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私の見た映画・美術・

映画・美術・イタリア旅行の紀行文の紹介です。

『美術/音楽/』「武満徹とルドン」日曜美術館1980年6/22/再放送2015年8/23、10/31

『美術/音楽/舞台/読書』「武満徹とルドン」 1980年6/22「日曜美術館」・
                            再放送2015年8月23日  10/31

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 以前(2013年6/11)に「ルドン展」を見てここでも触れた。先日「新日曜美術館」で「武満徹=私とルドン」(80年6/22)の再放送を見て、考えるところがあったので触れてみる。以前は単なる「象徴主義・幻想主義の画家」として考えたが、武満は前衛芸術家として独特な見方をしている。

オディロン・ルドンの「目を閉じて」から武満の作曲した作品の一部を番組でも流していた。抽象音楽だが繊細な玲瓏としたピアノ曲であった。硬質な宝石を砕いているような、無限の宇宙から音をかき集めているような曲だった。

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* 「ルドンの目は何を見ているのだろうか?」
 武満徹はどう展開したか。
ルドンは若い時から30年ぐらい銅版画・石版画で「白と黒」の世界を追っていた。浮遊する眼球、寂しげな人間の顔、物事の奥底をじっと見ているような、その不審な眼差しにとらわれてしまうと武満は言う。
武満は「記憶の眼差し」ではないか、と言う。例えば「人類がこの世に生まれてきて、最初に見た風景とか世界とか」そういう「生命の神秘とか、我々が持っている「原始の記憶」とか、ものがはっきり形をなさないそういう記憶だとかではないか?ルドンの眼差しはそれを見ているのではないか?

*「一つ目の眼差しは異様な世界だろうと思うけれど、例えば花ともつかず、微生物ともつかない何かを見つめ続ける。あるものからあるものへ移っていくものを見ようとしている。花のようなものかも知れない。最初の花の記憶かも知れない」と武満は言う。
ここで、武満徹は「最初の記憶」をポイントに置いている。原初の風景・原初の花。人間が最初に見た風景とはどんな風景だったろうか。想像するだけでぞくぞくしてくる。このことは後で触れたい。

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*武満は日本の誇るべき銅版画家・駒井哲郎のところでルドンの「起源」(1880年)を見せて貰った。実際に目の前で銅版画の創作をやって見せた。武満は「銅版画」の世界にショックを受けた。「真っ黒なインクの中からあれだけの色彩感が生まれる!」彼がそれまで想像していた絵画とは違うものであった。
<生物が海底で目覚める時>―-<ア・マン・アピア> 最後のころで一人の人間が現れる。命が発生してくる起源というか、命の誕生にある驚きを覚えて作りあげた、ルドンの感性に感動した!駒井哲郎が武満にルドンを引き合わせた。武満はこれを見た時はまだ音楽家になるかを考える前だった。彼は芸術の、目に見えない背後の大きな力を感じた。音楽がもたらしてくれる喜びとか感動は大きな宇宙とか、世界の仕組み・秩序とかの、目に見えない力とひっしと関わっていることを感じた。その後の武満の生き方に少なからぬ影響を与えた。

*「オディロン・ルドン」(1840-1916)ボルドーの裕福な建築家の家に生まれた。すぐに近郊のペイルルバードに11歳まで里子に出された。ぶどう畑と海岸線の間に広がる不毛の地ランドの風土はルドンの人生に大きな影響を残した。
 <さすらいの女たち>
はるかに遠くには数本の松の林、絶えず物悲しい音を響かせながらその所在を示していた。人々は悲しげに目を閉ざしていた。
11歳の時両親の元に戻った。それまで自由に過ごした彼にとって学校は苦痛だった。パリに出て美術学校に入るがアカデミズムに嫌気がさしてすぐやめてしまう。ある画家から石版転写法を教わり、大きな転機になった。初めての石版画集「夢の中で」が生まれた。石版に直接画く従来の手法から解放されて、石の抵抗がなく紙に書いたものがそのまま石版画になる。ルドンの夢が花開いた。

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<腑化>

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<ヴィジョン>

*ルドンの「黒」について
ルドンは50歳位まで30年間石版画で「白と黒」を描いてきた。生と死、夜と光(日)、白と黒、対立する二つのものを描いてきた。ルドンの黒の深さを見ていくと、もっと意味がある。全ての色彩が隠されている。黒は塗りつぶす、消すものではなく、版画家の黒はあるものを見せるものだという。マラルメがルドンの黒を「王者の紫」とか「緋色の馬のように美しい黒」と言ったように、音楽でも「白色雑音」(1948年電子工学で発見された)のように、全ての音がそこにあると言うように、全ての色がそこにある。
 # 「白色雑音」。今まで一つ一つの音を組み立てて音楽を作ってきた。それと違った音の認識の仕方。我々の周囲にはそういう音が無限にあって、それを取り除いていくことで、又違った音の空間を作るという考え方。ルドンの黒と照合するという。

ルドンの言葉に「私の独創性は見えるものの法則性を、可能な限り見えないものの為に奉仕させたことだろう。」とある。木を何回も写生することによって、ある時、見えないものが現れてくるといっている。武満は、見えないものとは見えているものの背後にある隠された源泉というか、大きな神秘な力だという。何故写生をするか?自然を写すのではない。自然の中の法則を知りたくて写すのだ。目を閉じると見えないものが見えてくる。ナイーブな感性・自分の内的な感性に素直になる。
 # 「芸術家が美をどうやって創造するか」の問題。地球が生まれて宇宙を形成して行く過程で、現在の人類の祖先が生まれて文明を作っていくまで、気が遠くなるような歴史を経る。人間は生まれると、自己の中の<人類史>の未意識の記憶を探っていく。ひとりの人間として形成するために、未意識に記憶の反復をするそうだ。芸術家も自分の内的感性で<人類史>の記憶を探り出して、何ものかを掘り出すように鉱脈を探っていって宝石を探り当てるのだそうだ。武満やルドンが「記憶の眼差し」とか「原初の風景」とか言っているのもこのことを差している。
 
*1890年代にルドンはパステルと出会う。水彩や油絵での展開が始まる。白黒から色彩豊かな世界へ。ルドンの変身?ある人は「さなぎが蝶になった」という。

「キュクロプス」
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「けしとひな菊」
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「白い花びんと花」
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「サムライが描かれた花びん」
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「花」

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*ルドンは色彩を獲得して転換した。白黒のの世界から明るく華麗な色彩の世界に変わった。孤独な生活からカミーユという女性と結婚して子供も生まれて一家を構えた。芸術上でも世に認められて、一見幸福な人生になったか?モメントとして安定した生活は芸術にはどういう影響を与えるか?

*武満徹は異常な転換とは捉えない。「黒」の世界で可能な限りの色彩を見ている。鍛えられた目はパステルで「花」などは「この世に現存していないかのような花」を描いている。現存的な花ではなく神秘的な花を描いた。武満は黒の世界で可能な限りの色を描いたと言って譲らない。銅版画で可能な限りの色彩をルドンは獲得していたと。(番組ではここで中断して、武満の曲の演奏に入っている。)

*「閉じた眼」について
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武満はこの絵を見て作曲している。司会者から「閉じた眼」の曲について聞かれると、「この絵が好きだった。あるピアノ曲を書きたいと思っていた。絵によって、自分が考えてきたもやもやしたものに輪郭が与えられた。<閉じた眼>は<開かれた耳>と対応するのだけれど、ルドンの絵に大きな母性、命の母を感じた。

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*武満徹にとってルドンとはどういう存在か?
ルドンと同じように見えていないものを見たいし、聞こえてないものを聴きたい。聞こえていない音を引き出したい。組み合わせて音楽を作るのではなくて、この世にない音を聴き出したいな。ルドンを見ているとそういう気持ちにさせられる。
(前衛芸術家・武満徹、ここにあり! さすがに戦後前衛音楽の第一人者だからの発言です。感服しました!)

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  1. 2015/10/31(土) 21:00:00|
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『2015年映画』「顔のないヒトラーたち」(ドイツ映画) 10/23

『2015年映画』「顔のないヒトラーたち」(ドイツ映画)10/23
                 出演、アレクサンダー・フェーリンフリーデリーケ・ベヒト、ゲルト・フォス
                 監督、ジュリオ・リッチャレッリ

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第2次大戦後、東西に2分化されたドイツでは「戦争犯罪」を裁く「ニュルンベルク裁判」(1945・11/20~46・10/1)が終わると、ドイツの国民は経済的復興の波に乗り、人々は戦争の記憶、自分たちが犯した罪を忘れ去ろうとしていた。

そんな或る日、アウシュヴィッツで親衛隊員(SS)だった男が、ある小学校で規則に反し教師をしていることが目撃されて告発された。
(アウシュヴィッツで虐待を受けたユダヤ人画家の告発)

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駆け出しの検事ヨハン(A・フェーリング)は交通違反の取り締まりなどの仕事に不満を感じていたので早速その事件に乗った。上司や周囲が引き止めるにも耳を貸さず、この件にまい進していく。強制収容所を生き抜いたユダヤ人のシモンやジャナーリストのグルニカたちが協力した。

さて、どこから手を付けるべきか?若き検事の後ろ盾になったのがバウアー検事総長(ゲルト・フォス=西欧で有名な舞台俳優)だった。彼はユダヤ人として強制収容所の迫害体験を持っていたからだ。若き検事を励ます。「アウシュヴィッツ」の生存者を探しだし、彼らからの聞き取りを行う。

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検事の女性秘書(ハンシ・ヨクマン=好演)が聞き取りの記録をしたが、終わると放心状態で廊下に出てくる。証言の内容の凄まじさを暗示している。炙り出されるホロコースト(大量虐殺)は想像を絶するものだった。一説には1700万人とも、、、

顔のないヒトラーたち ①資料

ナチ及びホロコーストの膨大な資料を米軍が管理している。米軍の担当者は「今、敵はソ連だ」と言ってナチスに関心を示さない。ヨハン検事は日参して調べあげていく。ホロコーストの担い手だったナチ党員が教育分野・ビジネス界・政府機関・権力の内部にも入り込んで”隣人“として生活していることがわかってくる。しかも、国民がアウシュヴィッツの存在も、強制収容所で何が行われていたかも知らないのだった。
そんな元親衛隊(SS)の1人1人の情報を調査して、証拠を固めていくヨハン。

しかし、「今さら忘れていた傷を何故暴く」といった妨害が入ってくる。検事室にカギ十字が書かれた石が投げ込まれる。生き延びたユダヤ人さえ諦めている。

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ところで、ヨハン検事は交通違反で知り合ったマレーネ(F・ベヒト=「ハンナ・アーレント」で若き日のアーレント役)と愛し合うようになっていた。マレーネの父もヨハンの父も戦時中何をしていたか?米軍の資料館でふと見つかった資料に、自分の父もマレーネの父もナチスだったことを知るヨハン!「自分の父を告発できるか?」荒れ狂うヨハン!酒浸りになってマレーネとも仲たがいし総長に辞表出すまでになっていく。

映画は1963年の「アウシュヴィッツ裁判」が始まるまでの若き検事の苦闘を描いた。この裁判によってナチズムは完全に否定され、ドイツの歴史認識を変えたと言われている。

私は映画を見ながら、日本と比較していた。日本でも「加害の歴史」を持っている。朝鮮・台湾を植民地にし、中国を始めとしてアジアの国々に侵略したのは事実である。これは否定しようのない歴史の真実である。問題はドイツと同じように、自ら、自身の「加害の歴史」を裁いたか、ということである。残念ながら果たしていない。というか、不十分である。「講和条約」「日韓条約」「日中条約」などで果たしたという。それならば「靖国問題」が何故起こるのか?この映画が問いかけてくるもの。歴史の事実に対して謙虚に反省して、真実を認めること。悪いことは謝罪すること。出来る範囲で償うこと。当たり前のことが求められている。



              

  1. 2015/10/23(金) 21:39:10|
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『美術/音楽/舞台/読書』 「河瀬曻展ー今、人はどこに向かうのか」(10/9~18) 10/16

美術/音楽/舞台/読書』「河瀬曻展」10/9~18  10/16
                       ―今、人はどこに向かうのかー
                        せんびゃく堂画廊(台東区上野6-7-18
                                     03-3831-3516
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<前回2013年10月の「河瀬曻展」―「-流れる水と遠い光が与えられ
たとして」(本ブログ13年10月16日号)――から2年が経過した。
今回の――「今、人はどこに向かうのか」ではどのような作品形成に
向かったのか?先日展覧会を拝見したので、その様子を報告する。

今回15年10月では「今、人はどこに向かうのか」では、画家は「日々
世界の移りの速さを感じて」「どうなっていくのか?」情況の混沌と
世界の流動化を捉えていく。
そういう中で、自己は「どう生きるのか?」と根源的な問いを自分自
身に向けている。それが画家河瀬曻氏の創作活動の原点になってい
る。様々な「歩む人」が展開されている。人間を「流動」「変化」の
中に見る姿勢が一貫している。画家の行為は作品として形象化され、
今回も素晴らしい世界との出会いであった。

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① 「白い傘の少女」
「晴れた日の散歩、少女は何故か見知らぬ町に迷い込んでしまった。しばし立ち止まる。少女はやがて歩みを進めてゆくだろうか?」
前景は白い大きな傘(パラソル)を差した少女が前を見つめている。少女が見つめているものはボッシュかブリューゲルの世界だ!! 16世紀フランドル絵画の世界だ!(ここでボッシュに出会うとは!)
絵の中央に、赤い僧服と帽子に白いスカーフを首に巻き付けた西欧中世の僧を人々が群がって何事か騒いでいる。左は子どもたちの遊んでいる様子。右は白い鳥だろうか?顔は人間の鳥の行列。ボッシュの絵画を覗いているようだ。
その上は中世の家々が並ぶ。人々が窓という窓に溢れかえっている。まさしく、ボッシュ&ブリューゲルの世界だ!少女の見つめる目に、画家河瀬曻さんの思いが重なって夢幻の世界を表現している。

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② 「ある日曜の朝」
「人々が思い思いに行き交う日曜の朝の街角。棒状のガラス面には、ぼんやりとした情景が映し出されている。懐かしげに揺らぐその人影も、人々の間を駆け抜ける少女たちも、ふと心をよぎった幻だったか、、、」
画面はがらりと変わって現代の大都会のメインストリートの賑やかな交差点。人々が思い思いの目的を持って交差している。画面中央を鏡のようなガラス面があり、よく見ると通り過ぎたはるか昔の情景がゆらめくように描かれている。誰かが「シュール」と言った。「シュール部分」はどういう意味を持つのか?懐かさだろうか? しかし、画面からは3人の同じ服装の少女が等間隔で中央を走り過ぎてゆく情景など、爽やかな明るい活気に満ちた雰囲気を感じるのだ。傑作だ!

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③ 「歩む人々・2」 2,015年
「人々は日々、めいめいの方向に歩みを続ける。その道筋は時々重なり、時に遠く離れる。また時には、時代や空間を超えて場を同じくすることもあるだろう。」
 大作である! 赤茶の暖色の色調。人々の群れ・列をなした歩み。現代人でもあるし、ボッシュ・ブリューゲル的人物でもある。河瀬氏の今回の頂点であると感じた。今回感じたことは、氏の作品形象力・構成力のすばらしさ。作品のみやびな美しさであり気品さである。

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④ 「歩む人 1 」 2015年
「自分なりの道筋を辿ってきたはずなのに、まわりは人で満ち溢れている。果たしてこの道筋で良かったのか?人が多いからといって答えにならない。」
自己が選んだ道は果たして正しいかどうか?皆が同じ方向に歩んでいるからと言って、正しさの証明にならない。そうなんだ! 
いつの間にか70年前と同じ神話の中にいると錯覚することが最近よくあるので、画家の警鐘を心して噛みしめたい。

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⑤ 「海に引き寄せられた人々」
「何に心を奪われていたのだろうか。人々は歩みを進めるうちにいつしか水辺に来ている。それを知ってか知らずか、人々は変わらぬ様子で歩き続ける。」
私は海や水辺が好きだ。この感覚はよくわかる。

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⑥  「歩む人 3 」 2015年
「ある人はたたずみ、ある人は日々を急ぎ、足早に歩み去る人もいる。足元が茫然としているせいか、確かな感触が得られない。しかし、ほのかな光がどこからか差し込んでくる。」
赤みがかった薄紫の色調は美しい。花束を抱えた男性がいたり、上部の9人の女性のシルエットが美しい。なぜか心がほっとする。

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⑦  「川を歩む人」 2011年
「流れる水の中で、人々は思い思いに蠢いている。何故彼らは川に入り込んだのだろうか?流れに抗うにしろ、従うにしろ、ともかく歩き続けるしかない。」
鮮やかな緑の川。人々が思い思いの動作をして、ひとりで、或いは群れをなして、川の中を歩いている。川は或いは人生かも知れない。

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⑧  「黒を基調として 」
黒のバックに浮き上がるように白っぽい人の行列。人型の行列は縦にどこまでも続いているかのようだ。他の「歩む人」の裏面に位置するか?

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⑨「赤い川のテーマ」と「青の川のテーマ」
強烈な赤の色調と細い青の線は何だろうか?画家の言葉で言えば「無意識のレベル」「煮えたぎる釜」だそうだ。つまり、画家の無意識の底に煮えたぎっている「原点」だということになる。強烈な赤と淀んだ土色に清冽な青の線。画家はそこからすべて発想する。飛躍して又そこへ帰っていく。

⑩  立体
立体・人形については今まで見て来なかったので特に取り上げません。作品だけを載せます。
1) 初めての人形
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2) 初期の立体
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3) 遠い先を見つめる男
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4) 女性
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5) かもと詐欺師
①カモ

6) 荒神
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7) ピエロとカエル君
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8) 微睡む女性と古時計
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河瀬曻
滋賀県長浜市出身。東京芸大洋画科大学院卒。元都立高校教諭。

 
 

   
         
  1. 2015/10/16(金) 12:59:06|
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『2015年映画』 「岸辺の旅」(監督、黒沢清。主演、深津絵里、浅野忠信)10/14

『2015年映画』「岸辺の旅」(監督、黒沢清。原作、湯本香樹実。出演、深津絵里。 浅野忠信)
カンヌ視点部門監督賞に輝く 10/14


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3年間も失踪していた夫の優介(浅野忠信)が、突然現れて「オレ、死んだよ」と妻瑞希(深津絵里)に告げた。富山の海で死んで体は蟹に食べられたという。妻の元に戻るまで3年も旅してきた。その中にきれいな場所があるんだ、瑞希に見せたいと言って、3年を遡(さかのぼ)る旅に誘う。また、優介が不在の3年間に瑞希が書いた「写経」を燃やす為だとも言う。

冥界に逝った人間が、映画では生きている人間と同様な生き様(ざま)を見せる。死者があの世から帰って来る物語、冥界に逆に行く話、「作り物語」「仏教譚(たん)」として昔からあった。この映画では幻想性ではなく一見リアルな話として、死者と生者が交わる世界が展開するがファンタスティック・メロドラマの秀作になっている。

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しかし、不思議な旅であった。
一泊泊りの安宿か民宿が多く、ただどこも水の音が聞こえ、川や海の近くだった。水の音が全編を貫いているトーンだ。海辺かと思うと山あい、晩秋かと思えば新春であるというような、方向や時間の感覚が外れた、瑞希にとって夢まぼろしの世界だった。

「ユウちゃん、、、あゝ、ユウちゃんだ、間違えないね?宿に泊まって寝る時に抱きついていった。<もう消えないで!>ところが、優介は拒絶した。それが何処となく怯えているようなので、私ははっとする。してはいけないんだ、、、」

二人の旅での初めの出会いは小さな町の新聞屋・島影さん(小松政夫)だった。優介は島影さんの壊れたパソコンを直し、瑞希はチラシの折り込みを手伝う。優介は島影さんも「オレと同じなんだ」(死んでいる)という。ところが本人が自覚していない。二人が去る前日宴会をしてくれる。酔いつぶれた島影さんを寝室に運ぶと、

切り抜いた花の写真が壁一面に貼ってあった。あっ!と驚く光景である。「島影さんはここで亡くなったのだ」瑞希は思った。
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次は町の中華料理店だった。家では料理なんかしたことがない優介が手早く餃子の皮を包んでいく。知らない優介の一面を見るようで瑞希はびっくりした。優介は前より食事の量が増えた。倍近く食べるようになった。好みもうるさかったのに。なぜだろうか?
普段使われていない店の別館にピアノがあった。店主の奥さんが少女の頃、年の離れた病弱な妹がいてピアノを習っていた。が、どうしても上手く弾けない。風邪を引いて両親が留守なので、姉の彼女が負ぶって医者に駆け込んだ。悪性の風邪で、ピアノのことを悔やみながら死んでしまった。姉としてはそれが生涯の気がかりで、ピアノを処分出来なかった。(瑞希の登場で)夢か幻か死んだ妹が現れてあの時出来なかったピアノを、瑞希のリードで見事に弾いてしまう。妹は弾き終えてあの世に帰っていく。姉は涙を流した。
瑞希が少女の頃習った先生がドイツ人でそのお宅にあったピアノが同じドイツピアノ。厳格な先生の「自分の音を、よく聴きなさい。好きでも嫌いでも、あなたの音があなたなのです」瑞希は先生の言葉を懐かしく想いだす。

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死者優介との旅は、瑞希自身の人生をめくる旅でもあるし、今まで知らなかった彼の一面を発見して行く旅でもあった。何故死んだのか?又、何故逢いに来たのか?旅の本当の目的は?9年間の二人の結婚生活の意味を問う旅でもあった。

彼は職場の女性朋子さん(蒼井優)と不倫していた。彼が失踪してから調べているうちに彼女の手紙を発見して、朋子さんと会っている。感情の振れ幅が大きい性格など、瑞希の知らない部分が優介にあったと知る。彼女の優介への手紙は、腹が立って瑞希の怒りのエネルギー・生きている命綱みたいなものだ。不倫は彼女だけではなかった。出入りの製薬会社の社員とか、、、失踪の本当の理由までは分からなかった。

山奥の村でタバコ畑をしている星谷老人(柄本明)の家に行く。長男の妻・薫(奥貫薫)と孫の良太と3人暮らしだ。優介はこの村では「先生」と呼ばれている。昼間タバコ畑を手伝って夜、良太や近所の子供たちに勉強を教えていた。

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時々、村人たちに「宇宙」のことや「なぜ台風が起こるか」「車が走る仕組み」などを講義する。それが分かりやすくて評判がいいのだ。これは又、意外な優介の一面だ。星谷老人が語る。「昔、放蕩息子が死んだ、嫁の薫が失踪したが半年後、優介さんと帰ってきた。」

瑞希と優介の会話「薫さんはあなたと同じ?」「同じなのは亭主の方。もう崩れかかっているのに、薫さんを連れ回して酷かった」
河辺で優介と亭主が話している。
亭主「オレは未練があった。いつまでも二人で旅をしたかった。でもダメなのだ。字が読めなくなる。そして体が透けていく」「飯だけは食えよ。食えなくなったらお終いだぞ」そう言って男は光の粒となって消えた。

旅は終わりに近づいていた。
それから二人は誰にも会わず歩いた。澄み切った冬空の下を、海からの風に吹かれて歩いていく。「浜に下りてみようよ」風に吹き飛ばされそうになる。走り出し転げる。立ち上がった優介の胸に顔を埋める。優介は荒く息をしている。瑞希の体に腕をまわす。
「もっときれいなところがあるんだ。」「、、、そこへ行くの?」
「うん」 、、、「そんなところ、行かなくていい」

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再び胸に顔を埋めて「家に帰ろうよ。一緒に帰ろうよ」
このままどこへともなく旅をしていたい、とも思った。

海辺の寂しい道に、強風に吹き飛ばされないように、地面にへばりついているような宿だった。客は他に誰もいなかった。優介は話をしたがった。読んだ本,登った山、行った国、聴いた音楽、練習した楽器。瑞希は父の工場で働いていた人たちのことを話した。その夜、二人は旅に出てからはじめて、ほんとうの意味で抱き合った。優介は快楽のさなかで泣きそうな子供のような顔をする。いとしい声、懐かしい顔、あぁ、離れたくない、いつまでも一緒にいたい。

翌日、風がやんで穏やかな、冬の薄日の岸辺を歩いた。優介はずんずん進んでいく。岸辺の突端まで歩いた。ここで写経を燃やした。

DSC_7121.深津絵里

「ちゃんとあやまりたかった」「優介、、、」「行かないで」どうか、消えないで欲しい。優介とこのまま旅していたい。
「みっちゃん、、、もう限界だ」「海も、空も、光りも、とても痛い」優介は荷物からポットを出し、熱いコーヒーをカップに注いだ。ひとつのカップをかわるがわる、舌が焼けるほど熱くて甘いコーヒーを飲んだ。

悲鳴のような鋭い声がして、目が覚めた。足元にコーヒーを飲み干したカップが転がっている。あたりを見回すまでもなく、ここにいるのは私だけだ。海に挟まれた細い、今にも沈んでしまいそうな道を、私は二人分の荷物を持って歩き始めた。



  1. 2015/10/14(水) 15:17:20|
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『日記』 「徒然なるままに」  10/8

『日記』 「徒然なるままに」  10/8

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①  10/3、バングラデシュで日本人が殺害された事件で、(未確認ながら)過激派組織IS=イスラミックステートと名乗る組織がこの男を殺害したという声明を出した。声明で
「アベよ、勝ち目のない戦いに参加する決断で、ケンジを殺すだけでなく、お前の国民を場所を問わずに殺戮する、日本にとって悪夢が始まるのだ。」
これは本年1月にエジプトでの安倍首相の
「イスラム国と戦う周辺各国に総額2億ドルの支援をお約束します」という発言が元になっている。戦争しない平和国家のイメージをわざわざ中東にまで行って、テロの対象になる発言をする!何たることか!
恐れていたことの始まりか?バングラデシュの事件を取り上げないのは、安倍発言の責任問題に発展するからだという。マスコミの沈黙!後藤健二さん殺害事件の時、こうなることをかなりの人が危惧した。いよいよ、始まったぞ!

②  安倍首相の記者会見は全部「出来レース」だという。事前に質問項目を官邸に提出しておいて、発言者が決まっている。安倍は官邸が用意した回答を読むだけ。(記者たちのブログに暴露されている)
その破綻が見えたのが、9/30の国連での記者会見。ロイターの記者が「難民問題の支援を表明したが、何故難民を受け入れないのか?」と質問。安倍首相の顔が強張った。会場にいた日本人記者全員が「予定外の質問」に騒めき立った。「出来レース」を外国人記者によって暴露された。日本のマスコミ・ジャーナリズムの政権との癒着。マスメディアの幹部が毎晩銀座で高級料理を奢られているなんて!

③  今、ノーベル賞で沸き立っていますが、戦後70年のーいや近代日本の努力の成果なんです。これからはだんだん受賞は無くなっていきます。今、基礎学問にお金をかけていません。第一、大学の文系学科をつぶそうなんて、前代未聞の文化破壊です。こういう土壌から何が生まれますか?又、2008年にノーベル物理学賞を受けた益川敏英さんの「科学者は戦争で何をしたか」(集英社新書)は科学技術が軍事と密接に関わりをもっている現状に警鐘をならしている。戦争になれば科学者は大量に動員させられて協力を強いられる。益川先生は「何のための、科学か」という原点から常に思考している。敬服します。

④  「戦争法案」闘争は終わった。敵は来年の「参院選」に向けて準備している。参院選で勝利し憲法改正に踏み出そうとしている。野党は勝てるか?
*  安倍内閣支持率が下がって不支持率と逆転しても、野党の支持率が相変わらずの低調をどう捉えるか?受け皿がないということか?民主党の一部は「戦争法案」でよく戦ったが、民主党は魅力がないという事か。魅力がないA級戦犯は退陣して貰おう。これからの参院選・衆院選は「民主主義の存亡をかけた」闘いなのだ。今のままでは野党は勝てない。勝てる方策を練らねばならぬ。
*  共産党が安保法案廃案・憲法擁護に向けて参院選で、「国民連合政府」構想をだした。小生も14年12月7日の『日記』に今の「極右自公」に勝つには、統一戦線だと書いた。頭にあったのはヨーロッパ第二次大戦下の「反・ナチ統一戦線」だった。各選挙区での各党の票の出方、喰い合っている野党が統一戦線で戦えば勝てる等、色々と検証されている。1人区では野党の一本化は必須だ。
*  野党と言った場合、「戦争法案」反対が一本の線。当面対象となるのは、民主・維新(大阪派は除く)・共産・社民・生活のみ。
* 民主や維新の中にいる少数の「日本会議」派の問題。彼らの存在が憲法なり安保法制なりの統一見解を出し難くしている。後ろから銃で撃たれるようなものだ。

・維新と民主の再編の問題がある。野党の右派部分の結集だ。(共産主義へのアレルギーが強い)
・民主の左派部分、共産、社民、生活が選挙協力が出来るか?
この両者の拮抗か。

 *「安保法案」や憲法改正をかけた来夏の「参院選」や「衆院選」は「国がぶっ壊れるかどうか」の闘いだ。(アベは勝てるとみれば「衆参同時選挙」を仕掛けてくる)アベに大勝させたくない。どうしたら勝てるか?

⑤ SEALDsや若きママの会の闘い方やネットを通しての結集方法を見ても不思議な魅力を感じた。これを「文化」と呼ぶ。この若き文化が闘う戦線のけん引役になれば面白い。利用主義で言っているのではない。他に新鮮なものを感じないからだ。いわゆるサヨクではない。「戦後民主主義」正統派の発想ではないか。彼らの発言を聞いていると、みなさん自我・個から発想して、何故デモに来たか。自分は何故この法案に反対するかを自分の言葉で語っている。素晴らしいと思う。若い彼らの闘いは既成の政党にも影響を与えてきたのではないか。野党が壇上で手を握り合うなんて最近初めての経験ではないか!

<補遺> 「生活の党」の小沢代表の、選挙における「オリーブの木構想」の提言を読みました。面白いです。野党は本気になって下さい。9条が死ぬか生き残るかの境目です。アベに勝ちましょう!
 
  1. 2015/10/08(木) 20:58:36|
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『2015年映画』 「草原の実験」(監、アレクサンドル・コット。音、エレーナ・アン) 10/4

『2015年映画』「草原の実験」(監督アレクサンドル・コット、音樂、アレクセイ・アイギ 10/4
       出演、エレーナ・アン、ダニーラ・ラッソマーヒン、カリーム・パカチャコーフ、
ナリマン・ベクブラートフーアレシェフ
東京国際映画賞、ニカ賞他多くの海外の賞に輝く。 

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台詞を消した、映像と音だけの映画。これは実験映画だろうか?アンドレ・タルコフスキーの「サクリファイス」(86)や新藤兼人の{裸の島}(60)を想起する。監督は当然先行の作品を意識している。ロシアの新鋭アレクサンダル・コットによる衝撃的・前衛的な作品は鋭く問題を突きつける。

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果てしなく続く緑の大草原の美しい風景。
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その中に立つ、小さな質素な一軒の家。前に赤い旗がなびき、近くに一本の細い樹が風に揺れている。父娘の二人が住んでいる。
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少女ジーマ(エレナ―・アン)、父親はトルガ(カリーム・パカチャコーフ)。母親の存在は不明だが、恐らく亡くなったのだろう。父親は毎日ジーマの運転するトラックで出かけ、道の二股でジーマと交代して自分の運転で仕事に、ジーマは独りで歩いて家に帰るのが習慣だ。

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馬に乗った幼馴染の少年カイスイン(ナリンマン・ベグブラートフーアレシェフ)が現れ、ジーマを馬に乗せて家まで送り届けることも。彼はジーマが汲んだ井戸水を飲み干すと、またどこかへ馬を走らせて去って行く。毎日父親が帰るまでジーマは独りで過ごす。こうして映画は地球の片隅の、幸福そうな一家族の生活が展開してゆく。

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ある時、草原の真ん中で立ち往生したバスに水を提供したことで金髪の少年マクシム(ダニーラ・ラッソマーヒン)と知りあう。一瞬にジーマに心を奪われたマクシムは帰り際、カメラのレンズを彼女に向けた。

仕事から帰って来た父親のトルガは、地平線に沈みゆく太陽をパクリと食べる真似をして見せてジーマを笑わせる。ジーマは父親の足を洗い、温かい靴下を履かせるといつの間にかトルガは眠りに落ちていく。昼間の少年マクシムが窓の外に来てジーマを誘い、昼間写した写真を家の壁に投影して見せると、そのスライドをジーマに渡すとマッチを次々と灯しながら暗闇の夜の世界に消えていった。

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ある時、草原を何台もの軍用トラックが走って行く。異様の光景に不安を感じた。帰って来た父親は苦しそうに家の前に座り込む。夜、雷雨の降る中、武装した兵士たちがやってきて、探知機で家の中を執拗に調べた。トルガのトラックにあった箱に探知機のカンターが大きく揺れた。トルガも雨ざらしの中で裸にされて調べられた。隠れて震えているジーマ。

翌朝トルガが苦しそうに咳き込んでいたので、猟銃を空に向けて発砲すると、カイスィンが軍医を連れて来てトルガをどこかへ連れて行った。ジーマを抱きしめるカイスィン。マクシムが窓の外から見ていて、少年二人はジーマをめぐって殴り合いの喧嘩を始めた。そこへジーマがやってきてバケツ一杯の水を浴びせた。

ほどなくしてトルガが帰ってきた。翌朝、正装して娘にネクタイを締めて貰ったトルガは、家の前のベンチに座る。朝日が昇るのを目に焼き付けて息を引き取った。ジーマはトルガを草原に埋葬し、赤い糸で作った星を立て、父親を弔った。

ある日、ジーマは決心したようにトランクを持ってトラックに乗って出て行った。トルガを送っていた道を走らせたが途中でガソリンが無くなったので歩いた。父親がいつも行っていた道は鉄条網が張られていた。仕方なく家に引き返すと、ラクダが繋がれ、家の中に民族衣装を付けたカイスィンの一族が待ち構えていた。カイスィンはジーマに首飾りをかける。ジーマは鏡の前に立って婚礼衣装を当ててみるが、衣装を手から落とす。そして長い髪の毛にハサミを入れてばさりと切り落とした。

失恋したカイスィンは声を出して泣き叫んだ。カイスィンとの最後の決闘から帰ってきたマクシムの泥だらけのシャツをジーマが洗濯して、自分の服と一緒に干すと、二人の服が青空にはためいた。ジーマとマクシムは「綾取り遊び」をする。糸がもつれない限りゲームは終了しないという喩えのように、二人の幸福は永遠に続くのだろうか、、、

1949年8月、カザフ共和国のセミパラチンスク核実験場でソ連最初の原爆実験が行われた。住民への避難勧告はなされなかった。多くの住民が犠牲になり、閉鎖後の2000年代になってもガン発症率が高い地域になっている。1989年まで40年間に468回の核実験が実施された。本映画「草原の実験」はセミパラチンスクの核実験場を題材に取り、テーマとしている。

映画は「終末」を突然に到来させる。大草原の幸福な一家の「日常」も巨大な爆音と共に一挙に吹き飛ぶ。草原の土の中に埋葬した父親トルガの遺体も、小さな家も、吹き飛ぶ。突然の衝撃的なシーンに言葉を失う。

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この世にあった生きとし生けるもの総てが消滅するか?このような「終末」から比べれば、家族の生き死――ジーマとマクシムの愛など取るに足らぬ些細なことか?「終末」の衝撃的なシーンは地球の片隅でささやかに暮らす人々の全てを奪う。いや、タルコフスキーの「サクリファイス」は全てを消滅させたか?東日本大震災の陸前高田の「奇跡の一本松」のように、「草原の実験」においても「一本の枯れ木」が残ったのである。タルコフスキーにおいても、「草原の実験」のコット監督においても、陸前高田の「奇跡の一本松」のように<救い>を差し伸べている。

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  1. 2015/10/04(日) 18:40:45|
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