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映画・美術・イタリア旅行の紀行文の紹介です。

『2016年ヒエロニムス・ボスの旅』⑦「ヒエロニムス・ボスについて」他 4/27

『2016年ボスの旅』⑦ 「ヒエロニムス・ボスについて」他  4/27

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( 「アラスの素描集」にある肖像画の模写でボスの自画像に近いと言われている。1550年頃)

⑴ ヒエロニムス・ボス
* ヒエロニムス・ボス(1480年頃―1516年)は15~16世紀の初期ネーデランド代表的な画家。ファン・アイク(1390-1441)、ロヒール・ウェイデン(1399-1464)ピーテル・ブリューゲル(1525-1569)と並ぶ4人の1人。

* 北方ルネサンス絵画創世記の1人。北方絵画は写実主義が伝統となった。聖母画がファン・アイク。宗教画と肖像画がウェイデン。ボスから出発したブリューゲルが風景画や農民風俗画。ボスは人間世界の非情な姿と地獄の幻想を描いた。ボスはダ・ヴィンチ(1452-1519)と同時代を生きた。イタリア・ルネサンスと北方ネーデル絵画、両者の生き方・絵画の世界がどう違っていたのだろうか?
* 本名はイェ―ルン・ファーン・アーケン。オランダ語でイエロ二ムス・ボス。
先祖はドイツからの移住者で、ベルギー国境に近いス・ヘルトーヘンボスの代々画家の家系に生まれた。祖父、父、叔父、兄弟皆画家であった。生前の資料に乏しく、生涯には不明な点が多い。父の元で画家としての修業をして独立した。
富裕な家の娘と結婚し、町のキリスト教団体「聖母マリア兄弟会」に所属し、名士として活躍して絵の注文を受けていった。
* ヨーロッパ各地の支援者から注文を受けていた。特にスペイン王フリッペ2
世は熱烈な愛好者で傑作がマドリードに残された。ところが、16世紀の宗教改革運動での「偶像破壊」を受けて作品が紛失し、現在確認される作品は30点余に過ぎない。一部の作品には、補正や修正、工房作、後世の模作も見られ、真贋の判別の困難な物もある。

⑵ 年表・時代 = 中世の末期からルネサンスへ

*<ペストの大流行1347-51>
*<百年戦争1339-1453> <ジャンヌ・ダルクの活躍1429>
*<十字軍の遠征12世紀、オスマンによるビザンティン帝国の滅亡1453>
*<大航海時代コロンブス1451-1506、マゼラン1480-1521>
*、インカ帝国1532、マヤ文明15世紀分裂>
*<ルネサンス=イタリア14・15世紀、ネーデルラント15・16世紀>
*<宗教改革と印刷技術、ルター1517、カルヴァンの改革1541、グーテンベルクの活版印刷機15世紀中期>
*<スペイン絶対王政1479-1580・オランダの独立1581>

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(15世紀のスヘルトーヘンボス。1450年頃ボスはこの町で生まれ生涯この地で生きた。)

1450・「ボス、生まれる」 
1452                                レオナルド・ダ・ヴィンチ生誕
1453               東ローマ帝国・百年戦争・終焉、オスマン、コンスタンチノーブル征服
1454・「祖父ヤン・アーケン死去」
1455                                グーテンベルク・印刷聖書出版
1462・「父アントニウスが市場広場の家」を購入
1464                                ロヒール・ウェイデン死去
1466                                ロッテルダムのエラスムス生
1471                                アルブレヒト・デューラー生
1472                            トマス・ア・ケンビス「キリストにならいて」出版
1474・公記録に「ヒエロニムス」の名が出る
1475                               ミケランジェロ生誕
1477              シャルル突進公戦死、後継ブルゴーニュのマリア、ハブスブルク家の
                 マクシミリアンと結婚。
1478                           ヤコブス・デ・ウォラギネ「黄金伝説」
1480・「父アーケン」死去、・「ボス、アレイトファンデン・メールフェネと結婚。」
「聖母マリア兄弟会」が「画家ヒエロニムス」の古い祭壇画の翼画パネルを購入
1481・「兄弟妹に市場広場の家と土地を譲渡。」
1482                        ブルゴーニュのマリア死去
1483                        ラファエッロ生誕
1484・「妻の兄ホヤルトから、オイルスホットの土地を相続。」
                占星術の予言で災厄の年とされる。ローマ教皇インノケンティウス8世
                魔術を異端とする教書を発布。「トンダロの幻視」出版。
1486・「聖母マリア兄弟会の会員になる。」
                              「魔女の鉄槌」出版
1488・「白鳥の宴に招待される。」
1493                          マクシミリアン1世神聖ローマ皇帝
1493・「聖母マリア兄弟会の礼拝堂のためにステンドグラスの下絵制作」
1494               フィリップ美公ネーデルラント統治。セバスティアン・
                   ブラント「阿呆船」。ハンス・メムリンク死
1498                サヴォナローラ処刑。デューラー木版画連作「ヨハネ黙示録」刊行
1499・「自宅で白鳥の宴を主催、」
1524                大洪水予言が広まる。
1502・3・「高額納税者となる。」
1503・4 ・「3人の弟子を持つ、」
1504・「フィリップ美公、ボスに「最後の審判」を委嘱」
1506                     フィリップ美公死去
1507                    オーストラリアのマルガレ―テ、ネーデルラント総督に。
1508・「マリア兄弟会の礼拝堂のために十字架の下絵制作、高額納税者となる。」
1510・「白鳥の宴主宰」、                ボッティチェリ死
1512                           ミケランジェロ「システィーナ礼拝堂天井画」完成。                    
1512・「マリア兄弟会の礼拝堂のシャンデリアの下絵制作」
1516・「8/9ボスの葬儀がマリア兄弟会の礼拝堂で催される。」
1517                           マルティン・ルター、95か条の論題を掲げる
1519                           ダ・ヴィンチ死
1520                           ラファエッロ死、
                              デューラーネーデルラントを旅行。
1522・「ボスの妻アレイト死」 

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(スヘルト―ヘンボスのヤンス大聖堂の付属彫刻。ボスは怪物を造形するとき参考にした。)

⑶ ボスの作品(真贋も含めて)

*「エッケ・ホモ」  1468  フランクフルト・シュテ―デル美術館
*「「七つの大罪と四終」1475   プラド美術館
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(「七つの大罪と四終」1475年 プラド美術館 )


*「愚者の治療」   1475   プラド美術館
*「キリストの磔刑」 1475  ブリュッセル王立美術館
(*「いかさま師」   1475 サンジェルマン・アン・レー市立美術館)
*「手品師」     1475  サンジェルマン・アン・レー市立美術館
*「大食のアレゴリー」1508  エール大学付属美術館
(*「行商人」         ロッテルダム)
*「快楽の園」    1480    プラド美術館
*「放蕩息子」    1486  ボイマンス・ファン・ベーニンゲン
*「パトモス島の聖ヨハネ」  1488  ベルリン国立絵画館
*「荒野の洗礼者聖ヨハネ」 1488 マドリード・ラザロ・ガルディア―ノ美
*「愚者の船」      1490  ルーブル美術館
*「守銭奴の死」     1490  ワシントン・ナショナル・ギャラリー
*「十字架を担うキリスト」 1490 エスコリアル修道院 
*「十字架を担うキリスト」 1490  ウィーン美術史美術館
*(「干し草車」             同     )
*「干し草車」    1500   プラド美術館
*「聖アントーニの誘惑」1493    リスボン国立古美術館
*「聖アントニウスの誘惑」   プラド美術館
*「楽園―祝福された者の楽園への上昇」1500ヴェネツィア・ドゥカ―レ
*「地獄―呪われた者の堕落」 1500        同
*「聖ヒエロニムス」   1488      ゲント市立美術館
*「東方三博士の礼拝」 1510  プラド美術館
*「最後の審判」    1510  ウィーン美術アカデミー
*「十字架を担うキリスト」 1515  ゲント市立美術館

*:素描
・「聖アントニウスのいる風景」ペンとインク ベルリン国立美術館版画
・「卵のなかの合唱」               同
・「魔女と蜜蜂の巣箱」     ウィーン・アルベルティ―ナ版画素描室
・「樹木人間のいる風景」          同
・「フクロウの巣のある風景」 ロッテルダム・ボイマンス・ベーニンヘ美-




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  1. 2016/04/27(水) 22:01:01|
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『2016年ボスの旅』 ⑥ 3日目4/8 「エル・エスコリアル修道院」 4/24

『2016年ボスの旅』⑥ 3日目4/8 「エル・エスコリアル修道院」 4/24

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世界遺産(1984)グアダラマ山脈の麓に位置した、今でいう「軽井沢」と言われたマドリッド市民の別荘地。それにしても、4月なのに強風・極寒に震え上がった。この強風は何だ!ここに宮殿を構えたフェリペ2世はどういう神経の持ち主だ!まともではない寒風に震えながら思った。最も夏季だけの宮殿らしいが。
王立の巨大施設、宮殿・修道院・博物館・図書館・学校の一大複合施設。旧王宮反対側が修道院・学校らしい。中を広い石畳の広場が続き、強風の中黒い制服を着た生徒たちがサッカーや走り回っていた。
① :宮殿(写真は買ってきた絵葉書による)
フェリペ2世の寝室を近くで見た。王侯のベットだが、孤独な寒々とした感じだ。「悦楽の園」を飾り毎日毎夜見ていた。
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タラベラ焼き・マヨルカ焼のタイルの壁。彼の寝室の横は教会になっていて、その祭壇の立派なこと!寝ながらにしてミサを聴いていた。神と共に在る!ということか。
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ボスの絵をどこに飾ったのか?
歴代スペイン王の廟所も近くに作られていて見せられたが、余り気持ちのいいものではなかった。
教会では聖歌のCDを流していたと思ったら、入り口で2人の少年が歌っていた。生の声は広い教会に響き渡った。ボーイソプラノだろうか?教会全体に高らかに鳴り響いたのは見事で、終わって皆近寄って話しかける。

* 図書館 古代の無数の古文書の蔵書で有名でもある。
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② ボス展
ここでも没後500年・ボス展が開かれていた。プラド美術館の名品も、もともとここにあったのだ。プラド美は歴代スペイン王のコレクションだったのだ。「十字架を担うキリスト」「干し草車」「茨の冠のキリスト」と「悦楽の園」の大きなタペストリーが展示されていた。

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*「十字架を担うキリスト」(エル・エスコリアル・サ・ロレンゾ修道院)
ボスはキリストの受難を描いているが、十字架を背負ってゴルゴダの丘を登るキリストを大きく描いている。苦悩のクローズアップである。キリストの目はこの絵を見ている観客―我々をみている。苦悩がわかるのはユダヤの民ではなく、時空を超えた未来の民だと言っているかのようだ。キリストの背後で十字架を支えているのは白い装束のシモンだと言われている。赤い服を着た禿げ頭の死刑執行人がムチを振りかざし、見物に集まった連中が邪悪な顔を覗かせている。
背景の草原の中で、処女がヨハネに持たれ掛かるようにして絶望している、と読むことになっているそうだ。ゴルゴダの丘を登る途中、一瞬キリストは歩みを止めて、同時代人だけでなく時空を超えた未来の人間も悔い改めなければ、人類は永遠に救われないとも言っているかのようだ。

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*「干し草車」
(類似した作品が、プラドとエル・エスコリアルと2作ある。エスコリアルのものは工房制作といわれているが本当か?)   
ボスの三蓮祭壇画は、左翼に「エデンの園・天国」を描き、中央にテーマとなるこの世の人間世界の出来事を描き、その結果として右翼で「地獄」を描く。中央のパネルは罪深い人間社会の生態が描かれ、礼拝のための絵画ではない、という見解が多い。祭壇画形式を借りた寓意画・風刺画だそうだ。

・「干し草」は何のイメージだろうか?性欲?欲望?貪欲?
・エスコリアル修道院に残っている書には、「乾草」を「内なる者は皆、草に等しい。永らえても、すべては野の花のようなもの。草は枯れ、花はしぼむ」(イザヤ書40:6~7)「はかなさ」の象徴と見るのが伝統的な解釈だそうだ。果たしてそうか?
・当時のフランドルの諺に「この世は欲し草の山であり、誰でも掴み取ろうする」人間が持っている際限のない「欲望」という説も有力らしい。

・<外翼パネル=放浪者> 「干し草車」の絵を閉じた時の外側のパネル。
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大きなカバンを背負った初老の放浪者が、背後を振り向きながら、足早にこの場を立ち去ろうとしている。この場面は危険地帯。犬が脅かすように牙をむき、動物の骨が散らばっている。追い剥ぎが男を木に縛り物を奪っている。座る男の風笛(好色のシンボル)に合わせて、木の下で男女が踊っている。遠くに絞首台が見える。こんな危険な所は早く立ち去るべきだ、と。この邪悪な現世は我々が生きている世界そのものである。とも言っている。

・<左翼パネル=エデンの園>

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天上に創造主たる神が現れ、堕天使たちを天上から追放している。堕天使たちは昆虫の怪物(悪魔)に変化しながら地上に墜落する。(悪魔の到来)創造主による人間(アダムとイブ)の誕生、蛇(悪魔)の誘惑によって林檎(原罪)を負った人間は楽園から追放される。

<中央パネル=乾草車>
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「エデンの園」を追われたアダムとエヴァの末裔たち=人間たちが繰り広げる浅ましい様相が展開される。乾草を巡る人間の狂気が描かれている。乾草車の上では怪物が笛を鳴らして性欲を煽りたて、男女が愉悦の時を過ごす。男女が茂みの中で抱き合い、それを男が覗き見している。性愛の祭りだ。
乾草車の後ろでは教皇や王たち貴人が偉そうに家来を従えて馬に乗ってやって来る。皆枯草(富)を欲しさに。
乾草車の下では、大勢の人間が枯れ草に群がり、奪い合っている。人殺しも起きそうだ。人間の強欲が集団の狂気を呼んでいる。大きな車輪が二つあり、人をひき殺している。乾草(富・欲望)の奪い合いで人殺し。聖職者が尼僧に戯れている。偽医者が歯の治療をして大金をせしめている。太った大食漢がご馳走の催促。
天上からはキリストが下界の人間の欲望にとり付かれた姿を見て最後の審判を考えているかも知れない。

・<右翼パネル=地獄
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様々な事をした人間が地獄に堕ちていく。その地獄の様相を描いている。

*エル・エスコリアル修道院・絵画室
元々、ここはプラド美術館の発祥の地。プラド美術館は歴代スペイン王のコレクションを移したものだから。しかし、今でも所蔵する作品が多い。
エル・グレコ、ティツィアーノ、テイントレット、リベーラ、ベラスケス、ヴァン・ダイク、ルーベンス、パティニール、ウェイデン

「イエスの御名の礼拝」(エル・グレコ)
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「磔刑」(ロヒール・ファン・デル・ウェイデン)
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マドリードに帰った時にはあの強風は嘘のように無くなっていた。

昼食後、「ソフィア王妃芸術センター」でパブロ・ピカソの「ゲルニカ」を見て、夕方次の目的地オランダへ向かったのである。 

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 (パブロ・ピカソ 「ゲルニカ」





  1. 2016/04/24(日) 13:44:27|
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『2016年ヒエロニムス・ボスの旅』⑤ 「ガルディア―ノ美・ティッセン美」4/7午後  4/21

『2016年 ヒエロニムス・ボスの旅』 ⑤マドリッド2日目午後、 「ラザロ・ガルディア―ノ美術館・
                         ティッセン・ボルネミッサ美術館」4/7(木)   4/21

*ボスの「悦楽の園」については調べることがあるので後日に述べることをお許し下さい。

⑵ 「ラザロ・ガルディアーノ美術館」(撮影は厳禁)

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( ボス・ 「荒野の洗礼者聖ヨハネ」)

美術収集家ラザロ・ガルディアーノ家のコレクション。多種多様な作品1万3000点の中に、ボスの「荒野の洗礼者聖ヨハネ」がある。「ボス展」に貸し出していた。(ボスの生地スヘルトヘンボスで開催のボス展で見ることになる)
まず、クラッシックなエレベータにびっくり。悠長なムードで4階へ。各部屋の天井はルネサンス調のフレスコ画が見事。15~19世紀のスペイン・ドイツ・イタリアの絵画。彫刻・宝石・家具と色とりどりのコレクション。
:ゴヤ「魔女たちの集会(サバト)」エル・グレコ、ムリ―リョの作品。

(ボスの絵が貸し出されていたのが分かっていたのなら、ここはカットすべき。マドリッドには他に一杯見るところがあるのだから。)

⑶ 「ティッセン・ボルネミッサ美術館」

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(「ジョヴァンナ・トルナブオー二の肖像」ギルランダイオ
 
午後の自由時間、一行の各自はプラド美やティッセン美へ行く者、市内見学マヨール広場からミゲル市場へ行く者様々であった。多くはプラドへ戻った。私はティッセンからプラドへと計画した。

* 1920年代にドイツの鉄鋼財閥ティッセン家とハンガリー貴族の流れを汲む、ティッセン・ボルネミッサ男爵が収集した作品が元になっている。その息子ハンスは近現代の作品をコレクションに加えていった。1985年に男爵は元ミス・スペインのカルメン・セルベーラと結婚、将来コレクションをスペイン政府に譲渡すると決めた。男爵家のコレクションは英国のエリザベス女王に次いで世界第2位と言われた。1992年コレクションを借りる形でオープンしたが、翌年スペイン政府が総てを買い取った。男爵夫人は著名なコレクターで、今でもこの美術館に関わっている。

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(当美術館自慢の逸品!ピカソ「鏡を持つアルルカン」)

* コレクション
膨大なコレクション。さぁーと見てプラドに行こうと気軽に考えていたが甘かった。中世から現代まで半端でない作品の数々。父親の男爵が古典絵画を集め、息子が近現代絵画をコレクションした。2階の15-17世紀の絵画から1階の「印象派」から「後期印象派」、「フォービズム」。地上階の「キュビズム」「シュルレアリズム」「ホップアート」と20世紀の作品を展示。
<フランドル絵画>では、ヤン・ファン・エイク。デューラー。ホルバイン、クリストゥス。

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(ペトルス・クリストゥス 「枯れ木の聖母」
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(「若い女の肖像」 クリストゥス <ベルリン絵画館>
ペトルス・クリストゥス(1410-1475)初期フランドル派の画家。ヤン・ファン・エイクの死後後継者として活躍。「若い女の肖像」などウェイデンの影響を受けている。

<ルネサンスやバロック>ではティツィアーノ。カラヴァッジョ。ルーベンス。ムリーリョ。レンブラント。ファン・レイン。エステバン。ギルランイオ。カルパッチョ。
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( カラヴァッジョ 「聖カタリナ」)
一緒に見ていた同行の男性が「カラヴァッジョは嫌いだけど、これはいい」と言った。ぼくも同感だ。

<印象派>等の近代では、モネ。ルノアール。ドガ。ゴッホなどの名品が。
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( ドガ 「緑の服の踊り子」 )

<20世紀>ではピカソ。モンドリアン。ダリ。ホッパーなど。
ダリ
( ダリ 「目を覚ます一秒前、ザクロの実の周りを一匹の蜂が飛び回ったために見た夢」

*「ティッセン」でかなりのエネルギーを費やしてしまった。多くの作品は駄作もあったが秀作も多く、なかなか切り上げられなかった。思い切ってプラドへ戻って主なものは再見したが、疲れて出口が分からなくなってしまった。一度に見過ぎることは目に甚だしい疲労を伴う。ここらが限界と、ショップで「カレンダー」と「悦楽の園」のA3大のコピーをお土産に買ってホテルに帰った。



  1. 2016/04/21(木) 21:30:24|
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『2016年ヒエロニムス・ボスの旅』④4/7「プラド美術館」その1 4/18

『2016年ボスの旅」』④4/6~4/7(木)「プラド美術館」その1 4/18

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4/6(水)10:30 成田発
KLMオランダ航空は春の旅行シーズンの為か満員(帰路も満員)。隣席のフィンランドの青年、3週間日本を滞在して帰国の旅。真面目そうな若者、機中何語か不明の本の読書に没頭。私は旅の不安と何故か少しの「いらいら感情」で落ち着かない。機中の13時間はやはりこたえる。トイレに立って膝の柔軟をする。「いらいらした感情」は後で書くだろう。


15:13 オランダ:アムステルダムスキポール空港着。
経由地のアムステルダムでマドリード行きに乗り換える。テロの余波かEUへの入国審査が厳しい。全身体を触られた。X線みたいな透視図で両手を万歳するわけだが、体の輪郭がわかるらしい。異常なテロ警戒だった。最もテロ危機の中の旅なのだから仕方がないか。

17:00 マドリードへ向けて出発、小型機ながらここも満員。
19:13 マドリードバラハス空港着。
20:25 パセオ・デル・アルデホテル着。アト―チャ駅、プラド美術館に近く美術館巡りに便利な立地だ。いよいよ、旅が始まった。

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⑴ プラド美術館① 4/7(木)
ヘロ二モス館で10時オープンを待つ。ここは2度目だ。8,000点以上を所蔵するスペインを代表する美術館だ。歴代のスペイン王たちのコレクション。特に有名なのはフェリペ4世(1621~65年)時代に、宮廷画家としてベラスケスを迎え、スペイン絵画の興隆が興ったことだ。(撮影は禁止)
何といってもベラスケスの「ラス・メニ―ナス」!遠くから見るのがいい、と今回はベラスケス室の外から見ていた団体があった。そんな遠くからでも迫ってくるものがあった。絵の迫力とかエネルギーといった観点から今回の旅で秀作を挙げるとすれば、第1に「ラス・メニ―ナス」だ。もう一つは後で見たレンブラントの「夜警」だ。ゴヤの「カルロス4世の家族」も「裸のマハ」も、グレコの「羊飼いの礼拝」もいい。ウェイデンの「十字架降架」の悲しみもいい。絵画が放つエネルギーが他の凡庸の絵とは違う。

今回「没後500年ボスの旅」なので、他の作家・作品はあまり取り上げる余裕がないが、どうしてもというのだけを2・3あげておく。

*フラ・アンジェリコ「受胎告知」がプラドにあり、彼の多くの「受胎告知」から3点を挙げてのお話し。
・「プラド美術館」版
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・コルトーナの「司教区美術館」版
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・フィレンツェ「サン・マルコ修道院」版
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国際ゴシックの影響濃い豪華で優美な「プラド版」「司教区版」。敬虔で深い人間性を讃える「サン・マルコ版」。かつてツアーで「司教区版」を見た夕食の時、3点を挙げてどれがいいかと、一行の何人かと楽しい論争をしたことがあった。ドイツが好きだという中年女性、「司教区版」を1番だと主張、私の「サン・マル版」と論争、今では懐かしい思い出として残っている。
皆さんはどれを取りますか?「司教区版」の豪華で優美さか、サン・マルコの深い敬虔さですか?

*ロヒール・ファン・デル・ウェイデン「十字架降架」
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初期ネーデルラント派を代表する画家。何回見ても「悲しみの表現」として最高のひとつと感じる。私は信者ではないが、磔刑にされたキリストを降ろして嘆き悲しんでいるマリアたち。定番かも知れないが悲しみの表現として最高のものではないか!死んでいるかとさえ思うマリアの蒼白な顔。ウェイデンの最高傑作がプラドにあってくれたお陰で、彼を知り調べてゆくと、これがいいのでウェイデンがますます好きになっていった。

・「女性の肖像」ワシントン・ナショナルギャラリー
この人は誰だろう?どういう人生を生きたのだろと想いを馳せてみる。奥行きのある魅力にたちまち取付かれてしまった。
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・「聖母を描く聖ルカ」ボストン美術館 (写真がない)

・「読書するマクダラのマリア」ロンドン・ナショナルギャラリー
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・「十字架降架の一部ー祈る女」
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恐らくマクダラのマリアだろう。泣き顔と独特の腕を組む形が深い悲しみの表現を作り出している。拡大された部分だが胸迫るものがあるではないか。

ロヒール・ファン・デル・ウェイデン(1399/1400~1464年)初期フランドル派の画家。調べれば調べるほどもっと彼の作品を見たくなる。アメリカに作品が多いのでちょっとがっかり、、、だが。

*ヨハヒム・パティニール(1480年頃~1524年)
「ステクス川を渡るカロン」
パティニールス川を渡るカロン
初期フランドル派の画家。風景画の先駆者。他者の作品の風景部分を描いた。冥府の大河スクテスを三途の渡し守カロンが船を漕いでゆく。行く先は天国か地獄か?ボスの継承者と言われた。

「聖アントニウスの誘惑」(マサイスが人物をパティニールが風景を描いた。ボス的世界に近づく)
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・「聖クリストフォロス」エル・エスコリアル修道院
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パティニールのサインが残っている作品は5点しかない。その内の2点がプラドに。他は工房又は模作だそうです。かってプラドで本人及び工房の作品を21点展示したことがあった。プラドでも後に行った「テッセン」でも工房の作品を見ました。川のある風景画が多い。



  1. 2016/04/18(月) 16:51:06|
  2. 『2016年ヒエロニムス・ボスの旅』
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2016年『ヒエロニムス・ボスの旅』 ③ 無事に帰って参りました。4/16

2016年『ヒエロニムス・ボスの旅』 ③ 「無事に帰って参りました」 4/16

4/6~4/15 『H・ボスの旅』 無事に帰ってきました。長い間留守をしてまことに申しあけありません。その間、熊本の「連続大地震」が勃発!大変な事になっています。まだ、結末が見えません。被害にあわれた方に何と言うのか言葉がありません。

留守中、いろいろとお気使い頂きまして感謝申しあげます。取りあえず、ご挨拶まで。 



  1. 2016/04/16(土) 22:42:57|
  2. 『2016年ヒエロニムス・ボスの旅』
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『2016年、ヒエロ二ムス・ボスの旅』 ② 「いよいよ明日出発です。」 4/5

4/6より4/15まで「 没後500年 ヒエロニムス・ボスの旅」に出発します。何かと忙しく準備不足ですが、時間切れです。
皆様、長らくお休みのところ、さらに休暇が続くのは心ぐるしいのですが、どうかお許し下さい。
お休み中、皆さまのご訪問有難うございます。これからもよろしくお願いいたします。



  1. 2016/04/05(火) 21:45:30|
  2. 『日記』
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