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私の見た映画・美術・

映画・美術・イタリア旅行の紀行文の紹介です。

『2016年映画』 「殺されたミンジュ」 (監督キム・ギドク、出演マ・ドンソク、キム・ヨンミン)1/30

『2016年映画』「殺されたミンジュ」(監督キム・ギドク。出演マ・ドンソク。キム・ヨンミン)1/30

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「ミンジュ」とは韓国語で「民主主義」のことらしい。民主主義が殺される!寓意として民主主義の危機を訴えている映画だ。韓国のキム・ギドク監督の作品だが、民主主義の危機は韓国だけでなく日本においても共通する問題である。映画はその意味で、寓意的プロパガンダ映画なのだが、、、

事件は女子高校生のミンジュが何者かに、強姦・暴行・殺害される。事件は誰にも知られないまま闇から闇に葬り去られてしまう。

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この殺人に加担した人間が次々と謎の集団に誘拐され、自白を強要される。謎の集団は、或る時は軍隊、或る時は秘密警察と様々な権力の象徴のスタイルをとる。謎の集団はどうやって集められたか、目的は何か断片的にしかわからない。自白させるために暴力的方法をとる。その容疑者の自白により事件の全貌がわかっていく。映画の進行と共に韓国社会の問題や格差社会の暗部があぶり出されていく。

容疑者たちの共通したせりふ「上からの指示に従っただけだ」がよく出てくる。
自己の責任を問わない意識の構造が問題だ、民主主義の危機の要因を成していると監督は言っている。上からの指示が絶対なのが、韓国では軍隊であり、上からの命令は垂直構造を成して、従う者はロボット化する。この構造が一般社会に波及して現代ファシズムを成している。韓国だけでなく日本においても同様ではないか?

謎の集団のボスは最後に明らかになるが、構成員は次のようだ。
*仕事をごまかして社長から常に怒られる自動車修理工。
*客から見下されて陰で反発するしかない幼稚なウエイター。
*米国の名門大学を卒業するも職がなく、金を出した兄に愚痴られている男。
*妻の治療費を払うために借金して高利貸しに責められているラーメン好きの男。
*友人にお金を騙し取られて廃墟にテントを張って母親と住む男。
*情夫の暴力に悩まされつつ体の関係が切れない女。

構成員は負け組の劣等感のかたまりのような存在。社会から零れ落ちた人間たちである。ボスの凄まじい暴力に最後までついていけるか?

加担者の誘拐の順番が下位からだんだんと上位に上がっていく。下位の者は犯罪行為を認めて、罪悪感に苛まれる。上位の者は組織に忠誠を誓うものが国の為だと開き直る。拷問の果てに上位の者を殺してしまう。構成員に広がる不安と動揺、、、

実は容疑者たちは「上からの命令」で実行した。命令の内容を問わず上からの指示に柔順に従うことが「民主主義を殺す」と言っているのだ。強烈な問題提起だ!
強烈な問題意識とアプローチの特異さは他に類をみない。この作品は空振りという気がするが、キム・ギドク監督から目を離せない。前作「嘆きのピエタ」で魂を捉まえられた経験をした。この「殺されたミンジュ」では問題提起だけでも充分に面白い。映画としては雑で荒っぽいが。


監督=キム・ギドク
1960年韓国生まれ。20歳で海兵隊に志願。1990年絵画勉強のためパリに渡る。パリで見た映画の影響で、帰国後映像表現を目指すようになる。
2001年の「悪い男」がヒットし、ベルリン国際映画祭に出品された。
2003年「春夏秋冬そして春」韓国最高の賞を得る。
2004年「サマリア」ベルリン国際映画祭で銀熊賞。「うつせみ」がヴェネツィア国際映画賞。
2011年、「アリラン」がカンヌ映画祭で「ある視点部門」作品賞。
2012年、「嘆きのピエタ」ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞。



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  1. 2016/01/30(土) 18:00:00|
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『美術/音楽/舞台/読書』「私生児について」-ヴィオレット・ルデュック作 1/24

『美術/音楽/舞台/読書』「私生児について」―ヴィオレット・ルデュック作 1/24

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①  ヴィオレット・ルデュック(1907-1972)について

映画「ヴィオレット」を見て、彼女の作品を読んでみようと思った。ヴィオレットの主な著作は以下のとおりである。

「窒息」46 / 「飢えた女」48(邦題「ボーヴォワールの女友達」/「破壊」55 / *「私生児」64 /「テレーズとイサベル」66 /「頭の中の狂気」70 / 「愛を追いかけて」73

「私生児」は一大反響を呼び、フランスの文壇は衝撃を受けた。盗み・裏切り・同性愛・男色・などが赤裸々に描いていたからだという。「私生児」に対する評価は様々で、激しく非難する者もあれば、サルトル・ボーヴォワール・ジュネなどの絶賛もあった。一般の読者の人気も爆発的で、英・独などでも翻訳され、世界的ベストセラーになった。

図書館で「私生児」を借りてきて読み出した。
彼女の作品は、題名が素気なく荒廃したイメージであり、潤いのない孤独を感じさせる。ところが読んでいくと、昔よく読んだ本格的なフランス文学の作風ではないか!安易な気持ちが吹っ飛んでしまった。
ヴィオレットは自分の実体験をベースにフィクションと物語を膨らませている。自分の数奇な人生を容赦なく掘り下げて、大胆に描写している。なかなかの筆力である。読む者を引きつける力を持っている。

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② ヴィオレットの人生

人生の扉を父親から拒否された〝私生児“として生を受け、母親からも愛されなかった。そのことは映画のブログでも書いたが、人生のアイデンティティーの不安性、生きる意味の危うさにつながっていく。人間は意識的部分で生きる意味を考えるが、無意識領域でも生きる根拠が欲しい。支えが欲しいのだ。孤独な少女を破滅から救ったのは、作者が≪天使のフィデリーヌ≫と呼んだ祖母の愛情であった。祖母が死んだ後も、想い出の中の記憶として彼女の精神を支えたのである。

母親は彼女を溺愛したかと思うと、男への恨みや恐怖を彼女に植え付けた。まもなく母親は再婚して少女を放置する。裏切りと彼女は捉えた。自分の中に閉じこもって、ナルシシスムと自己中心の孤独の道を歩むようになった。

寄宿学校の同室のイザベルという少女への初恋、(同性愛)。無我夢中で体を求め合う2人の少女。イザベルから性の快楽を教えられる。エルミーヌという生徒監督で女性ピアニストへの熱愛、この同性愛においてヴィオレットは積極的である。2人の熱愛は発覚し、監督官は解雇、彼女は退学。2人の愛はパリで10年も続いた。

ガブリエルという男性への激しい恋愛感情、妊娠し、中絶の失敗で別れる。ユダヤ人の作家モーリス・ザックスを愛した、(同性愛)。彼はゲイで彼女の愛を拒否。彼は「書いて吐き出せ」「自己の内部に渦巻くものを吐き出せ」、と言って心の内を表現することを教えた。ヴィオレットの文学の師となった。

ヴィオレットの愛は、激しく情熱的だ。嫉妬深く独占欲が強い、醜い容姿と思い込んでいて、屈折した行動になる。イザベルともエルミーヌとも同性愛。ゲイで女に興味がないザックスを熱愛する。彼女の愛の形態は、性の国境を超えた様々な形をとった!彼女の溢れる愛は受けとめる相手が必要だった。後に二人のゲイに夢中になった。なぜ普通の男を愛せないのか?ボーヴォワールは「序文」で以下のように言っている。

『快楽は自己(ナルシ)愛(シスム)であり、快楽に酔った肉体は異常愛だといわれた。/ フィデリーヌ(祖母)を愛することは、そのスカートの中に隠れること、/ ザックスに見捨てられることは、彼の「抽象的なキス」を受けること、/ かくして、自己愛は自慰(オナニスム)の中で完成する。/ 肉欲こそ感情の本質である。ヴィオレットは自分の欲望を通して他者を見る。卵巣で泣いたり、狂気したり、震えたりする。』
ボーヴォワールは素晴らしい解説を書いている。

彼女は自己の運命を、呪わしき私生児が総ての源と思い込んでいた。ただ、モーリスから教わった「自己の屈折を書くこと」は彼女を輝ける世界に連れ出した。

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③  「私生児」の内容
1964年、ボーヴォワールに勧められて人生の集大成というべき「私生児」を書きあげた。書くことは生きることでもあった。

「私生児」本文の中から幾つかのエピソードを拾う。

*<少年・少女期によくあるエピソード。>
アパートの近くのエステルという娘。男たちと遊び歩いていたが、妊娠したと思い込んだ。或る日、廊下でメンスにならないかと待っていた。廊下を行ったり来たりして、ヴィオレットに自分の白い下着をよく見て欲しいと言った。それからわたしの片手をとって自分の乾いた恥毛にさわらせ、次に指をあそこの襞の中に入れさせた。彼女のあそこは気持ちがよかった。エステルはそうしているうちに、メンスになった。

* <近所の家族に「私生児」呼ばわりされたこと>
近所にいつも威張り散らしている家族がいた。「こんには」と挨拶しても、私を<私生児>と呼んだ。母に言った。母は私を押しのけて出て行った。母はその家族に何やら大声で叫んでいた。

*<近所の男の子に、互いに裸になってバックから体中を押し付けられた>
頬や瞳や閉じた口や乳房や毛の生えていない恥部などに柔らかい肉がさわるのが感じられた。「ぼくはきみと結婚したんだ」といって出ていった。私は悲しくもないのに涙が出てきた。

*<占領していたドイツ軍が撤退して家に帰ってみると、家財は取られ窓ガラスは跡形もなかった。>
母は近郊の田舎で農園をやっている妹のロールに預けてパリに働きに行った。村の学校に行った。学校では<私生児>ということで虐められた。ロールがかばってくれた。田舎の風景、自然の憂愁に充ちた風景はヴィオレットを慰めてくれた。田舎の自然の描写がいい。

*<衝撃的なシーン>
パリでエルミーヌとの9年に及ぶ愛が続いていた。この作品が発表された時、世間に衝撃を与えたシーンがある。男が見ている前での、彼女たちの愛の営みをさりげなく書いている。作者は「勇気のある女になる」、「何事にも恐れない自由な女」と主張しているが、その後10年も続いた最愛のエルミーヌを失うことになる。何事からも自由だとの主張だろうが、世間の保守派からは非難の嵐。

ヴィオレットは読書好きで、よく文学書を読んでいた。シャトーブリアンやジュール・ロマン、ジョルジュ・デュアメルやアンドレ・ジイド、文学の夢は広がってトルストイやドストエフスキーと世界文学を片っぱしから読んでいった。彼女は彼らの描く小説世界の中に生き、その登場人物に身を捧げ、のみこんだ。が、読めば読むほど、心の渇きが広がっていった。

④  パリにて
母は学校を出て教師になるようにとパリに彼女を連れ出した。

路上で愛し合っている恋人。互いに腰に手を回し、口が重なり合っていない時は、こめかみを触れ合っている。パリの正午は恋人たちの時間である。

*1926年のパリは私を虜にした。サン・ミッシェル広場からメディシスの泉まで歩いた。クリュニイ庭園、ソルボンヌ大学、、、
アルゼンチン人から話しかけられ、文学談義をする。フランシス・ジャム、アポリネール、マラルメなどの詩人のこと。彼はプルーストの<スワンの方へ>がいいと言った。プルーストやマラルメは彼女の一生の愛読書になる。

ヴィオレットはある出版で本の宣伝記事を書く仕事に就く。又、映画の興行主に雇われる。そこでジャン・ギャバン、フランソワーズ・ロゼエ、ミシェル・モルガン、などの有名人に出会った。世間の広さを知る。ザックスがボーヴォワールやサルトルたちに紹介した。ザックスから鍛えられた表現力。彼に雑誌社や出版社を紹介されて記事を書く。彼女の初期の作品「窒息」や「飢えた女」や「荒廃」は一部の文学者に評価されたが、文壇からは無視された。ユダヤ人のザックスはナチスによって殺された。ヴィィオレットは戦後にそのことを知る。

ボーヴォワールの勧めで、自伝の集大成の第一部「私生児」をガリマール社で出版、それが世界的反響を呼び、ヴィオレットは時の人になった。
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  1. 2016/01/24(日) 22:15:50|
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『日記』 「徒然なるままに」 1/16

『日記』「徒然なるままに」      1/16

①  ファシズムとは何か?

アウシュ⑨

テレビの構造はこうだ。籾井会長問題*でNHKが大きく揺れ動いた。(*会長就任に際しての「政府が右というのを左というわけにいかない」発言、2人の経営委員(百田尚樹、長谷川三千子)問題、百田の「南京虐殺なんてない」。長谷川の「朝日新聞社で拳銃自殺した右翼を讃える文章」。勿論この人事は官邸からの指令である。)

官邸からNHKに手を変え、品を変えての策動*
(例をあげないが、人事から放送内容に至るまで、官邸―NHK上層部―現場に波及)
NHKは公共放送の資格を失った。安保法制とかの重要なニュースは肝心の点をそらすか論評を避けるようになった。ニュースの偏向性はあまりにもひどい。某女性解説委員のように官邸の代弁者を自任、安倍からの直接のニュースを代弁する。高級店会食仲間の解説副委員長の日曜討論などの政府ゴマすり解説。

(税金を使って夜の高級店で毎夜会食する仲間は、NHK以外の殆どのメデイアの幹部に浸透している!一番有名なのは時事通信のTだ。民放を掛け持ちして露骨な政権寄りの発言を繰り返して宣伝している。)

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「クローズアップ現代」の国谷キャスターが3月で降板、時間も内容も変えるという。とうとう、ここまで来たか!今NHKで一番意義ある放送が無くなる。2014年7月の「集団的自衛権 菅官房長官に問う」で菅を追い詰めたことが記憶に新しい。

民放に関しては、2014年11月、テレビ朝日「報道ステーション」で古賀茂明が外され、2016年3月古舘伊知郎キャスターが降板、今、残こりのTBS岸井キャスターが狙い撃ちされている。2015年11月「産経」と「読売」に出された「意見広告」。TBSの「NEWS23」アンカー・岸井キャスターを狙い撃ちしたものだった。2紙以外の読者は知らない。前代未聞の全国紙を使っての個人攻撃。全面広告だから合わせて数千万円、どこから出ているか?

テレビははっきり色わけされている。4チャンネル=読売、8同=フジ産経、5同=朝日、6同=毎日。政治的な幅がかなり異なる。安保改正=賛成か反対か、憲法改正=賛成か反対か。コメンテーター・キャスターを同紙の論調者で揃える。
何が論点になっているか?

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① 脱原発 ②安保法制 ③憲法改正 ④反安倍(自公)

2016年3月で官邸のマスコミ支配が完成する。これをファシズムと言わずして何というのか。まさに「ファシズムとは何だ?――これだ!」ではないか?

(官邸の秘書官・補佐官・などの司令部が意図的にマスメデイア支配を企んだ。)

(官邸が介入する根拠に「放送法第4条」をちらつかせている。
1 公安及び善良な風俗を害しないこと。
2 政治的に公平であること。
3 報道は事実を曲げないですること。
4 意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。
* 「政治的な公平性」といっても官邸サイドからの視点なのだ。放送法4条を使った露骨な介入は前代未聞だ。

②  秘密保護法の時に感じたことは、70年前の恐怖の時代が再び足音を立てて来ることの恐怖だった。戦争法案(安保法制)の時に、どうしたら9条憲法を守れるかを考えた。自民の支持率が25%前後、民主5%、民主は政権時代の反動から脱却していない。東日本大地震もあった。初めての政権交代での失敗もあったが、全て大失敗と国民に思い込みさせた力は何なのか?
民主政権の反動で一強の極右内閣が出来てしまった。

(時事最新)=自公+衛星党30%と野党7%、無党派50%――この支持率殆ど変わらない。選挙をやれば結果は見えている。野党に危機感がない。勝つためにどうしたらいいのか。自公と野党の投票数を見て、もし野党が統一戦線を組めれば結果は異なったものになるのか?しかし、問題は理屈通りにいかないのが世の常。

共産党が連合政府を言い出した。いいタイミングだ。しかし、民主・維新の中の反共意識がガンになる。民主が動かない。
民主・維新などの野党を数十年前の社会党と同じように錯覚していたのではないか。民主の中には安保・防衛問題で安倍より「極右」がいるというのだ!共産の連合戦線に対してすぐ反発したのも「民主」の右派だ。

③  スペインに於ける新しい動き

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スペインで最近行われた総選挙で新しい動きが出てきた。2年前出来たばかりの「ポデモス」(スペイン語で<私たちはできる>)が昨年の総選挙で69議席を取ったというニュース。党首は元大学教授のパブロ・イグレシアス(37)。スローガンは「真の民主主義の実現、誰もが豊かさを享受できる社会をつくる」「やればできる」

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スペインでは40年にわたって、保守(国民党)と革新(社会労働党)が交互に政権についてきた。2008年のリーマン・ショックからスペインは抜け出せないでいる。政府が打ち出す政策は教育・福祉・年金・医療の緊縮策、財政の緊縮政策、合理化、民営化、首切り。失業率20%以上。若者の失業率が5割を超えている。
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既成の保守・革新の政治に「自分たちの声が届かないもどかしさ」を感じて立ち上がったのが「ポデモス」だ。立候補者20代~30代。女性が半分。選挙運動もボランティアが担う。

国民が政治に対するメッセージを述べる。それを「ポデモス」のニュースに載せる。国民1人1人が何を望んでいるかを出来るだけ表現しょうとした。
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幾度か「ポデモス」の危機があったが、スペインの危機的な状況を訴えて第3勢力に踊り出た。

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国民党123 社会労働党90 ポデモス69 シウダノス(若手の保守)40

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創設2年目にしてこの勝利!スペインの危機的現実を反映したものか?スペインは今後どう変わっていくであろうか?

このドキュメンタリーを見ていておおいに参考になった。SEALDs や若きママの会、学者の会、総がかり、デモクラシ―の会などの未来の可能性を暗示しているではないか。



  1. 2016/01/16(土) 20:58:31|
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『2016年映画』「ヴィオレットーある作家の生涯ー」岩波ホール12/19~ 1/8

『2016年映画』「ヴィオレット―ある作家の肖像―」仏映画、監督、共同脚本マルタン・プロヴォ、
                          共同脚本ルネ・セカティ衣装マドリーヌ・フォンテーヌ
                          撮影イヴ・カーブ美術ティエリー・フランソワ
                          挿入歌ジャンヌ・モロー ≪愛すること≫ 岩波ホール
                          サンドトラック≪アルヴォ・ペルト=タブラ・ラサ他 1/8

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①  はじめに
ボーヴォワールは有名だけれど、ヴィオレットは知らなかった。サルトルとボーヴォワールとの関係は知っていたけれど、ボーヴォワールとヴィオレットとの関係は知らなかった。ヴィオレットとは何者なのか?

真実を書くことで自己を見つめ、女性としての人生を貫いたフランス戦後の女性作家ヴィオレット。(1907-1972)

②  ものがたりー発端ー
ヴィオレット・ルデュックは1907年、私生児として生まれ祖母に育てられた。第2次大戦中のフランス、私生児への拘り・自分は醜い・母親から愛されない・他者を愛しても愛が満たされない・ヴィオレットは恋多き・苦悩の青春にいた。寄宿学校の同室のイサベルに初恋、生徒監督と恋に落ち、2人の熱愛は発覚し、相手は解雇、ヴィオレットは退学。彼女の波乱に富んだ人生の予感?

作家でゲイのモーリスと同棲したが、彼はヴィオレットの愛を拒絶して、彼女に「書くことで吐き出せ」と言って立ち去った。作家モーリスは彼女に自分の苦脳を表現することを教えた。彼女は自分のことを書く。「母は私の手を絶対に握らなかった」初めての小説「窒息」。(46年、母親に邪険にされた幼年時代の辛い体験を書く)

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モーリスを追ってパリに来た彼女は、シモーヌ・ド・ボーヴォワールの小説「招かれた女」(44年)を知る。「女の自由」を求めて血みどろの戦いを挑んでいる女性がいる!ヴィオレットはボーヴォワールに「先駆者」を見た。

ボーヴォワールを訪ねた彼女は原稿を読んでくれと迫るがはじめは相手にされない。ストーカー的に通いつめた結果、ボーヴォワールは彼女の優れた才能を認め、終生続く関係が始まった。「窒息」はガリマール書店に持ち込まれ、アルベール・カミュのコレクションで出版されたが、全く売れなかった。ボーヴォワールは彼女に「真実を書くこと」「書くことであなたは変わる」と励ます。サルトルとボーヴォワールの文学サークルの仲間入りはヴィオレットの未来を開いた。

③ 「キャスト」
エマニュエル・ドゥヴォスとサンドリーヌ・ギベルランの名コンビ
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「ヴィオレット」をフランス映画界で円熟のセザール賞2回の大女優エマニュエル・ドゥヴォスが演じた。ヴィオレットのアクの強い個性的で情熱的で官能的な役割はドゥヴォス以外考えられない程はまり役だという。付け鼻を付け醜い女を演じた。

対するボーヴォワール役のサンドリーヌ・キベルランもセザール賞の女優で優美で知的で揺るぎなさはボーヴォワールのはまり役と言われた。冷たく貴族的な既成のボーヴォワール観を、サンドリーヌは『第二の性』(49年)以来の非難の砲火と闘う女性、控えめに生涯ヴィオレットに献身と援助を惜しまない女流作家として演じた。新しいボーヴォワール像の創造である。

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④  ヴィオレットは何と闘ったか?
* ヨーロッパの戦中戦後、人権が抑圧されていた時代。女性は家庭においても男性から(夫・父親)解放されていないかった。社会的にも自由に自立した生き方などは夢の話だった。ペンで1本立ちして生きることは夢又夢の話ーヴィオレットは果敢にそれに挑む。

* 因習的な家族制度、私生児への偏見・社会的差別の凄まじさ。父親にはじめから捨てられ、母親にも愛されない、<私生児>のアイデンティティーの不安性、生きる意味の不確定性、危うさについて訴えた。

* 性が開放的でなく、隠微に抑圧されていた時代、性の解放をめざす。特に男と女それぞれの同性愛やバイセクシュアル、性的アイデンティティーについて深く洞察して、それぞれの愛を擁護した。

* 文章表現において、生々しい感覚の表現やタブー視された性表現について出版社と果敢に闘った。女子校や寄宿舎の同性愛や中絶についても出版社の不当な検閲と闘った。当時、それらを書くことはタブーであった。

* ヴィオレットは、凄まじい孤独の中で、完璧な自由を求め、愛の性的アイデンティティーについて考察をめぐらし、男と女それぞれの同性愛について、大胆なスタイルで表現した人である。

⑤  ヴィオレットの主な著作
  「窒息」46
  「飢えた女」48(邦訳「ボーヴォワールの女友達」
  「破壊」55
  「私生児」64
  「テレーズとイサベル」66
  「頭の中の狂気」70
  「愛を追いかけて」73             
 
⑥  サウンドトラックで使用された、アルヴォ・ペルト音楽について
  1935年エストニアで生まれた。月日は忘れたが、来日したとき講演を聞きに行ったことがある。あご髭を生やした中世の僧侶のような静寂な人だった。十二音技法など前衛音楽の新進作曲家として注目を集めていたが、「タブラ・ラサ」などのそぎ落とした神の声のような曲は、古代の音楽のように曲中の「鐘鳴り」が心の奥深くに響き渡った。
  映画でペルトの非西洋的な旋律が流れて来て、ドラマを一層かきたてる。

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⑦ ヴィオレットが愛し交流があった人 
  *同性愛者でバイセクシュアルの作家のモーリス・サックスと同棲。彼から文章を書くことを教わる。彼は彼女の愛を受け入れず去る。

 * シモーヌ・ド・ボーヴォワールを知り、一時猛烈なストーカーになる。ヴィオレットのストーカーの記録が「飢えた女」に込められている。ボーヴォワールは彼女の愛を拒否したが、ヴィオレットの才能を見抜いた。「私生児」の序文で「一人の女性が自我のもっとも深いところまでおりていった、そしてそこで見つけたものを大胆な誠実さで語った」と書く。さすが女性解放の旗手の慧眼である。ボーヴォワールは深いところで物事をみている。

* ジャン・ジュネ=ボーヴォワールの紹介で会うが、二人とも傍若無人の口の利き方なので仲違いになる。

* ジャック・ゲラン=同性愛者。裕福な香水工場の経営者の家に生まれる。稀覯(きこう)本の収集家。ヴィオレットの本が出版された時、限定豪華本の出資者になり、毎週水曜日の夕食にゲランの豪邸に招かれることになる。

男や女の同性愛者やバイセクシュアルと彼女の交友を彩った人材の凄さ!ボーヴォワールやサルトルやカミュやジャン・ジュネのように戦後フランス文学の担い手たちとの交流も凄い。
 
彼女の存在、著作が何故知られていなかったか?価値が無かったか?いや、圧殺されてきたのだと言う。同性愛者、バイセクシュアルであるという偏見が封殺してきた。監督はこの映画でスキャンダラスから彼女を解放したいと言っている。

⑧    南仏プロヴァンスの「フォコン」
ヴィオレットは旅に出て、南仏のプロヴァンスのフォコンで住んでみたい空き家を見つける。南仏の美しい陽光から霊感を与えられたようにペンは進んだ。ジャンヌ・モローの明るい軽やかな、挿入歌<Aimer愛すること>が流れてくる。 画面は明るくなり、やっとヴィオレットは安住の地を得たのであろうか。
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⑨ 監督・共同脚本 「マルタン・プロヴォ」1957年生まれ。
  コメディ・フランセーズの俳優として舞台・映画で活躍の後、実在の女性画家セラフィーヌ・ルイを描いた2008年の「セラフィ―ヌの庭」は、セザール賞の作品賞・脚本賞・撮影賞・女優賞など7部門で受賞した名作。

共同脚本 「ルネ・ド・セカティ」1952年チュ二ジア生まれ。
  フランスの作家・翻訳家・編集者。ガリマール社からの「愛すること」96他40作の小説やエッセイを発表した。同時にフランスに於けるイタリア文学、日本文学の重要な翻訳者である。この映画の方向性に重要な視点を与えた。

キャストで、主役の2人以外に、
モーリス(オリヴィエ・ピィ=現代フランスを代表する演劇家、有名劇団・演劇祭の芸術監督を努める)
ゲラン(オリヴィエ・グルメ=ダンデンヌ兄弟監督の映画の常連の俳優)

スタッフ
衣装(マドリーヌ・フォンテーヌ=「アメリ」で人気衣装デザイナーに。同監督の「セラフィーヌの庭」、「イヴ・サンローラン」で話題に)
撮影(イヴ・カーブ=「ユマニテ」「ホーリー・モーターズ」で賞に輝く。目を閉じると鮮やかなイメージが浮かぶ映像。)
美術(ティエリー・フランソワ=「哀しみのスパイ」同監督の「セラフィーヌの庭」でセザール賞≪美術≫







  1. 2016/01/08(金) 14:26:33|
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『日記』 「あけましておめでとうございます。」 2016年1月1日

 あけまして おめでとうございます

*小栗監督は藤田嗣治に、近代的な「個」を持つ優れた芸術家と、西洋の歴史画を描くつもりが戦意高揚の戦争画に堕した悲劇 性の両面を描いた。戦争期の芸術家の象徴みたいなものでしょうか?

*本年の内田光子。シューベルトの「即興曲」はこの世と冥府を行き来する様な哀しく甘美な曲。ベートーヴェン「ティアベッリ変奏 曲」は人の一生が遭遇する様な喜悲劇の展開。難曲を最大の勢力をふり絞っての熱演。彼女は音楽の概念を変革させます! 

*白山雅成さんの「ジャンとアマガ」展、神尾和由さんのイタリア風の中世の街、河瀬曻さんの具象的場面に「ボス・ブリューゲル」的なシュールを交えた複層的構成、奥深い狙いがあります。三者それぞれの小宇宙を形成した良い個展でした。 

*映画「放浪の画家ピロスマニ」、彼が描くグルジアの農村の原風景や民族衣装は、忘れていたポエジーを思い起しました。

*戦争法案は安倍内閣の強行採決で、70年間戦争しなかった国がいつでも戦争出来る国になった。次の両院選で9条改憲を企んでいる。みなさん!私たちはこれを許すことが出来るでしょうか!

 今年もよろしくお願いいたします。

 2016年1月1日

  1. 2016/01/01(金) 06:00:00|
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