こう!憲法を守れ!」 6/23

『日記』「いよいよ、参院選です。投票に行こう!憲法守れ!」  6/23
  

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昨年9月、安倍内閣は安保法案を強行採決しました。70年間一度も戦争を行わず、戦死者もいない国を、戦争が出来る国に変えようとしました。戦争法案(安保法案)は自衛隊を地球の裏側まで派兵して戦争が出来るようにすることです。

若きママさんたちの「やっと産んだ我が子を戦争に取られてなるものか!」の痛切な叫びは、「だれの子どもも、殺させない」の声となって、法案に反対の声が国会周辺を取り巻く中で強行されました。
それ以降初めての、国政選挙なのです。安保法案の信任の意味を持っています。

皆さん!ここで安倍の野望を打ち砕きましょう!野望とは、自公が改憲に必要な3分の2を獲って、憲法改悪の発議・改悪をすることです。安倍は「アベノミックスの存続の可否を問う」という争点隠しで3分の2を獲り、憲法改悪を狙っています。

「自公1強」に勝つために、昨年の戦争法案反対の闘いから「野党は共闘」の市民運動が生まれ、全「一人区」で「統一候補」が生まれました。しかし、情勢は厳しい。統一戦線の一層の力の結集が求められます。このままでは我が国の民主主義・平和主義が危ういのです。

皆さん!
選挙にゆきましょう。
改憲勢力を打ち砕きましょう!
平和憲法をまもりましょう!
戦争法案を廃案に追い込みましょう!

2016年  第4回参議院選挙
告示  6月22日
投票  7月10日









  1. 2016/06/23(木) 09:42:36|
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別府葉子サマー・ツアー2016東京ライブ9/2」 6/21

「別府葉子サマーツア・ツアー2016・東京ライブ=9/2」

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毎年恒例となった別府さんのコンサート・東京公演が今年も開かれる。昨年のコンサートは面白かった。

*「死んだ男の残したものは」(谷川俊太郎作詩、武満徹作曲)戦後詩、前衛音楽の第一人者谷川・武満によるヴェトナム反戦歌。

*「コム・トワ」
戦後フランス・ポップス界のスーパースター・ゴールドマンのヒット曲。自分の7歳の娘と同年代の少女の古い写真を見つめながら、40年前のユダヤの少女の哀しい運命を歌った。ゴールドマンの両親のアウシュヴィッツ強制収容所体験が重なり、世紀の迫害に対する鎮魂歌を熱唱する。

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*「アムステルダム」(ジャック・ブレル=ベルギー)
別府さんの歌によるとアムステルダム港は、「海と血と生魚の匂いにまみれた男たちが、大声で笑い、ののしり踊り狂っている.」.
オランダ一の大都会アムステルダムは、大西洋の外界に面した、世界の貿易港と同時に漁港でもある。歌のアムステルダムを求めて、私は今年の春に「ボスの旅」の途中に寄ったのであった。歌われた「海と血と生魚の匂いにまみれた」アムステルダムはどこにも見出すことが出来ず、歌われた世界は何世紀も昔のことかと思った。
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*「百万本のバラ」(ラトビア歌謡・松山善三訳)
昨年だったか、映画「ピロスマニ」が再映された。グルジアの伝説の画家ピロスマニの伝記ともいう不思議な映画であった。彼がマルガリータという女優に恋をして百万本のバラを贈ったというエピソードを基に、ソ連の詩人がラトビア歌謡の曲を付け、モスクワ生まれの歌手が歌って流行った。グルジアもラトビアもソ連邦の支配下の國です。これを単なる恋の歌と歌うか?ラトビア民族の魂の歌として歌うか?日本語の訳者によって異なります。別府さんはそのことを踏まえて歌いましたね。この時感じたことは別府さんが恋の歌を歌っても、その奥に秘められた歴史を踏まえている事でした。今年も楽しみにしています。

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*当日のプログラム或いは曲名を前もってブログに公開されると有難いのですが、、、

  1. 2016/06/21(火) 15:12:06|
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『2冊の絵本』(いせひでこ) 

『美術/音楽/舞台/読書』「二冊の絵本(伊勢英子)」 6/15

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すてきな絵本を見つけた。伊勢英子の絵本、私が手に取ったのは絵本「大きな木のような人」、「ルリュ―ルおじさん」、エッセー「旅する絵描き」だった。水彩画の美しいこと!絵本を飾る豊かな絵のイメージが素晴らしいこと。私はたちまち魅了されてしまった。孫のT君への誕生日プレゼントを探していて偶然見つけたのだ。

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「大きな木のような人」(いせひでこ・講談社)
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舞台はパリ。題材は植物、四季折々の木や花や芽。パリには樹齢400年のアカシアが2本あるそうだ。画家伊勢英子はパリに滞在した折、大きな植物園に足を踏み入れた。木や花を描く<さえら>という幻の少女と出会う。<さえら>は悪戯っ子で植物園のあちこちに出没して庭師や職員をてこずらせる――いせさんの幻想だったかも知れません。

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植物園には、30年以上旅をし、世界中の木を研究してきた教授がいた。物語は<さえら>が教授との交流を通して、木や花――植物の世界を知ってゆく。中には400歳のアカシアや3300万年前の木の化石に出会ったりする。少女は春や夏の花や木々を絵に描く。
秋が来て少女は去り、植物園に冬が訪れた。子どもたちの声も聞こえないモノトーンの世界に変わっていった。

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教授は<さえら>が描いた春や夏の花たちの絵を、冬のモノトーンの植物園のあちこちに展示した。冬の植物園に集まった親子たちの前で、<さえら>の絵のことや植物について説明する教授。あちこちに<さえら>の絵が展示されていた。

*「ルリュ―ルおじさん」(いせひでこ・理論社)

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これもパリが舞台。植物好きな少女が大切にしていた図鑑をバラバラにしてしまった。こわれた本はどこへ持っていけばいいの?本屋さんには新しい植物図鑑がいっぱいあったが、「でもこの本をなおしたいの」

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少女はパリ中をさまよった。セーヌ河沿いの本屋さんに「そんなに大事な本なら、ルリュールのところへ行ってごらん」と言われた。「ルリュ―ルって本のお医者さんみたいな人?」少女は「ルリュ―ル」を訪ねてまたパリ中を探した。

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パリの街並みの水彩画がいい。建物、行き交う人、カフェで寛ぐ人、狭い小路、小さな広場。

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ある小路の家に、窓一杯にいろんな本が並べられていた。おじいさんがパンを買ってその家に入っていった。「はいってもいいの?」中に入ると家の中は「ぐちゃぐちゃ!」おじいさんは少女の本を見て「こんなになるまで、よく読んだねえ。ようし、なんとかしてあげよう」おじいさんは作業にかかった。本を一度ばらばらにしょう、、、

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*「RELIEURルリュール」=手工業的な製本技術のこと。特別な一冊のために製本・装幀を手作業で行う。ヨーロッパで印刷技術が容易になってから発展したアルチザン(職人)の仕事。日本文化にはない。ここでおじいさんが行ったのはルリュールである。60工程の製本の技術があるといわれている。皮表紙・金箔の文字とアラベスク装飾――ルリュ―ルには「書物」という文化を未来に向けて発信しょうというアルチザン(職人)の衿持が読み取れる。

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仕事がひと段落したのでパンを持って公園に行った。大きなアカシアの前でおじいさんと話す。
「このアカシアは400才以上だろう。ルリュールもそのくらい前からつづいてきた仕事なんだよ。」「父もルリュールだった。いつも言っていた。<ぼうず、あの木のように大きくなれ><本には大事な知識や物語や人生や歴史がいっぱいつまっている。それらをわすれないように、未来にむかって伝えていくのがルリュールの仕事なんだ。><名をのこさなくてもいい。ぼうず、いい手をもて>」

「こんなおおきなアカシア見たのははじめて。わたしおおきくなったら、世界中の木を見てあるきたいな」少女は思う。

翌日おじいさんの家に飛んで行くと、「ARBRES de SOPHIEソフィーの木たち」アカシアの絵は表紙に生まれかわり、金の文字でわたしの名前がきざまれていた。おじいさんのつくってくれた本は、二度とこわれることはなかった。家のドアーに、次のような文章が書かれてあった。
<私はルリュール。いかなる商業的な本も売らない、買わない>

ソフィーの木たち

そして私は、植物学の研究者になった。


伊勢英子さんは、たくさんの絵本を出版し、かつ多くの賞を受賞した絵本作家です。伊勢さんは絵や・絵本のテーマや題材を求めて、世界を旅したことでしょう。二冊ともパリが舞台ですが、街並みや小路や広場、行き交う人々、カフェで寛ぐ人々の風景がいいですね。
「大きな木のような人」では大きな植物園の木々や枝ぶり、みどりの葉がみずみずしいですね。少女は教授から400歳のアカシアの大木や3300万年前の木の化石を教わります。ひまわりの種をもらい、蒔き、発芽、育てます。植物園は春から夏にかけて花々が爛漫と咲きます。夏の終わりに少女は国に帰って行きますが、少女の心の中には小さな芽が育っています。やがて一本の木となるでしょう。教授は「きみは上手にひまわりを育てただろう。ひまわりは、きみの心の中にしっかりと根をおろしたんだよ。木々は、春は芽吹き、夏には濃い葉陰を落とし、秋には落葉、そして冬には雪が覆いつくし、、、100年200年と育ててゆくんだよ」

「ルリュ―ルおじさん」
本の大切さを忘れている現代人への警鐘ではないか!ルリュールおじいさんのお父さんが言うように、「本には大事な知識や物語・歴史が詰まっている。」つまり、本とは文化文明を未来に橋渡しする重要な役割があるといっているのだ。若い頃の本の虫時代と違って、最近の自分が本を軽視しているのではないかと反省した。


  1. 2016/06/15(水) 20:37:25|
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[庄司紗矢香・無伴奏リサイタル」6/7 紀尾井ホール 6/10

『美術/音楽/舞台/読書』「庄司紗矢香・無伴奏リサイタル」 6/7 紀尾井ホール  6/10

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庄司紗矢香の躍進ぶりに目を見張る。と同時に当然だという思いもある。彼女の進化は早くも「無伴奏」のレベルに到達した。あのバッハの「シャコンヌ」である。東京での演奏会を聴くだけ(チケットが入手困難になった)のファンとして、彼女の内面で何が起こり、どう進化しているか知る由もない。ただ、昨年のサントリーホールでの演奏会で、アンコールに弾いたシュニトケが凄かった!曲に向かう彼女の姿勢が尋常ではなかった。そして今回の「無伴奏」である。ここ数年彼女の中で何が起こっているのか?又、無伴奏に達したヴァイオリニストは全曲演奏の夢を持っという。

2016年6/7 紀尾井ホール、庄司紗矢香「無伴奏ヴァイオリン・リサイタル」

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1、 J.Sバッハ「幻想曲とフーガ」ト短調BWV542(J-F.ヌーブルジェ編)

2 B・バルトーク :「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ」Sz.117

3 細川俊夫 :「ヴァイオリン独奏のための<エクスタシス>(脱自)2016
<委嘱作品・世界初演>

4 J.S.バッハ:「無伴奏ヴァイオリン・パルティ―タ」第2番二短調Bwv1004

1 はオルガン曲の名曲。オルガンで聴いているのと全然違う。中世の曲のような感じ。想定外の曲に少し慌てる。規律正しい中世的旋律の展開。

2 バルトークは余り聴いていない。20世紀の現代性が苦手だった。僕は音楽においては保守派だ。音楽を壊してめちゃくちゃになった果てに、音を拾い集めて構成し直している感じだ。庄司紗矢香は全身全力でバルトークと対決している感じだ。難曲に挑んでいる。凄い!
20世紀ハンガリーを代表する作曲家バルトークは、作曲家コーダイ共にハンガリー国内の民謡や農民音楽を収集して回った。民俗音楽に関心が強いバルトークにとってナチスの台頭は許しがたいものであり、1940年母の死と共に米国に亡命した。しかし、收入の道がなく困窮した。まわりの友人たちが作曲の依頼などして彼を支えた。「無伴奏ヴァイオリン」もU・メニューインの委嘱で作曲した。バッハの「無伴奏ソナタ」の伝統を踏まえた、対位法の綾なす緊張感の高い音楽である。バルトークの現代性とバッハ以来の伝統性の交差する名曲と言われている。バッハ以来の「無伴奏」の傑作と言われている。
庄司さんはバルトークをハンガリー人のF・ラドシュ氏の元で学んでいる。そこで西洋音楽との音楽言語の違い、メンタリティの違い、アプローチの仕方の違いなどを理解できたと語っている。

3、細川俊夫は現代音楽の有名な作曲家だが、初めて聴く。ユニークなことを述べられていた。「音楽の初源的なかたちはシャーマニズム。シャーマンが祈りのために、此岸から彼岸に向けて歌い、日常では見えない世界と交信する。」「彼女は<巫女>である。彼女はヴァイオリンという楽器を自らの内なる声(うた)の延長とし、内と外に流れる壮大な宇宙のエネルギーと一体化しょうとし、うたう。」
*作曲家自身の名解説である。庄司紗矢香を「巫女」と捉える鮮やかなイメージに感嘆する。
尚、エクスタシス(脱自)とは、自分の枠を、日常秩序の枠を、エゴから抜け出すことであり、一方、底なし沼のような存在の深み(カオス)への衝撃的な欲望でもある。ヴァイオリンの音は虚空へ向かって描かれ投げかけられる東洋のカリグラフィー(書)の線のような形態を持つ」
*細川さんの文章が素晴らしい!庄司紗矢香の演奏も<弱音>が凄い。微かに鳴っている、東洋のカリグラフィー(書)の流麗な線のような弱音!弦をどう弾くのだろうか?楽器に不案内の小生、囁くような素敵な弱音をどのように弾くのか考え込んでしまう。

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4 この日の庄司紗矢香は溌剌としてエネルギーがみなぎっていた。舞台に登場してくる時も踊るように出てきた。みなさん!1から3までの其々の音楽の庄司紗矢香の演奏を聴いて、彼女が何を狙っているか、お解りでしょうか?
バッハ以降のロマン派音楽の「ロマンチックな音楽」、演奏者の若さゆえの「誇張」「情念」といったものを「削ぎ落とす」音楽を生み出そうとしたのです。バッハみたいな高い次元に挑戦しょうとしたのです。1~3までの前半の中世的なシンプルな旋律、「パルティ-タの前半の4曲の簡潔な旋律、それゆえに、後半の「シャコンヌ」の重層感あふれる演奏が際立っていた。あの迫力は何だろうか!今でも私に中に鮮やかに感動が残っています。「紗矢香の無伴奏」が始まったのだ。画期的な一夜だったのです。
それと、旋律楽器であるヴァイオリンに和声感のある音楽を目指したのが「無伴奏」だといわれていますが、瑞々しい音楽になったではありませんか!


  1. 2016/06/10(金) 12:34:05|
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『2016年映画』「海よりもまだ深く」(監督、是枝弘和。出演、阿部寛、樹木希林) 6/3

『2016年映画』「海よりもまだ深く」(監督、是枝裕和。音楽、ハナレグミ。出演、阿部寛、樹木希林 
              6/3            真木よう子、池松壮亮、小林聡美、リリー・フランキー

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久しぶりの映画だ。3月の「キャロル」以来である。少しわくわくしている。
「海街」「そして父になる」の是枝作品。人気の男優、息子(阿部寛)と母親(樹木希林)との絶妙なやり取りが見ものだ。
昔は憧れの、郊外の団地。今や、、、そこが舞台だ。

作家として一度賞を取ったことがあったが、その後目が出ず、生活の為に興信所で働いている良多(阿部寛)。出版社からは漫画の原作をやらないかと言われているが、純文学者のプライドが許さない。興信所も取材だと言っている。そのくせ、ギャンブルには目が無く、いつも金欠状態で母親(樹木希林)や姉(小林聡美)に金をせびったり、母親の家で金目の物が無いかとあら探しをしたりする。そんな彼に愛想を尽かした元妻(真木よう子)は、一人息子の養育費が滞ると激しく要求してくる。息子の誕生祝いにミズノのスパイクを買ってやりたい、溜まった養育費やアパートの家賃をどうしょうか、、、と金の工面に追われる良多の毎日であった。

良多は「なりたい大人になれなかった」。同時に「なりたくない大人になってしまった」.。人からお金を借りまくり見栄っ張りだった父親のようにはなりたくないと思っていたのに、父親と同じ大人になってしまった。子どもの時の良多の将来の夢は公務員!(安定した生活)しかも、息子の慎吾も夢は公務員!(父親の良多のようにはなりたくない)

しかも、良多は執着しているものが多い。15年前の文学賞で得た「作家」の肩書。自分の不甲斐なさのために壊れた家庭の回復―妻と息子との幸福な生活―を今でも夢見ている。息子が可愛いし、元妻に未練がある。こんなはずじゃなかったと思っている。母親の樹木希林とダメ息子阿部寛とのやりとりが面白い。「何故男は今を大切にしないんだろう」「海より深く人を好きになったことがないから生きていける」母親の警句は寸鉄のように状況を突き刺す。

「男は振られた女の未来に嫉妬する」(良多は元妻をストーカーの如く尾行している)息子を使って復縁を迫る。元妻から「父親ごっこは止めて!」と罵られ、何で別れる前に父親らしいことが出来なかったの?と問われる。「愛って失ってから気付くものなのよ」と母親が言う。
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良多が子どもの頃、拾ってきた種から生えたミカンの木がベランダにあって、「花も実もつかない木だけど、あなただと思って水やってるのよ」と母親は良多に言う。(母親はよくこんなことを言う)あるいは、大器晩成だという良多への励ましか。
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「女は油絵。好きな人が出来たら、上から重ねて下はどんどん薄くなって行く。でもデータの上書きじゃない。ちゃんとここに残っている」良多が元妻の心変わりを嘆いた時、興信所の同僚の若い女性の台詞。

大型の台風が接近している日に、たまたま母親の団地に集まった良多と元妻と息子は帰れなくなって一夜泊まることになる。その夜、、、

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公園の中のタコのような滑り台の下で話す良多と慎吾。(良多の思い出の中の親子の対話)あとで心配して来た元妻の三人が一夜を過ごす。二人は初めは口論になりながらも、自分たちの人生に後悔があることを認めていくようになった。良多は元妻の新しい生き方の邪魔をしないと決心する。元妻も今の男と必ずしも、うまくいっていないのだ。

台風一過、帰って行く三人、ベランダから見送る母親。

「なりたい者になれなかった」ある意味で、大人たちは皆そうなのだ。いや、私は違う、という人が現れたらお付き合いをご免蒙る。「なりたいものに」人間は皆なれないのだ。だから、人生は多面的な展開をするのだ。ハナレグミの『深呼吸』は劇中の池松壮亮の賢そうな青年と、是枝監督の映画の空気感に通底し、ほっこりした感動を感じた。
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劇中歌『深呼吸』(ハナレグミ)永積タカシ作詩作曲)ギターによる弾き語りが劇場一杯に流れてゆく。映画に流れている空気感を思わせるハナレグミの歌。

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夢見た 未来って どんなだったかな / さよなら きのうの ぼくよ
見上げた空に 飛行機雲      /  ぼくはどこへ 帰ろうかな
無くしたものなぞ ないのかな  /  さよなら きのうのぼくよ
ひとみを閉じて 呼んでみる  /   いつかのきみに あえる
おーい おい 覚えているよ  /  おーい おい 忘れないよ
誰かが 僕を呼んだような   /  振りむくけれど きみはいない
おーい おい 覚えているよ  /  おーい おい 忘れないよ
おーい おい 僕が 僕を   /   信じれない時も  
君だけは 僕のこと     /    信じてくれていた
夢見る未来って どんな だっけな / ハローアゲン 明日の僕よ
手放すことは       /  出来ないから 
あと 一歩だけ前に / あと 一歩だけ前に / もう 一歩だけ前に
 


  1. 2016/06/03(金) 17:51:59|
  2. 『2016年映画』
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