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私の見た映画・美術・

映画・美術・イタリア旅行の紀行文の紹介です。

『美術/音楽/舞台/読書』「蒔絵の小箱展」(清水三年坂美術館・企画展5/23~8/16)5/28

『美術/音楽/舞台/読書』「蒔絵の小箱」(清水三年坂美術館・企画展5/23~8/16) 5/28

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企画展「蒔絵の小箱」(清水三年坂美術館。5/23~8/16)

昨年の夏、三井祈念美術館で「明治工芸の粋(村田コレクション)」を見た。蒔絵、七宝、薩摩,牙彫――明治工芸の精緻な美に舌を巻いた。中でも白山松哉の蒔絵は素晴らしかった。松哉は取手の美術館・白山雅成氏の祖父である。明治工芸の大家で現在の芸大・工芸科を作った一人と言われていたが、実際に作品を見たのは東京国立博物館と芸大美術館での二点で大した印象を持たなかった。ところが今回の展覧会で松哉の見事な美に感動した。蒔絵などは美術館のガラス越しには、その良さが解らないのだ。拡大鏡などを使って作品を見せていたのが良かった。

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展覧会が京都清水三年坂美術館の「村田コレクション」の作品だという事を知った。親戚の法事の途中、美術館を訪ねた。(オーナ―には不在で会えなかった)
「明治工芸の粋」は全国の美術館を現在も巡っていた。(1万点を超える所蔵の中の選りすぐり160点)

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清水寺三年坂の1等地にある美術館。1Fの奥が常設展示、2F企画展示。日本の工芸美の美術館がこの地にあることは夢の様なことではないか。

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工芸の美は江戸時代に磨きをかけられ、幕末明治で最高の極に達した。武家社会の終焉で一旦終息するが、蒔絵などの明治の工芸が海外から高く評価され、明治政府の殖産興業政策により多く生産され輸出された。日本にあった優れた工芸品は殆ど欧米などの海外に流失して名品は残っていないそうです。

当館館長村田理如氏がニューヨークでこれらの明治の工芸に出会い、感動し価値を発見して、個人的にコレクションしてきた。とうとう美術館を作ってしまった。何と素晴らしいことか!氏の悲願は優れた工芸品を集めること、日本の良き文化であり芸術である「明治の工芸」を超える「現代の工芸」作品を生み出すことだそうです。

企画展「蒔絵の小箱」の案内によると、白山松哉をはじめとして幾多の作家の名品60点の展示だそうです。蒔絵は日本独自の漆工芸の装飾技法で、お香を納めるために作られた可憐な小箱、それを手にした欧米の人はどのような夢を、また手元に置いて慈しんだことでしょう。

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  1. 2015/05/28(木) 16:59:28|
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『2015年映画』「ハーツ・アンド・マインズーベトナム戦争の真実」(監ピーター・ディヴィス5/21

『2015年映画』「ハーツ・アンド・マインズ―ベトナム戦争の真実―」
                   (47回<74年>アカデミー・ドキュメンタリー最優秀賞。
                    監ピーター・ディヴィス。撮リチャード・ピアース。)
                    日本公開2010年、15年劇場再公開 5/21

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ベトナム戦争終結から40年。自由な報道が許された最初で最後の戦争の記録。様々な証言や取材映像、ニュース・フィルム、戦意高揚映画の映像などを駆使して“ベトナム戦争”の実像に迫った。47回(75年)アカデミー最優秀ドキュメンタリーに輝いた。40年前の名ドキュメンタリーである。

40年前のこの作品が、70年代以降の「ディア・ハンター」や「地獄の黙示録」、「プラトーン」など米のベトナム戦争映画に多大な影響を与えた有名な作品であった。見たことがある有名な写真がたくさんあった。何度見ても衝撃なシーン!
戦争の実態をまざまざと写し取った映画はまさに「最初で最後であった」。その後権力のメディア規制が行われて、湾岸戦争でもイラク戦争でも戦場がどうなっているか見え難くなった。いや権力が見え難くしたのだ。

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生身の人間が頭蓋を撃たれて血しぶきを吹きあげて倒れてゆくシーン!(ベトコンの捕虜を米兵が撃つ)こんなこと人間同士許されることでは無い!何度見ても衝撃を受ける。

*米の歴代大統領や指導層がとくとくとこの戦争の意義や正当性を語っている。
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*画面は突然ベトナムの農村、米兵が民家の藁ぶきの屋根に火を放つ。燃え盛る民家。農民が刈り取った米を穴に捨てる。その兵士に泣きながら取りすがる痩せ細った老婆。「豚に餌をやりに行った幼い娘が即死し、豚が生き残った」と訴える。米兵の蛮行を立ちすくんで呆然と見ている老人や女性や子供たち。恐怖と怒りで表情が引きつり凍りついている。

*ニクソン大統領が捕虜だった「英雄」たちのパーティで、自分の政策を自画自賛している。会場からは万雷の拍手。

*突然、北爆で破壊される北ベトナムの病院の廃墟、さらに農村の吹き飛ばされた民家へと映像が変わってゆく。
戦死した南ベトナム軍兵士の埋葬シーン。死者の棺を運び出そうとした時、戦死した兵士の息子だろうか遺影を胸に抱いて白装束で鉢巻姿の少年が棺にすがって号泣する。深く掘られた墓穴に棺が置かれ同僚の兵士が土をかけて埋葬しょうとすると、死んだ兵士の母親だろう、泣き叫びながら墓に降りようとした。親族の男たちが必死で老婆を引き上げようとする。老婆は手足をばたつかせながら、狂ったように泣き叫ぶ!「息子の元に行きたい!行かせてくれ――」

*次の瞬間、米の美しい湖畔で語るネクタイ姿の老紳士。W・ウェストモーランド将軍、64年からのテト攻勢直後まで在ヴトナム米軍最高司令官として50万人の米軍を率い、圧倒的な火力で「敵殲滅戦略」を企て、ヴトナム人と米軍双方に大量の犠牲者を出した張本人である。「東洋人は西洋人ほど命の値段が高くない。」何と傲慢な言動!

このドキュメンタリーの優れたところは、ベトナムの過酷な戦場・地獄の有り様を描きながら、一方平和な繁栄を享受しているアメリカ社会を描いている。その天国と地獄の対比が米国の虚偽を浮き彫りにさせている。ベトナムの地獄への加害者としてのアメリカ!

だがアメリカの良心を表すものとして2名の存在を登場させている。
第1は、ペンダコン・ペーパーと言われた歴代米国政権による「ベトナム政策形成の詳細」で、歴代米政権がベトナムで犯した欺瞞と嘘を暴露したダニエル・エルズバーグだ。シンクタンクの所員でペンダコン・ペーパーをニューヨーク・タイムズに流し同紙でベトナム戦争の欺瞞を暴いた。「国民の知る権利」か「国家の機密」かの大論争を全米に巻き起こし、最高裁はニクソン政権の訴えを退けた。

第2は空軍パイロットとしてナパーム弾やクラスター獏弾をベトナムの戦場に投下した体験を持つパットン3世空軍大佐だ。彼はその殺人兵器がいかに人体を傷つける残酷な兵器であるか、自分はその加害者であったことを涙ながら告白する。画面にそれを裏付けるかのように、
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ベトナムの農村でナパーム弾に全身の皮膚が焼け爛れた瀕死の幼児を抱える老婆の姿が映し出される。
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火傷を負った子供たちが泣きながら逃げてくる。
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ベトナムの地獄の戦場はアメリカの軍隊が行った結果だ。どんなに「正義の戦争」だと美化しても、欺瞞と偽善の虚言だと突きつけられる。米国は史上初めて戦争で負けた。
史上例のない反戦運動が起こり、全世界に広がった。

果たして米国人はベトナム戦争から何を学んだのか? もう二度とこんな悲惨な戦争は起こさないと誓ったか?

イラク戦争・「9・11」の時、ブッシュ大統領の「タリバンをぶち殺せ!」に、熱狂で応答した米国の大衆! 変わっていないのだ。アメリカの凄まじい好戦性・熱狂性・差別性は全然変わっていないのだ。イラクをありもしない「大量破壊兵器」を持つテロ支援国家だと決めつけて開戦、フセイン政権を倒し処刑した。結局大量破壊兵器は出て来なかった。

今、安倍政権が戦後70年依拠してきた平和憲法を捨てて、米軍の戦争に参加することを表明した。40年前のベトナム戦争の実態を見て、地獄絵にガタガタ震えた自分としては愕然としている。70年前の戦争から我々は何を学んだのか? 軍隊を持たず戦争をしなかった、戦後日本の歴史は何だったのか?戦後の平和な日本は虚妄だったのか?





  1. 2015/05/21(木) 12:35:23|
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『2015年映画』「セッション」(監デミアン・チャゼル。演J・K・シモンズ。マイルズ・テラー。)5/15

『2015年映画』「セッション」(演J・Kシモンズ、マイルズ・テラー監デミアン・チャゼル、5/15

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ジャズは大昔映画「真夏の夜のジャズ」を見て、これこそ青春!と歓喜したものの、「音を破壊する」とかの屁理屈を言い訳にジャズは殆ど聴いて来なかった。映画「セッション」を見てショックを受け、映画のモデルとなった「バディ・リッチ」(1917~1987)のドラム演奏―「キャラバン」「タイム・チェック」を聴いた。凄い! ドラムという金属を叩く強烈なリズムの沸騰!強烈な感情の持続に浸った。こういう世界もあったのだ。

映画「セッション」(原題、鞭打ち)は映画ファン、ジャズファンの一部で熱い話題になっている。

*「100本に1本の名作!どんな映画も物足りなく感じるだろう!」と絶賛の声。
*一方、ジャズ音楽家からは罵声の批判。「あれはジャズではない、格闘技だ!」

「セッション」のドラムが音楽家かどうかはわからない。ただ、映画としてラストの9分間に圧倒された!

偉大なドラマーになる夢を抱いて、全米屈指の名門音楽院(ジュリアードがモデル)に入学したニーマン(マイルズ・テラー)は、伝説のフレッチャー教授(J・K・シモンズ)の目に留まった。

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教授の練習日、教授が登場すると学生全員に異様な緊張感が走った。ある学生のわずかな音程のズレを責めて、その場でクビにした。恐怖が支配していた。ニーマンも非情な洗礼が待っていた。異常なまでの完璧さを求めるフレッチャーの狂気のレッスン。ある小節の4拍目のテンポが違うと、教授は椅子を投げつけ、ビンタでテンポを直し、「ブチのめすぞ」「低能」と凄い形相で罵った。泣いて帰ったニーマンは悔しさをバネに猛練習。肉が裂け血が噴き出し、手に絆創膏を貼ってひたすら練習、、、

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ニーマンは物書きで高校教師の優しい父と2人家庭。母は幼い頃に家を出て行った。彼は友だちもなく音楽以外に趣味もない。たまたま知り合ったニコル(メリッサ・ブノア)とデートした。目的も持たず大学に通うニコルに物足らなさを感じたが素朴な笑顔がステキだった。

教授の過酷な指導がオーバーに描かれているが、ニーマンの体験は凄まじいものだった。主奏者に抜擢されて有頂天になったと思えば奈落の底に突き落とされる。フレッチャーの指導ぶりは凄まじくサディストかと疑う。ニーマンは練習時間が足りない、焦りをニコルにぶつけ、「偉大な音楽家になるためには君は足手まといだ」と別れを切り出す。愛なんか興味も持たない・とんでもないドラム至上主義になっていた!ニコルは呆れてニーマンの元を去る。

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ニーマンは全てをかけてフレッチャーの目指す極みに上ろうとする。コンクールの会場への途中の交通事故で重傷を負ったニーマン、無理して出場してめちゃめちゃな演奏して、教授から見捨てられて学校をクビになる。退学後、彼は匿名で訴えてフレッチャー教授は学校を追われる。

暫くしてニーマンはフレッチャーのピアノ演奏を目撃する。彼と話をする。フレッチャーの狙いは、最高の音楽院で学ぶ最高の若きミュージシャンを訓練してモーツァルトやチャリー・パーカーのような天才を育てることだった。今のバンドにいいドラマーがいないのでと誘われる。

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ラスト・シーンの9分間!
譜面台に置かれていたのは練習したことが無い曲だった。呆然とするニーマン。「何をしているんだ」とメンバーから言われる。フレッチャーの「チクったのはお前だろう!」の声、さあーどうする、ニーマン?
ニーマンはフレッチャーの制止を遮って「キャラバン」を演奏する。渾身の9分間!熱く次元を超えた演奏はやがてフレッチャーを納得させ、会場は熱気に包まれてゆく!

ラストの9分間は様々の恩讐を超えて高い次元での融合に上りつめたのだ。私たちに強烈な感情を煽りたてた!

監督・脚本 デミアン・チャゼル、
主演,ニーマン=マイルズ・テラー。フレッチャー教授=J・K・シモンズ
サンダンス映画祭グランプリ&観客賞、アカデミー賞・助演男優賞(J・K・シモンズ)


  1. 2015/05/15(金) 05:00:17|
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『2015年映画』「あの日の声を探して」(監M.アザナヴシウス。演ベレニス.ベジョ。アネット.ベニング5/9

『2015年映画』「あの日の声を探して」(監M・アザナヴィシウス。演ベレニス・ベジョ。アネット・ベニング 5/9

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第2次紛争のチェチェン(1999年)、ロシア軍の侵攻で燃え盛り瓦礫の山と化した街や殺害された農民。チェチェンは帝政ロシア時代から独立の意思が強く、南下するロシアと争ってきた。チェチェンの独立は現代までロシアは認めない。地下に眠る石油や鉱物資源の為、又、地下を通る石油のパイプの為と言われている。独立派の度重なるテロ。ロシア軍の報復の連鎖、チェチェンは荒廃しきっていた。

爆撃するチェチェンをロシア兵士が面白半分に撮っている。小型ビデオに映っている戦火の映像。「クソ!ブタ野郎!」罵詈雑言の呟きも録音されている。家々が燃えている。殺された人間の死体、そのビデオの映像がスクリーンに拡大化されて映る。
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目の前で両親を殺され、姉も殺されたと思った9歳のハジ(アブドゥル・カリム)は赤子の弟を抱いて逃亡した。子どもさえ容赦しないロシア軍の戦車の侵攻に怯えながら辿り着いた家の玄関に、泣く泣く赤子の弟を捨てた。9歳の子供では赤子の命を守りきれない。一人ぼっちになって放浪する。両親の死と弟を捨てたショックは大きく、ハジは声を失った。眉毛を8の字に寄せた顔は場面場面でいろいろな表情をする。道中、母親に乳を飲ませてもらった赤ん坊がニコニコしているのを見て涙を流し慟哭するハジ。
一方ロシアのある街で、ひとりの音楽好きの若者コーリャ(マキシム・エメリヤノフ)が、持っていたマリフアナのために警察に逮捕され、軍隊に送り込まれた。そこで理屈の通らない暴力の連鎖にあう。自殺者も出るほど暴行・暴力の連鎖は見ていられないほどの恐怖を感じさせる。音楽好きの気の弱い青年も異常な暴力と訓練で女子供でも平気で殺せる殺人鬼に仕立てられて、前線であるチェチェンの戦場に送り込まれてゆく。

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殺されたと思っていたハジの姉ライッサ(ズクラ・ドゥイシュビリ)が弟のハジと赤子を探している。人伝に、赤子が玄関に捨てられたと聴き探し当て末の弟と再会。後はハジだ。ハジは何処にいるのか?

国際赤十字の支部長ヘレン(アネット・ベニング)は急増した難民対応で不眠不休の活動をしている。(高等弁務官として活躍した緒方貞子さんを彷彿させる)姉のライサはヘレンに面会してハジの行方を尋ねる。一度ここへ来たが逃げてしまったこと、ライサに戦争で孤児になった子どもたちの面倒を見る仕事をしながら弟を探したらどうかと提案するが、ライサはハジの行方が気になると断る。

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EU人権委員会の職員キャロル(ベレニス・ベジョ)はチェチェンの悲惨の様子苛立っていた。ロシアの無謀な空爆と侵略で大量虐殺が行われ、無告の民が犠牲になっていることをEU本部で訴えたが、
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西欧諸国の反応が鈍いことに苛立っていた。自己の無力さを感じて赤十字のヘレンにも相談していた。

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キャロルは街で一人ぼっちのハジと出会う。難民孤児らしく彼の表情が忘れ難く声が出ないので自分の家に保護する。キャロルは「自分の手では大きなことは変えられないがせめて目の前の小さな命を守りたい」と思ったのだ。

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何も言えないハジがいつも寂しい音楽しか聴かないことに心を痛めていたキャロル、「もっと楽しい曲を聴いたら」と声を掛ける。ある時、ハジが見事なチェチェンの民族舞踏を踊っているのを目撃する。固唾を呑んで見守るキャロル。

(私はハジの舞踏を見ていて涙が出て仕方がなかった。チェチェン人の誇り・伝統を受け継ぐハジ、ハジの舞踏はいかなる迫害にも屈せず誇り高く生き抜くチェチェン人の不屈のたましいの表現だと思った。)

ライッサとハジの再会。
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チェチェンの戦場に送り込まれたロシア軍のコーリャ。兵士の死体から小型ビデオを取り出し、罵詈雑言を吐きながらあたりの風景を写してゆく。ファーストシーンに円環してゆく。戦争と虐殺は繰り返す?その下で感動的な人間の物語花開く。果たして「メビウスの輪」は粉砕出来るのだろうか?

*チェチェンの子供「ハジ」とロシアの若者「コーリャ」は問題の裏表である、どちらも無垢な若者であった。情況の違いによって大きく運命が変わる、と監督は訴えているのではないか。
*家族の絆を大切にするチェチェンの人々。過酷な情況の体験で声を失った少年が必死に生きようとする姿に感動した。

*監督・「ミシェル・アザナヴィシウス」(1967~仏パリ生まれ。)
2011年製作の「アーティスト」でカンヌ、アカデミーで多くの賞に輝く。主演のベレニス・ベジョは夫人である。
*ハジ(アブドゥル・カリブ・ママツイエフ)と姉ライサ(ズクラ・ドウィシュビリ)は現地チェチェン人から採用された。好演である。



  1. 2015/05/09(土) 20:28:27|
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『2015年映画』「私の少女」(監、脚チョン・ジュリ。製、イ・チャンドン出ぺ・ドゥナ、キム・セロン5/4

『2015年映画』「私の少女」(監、脚チョン・ジュリ。製、イ・チャンドン。出、ぺ・ドゥナ。 キム・セロン 5/1~
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韓国南部の田舎の港町を舞台に、孤独な女性警察官と一人の少女との出会いを、家庭内暴力・児童虐待・性的少数者・男性差別社会・外国人の不労就労問題など、様々な社会問題を交えて描いた。女性警察官を今や国際的女優「空気人形」のぺ・ドゥナ、少女を「冬の小鳥」のキム・セロン、監督を新鋭チョン・ジュリ、製作イ・チャンドンが作品を統括した。

キム・セロンは9歳の時、「冬の小鳥」で父に捨てられた孤児を不思議な存在感と情感あふれる演技で演じた。14歳の今、家庭内暴力と児童虐待にさらされる孤独で不思議な少女を演じる。天使と小魔女の境に揺らぐかのような妖しく妖精のような少女役のキム・セロン。

雑誌「ユリイカ」に特集が組まれるほどのぺ・ドゥナ(女優が組まれることは初めて!)、中性的な無表情の不思議な魅力のエリート警察官として妖精のような少女との魂の交流、「私の少女」はそんな映画だ。
チョン・ジュリは長編映画監督第1作、名プロデューサー=イ・チャンドンによって魂を鷲掴みにする感動作に仕上げられた。

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韓国の南端海辺の村に、ある理由で左遷されたエリート女性警察官ヨンナム(ぺ・ドゥナ)は家庭内暴力にあっている一人の少女ドヒ(キム・セロン)に出会う。ドヒは血のつながらない継父と祖母と暮らしていた。母はドヒを捨てて逃げていた。継父は酒を飲むとドヒに暴力を振るう。祖母も同様である。村全体が継父の暴力を容認している雰囲気である―実は過疎の村の貧しい経済が継父の力で何とか成り立っている――外国人労働者を使い漁業で村を支えていた、しかも闇での行為であり非正規労働、しかも不法滞在なのだ。
ある時、労働者たちは我慢出来ずに声をあげる。ヨンナムは公正を求めて取り上げようとするが村の利害と衝突。継父の児童虐待への村人の容認が重なって韓国社会の理不尽さが継父の行動に象徴されたかのように描かれている。

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ドヒは度々の継父の暴力に耐えきれずヨンナムに頼る。止むを得ずドヒを匿う。同性の少女との一緒の生活、少女の背中にある暴行の跡、風呂場のシーンでは憐れむかのように傷痕をさする。ヨンナムはエリート警察官だったが同性愛を糾弾されて田舎に左遷させられた。少女との2人だけの生活の危うさ、観客をハラハラさせながらドラマは進行する。
かつての相手が村に追ってきて、村人たちに左遷の事情が分かってしまう。継父を不法滞在の労働者への暴行で現行犯逮捕するが、逆に継父はヨンナムを児童性虐待で訴えた。
警察でのヨンナムへの事情聴取。ヨンナムに注がれる目は、男たちの眼=男性社会の権化みたいな警察という組織の眼だという事を見事に表現している。性的少数者(同性愛)への社会的差別の根幹を見た気がした。

さあー、結末はどうなってゆくか?

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「冬の小鳥」のキム・セロンの見事な成長!14歳の魔性の少女役、天使なのか小悪魔なのか?海岸の堤防で踊る姿は妖精のようだ。ヨンナムを救うための大逆転劇か!

若い警官に「あの子(ドヒ)は不思議なところがある。怪物みたいな訳の分からぬところがある」と言われて、ヨンナムは(自分たちが怪物と見られていることがわかり)引き返し、ドヒに「一緒に来る?」という。ドヒ、ヨンナムに抱き付く。

最後の「一緒に来る?」のシーンで魂を鷲掴みされたような感覚を覚えた。
心を閉ざしたエリート女性と心を砕かれた少女との心の出会い・孤独者どうしの心の触れ合いの映画である。


  1. 2015/05/04(月) 16:09:30|
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