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私の見た映画・美術・

映画・美術・イタリア旅行の紀行文の紹介です。

『2014年映画』「トークバック/沈黙を破る女たち」(メデア・プロジェクト主宰ローデッサ・ジョーンズ。映画監督坂上香3/29

『2014年映画』「トークバック/沈黙を破る女たち」(メデア・プロジェクト主宰ローデッサ・ジョ-ンズ
                         監督、製作、坂上香。
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「トークバック」とは「口答えする。言い返す。」とかのネガティヴな意味を持つが、ここではポジティヴな「声をあげる。呼応する。」とかの意味を持たせている。
米国のサンフランシスコを舞台に、HIV陽性者・元受刑者・薬物依存症者など、社会に見捨てられた女性たちが、演劇を通して自らの人生を取り戻す様子を描いたドキュメンタリー。「トークバック/沈黙を破る女たち」(坂上香監督。メデア・プロジェクト=主宰ローデサ・ジョーンズ:8人の元受刑者・女たちの群像劇)

映画の製作者は坂上香。10年前に米国の刑務所で終身刑の受刑者たちが対話を通して更生してゆく姿を追ったドキュメント「Lifersライファーズ 終身刑を超えて」の製作者。
坂上香はそれを製作してゆく過程で、当事者たちが「表現」をすることで自身が「変わってゆく」ことに注目した。世界各地の刑務所や司法機関が受刑者との多様な表現活動を行い矯正やセラピーの可能性を探っているそうだ。なぜなら罪を犯した人々は変容や回復を必要としているからだという。彼女はそこに「表現すること」が「自ら変わること」の素晴らしい人間の変革を発見した。その具体的なプロジェクトとしてアマチュア劇団「メデア・プロジェクト」の活動をカメラに収めた。
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劇団の創設者・演出家アフリカ系米国人女性ローデッサ・ジョーンズが1989年にエアロビックスの短期講師として刑務所に雇われる。雑談を通して知った受刑女性たちの人生は凄まじいものだった。
幼い頃から深刻なDVや虐待のなかで暮らし、成人してからも暴力の被害のなかにいた。
何故罪を犯すのか?それを本人が知る必要がある。自分の人生を取り戻すにはどうしたらいいか。社会もまたそのことを知る必要がある、と感じたローデッサは刑務所で演劇ワークショップを開始した。こうして、「メデア」(劇団名)は生まれた。
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映画は2010年「メデア」が上映した「愛の道化師と踊る」-HIV陽性女性の現実を描いた群像劇のドキュメンタリーである。
「メデア」の手法は「トークバック」(声を上げる)と、人々と「呼応する」である。登場する女性がつらい自分の過去の体験と向き合い、絞り出すように「声を上げる」のである。トークバック出来るまで主宰者ローデッサは問いかけたり、揺さぶったりして待つ。悲惨な過去を持つ者は自身の過去と対峙して絞り出すようにトークバックする。最後に劇場で自己自身を演じる。(ここまでの内面のプロセスは外からは想像するしかない)感動は会場の観客はもとより一番感動しているのは自己自身である。悲惨な過去に向き合いそれを総括し終えた自分に対する自信みたいなものを掴んだというか、、、
登場する8人の出演者。

* 「デボラ」(アフリカ系米国人、HIV 陽性を20年前に診断)
「私の血」 (デボラの詩)
私の血 祖先の血 
祖母は 白人の農園で 奴隷として働かされていた
祖母は 洗濯やアイロンがけを 黙々とこなした
日が昇る頃から日が暮れるまで
祖母は 身を粉にして働き
家主が死んで ようやく解放された

母も 幼い頃から 綿花畑で働かされた
自分の靴や服を 揃えるために
稼ぎはー山たつたの20セント
これが私に流れる 強い女たちの血

私はHIVに感染した
でも 私には 曾祖母 祖母 そして母から受け継いだ
強さがある
耐え難い日もある
だけど 生きる使命を感じる
悲しい時も 楽しい時も 怒りを感じる時も
私はHIVと生きる

「奴隷」が単なる歴史的事実ではなく、彼女にとって身近の私的な歴史であることがわかる。
HIVと奴隷という、一見関係のない事をつなげることによって、祖先への敬意が彼女を支えているのである。
主宰のローデッサは彼女の詩を誉めた上で、さらに課題を出す。「女系の祖先の名前を調べあげ、具体的な名前を挙げてみるべきだと。そうすることによって、デボラの祖先に対する気持ちや彼女たちとの見えない関係が、より身近に観客にも伝わってくるはずだ。」と。
ある日、ローデッサが口火を切る。
「彼女の母親が10代の頃、性暴力に会ったことを話し出す。近所に住む白人男性、彼らはリクリエーションの一部であるかのように、彼女の母親を輪姦した。母親はそのことを誰にも話さないで大人になった。父親や叔父たちが彼らに仕返しをする、もし加害者を殺したら、死刑になるかも知れない、と自分のせいで迷惑をかけたくないと沈黙を守った。」と。
皆はローデッサの話を聞きながらうなずいていた。そして性暴力の話が次々と語られていった。
デボラは11歳の頃、叔父に性暴力を受けていた、叔父は彼女にクスリを与え、一緒にハイになって彼女のふとんに潜り込んできた。デボラは何をされたかわからぬまま「シー、誰にも言うな」と脅迫された。そのことを誰にも言えないままにクスリを多く飲むようになり、強いクスリへと依存症になっていった。デボラにはもう一つ話がある。
デボラには姉がいて最近亡くしている。死因はHIVによる肺炎、姉とデボラは感染経路が同じであるという衝撃的事実が明かされる。当時、姉と同じ男性と関係を持っていた。姉が感染したと聞いて「もしかしたら私も」と思ったの。
デボラは薬物依存症である。刑務所と薬物依存者の回復施設を何度も行き来きした。クスリのためや生活のため長年娼婦として路上に立った。姉も同じ。感染源の男性は売春の仲介者、仕事を通して知り合った。彼と性交渉を持つのは仕事の斡旋や守ってもらうための、見えない掟だった。
舞台の本番では、デボラの「私の血」は「私はあなたに生かされている」に変わった。ローデッサの問いかけ、1年余のリハーサルや仲間との時間、そして自らの手と声によって。

「私はあなたに生かされている」 デボラ・レネー・キング
カデア・ダイス あなたが 私に力をくれる
レディー・ホワイト 私には あなたが聞こえる
アイリーン・ジェファソン 私には あなたが見える
タイニー・ジェファソン 私は あなたの気配を感じる
ロージ-・ウィリアムズ 私には見える力をくれるあなたの姿が
ドロシー・ジェファソン 私は感じる あなたの存在を
レジーナ・キング・ディックス 1962年に陽が昇り2009年に沈んだ
姉はAIDSによる肺炎で他界
私は あなたに生かされている
姉よ 私はあなたを愛している

* カサンドラ。薬物依存、売春、窃盗などの犯罪を重ねてきた。1990年、刑務所でHIVの感染を告知される。「HIVだ  から自分に価値がないと10年以上思ってきた。娘にやっと告白できた。」

* マルレネ(オーストリア)家族にカミングアウトするのに長い間心の重荷だった。「告白に3年もかかったのは強い  恥を感じていたからだ」
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トークバック セッション(上演後の観客と演者とのやりとりの場)
3月22日午後渋谷のイメージフォーラムでモーニングショーがあった。映画「沈黙を破る女たち」の初公開日である。映画の終了後「トークバック セッション」に監督、坂上香の挨拶と体奏家新井英夫のデモストレイションが行われた。体奏家のデモは初対面の観客の心をほぐし会場を打ち解けさせるマジックを持った。トークで観客の1人の女性の発言、2人の子供がいる。しかも8ヶ月の子供を預けてきた。四国のX?から飛行機で会場へ来たことを語りながら感極まって嗚咽した、、、監督も感極まる!「トークバック セッション」の一例を観た想いだった!
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  1. 2014/03/29(土) 22:20:42|
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『2014年映画』「あなたを抱きしめる日まで」(主演、ジュディ・デンチ。スティーヴ・クーガン)3/21

『2014年映画』「あなたを抱きしめる日まで」(原作マーティン・シックススミス。監督スティーヴン・フリアーズ
          出演ジュディ・デンチ。スティーヴ・クーガン)3/21

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50年前に生き別れた息子を探す旅に出た主婦フィロミナ。同行するのはBBCの元特派員
で政府の広報担当をクビになったマーティン。50年前に生き別れた息子は何処でどうして
いるのか?息子を探し出せるか? 2人での息子探しの旅が始まる。映画は単なる息子探し
の旅に止まらない思いがけない展開をしてゆく。
演じるは英国の大女優ジュディ・デンチ。脚本・製作も務めた共演者のスティーヴ・クーガ
ンの2人。

かつて英国のBBCの特派員から労働党政権の広報官を務めたマーティン・シックススミス
(スティーヴ・ク-ガン)、事件に巻き込まれて失職、再起をかけてバカにしていた母子物
の取材を始める。アイルランド出身の主婦フィロミナ(ジュディ・デンチ)が10代の時、
未婚で妊娠。親からは堕落した娘としてマグダレン修道院に預けられ、カトリック教会は中
絶を認めず堕落した娘として修道院で分娩。同じような境遇の娘と共に母子の保護と引き
換えに奴隷労働をさせられていた。息子が3歳の時強制的に養子に出されてその後50年間
忘れたことがなかった。その息子を探す旅である。
2009年に出版されベストセラーになったノンフクィクション「フィロミナの物語」(マーテ
ィン・シックススミス著)が原作である。

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* 「マグダレン修道院」(「マグダレンの祈り」<2002>という映画で告発している)改心したマグダラのマリアから名付けた。孤児やレイプの被害者、婚姻外の子供を持った女性を「堕落した者」と名付け、修道院に一生閉じ込め洗濯部屋(汚れたものを白くする)で働かせた。
アイルランドでは1996年まであった。中世ではなく現代20世紀の話だ。アイルランド政府が人権侵害・国辱だとして謝罪した。

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2人で修道院を訪ねると、養子の書類は火事で焼失のためわからない、との返事。しかし何
か雰囲気が怪しい。マーティンが夜地元のバブで飲んでいると「火事はない、嘘だ」「書類
を燃やしていた」という。証拠を隠滅していたのだった。何で燃やしたのか?
驚くべきことに息子は米国の金持ちに高額で売られていた。人身売買で修道院の生計を立
てていたことがわかる。

映画はフィロミナとマーティンが息子を探し追求してゆく「推理もの」の形式をとる。
マーティンが人脈を使って調べると息子は米国に行ったことがわかる。2人は米国に渡る。

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フィロミナは初めて飛行機に乗る。「珍道中」のコミカルな会話やギャグ。フィロミナは思
ったことを何でも屈託なく喋ってマーティンと初めはチグハグ。しかし、だんだんとインテ
リの頭の固いマーティンと打ち解けていく。

シリアスな内容なのにコミカルなギャグや下ネタの言葉が飛び出すフィロミナの台詞。映
画の基調の見事な転換である。シリアスなテーマを楽しく勇気を与える映画を作ろうとい
う狙い。実はスティーヴ・クーガンは英国の有名なコメディアンである。彼は作品の脚本に
も参加、台詞をコミカルなものに作り替えた。(コメディアン特有のクサイ芝居は排除しな
がらも)相手役は天下のデンチ様! フィロミナはテレビとロマンス小説好きの可愛らし
い庶民の田舎のお婆さんという設定。天真爛漫に喋りまくる。どんな苦しいことがあっても
笑いを忘れない人間だ。
一方マーティンは名門校出身の庶民を見下したところがあった。はじめ2人はチグハグ珍
道中を重ねる中で、だんだん打ち解けてゆき彼のスノップが正されてゆく。ジャナーリスト
として挫折していた彼がデンチお婆さんに癒されて人間として再生してゆく物語である。

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マーティンがさらに調べていくと息子はマイケル・ヘスという人でレーガン政権の法律顧
問だったことがわかる。優秀で大学―弁護士―共和党の法律顧問と順調に歩み、BBC特派
員時代のマーティンに会っていた。残念ながら1995年40歳でマイケルは亡くなっている。
息子の死を知ったフィロミナは泣き崩れ、マーティンが抱きかかえる。
フィロミナが「子供はいないの?」と聞くと、「いない。彼はゲイだった。」「あなたの息子
はゲイでエイズに罹って亡くなっている。」死ぬまでエイズは秘密にしていたという。

* レーガン政権(共和党)はエイズに対して全く対策を取らないばかりか、薬の認可・研究もさせなかった。共和党を支えたキリスト教保守と言われる「福音派」(プロテスタント)が、「エイズはゲイに与えられた神の天罰だ」と信じて封印していたことが原因だとされる。
* 息子は生前、レーガン政権下で自分がエイズになりながら偏見のためにエイズと闘うことが出来なかった。母親である自分も偏見の犠牲になって子供が売られてしまった。親子2代キリスト教の厳しさや偏見に苦しめられた。しかし、彼女はそれでも信仰を捨てないのである。
* この映画はキリスト教の非道を攻撃糾弾するものではない。本人、息子親子二代にわたってキリスト教に迫害を受けてきたといえるが、フィロミナの信仰は揺るがないのである。修道院の当時の監督官の修道女が車椅子で生きていて、相変わらず”あなたの淫らな行為が問題なんですよ!と決めつけているのを、フィロミナはそういうあなたを赦すというのである。両者の人間的価値の違いが鮮明になる。

フィロミナは問う。
「私の息子マイケルはどういう人間だったか。息子はアイルランド人だということを知っていたか。私のことを知ろうとしたか。」それをぜひ知りたいと思う。
(このシーンは嗚咽をこらえて見ていた)

息子の友人に会いに行き、旅はなお続く。

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フィロミナの切実な問い、マイケルが故郷のアイルランドを知っていたか?母の私に会いたいと思っていたか?
マーティンがインターネットでマイケルの写真を見ていて思わぬ発見をする。マイケルがケルト族のハープの形のピン(アイルランドのシンボル)を胸に刺していた。(胸がいっぱいになって画面がかすんで見えた)母親が思うように、子供も思って恋焦がれていたのだ。

旅は出発点の故郷のアイルランドに帰ってきた。

* 監督スティーヴン・フリアーズ。(1941~ユダヤ系英国人の映画監督)
  ケンブリッジのトリニティ・カレッジで学ぶ。「ヘンダーソン夫人の贈り物」(2005)「クィーン」(2006)

* スティーヴ・クーガン(1965~アイルランド系英国人の多才な俳優、コメディアン、脚本家、製作者。)
 1995年コメディシリーズ(テレビ放送)「アランパートリッジ」で人気を博す。
 英国のトップクラスのコメディアンとして活躍。シリアスものにも手を広げている。
 本作では相棒のマーティン役、脚本、製作にも携わって彼の企画が映画を主導した。現代英国で最も期待
 されている俳優。

* ジュディ・デンチ(1934~アイルランド系英国人女優。)
 英国を代表する舞台・映画俳優、シェイクスピア俳優、舞台・ミュージカル俳優、007出演俳優(ボンドの上司M役)。6 回オスカーにノミネートされエリザベス1世役の「恋におちたシェイクスピア」アカデミー助演女優賞に輝いた。
 多くの舞台、映画に出演、我々は還暦を過ぎて出演した映画でしばしばお目にかかっている。

@山崎努「俳優ノート」から
「ジュディ・デンチは自分にとって特別の女優――演技者である。
20数年前、初めて彼女の演技を観たときの衝撃は今でも忘れられない。あれが無かったら自分は別のタイプの俳優になっていたかもしれないと思う(ロイヤル・シィエクスピア・カムパニー東京公演、「冬物語」のハーマイオニーが、着せられた不貞の罪が事実無根だと主張する長ぜりふを、ジュディはすさまじいスピードで一気に吐き出した。多分途中で息つぎをしているのだろうが、それが分からない。一気にエネルギーが噴出する。少なくとも七,八行は間違いなくノーブレスである。そのあと素早く腹に空気を入れるのだろうが、この息つぎが観客には全く分らない。だから長いせりふを一息で言い切ったように感じるのだ。舞台中央に微動だにせず立ちつくすジュディ・デンチの身体から、絶え間なく延々と溢れ出るエネルギー。鳥肌が立つような感動だった」

俳優が俳優を鳥肌が立つような感動を与える、とは凄いの一語に尽きる。


  1. 2014/03/21(金) 21:37:22|
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『2014年映画』「RAIL WAYS 愛を伝えられない大人たちへ」3/7放映。3/16

『2014年映画』「RAIL WAYS 愛を伝えられない大人たちへ」3/7放映。3/16
          (出演、三浦友和。余貴美子。小池栄子。吉行和子。制作、阿部秀司。監督、蔵方政俊。
           脚本、小林弘利。ブラジリィー・アン・山田)

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⑴はじめに
電車とか船とかの乗り物に対するブームがある。身内のTくんの電車への思いれは新幹線から始まって私鉄の電車・貨物・工事車へと興味が広がった。大宮の鉄道博物館・名古屋のリニア鉄道博物館へ。蒸気機関車に乗りに秩父まで行った。Tくんの引率を通して「電車少年」とか「電車女子」と呼ばれた趣味の世界・愛好者の世界があることを知った。
* 以前ふとした機会から乗ったQ2(客船)から<船>の愛好者の存在(薩摩の人に多い、=昔、海軍)を知った。又、戦前の父の時代の飛行機ブーム、これも同じである。
「電車少年」にとって地方鉄道の電車――昔大都会を走っていた旧型の車両が今でも現役として活躍している――はこの上もない愛好の対象である。
今回、「RAIL WAYS」をテレビで見てふとそのような感想を持った。

映画「49歳で電車の運転士になった男の話」に続く地方鉄道の物語、「RAIL WAYSシリーズ」第2弾「愛を伝えられない大人たちへ」。富山地方鉄道を舞台に、1ヵ月後に定年を迎える運転士の夫とこれからの人生に思い悩む妻を描いている。
第1弾「49歳で電車の運転士になった男の話」は見ていないので、本作だけに限定して「熟年離婚」「定年後の夫婦の在り方」について考えてみたい。

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⑴ ストーリー
地方鉄道の運転士を35年間無事故・無違反でやってきた滝嶋(三浦友和)は、定年後どうするかなかなか決まらない。会社からは嘱託で運転士を続けてもよいといわれていたが、なかなか決心が着かなかった。
定年後取りあえず海外旅行でもと、パンフを妻佐和子(余貴美子)に差し出すと、
妻「仕事がしたい、働くことに決めた、今日面接に行って決めてきた。」
夫「何が仕事だ、何回も話し合って納得しただろう。何で蒸し返すのだ!」
妻「ちゃんと話し合ったことは一度も無いんよ。あなたには感謝しているけれど、(パンフを持って)こういうことでは無いんよ。あなたの勤めが終わったら、私は働きたいと思ってんよ。これからは自分のために使いたいんよ。後で後悔するような生き方をしたく無いんよ。」
夫「この年になって何で働かなければならないのか? 何が不満か?」
電話のベルで会社から緊急の呼び出しで滝嶋は会社へ出かける。

仕事が終わり家に帰ると、妻はいない。携帯に掛けても通じない。
朝、娘婿やお産のために入院中の娘麻衣(小池栄子)問い合わせたりするが、妻の居所をつかめない。
妻佐和子と娘麻衣との携帯でのやり取り。
「母さんね、家出たのよ」
「え!」
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⑵ 映画の展開・問題点
* 定年後の過ごし方の夫婦の問題がここに出ている。夫は定年後妻と海外旅行でもして妻に寄り添って生きたいと思っている。従来の日本の男たちに多い考えだ。特に専業主婦だと夫婦共にこういう考えで落ち着く。
* ところがこの映画の妻佐和子は夫の定年後は、「自分の人生は自分のために使いたい。」
「後悔するような生き方をしたくない。」と考え、夫が聞く耳を持たぬと見るや一気に家出
して自立してしまうのだ。
(佐和子が結婚前に看護師をしていた。母の看護を忙しくて看てやれなかった。自分の定期
健診で癌の疑いの2次健診に引っかかった。それがきっかけでいろいろ考えた。幸い癌の疑
い晴れたがその時考えたことからの決断だった。)
* 男の方では一瞬、理解不能に陥る。妻が言う人生観なぞ想像もしていなかった。だから
映画の場面のように「出てゆけ!2度と帰ってくるな!」となってしまう。
主人公は一般的な頑固で不器用な日本の親父を代表している。会社でも35年無事故・無違反の運転士、運転士の鏡と言われている。新人の研修指導での指導によく主人公の性格が出ている。
妻のこのような考え方は従来の夫の発想では理解は無理である。妻はこれからの自分の人生は従来の家庭の枠を超えたところにあると見ている。夫の42年間の運転士生活の大変さと同様な重さを持っている。2次健診で癌の疑いが出た時いろいろ考えた。彼女の決断は己の生死を賭けたものだ。
* 結婚生活とは何だったのか?寿退職。出産退職。子育て退職。社会の未発達性の問題もあるが、それぞれの曲がり角で育児のために女性は退職を余儀なくされる。夫婦が互いの仕事についてどう思っているのか、家庭をどう築いていくか。2人の、そして各々の人生をどう考えてゆくかが問われたのだと思う。
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* 映画は夫が妻の仕事や生き方を理解して行き、夫婦の再生を見出してゆく物語となる。と同時に夫自身の「再生」の物語でもあるはず。(ここは弱く、平凡なありきたりな映画で終わっている。)まあ、普通の展開で、真面目な日本の典型的な「親父」が妻の仕事の大変さを認識してゆき新たな出発をしてゆく話になってゆく。
* この映画に欠けているのは、
① 妻が子供を育てながらも生涯共働きで仕事を続けてきて定年後の在り方。
②夫が正規雇用の労働者ではなく非正規・低収入(あるいはリストラ体験者)で、妻も共働きしなくては生活が成り立たぬケースの場合だ。このケースが最近増えている。
ここでは一般論の領域で論を進める。

佐和子は末期がん患者・信子(吉行和子)の在宅医療の看護師を担当する。自分の母(末期癌)の時、母は在宅で終末期を迎えたいという希望だった。自分の方が忙しくて叶えてあげられなかった。これを償うのが佐和子の仕事をやる原点である。
終末期の患者の在宅医療の看護・看取りは高度の専門性を要する。結婚・子育てのために看護師を退職、20数年のブランクでは出来るかという議論もある。映画では仕事の困難さを乗り越えてゆく佐和子の情熱・一生懸命さが描かれる。
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元上司(米倉斉加年)と同期(岩松了)が宇奈月温泉で退職の祝う会をやってくれる。その席で「この先の人生は長いぞー」いわれる。妙に実感のこもった言葉だ。退職後の人生の長さ(10年、20年、30年の時間の流れ)、この映画のテーマが元々その時間の過ごし方を巡っての話だった。

富山地方鉄道が舞台である。電車が元西武レッドアロー号5000系とか、元京阪3000系のカボチャ電車などが使われている。新人運転士が所沢出身なのに何故富山に来たのかと問われて、「子供の頃、レッドアローに憧れていたので、運転するのが夢だった。ここで運転出来るなんて夢のような話ですよ」「鉄道男子」や「鉄女」にとってそれほど夢の電車に拘るわけだ。

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主人公定年の日、主人公の最後に運転する電車が富山平野を走る。妻、娘、同僚たちがそれぞれの場所で見送る。電車が走る富山平野は主人公35年間の思いでの詰まった風景であった。

 
  1. 2014/03/16(日) 17:41:17|
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『2014年映画』「家族の灯り」(監督オリヴェイラ。出演マイケル・ロンズデール。クラウディア・カルディナ―レ。ジャンヌ・モロー)03.12

「2014年映画」「家族の灯り」(監督M・D・オリヴェイラ。出演マイケル・ロンズデール。
               クラウディア・カルディナ―レ。ジャンヌ・モロー。
               レオノール・シルヴェイラ。リカルド・トレパ。  03.13

家族の灯り

100歳を超える現役最高齢のポルトガルの映画監督M・D・オリヴェイラ(コロンブス・永遠の海).90歳を超えてからは毎年1本のペースで発表している。ポルトガルの作家R・ブランダンの戯曲を映画化した。

物語は、ヨーロッパの或る港町で、失踪した息子を待つ家族の話である。盲目的に息子を溺愛する母、置き去りにされた悲しみにくれる息子の妻、知り合いの会社で帳簿係として働き慎ましく暮らす父。
映画の冒頭、港で海を見ている若い男のショット。8年ぶりに帰ってきた息子は海の向こうに何を見つめていたのか?
貧しいながらも真面目に細々と暮らす老父母の生活、それを罵倒する息子。貧困から抜け出す為には反社会的行動も厭わない息子。

聖書の「放蕩息子の帰還」によったものと思われる。
(2人の息子の内、弟が財産の分け前を要求、父はこれを許し財産を分け与えた。弟は遠くの国へ旅立ち、放蕩をして財産を使い果たした。自分が悪かったと弟は悔いて国に帰り父に謝った。父は赦して迎え入れた。不満の兄を父はたしなめる。「自分の罪を悔い改める者を赦す」聖書にある。これがキリスト教のテーマ。)

映画の展開も同様の結末になってゆくが、キリスト教と無縁な人間にとって今一つ分かり得なかった。

老父の家、部屋の中で物語は99%展開する。演劇の舞台を見ているようであり、眠くて仕方がなかった。家の様子はレンブラントの絵画的雰囲気であり、名曲が奏でて一層雰囲気を盛り上げている。シベリウスのヴァイオリンコンチェルトは誰か巨匠が弾いているかの様な巧さだった。。
「楽園からの旅人」の老神父を演じたロンズデール。老母役がクラウディア・カルディナ―レ、友人にジャンヌ・モロー。往年の名優を揃えて映画を作り上げているが、私には感心しないのです。
    


  1. 2014/03/12(水) 19:09:46|
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『日記』 「山崎努の<俳優ノート>」 03.06

『日記』 「山崎努の<俳優のノート>」 2014.03.06

ギリシアの映画監督テオ・アンゲロポリスのことを調べていて、作家で彼の映画の日本語字幕者・池澤夏樹が山崎努の「俳優ノート」を誉めていた。手に取って読みだすとたちまちひき付けられた。他にやることがあったので寝る前に毎日少しずつ読んだ。俳優の稽古ノートである。何が引きつけるのか。他に類書がない。私が引きつけられたところは、山崎努が演じるリア王に己のテーマをぶつけているところである。作品と己のテーマの二重性に面白さがあると気がついた。

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⑴ こういう文章がある。
「この劇を自身の問題として追求すること。
40年も俳優業をやっているのだから、何でも出来る。肝心なことは、何のために演技をするか、なのだ。
演技すること、芝居を作ることは、自分を知るための探索の旅をすることだと思う。役の人物を掘り返すことは、自分の内を掘り返すことでもある。そして、役の人物を見つけ、その人物を生きること。演技を見せるのではなくその人物に滑り込むこと。役を生きることで、自分という始末に負えない化けものの正体を、その一部を発見すること。」
これは俳優修業だけの課題ではない。何でも当てはまることではないか。例えば私自身映画を見ている。それを時々ブログに書いている。映画の中に私自身が求めているテーマを探している。出来れば発見し文章化したいものだと思っている。
この山崎努の文章、その先にある「リア王」、それらを全部私が見て、私自身も同じようなテーマをぶつけて読んでいる。先行する2つの作品を私自身のテーマによって切り取ってゆく。これが巧くゆくか?まあ狙いとしてあると言っておこう。

(2) 「リア王」1998年1月~
  新国立劇場・こけら落とし公演。原作、W・シェイクスピア。演出、鵜山仁。訳、松岡和子。
、 リア王・山崎努。道化・高橋長英。グロスター伯・滝田祐介。エドガー・渡辺いっけい。ゴネリル・范・文雀。    リーガン・余貴美子。コーディリア・真家留美子。

(3)捨ててゆく男・リア王
リアは捨てて行く男である。リアの旅は所有しているものを捨てて行く旅である。領地を捨て、王冠を捨て、血縁を捨て、衣服を捨て、正気を捨て、世を捨て、丸裸になり、果ては命も捨てる。
<俳優・山崎努>
自分は、余分なものを捨てて身軽になろう、と思い始めていた。そこにリアが現れた。リアとともに捨てて行く体験をしたいと彼は思った。自分自身の問題として「リアの旅」を生きる。(ここから俳優としての展開)
やがてリアと自分との違いが浮き彫りになる。リアのキャラクターが見えてくる。山崎努の中でリア像が構築されてゆく。
<自身・私> 捨ててゆくことは老人の普遍的課題でもある。自身にとっても同様な課題である。山崎さんに学ぶ、リア王に学ぶ、台本の中に自分自身を重ね合わせてゆく。つまり、三重の構造になっている。最終的に自身が捨てることはどういうことかが見えてくるかが課題になる。

(4)リア王は捨て行く旅の果てに何を発見するか?
嵐の中ででずぶ濡れになっている道化に憐れみを感じるリア。「宿無しの貧乏人」に想いを馳せるリア。裸一貫の惨めな者たちはどうやってこんな悪天候から身を守るのだと想いやるリア。あの唯我独尊の我がままのリアが、他者への憐れみが出てくるのだ。不幸に打ちのめされているグロスターを励まし、「他者」を発見して行くのだ。そして人間存在の悲惨、不可解を知る。
愛した末娘コーディリアとの再会、謝罪、血縁を超えた愛。リアは悟り得た。捨てて行く旅の果てに掴んだ「悟り」であった。
山崎努さんは次のように言う。
「我々、日常の損得勘定の中で生きる者は、リアのように激しく唯我独尊を持つことはない。しかし同時に、リアのように激しく純粋に他者を発見することもない。」
これを読んでいる私自身、行間に浮かぶ劇の「リア王」を想像を巡らすしかなかった。
 
(5)初めの方に山崎努さんの演劇観が書かれている。
松岡和子訳の特長は、シンプルに日本語に移すことで、せりふのダイナミズムを作り出している。言葉を味付けしていないから、「飛躍」が出来るのである。
感情の沼に溺れ込んで、ぬくぬくべたべためそめそと、まるで羊水の中に留まっているような自己充足的感情お化け芝居とは、対極的な位置にあるシェイクスピアには適した訳である。
感情的お化け演技とは正反対の「爽快な」演技の一例として、ロンドンで目撃したロルカ「ベルナルダ・アルバの家」の一場面。
怒り狂った人物が一人、舞台を歩き回っている。その怒りの対象である相手(目上の人)がいつも坐っている椅子にふと気付く(当の相手はいない)。いきなりその椅子に唾ツバを吐く。
一回、二回、ちょっと間を置いて三回、そして三回目を吐くやいなや、ポケットからハンカチを取り出し、手際よくそれを拭きとる。
つまり、最初の一発は衝動的な怒りから、二度目一寸複雑で、未だ充分解消されていない怒りと、自分の行為をばかばかしく感じる冷静さとが入り混じっている。三度目の唾は、どうせこのあと拭くのだからついでにもう一発、というものだ。
この一連の演技の所要時間は4,5秒。あっという間のフラッシュ的演技。だが、各々の唾のニュアンスは的確に表現されていて、鮮烈に客を刺した。もちろん拭き取るところで観客は爆笑。激情と冷静、そしてユーモアが素早く交錯する見事な演技だった。

私自身も「感情的お化け」な文章を書かないように自戒してゆかなければならない。



  1. 2014/03/05(水) 10:23:00|
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2014年映画「小さいおうち」(監督山田洋次、原作中島京子、出演松たか子、黒木華、倍賞千恵子3.01

『2014年映画』「小さいおうち」(監督山田洋次。原作中島京子。出演松たか子。黒木華。倍賞千恵子。妻夫木聡)

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戦前、東京郊外の赤い屋根の家で女中奉公していたタキ(黒木華・倍賞千恵子)が亡くなった。ひとり暮らしの質素な生活で、わずかな遺品の中に大学ノートがあった。それは彼女が書いた自伝だった。親戚の青年健史(妻夫木聡)の勧めで書いたものだった。健史は自伝を読むうちに、赤い屋根の家庭の物語に興味を持つた。

物語はタキが亡くなった平成の現代の物語と、昭和10年代の東京郊外の家での物語がカットバックされて展開する。

昭和の10年代、タキは雪国の山形から東京郊外の赤い屋根の平井家の女中奉公(お手伝いさん)に上がった。平井家は玩具会社の重役雅樹(片岡孝太郎)と妻の時子(松たか子)恭一坊ちゃまの3人の家庭だった。

関東大震災の復興から、西洋文化と日本文化が入り交じった和洋折衷の大輪の華を咲かせた昭和のモダンが東京に流行した。赤い屋根の平井家でも扉や窓にステンドグラス、洋間には蓄音機、煙草セット、紅茶カップ、陶器の西洋人形が置かれた。モダンに着飾り、髪にウエーブをかけた美しい時子夫人は家で紅茶を味わうひと時が好きだった。田舎から出てきたタキは時子夫人に憧れ敬服して献身的に努めた。恭一坊ちゃまが高熱を出し脚の麻痺に罹った時は献身的に看病して、小学校に上がる頃は大分よくなった。

絵本

新入社員の美大出の板倉(吉岡秀隆)が平井家に出入りするようになった。彼の縁談の纏めを任された時子は板倉と何度もやり取りする。縁談をしぶる板倉に本当の気持ちを聞きたいと出かけた。帰ってきた時着ていって帯の模様が反対になっていたのをタキは見逃さなかった。
日中戦争がドロ沼化し、とうとうアメリカとの戦争が始まった。板倉に召集令状が来た。緊迫した中、板倉の所へ出かけようとする時子を止めたのはタキであった。「板倉さんのことで悪い噂になったら大変ですから、私が奥さまのお手紙を持参します。こちらへ来て頂くかどうかの判断を板倉さんに任せたらどうでしょうか」時子しぶしぶ従う。

戦争が激しくなりタキは田舎に帰され、赤い屋根の平井家は空襲で焼け、平井夫妻も爆撃で死んだ。恭一坊ちゃまの行方が分からなかった。
以上がタキの自伝に記された平井家の歴史であった。

自伝の大学ノートには時子の書いた板倉宛ての封書がはさんであり、未開封であった。健史は未開封の封書が気になり平井家を調べる。板倉が戦後復員して漫画家として成功した。今は故人になっていたが記念館が出来ていた。健史が訪れると「赤い屋根のおうち」の絵が架っており、来館者名簿に「平井恭一」という名前があった。

海辺の町に今では目が見えなくなった高齢の恭一が住んでいた。健史ははるばる訪ねて行き、タキの自伝と未開封の時子の封書を渡す。時子の封書が開封される。
「板倉様、明日の昼一時にお尋ね下さいませ。どうしてもお会いしたく思います。平井時子」

タキは板倉に封書を渡さなかったのだ。あの翌日、板倉は平井家に来なかったのだ。時子はじりじり待っていた。タキとの関係がその後疎遠になったのはそれが原因だ。
タキを訪ねた時を健史は想い浮かべる。タキが机にうつ伏して号泣していた。その只ならぬ様子に唖然とみていた。タキは「自分は長く生き過ぎた」と言った。

タキは何故板倉に時子の封書を渡さなかったか?「噂を恐れて不倫させなかった」「道徳感から」、そうだろうか?山田監督は我々に何を問いかけているのか。
時子の女学校時代の親友松岡睦子(中島朋子)に言わせている台詞「時子は学校中のアミだったんだから。一番モテたんだから」ここからの類推として、タキの嫉妬!?

タキの号泣は何故だろう?時子が空襲の爆撃で死んだことから、彼女のせつない人生に対する哀しみ。彼女への謝罪、どうして逢わせてあげなかったという後悔の念。

タキが昭和の東京を想い出して、「あの頃のうきうきした東京の気分を思い出すと楽しくなる。」と健史に語って、「暗い時代だよ。日中戦争がドロ沼化してアメリカとの戦争に突入していっていい時代じゃないよ」と言い争う。
タキが思っている「うきうきした気分の東京」は、歴史的には日中戦争、太平洋戦争と日本が敗戦に向かってゆく現実の流れのなかにある。その中で庶民が思った心情なのだが、それ以上にタキが抱いた「赤い屋根のすてきなおうち」「すてきな時子奥さま」の象徴としての意味を持つ。自身の青春の象徴としての意味を持つのである。映画では匂うような松たか子の美しさであった。

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関東大震災から復興で昭和のモダンを生み出し、やがて日中戦争・アメリカとの戦争・敗戦へと突き進んでゆく様子は、東日本大震災から何処へゆのか日本の行く末とダブって見えてしょうがない。監督も大正・昭和の道と平成の道とをアナロジカルに捉えているように思ってしまうのである。


「日記」「引っ越し経過報告」2014.03.01
 
XP からウインドウズ8・1への引越しはパソコン不慣れの小生にとって大変な苦労です。助け人によって引越しをして貰いましたが、「8・1」の世界は宇宙に行ったかのような感でした。「ウインドウズ8・1」の案内書を買ってきて本を読んでも、具体的にどうやるのかがわからない。このブログの文章はワードに一度下書きしたものを従来の「編集」(切り取り・貼り付け)が見つからず、やむなく2度手間の書き写しをやりました。又、写真の縮少の仕方もわからず、文字だけのブログになってしまいました。苦闘!は続きます。

「日記」03.02

ブログに写真が入りました.やったー!











  1. 2014/03/01(土) 21:59:43|
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