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私の見た映画・美術・

映画・美術・イタリア旅行の紀行文の紹介です。

『音楽/美術/舞台/読書』「パスキン展」(汐留ミュージアム~3/29)1/30

『音楽/美術/舞台/読書』「パスキン展」(汐留ミュージアム~3/29)1/30

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ジュール・パスキン(1885-1930)は、私の中の記憶には淡く薄い色彩と軽いタッチの女性像がある。「エコール・ド・パリ」の一人でフジタやキスリング等が仲間であった。

「ミュンヘンの少女」(鉛筆、紙、1903年)
初期の作品、精緻な線描である。デッサン力に注目。
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汐留ミュージアムの「パスキン展」を見にいった。記憶の女性像のイメージを確かめたいと思ったことが心の隅にあった。
パスキンは1885年、ブルガリアで穀物商を営む富裕のユダヤ人一家に生まれた。親に反対されたがドイツでデッサンを学び、ドイツ表現主義などに接し1902年ミュンヘンで挿絵画家として売り出す。

<エルミーヌの肖像>1908年
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ドイツ表現主義の影響か、 しっかりとした肖像画で個性をしっかり捉えているが、後の20年代のパリ時代と違って線が固く柔らかみがない。モデルのエルミーヌは細密画家で自立した生き方をしていた女性。その生き方・性格が良く出ている。後に結婚し生涯の伴侶になる。

しかし、1905年本格的に油絵を描く画家になるためにパリに出ていく。
1次大戦前のパリ時代、パスキンの油絵研鑽時代と言われている。友人のアトリエを訪ねたりフォービズムの影響を受けたりした。彼はいつもデッサンをしていた。カフェで友人たちが談笑している中で一人デッサンしている姿の写真が残っている。後に「真珠母色の絵画」と言われた独特な画風を独自に確立していく。
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第1次大戦を避けてロンドン・ニューヨーク・フロリダ・キューバを転々とした放浪時代を過ごし、大戦後の21年、ヨーロッパに帰りパリのモンマルトルに居を構えた。

第1次大戦後の解放感に浮かれたパリは、芸術の都という自由な雰囲気に世界各地から芸術家たちが集まってきた。
この時の代表的画家をあげれば、シャガール(ロシア)モディリアーニ(イタリア)フジタ(日本)スーチン(リトアニア)キスリング(ポーランド)そしてブルガリアからパスキンである。彼らの多くがユダヤ人であった。この時代のユダヤ人は何かに追われるように自由を求めてパリに集まってきた。大戦後の解放感、芸術の都という自由なパリの雰囲気は外国人芸術家を魅了した。

彼らは親交し、影響し合い、享楽を甘受した。飲み、語り合い、愛し、創作をした。「エコール・ド・パリ」と呼ばれた。パスキンは「エコール・ド・パリ」の貴公子と呼ばれ、時代の寵児で作品は飛ぶように売れた。

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パスキンは24年頃から、薄い画布の上に筆をすばやく走らせ、軽いタッチで触れるように描いた。震えるような繊細な線と淡い真珠色のおぼろげな彩りの独特の画風。パスキンの画の到達点である。
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華やかな社交生活を送っていた彼はアルコール依存症や鬱病に悩む。友人の妻リュシーと不倫関係に陥り悩む。
1930年自死。(享年45歳。)
ドアに「さようなら、リュシー」と血文字で書かれていた。葬儀の時、パリ中のギャラリーは店を閉じて喪に服し、多くの友人・知人がパスキンの棺の後を列をなしたという。

パスキンの絵に、淋しさ・人生の儚さ・おぼろげを感じるのは私だけであろうか?


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  1. 2015/01/30(金) 13:50:46|
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2015年『映画』 「ジミー、野をかける伝説」(監督、ケン・ローチ。出演、バリー・ウォード1/25

『2015年映画』「ジミー・野を駆ける伝説」(監督ケン・ローチ。出演バリー・ウォード、
                          シーモーヌ・カービ    1/25

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舞台は1930年代のアイルランド。英国の巨匠ケン・ローチ監督が前作「麦の穂を揺らす風」(2006年)で描いた、アイルランド独立戦争その後の物語である。

実在のコミュニストの活動家、ジミー・グラルトンが主人公の物語。内戦から10年経った1932年、アイルランドにアメリカで暮らしていた元活動家のジミーが戻ってくる。故郷の村で年老いた母親と穏やかに暮らそうと思ってのことだった。
 
しかし英国連邦下の国として独立したアイルランドは、相変わらず貧しく若者たちは楽しみも希望もない生活を送っていた。ジミーは彼らから「文化ホール」の再開を懇願される。
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そこはジミーが若かった頃、労働者たちが集い、音楽やスポーツを楽しみ、歌い踊り、政治を語った所であった。今では廃墟のようなボロ屋になって放置されていた。

ジミーは若者たちと再建に取りかかり、かつてのような喜びに溢れた共同体が再現した。再び若者たちは集い青春を謳歌する。集団で踊るシーンが素晴らしい。若者たちのエネルギーと未来を感じさせた。
ダンスシーン①

しかし、時の権力者たちはその「自由な空間」を弾圧する。社会秩序の権威たるカトリック教会、進歩の仮面をつけた新政権、ファシスト化する大地主や資本家である。彼らは公安や警察を使ってジミーを拘束し、徹底的に若者たちを取締り、「自由のホール」を燃やしてしまう。
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この映画はストレートに支配・被支配の権力関係を描いたみたいだが、人間の描き方がヒューマンである。ジミーは革命運動の闘士というより、人間的な魅力に富んでいて人々から慕われる人間。かつて、文化ホールの活動で教会に睨まれ国を追われた。しかし、何も文化らしきものがないアイルランドの片田舎ではジミーのホールは伝説になっていた。若者たちは自由な場所を求めてジミーに「ホール」の再開を託したのだ。ジミーは再び立ちあがる。
神父は「文化ホール」が教会の権威を揺るがし、アイルランド社会の秩序を崩壊に導くと捉えて弾圧する。しかし、神父とジミーが全く相いれない関係として描いていない。神父はアイルランドの為に信念をもってカトリックの教えを守ろうとしてジミーたちと対立する。その対立のせめぎ合いが歴史だと言っているかのようだ。
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アイルランドの緑の大地が美しい。若者たちのエネルギー、朗らかな楽天性、ダンスを踊る時の躍動感、ジミーが追放されるのを禁止されながら追いかけてゆく若者たちのメッセージ! それは何時か自分たちが歴史を作るであろうことを予感させる。

ケン・ローチ (1936~英国の映画監督、脚本家)
一貫して労働者階級に視点をあてて作品を作ってきた。
「自由と大地」(1995年)でスペイン内戦・人民戦線・国際義勇軍を取り上げた。
「カルラの歌」(1996年)でニカラグアの内戦(1979~1989)が背景にある。
「麦の穂をゆらす風」(2006年)でアイルランド独立戦争を描いた。
「ジミー、野を駆ける伝説」(2014)アイルランド問題。

現代世界の断面を独自な視点で描いた作品が少なかった中で、私にとってケン・ローチは貴重な監督である。「自由と大地」を見た時、かねてから書で想像をふくらませていた「スペイン内戦・人民戦線」がリアリティをもって私の心の中で結実した。「麦の穂を揺らす風」はアイルランド問題の内実がわかってきた。
アンジェ・ワイダによって戦中・戦後のポーランド史が、テオ・アンゲロプロスによってギリシャやバルカン半島の現代史が、フィクショナルなドラマを通して愉しめることは有益かつ素晴らしい体験である。

  1. 2015/01/25(日) 14:30:53|
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『日記』 「イスラム国・日本人人質事件ーテロ関連、第2弾か?」 1/23

『日記』「イスラム国・日本人人質事件―テロ関連、第2弾か?」1/23

1月20日(火)
イスラム教スンニ派の過激派組織「イスラム国」とみられるグループが20日、72時間以内に身代金2億ドル(約235億円)を支払わなければ、拘束している日本人2人を殺害すると警告するビデオ声明をインターネット上で発表した。映像にはオレンジの服を着せられた男が2人写っていた。日本政府は昨年拘束された千葉市の湯川遥菜さん(42)と仙台出身のフリージャーナリスト後藤健二さん(47)の可能性があると見て確認を急いでいる。

1月7日の仏紙の襲撃テロ事件に次いで、イスラム過激派の攻撃が我が国にも及んできたのか?
今までイスラム過激派のテロの対象になるとは思いも寄らなかった日本人はビックリ仰天!日本を見る目が変わったのか?このところ安倍首相は世界を漫遊して「バラマキ外交」をやっているが、何をしているのだろう?
本年になって首相は中東訪問に出かけた。17日にエジプトで「イスラム国」対策をしている中東各国に2億ドルの支援を表明。これが後でとんでもないお土産になった。フランスでの襲撃テロの直後である。政情不安定な中東で「イスラム国」を名指して、攻撃する各国に大金2億ドルもの援助しょうと演説をした。

ビデオでは、安倍首相がエジプトで対テロ対策に2億ドルを資金提供するといった見返りに、日本人人質の身代金として2億ドルの要求をした。

<ビデオの映像に、字幕の日本の政府と国民へのメッセージ>
「日本の総理大臣へ。日本はイスラム国から8500キロも離れた所にあるが、イスラム国に対する十字軍に進んで参加した。我々の女性と子どもを殺害し、イスラム教徒の家を破壊するために1億ドルを支援した。だから、この日本人の解放には1億ドルかかる。それら、日本は、イスラム国の拡大を防ごうと、さらに1億ドル支援した。よって、この別の男の解放にはさらに1億ドルがかかる。」
「日本国民へ。日本政府はイスラム国に対抗するために、愚かな決断をした。2人の命を救うため、政府に2億ドル払う賢い決断をさせるために圧力をかける時間は72時間だ。さもなければ、このナイフが悪夢になる。」

英BBC放送は、安倍首相が安全保障分野を含む国際貢献で積極的な役割を果たすことを目指しているが、日本国内で反対意見が多いと紹介した上で、反対派の懸念が現実となったと解説した。BBCの解説のように、このところの「秘密保護法」「集団的自衛権・行使の閣議決定」という怪進撃がとんでもない結果を見たのである!
皆さん!これからは不用意に海外旅行なんて危険なことはやめましょう!今までのように何処でも友好とは限ませんからね!

ビデオ映像がのって以来情報が錯綜している。もともとイスラムの情報少ない。基本的な勉強不足。イスラム教・イスラム世界に歴史・国々の生活や事情も知らない。誘拐ビジネスや詐欺が横行しているという。72時間は刻々と迫ってくる、、、

安倍は「テロには屈しない」と「人命第一」と矛盾する言葉を交互に繰り返すのみ!
政府は米・英(テロには金は払わない)としきりに連絡を取っている。救出の為にトルコやヨルダンルートを探っているという。水面下のことは外からは解らない。

事件当初、安倍のイスラム国対策に2億ドル支援のカイロ宣言が非難された。敵にいい口実を与えたからだ。次に出てきたのが「自己責任論」ああ、あの自己責任論!2004年の自己責任論の悪夢の再来か!安倍非難は消えて、「自己責任論」の合唱が始まった。後藤健二さんの最期のメッセージにも痛々しくも「自己責任論がこびりついていた!

昨日、「日本外国人協会」での、中田幸氏・常岡浩介氏の緊急記者会見。藁をもすがる思いもあるけれど、政府は彼らの提言に耳を傾けたらどうか。

72時間が迫っている。
あのメッセージは政府だけではなく、我々国民へのメッセージでもあるんだ!
もし、最悪な場面が来たら、国民の世論はどう受け止めるだろうか?



  1. 2015/01/23(金) 06:32:04|
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『日記』 「フランス紙・襲撃テロについて」 1/16

『日記』  「フランス紙・襲撃テロについて」 1/16

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フランス週刊紙襲撃テロが起こったのが1月7日(水)正午(日本時間午後8時頃)。襲われたのが風刺週刊紙「シャルリ エブド」。イスラムの預言者ムハンマドを風刺するような絵画を掲載して、イスラム教団体から「侮蔑を受けた」と提訴されていた。イスラム過激派からも狙われていた。覆面をした2人組の男が銃を乱射、編集長や風刺漫画家や警官合わせて12名が死亡、8名負傷4人が重体になった。

欧州首脳は、言論や表現の自由を暴力で封じようとするテロ行為を非難。非難は世界各地に広がり、イスラム過激派を除いて主要な国の首脳が非難声明を出した。
フランス国内は「テロへの非難、表現の自由を守ろう」とのデモが日を追って広がり、11日(日)「テロ追悼」では、パリ120万~160万、全仏で370万の大衆が参加した。表現の自由への強い関心は西欧の市民社会の成熟を感じさせた。アジアなど他の地域では考えられないことだ。近代市民社会の形成過程において「自由」「独立」「人権」が如何にキーポイントだったかを表している。

今回、表現の自由を巡っての議論が高まるなか、自由と人種・宗教・民族・権力とはどういう関係を築くのかが改めて問われた。ナチのユダヤ人への大量虐殺で戦後欧州では民族差別には特別な配慮をするが、宗教・民族・権力に対しては敵対関係になる場合がある。風刺はもともと巨大な宗教権力に対しての闘いの歴史の中で、権力者の本質を突く武器となってきた。「自由・反テロ」のデモの熱狂さにそれが表れている。
ただし、日本のヘイトスピーチなどを考えると、絶対的な表現の自由などはあり得ず、「表現の主張」をする場合は民族・宗教・人権への尊重・配慮が求められると思う。

シャルリの風刺画がそんな価値がないとかの意見もあるが、シャルリは無神論イデロギーに立って宗教全般の揶揄を基本として、カトリックにも風刺の矢を向けている。ただ、宗教の尊厳を傷つけることは許されるか? 風刺の刃がイスラム教の尊厳を傷つけ、目的のエスプリやユーモアが効かない次元になっていたとしたら、憎悪を煽るだけのものになっていたとしたら、、、。

在仏500万人、在独400万人のイスラム人の移民がいる。嘗て西欧資本主義の発展のために労働力として受け入れた。今不況でお荷物になった。先住のフランス人やドイツ人が移民に仕事が奪われるとして排斥運動が起こってきた。この20年間のヨーロッパ映画のテーマのひとつが移民問題だ。イスラム過激派の再生産ルートに欧州の移民の若者たちが狙われているのではないか?

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11日(日)全土での「テロ追悼」パリ120万~160万人、全仏370万人のデモ。前代未聞のデモ!「表現の自由」への熱望の凄さに感嘆したが、
ちょっと待って下さい!
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各国首脳のデモ大行列―-オランド仏大統領やメルケル独首相もいるぞ!
「フェイクだ!フェイクだ!」(偽物・模造品)のネットでの指摘の声。撮影用・宣伝用の写真だとさ!何の為に?
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オランド大統領が14日仏軍主力空母「シャルル・ドゴール」の艦上で行った軍への新年の挨拶で「イスラム国への空爆にシャルル・ドゴールを参加させる」と表明。
14日、仏国民会議でバルス首相が「対テロ戦争」を宣言。ほぼ全員の議員が拍手で賛成、全員で国歌を熱唱した!

皆さん!「自由を守れ」「テロ非難」の370万人の市民の熱狂を「対テロ戦争」にもってゆく演出!
書いていてゾーとした。誰かが言った。「風刺画」はまさしく「熱狂」こそを描かねばならない。



  1. 2015/01/16(金) 21:59:23|
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『美術/音楽/舞台/読書』 「高松次郎 ミステリーズ/奈良原一高・<王国>」1/11

『美術/音楽/舞台/読書』「高松次郎 ミステリーズ」「奈良原一高/王国」
1/11(東京国立近代美術館―竹橋~3/1)

*「ブリジストン美術館のティールームにて」

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 お正月の或る日、散歩の途中に立ち寄って軽いランチを食べた。昨年に「ザ・クーニング展」を見に来て、お正月にも開いていることを知った。ざぁーと絵の方は見てティールームに座った。ハムサンドのセット。京都のイノダみたいな特別(めったにこういう表現はしない)な美味ではなかったが、美味しくいただいた。コーヒーがお代わり自由というのがいい。明るく上品な雰囲気、ほっとした気分になる。


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*「高松次郎 ミステリーズ」(東京国立近代美術館)
高松次郎は今まで見たことはなかった。ただ、「コンセプチュアル・アート」(作品の形より作者の思考や意図を重視するといわれている。)の一時期代表と言われたことがあり、名前だけは知っていた。竹橋の国立近美では高松次郎の回顧展をやっているというので出かけた。

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* 「影ラボ」
光源(光)をいくつか設定してその前に立つと影の形が大きくなったり小さくなったりする。又、影が複数になったりする。
(ここでは見物客の撮影が自由であり、私も手持ちのカメラでいろいろと実験した。)
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この実験で高松は何を狙ったのか? 
A 実際の事物、 B実体のない影、 二つを切り離して、その関係をいろいろとずらしてみることで、二つの関係がどのような可能性をもてるかを探る。だが、高松はそれを主観と客観と言い換えて、二つは一致するかと問う。彼の結論・「自己は外のものを十全に捉えることは出来ない」という。ものごとは人間の傷ついた認識によって汚されている。どんなに追いかけても辿りつけないのなら、主観は客観と一致出来ないのなら、アートの役割は「追いかける過程自体」を作品にすべきだ、と結論づけた。
高松は事物(実体)と影(想像)との関係に拘った。その関係式の中で現実世界を超えた「向こう側の世界」に踏み出すきっかけをつかもうとした。
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僕にとって抽象美術は作品を見るというより、アーティストの意図なり思想を考えることから始まる。簡単には解らぬから厄介だ。
高松次郎をはじめ戦後の抽象絵画のアーティストたちはどのような問題で苦闘したのか?
高松次郎の世界を見て、今までの「リアリズム芸術」や「絵画概念」を排除して自分なりの世界の創作に向かったのだろうと思った。ただ、ともすればわけのわからぬものと片付けかねない。それだけ理解が難しい。
<高松次郎>(1936-1998)
東京生まれ。54年芸大油絵入学。読売アンデパンダン展に出品。中西夏之、赤瀬川原平らとグループを結成、数多くのパフォーマンスを実践した。作品は抽象・反芸術的な色合いの濃いものが多かった。

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 *「奈良原一高 王国1958年発表」
 第1部「沈黙の園」(北海道のトラピスト修道院)
 第2部「壁の中」(和歌山県の女性刑務所)
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「沈黙の園」では、自ら求めて祈りと修養の道を歩む男子修道僧の生活を見つめる。
対比的に「壁の中」では法を犯して強制隔離された女性刑務者の日常。内実は違っても共に「閉ざされた壁の中の世界」。
外部と遮断された空間で「極限状況」を生きる人間存在を見つめるというテーマは、作者奈良原一高の優れた問題意識である。又、作品の構成力が尋常ではない。私は異なる2つの極限状況を対比させる構想力にひき付けられた。
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「強制隔離された生活・閉ざされた壁の中の世界」は、作者の内部にある疎外感、不安と虚しさを突き動かしたのである。2つの壁の中の世界を撮ることによって、我々を深遠なる世界に連れ出したのである。
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奈良原一高(1931~)
中大法学部卒、早稲田大学院美術史を専攻。
58年、個展「王国」で日本写真批評家協会賞新人賞。59年、東松照明、細江英公らとグループ結成。
作品に「ヨーロッパ・静止した時間」「ヴェネツィアの夜」





  1. 2015/01/11(日) 21:06:44|
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『日記』 「天皇の新年の感想について」 1/5

『日記』 「天皇の新年の感想について」 1/5  

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(シエナ.市立美術館.A.ロレンツェッティ「善政の効果」より)

平成天皇の「新年の感想」がネットで話題になっている。天皇に関しては自分の心の中でタブー視してきたきらいがあった。天皇制?昭和の歴史?ああ、嫌だ! ただ、「3・11東日本大震災」以降の平成天皇の言動が並の行動ではないかと感じていた。だが、ブログに取り上げることは、今まで何事にも反(アンチ)を自負してきた自己の立ち位置と一致しないと思っていた。

安倍政権の改憲への驀進に誰も太刀打ちできない現状、今政権にとって唯一邪魔なのが、アメリカのリベラル派と平成天皇だという、半ばジョーク&ブラックジョークが囁かれている現状ではブログに感想を書きたくなった。

平成天皇の「言葉」は
「最近の自然の災害に多くの人々が被害を蒙っていることへの言及で始まり、「東日本大震災」などの放射能汚染により住んだ土地に戻れず仮設住宅で4度目の厳しい冬を過ごす人々の身を案じる言葉を投げかけた。
 本年は終戦から70年という節目の年、多くの人々が亡くなった戦争でした。各戦場、広島、長崎の原爆、各都市の爆撃などで亡くなった人々が誠に多いものでした。この機会に、満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、今、極めて大切なことだと思っています。」

率直に「うーん」と唸ってしまった。「放射能汚染」という言葉は4年の歳月の風化か?最近は使われないそうだ。政権党は「福島を応援する」という言葉でお茶を濁しているのが現状だそうだ。
又、「満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び」と言う言葉は重要だ。関東軍による柳条溝の満鉄爆破事件から、「満州事変」なるものは始まったことは紛れもない事実だからだ。政府の公式見解でも「悲惨な戦争」と主語がない言葉であの戦争を語ることが多いそうだが、はっきりと「満州事変に始まるこの戦争」と主語を明確にして語っている。事実の歴史を本当に学ぼうという姿勢がある。
(歴史を学べばアジアとの関係は歴然と違ったものになる。真摯に歴史に向き合うものだけが真の信頼を得る)

ツィターに寄せたある人は、「天皇の言葉」の文章を「NHK]と「宮内庁」を比較して文章の段落の区切りにおいて、「NHK」の方がだらだらとしてしまりのない文になっているという。「NHK」の方はポイントの震災と戦争とのくだりは切れ目のない文になっていて、「満州事変に始まるこの戦争」が主語になっていない。「宮内庁」の方は明確に「天皇の言葉」の主旨を明快に伝えているという。

又、各紙が見出しで引用した天皇の「言葉」
「歴史を学ぶことが大切」(朝日)
「歴史学ぶことが大切」(日経)
「歴史学ぶこと極めて大切」(毎日)
「戦争の歴史学び考えること大切」(東京)
「日本のあり方考える機会」(読売)
「日本のあり方考えていくこと極めて大切」(産経)

どうですか?各紙の立ち位置がここにも出ているではありませんか!

いろいろな人のツィターを参考にさせて頂きました。有難うございました。



  1. 2015/01/05(月) 11:02:48|
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『日記』 「 迎春 」 2015年1月1日

迎 春

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*所要の帰りに京都に1泊。目的は京都国立博物館と東寺や三十三間堂の仏像。京博の「鳥獣戯画展」は人気で人が溢 れ「知新館」を見ました。陶磁、仏像,絵画、考古が面白かった。東寺の仏像は何時見てもいいです。
*白山雅成「生誕100展―1期」が始まった。ベニス・モロッコ・ナザレ・パリ・人物・静物。展示室開館15年を迎えた松永夫妻の労苦を思い、感迫まって涙が出てきた。。
*普段見ない抽象絵画、フォートリエ、デ・キリコ、デ・クーニング。ロートレアモンの「解剖台の上でミシンと雨傘が出会うように美しい」という美学。抽象美術が解ったとはいかなかったが、一歩扉を開いた感じです。
*映画「シャトーブリアンからの手紙」は「ブリキの太鼓」のドイツの監督が、ナチのフランス人への虐殺を描いた。命令を  拒否しても虐殺の加担に追い詰められてゆく独・知識人の苦悩を描いた。朝鮮・中国に加害の歴史を持つ私たちの問題でもあり、息をのんで見た。
*秘密保護法、集団的自衛権の閣議決定した安倍内閣は、選挙を経て、9条改憲・2016年7月の参院選に向けて踏み出しました。あの戦争は何だったのでしょうか!

本年もよろしくお願いします。
2015年1月1日

厳格なカノン
  1. 2015/01/01(木) 05:00:00|
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