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私の見た映画・美術・

映画・美術・イタリア旅行の紀行文の紹介です。

『日記』 「只今、パソコンのお引越し中です」2月25日

『日記』 「只今、パソコンのお引越し中です」2.25

「ウインドウズのXP」から「同8・1」にお引越し中です。8・1は眩いばかりに美しいですが、眩惑するばかりで立ち往生です。人のヘルプを借りましたが、ひとつひとつパスワードを記入しなければならず、パスワードを忘れて焦るばかり、といった状態です。

ブログに載せる原稿をワードに書いてそこから転載するのですが、ワードの隠し場所の「マイ・ドキュメント」が「8・1」ではどこにあるのかわからず困っています。XP からのお引越しで、探しているものが「8・1」のどこにあるかがわからぬことが一番厄介なことです。

以上、経過の途中報告まで。


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  1. 2014/02/25(火) 13:55:27|
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『日記』「2つの映画に関する補遺」2014.02.20

『日記』「2つの映画に関する補遺」

①「さよならアドルフ」(オーストラリア女性監督ケイト・ショートランド)

アドルフ3
* やっと祖母の家に辿り着いた。双子の弟の1人を亡くしたが赤子を伴う4人がよくぞ来た。とは祖母は感情を露出しない。ドイツ中産階級の典型的な人間。厳格で保守的で形式主義者。慈愛に満ちた祖母にはあまりに遠い存在だ。子どもたちの道中の苦労に想像力が及ばない。もともとそういう情念的発想がない。食事の場面で餓えた弟がガツガツ食べる様子に祖母の厳格な叱咤が飛ぶ。それを見ていた姉のローレの反抗、部屋に帰ってからの部屋を飾っている装飾品・調度品の破壊に及ぶ。
ここで問題にしたいことのひとつに、祖母の態度・人格で表現されている、ゲルマンの厳格な人格主義・保守的な形式主義だ。ヒトラーのナチズムもここから出てきたと言えるからだ。ナチの構造がこれだけとは単純化できないが、少なくてもその一つだといえる。

アドルフ1
* 14歳少女ローレの行為は何を意味するか?
ナチ崇拝のヒトラー・ユーゲントだった少女が、妹弟を連れての逃避行で体験したことが彼女を変えた。自分が信じていた価値観の崩壊を体験する。道中、壁新聞に貼ってあったナチによるユダヤ人虐殺の写真。そこでナチスの実態を始めて知った。ナチは恐ろしいことをしていた。彼女の意識変革。道中体験。
一行を救ったのはユダヤの青年トーマスだ。今まで憎悪・蔑視の対象だったがゆえに、愛の対象とは意識しえなかったが、実際のところ彼の存在なしに皆は生きられないのだ。青年の男女の心理が問題になる。微妙な思春期の少女の性・心理を巧く表現した、女性監督ケイト・ショートランドと主役のローレ役のローゼンダールを褒め讃えよう。

②「エルニの帰郷」(ギリシアの巨匠テオ・アンゲロプロス監督)
テオが晩年に(事故で亡くなったのだから本人は死を意識していたかどうか?)何を考えていたか?3部作の構想をもっと検証したいが資料が不足である。「エルニの旅」は後程検証するとして、ここでは「エルニの帰郷」だけに限定して触れてみたい。いや、先のブログで述べたことの繰り返しになるかも知れない。

DSC_1900ポスター1

* エレニたちはスターリンの死(1953年)、ウォーターゲイト事件(1974年)、ベルリンの壁崩壊(1989年)20世紀の終わり(1999年)と、半世紀にわたって激動の20世紀後半の旅をしてきた。
何を求めての旅かといえば、それはユートピアを求めての旅であった。旅の終わりに、そんなもの何処にあるかと思い知る。
(ユートピアは魔物である。人を誑かす。しかし、人間がよく生きるためには仮説としてのユートピアは必要かもしれない。古来人間は宗教・思想と多くのユートピアにすがってきた。幻想に酔っていればいいが醒めてしまった時始末に終えない。ニヒル地獄にのたうち回る。それが現代という時代だ。ユートピアを信じていた時代、誰も信じなくなった時代。善悪の問題ではない。時代の構造が違うのだ。)
映画でベルリンの「現在」(1999年)の場面、息子の映画監督「A」のところに現れた3人は死ぬために現れたのだ。ベルリンでの3人の散歩はよかった。名優が舞台から消えてゆくような、、、切なくてやり切れなかった。

* ヤコブが言うように三人は「帰るところがない」のだ。帰るべき場所を失ったのだ。このことの意味は深く重い。
故郷を失った人という場所などの空間や個人の心の問題ではなく、事件とか内戦とか戦争とかの歴史に関係することなんだ。
スターリンの葬儀

たとえば、ギリシアが第2次大戦の終わり頃。ナチの独軍に対してレジスタンスと英軍が連携?(?である。民族派は連携したが共産系はしない。)して戦っていた。チャーチルとスターリンが頂上会談で、戦後東欧の取り合いをして、ユーゴはソ連、ギリシアは英軍と密約を結んだ。ナチ撤退後英軍の上陸。英軍がレジスタンスの武装解除を求めて、不服の彼らと市街戦になる。
ギリシア共産党史に詳しくないのでそれ以上に立ち入らないが、ギリシア共産党内部でも様々な考えがあった。ソ連の指令で武装解除して英軍・ギリシア民族系・王党派の支配に下るのを反対する勢力もあった。映画でエレニが学生運動に関わ任ってシベリアに流される。エレニのような内部抗争で敗れて収容所送りとなった人間はスターリン主義支配下では復権は不可能だった。処刑されるか「帰るとこがなく」死ぬ場所を探してさすらう。しかも、こういう政治的死ともいうべき人々は歴史の中に無数にあるのだ。「天安門」もそうだ。ファシストに敗れたスペイン人民政府軍もそうだ。各国の歴史に無数に存在した。「帰る所の無い」エレニの存在は重く深い問題を内包している。

* ラストシーンについて
ホテルの大きな窓から外の景色が見える。息を引き取ったエレニがベットに横たわっている。スピロスの大きな手が差し出され、「さぁー おいでよ」という。孫のエレニと一緒に駆け出すスピロス。ベルリンの大きなブランデンブルク門を笑いながら駆け抜ける、スピロスと孫のエレニのロングショットにカラインドルーの音楽が流れてラストの字幕になる。
監督のテオはどのような結末をつけたか。映像からいうと孫のエレニに未来を託したといえなくもない。しかも、祖父のスピロスと笑いながら駆け抜けてゆくのだ。希望を託したか?

③ エレニ・カラインドルー(1941~ギリシアの女性作曲家。1964年~74年にかけてパリで民族音楽を研究しギリシアに戻った。映画音楽、劇場用音楽を手がける。テオ・アンゲロプロスの殆どの作品の音楽を担当した。)
テオ・アンゲロプロスの作品「ユリシーズの瞳」のCDを持っていたので、テオの映画の文章を書く時流して聴いていた。テオの映画の映像が思い浮かぶのである。哀しいのか、愛しいのか、心が震えてくる音楽である。
ヴィオラの名手キム・カシュカシアンとアーコデオン、トランペット、オーボエ、ホルンなどによる抒情的な哀愁を帯びた調べ。
西欧の調べとも東洋のそれとも異なる不思議な音楽だ。中近東という便利な言葉があるが、ギリシア・トルコ・黒海沿岸・バルカン半島、、、漠然とであるがその辺りを源流とした音楽ではないかと思う。テオの映画を包んでしまう。


  1. 2014/02/20(木) 15:03:38|
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『2014年映画』「エレニの帰郷」②続き(監督アンゲロプロス、音楽カラインドルー2.13)

『2014年映画』「エレニの帰郷」②(監督アンゲロプロス音楽カラインドルー2/13 
            出演ウィレム・デフォー、イレーヌ・ジャコブルーノ・ガンツ、ミシェル・ピッコリ)

「エレニの帰郷」続き ②

第3の翼

「エレニの帰郷」の場面、1999年の現在のシーン、「A」の撮影の事務所が荒されてパソコンやテレビが破壊された。変な落書が描かれていた。天使が離れたもう1つの翼に手を伸ばして掴もうとしているが、(対の翼では飛べないので第3の翼が欲しい)第3の翼を捕まえることが出来ない。
この落書は何を意味するか?「第3の翼」とは何か?

  シベリアの

シベリアで荒れ果てた病院の屋上から女性詩人が叫びながらビラを撒いた。「天使は叫んだ!第3の翼を!」エレニとヤコブはそれを見ている。
1974年、ヤコブはエレニと連れ立って国境を越え、オーストリアに脱出した。自由になった2人がこれから何処かに行こうという時、エレニとダンスをしながらヤコブはつぶやく「唯一、望みうるユートピア、第3の翼」と。

そうか!「第3の翼」とはユートピア、理想社会の事だったのだ。
エレニたちはスターリンの死、ウォーターゲート事件、ベルリンの壁崩壊、20世紀が終わろうとする1999年の現在まで、大きな歴史の歯車に翻弄されながらも何を求めて生きてきたのか?それがユートピアを求めだったのだ。


デジタル機器の破壊(現在への批判)と「第3の翼」の落書きは、ユートピアがこの世に無いこと、理想社会が無いことの象徴ではないか。ユートピアを追いかけて生きてきたが、何処にも無かった、ということがわかった。

さらに、ヤコブに言わせているように「時代から掃きだされてしまった人たち」を映画は描いた。エレニたちは「帰るところが無い」のだ。この意味は重い。

時代の大きな転換点に立ち、時代の「Dust塵」になった人たち。かけがいの青春をかけ、時代は流れ、塵となって、帰るところを失った人々。あるのは「時代の記憶」だけだ。これは各国、各時代、各動乱が抱えているのである。それが歴史である。

それと、もうひとつ、「時代に掃出されてしまった」エレニもヤコブにもスピロスにも等しく「時の塵」はこの雪のように降り注いでいる。時は幾世代に渡って流れゆくものなのだ。

老いた3人

1999年の映画における「現在」。年老いたエレニとスピロスはベルリンの息子「A」のホテルに現れた。故郷に帰るためと言っている。帰るところが無いのに何処へ行くのか?
そこに、ヤコブが訪ねてくる。ヤコブもまた、帰るところがない。
年老いた3人がベルリンを散歩するシーンがたまらなく切ない。駅の構内での楽団の演奏に誘われてヤコブはエレニと踊りだす。

踊る2

(カラインドルーの哀調を帯びた音楽が重なって画面を見る目が曇って困った。見ている私の心情はたまらなくせつなかった。いいなー、西欧人はダンスやキスの習慣を持っていて、、、)
エレニの体が崩れる。

孫のエレニ(「A」の娘)が、死ぬと言って廃屋のビルに立て籠もっているのを、祖母エレニが説得に赴いて連れて帰って倒れてしまう。
ヤコブが見舞いに来て、「第3の翼を!スピロス!」と叫ぶ。ヤコブ雨の中1人で帰って行き、観光船に乗り、船尾に立って両手を大きく左右に広げる、、、

ブランデンブルク門を走る

永遠の眠りについたエレニがホテルのベツトに横たわっている。孫のエレニが横にうつ伏している。窓が大きく開いて外は雪が降っている。スピロスが「さあー、エレニ、おいで」と大きな手を出す。祖父のスピロスと孫のエレニが笑いながら手をとって走り出し、画面は雪が降りしきる大きなブランデル門を2人が走り駆けてゆく。哀切な音楽がかぶさって、終わる。

<名優たち>
ヤコブ= ブルーノ・ガンツ。1941~、「ベルリン・天使の詩」(ヴィム・ヴェンダース)のイメージとアンゲロプロスの「永遠と1日」老詩人のイメージが重なっている。ラストでのヤコブのシーンは「天使の詩」のイメージがあるようだ。
スピロス= ミシェル・ピッコリ。1925~、ゴダールの「軽蔑」でブリジット・バルドーと共演。170本の出演の仏の老名優。最近作「ローマ法王の休日」
エレニ= イレーヌ・ジャコブ。1966~、仏、91年「ふたりのヴェロニカ」でカンヌ最秀女演賞、94年「トリコロール/赤の壁」に出演。
映画監督「A」= ウィレム・デフォー。1955~。米、「プラトーン」で有名になる。

エレニをはさむスピロスとヤコブの3角関係。ヤコブはエレニを生涯かけて愛した。シベリアでの20年間の献身ぶり!ヤコブが主役とも思える。エレニはスピロスを愛した。自由になった時、エレニはスピロスのいるアメリカを選んだが、ヤコブはエレニを追いかけて、憧れのイスラエルを捨てたのである。「帰る所を失った」のである。ラストシーンの老いたる3人がベルリンの町を散歩するシーンは良かった。50年の恩讐を超え、嫉妬や羨望や我欲を超えて、互いを労り合う老友たち。

旅芸人の記録のポスター

テオ・アンゲロポロス
ギリシャ・アテネ出身の映画監督。1935年~2012年
主な作品
「旅芸人の記録」1975年、カンヌ・批評家大賞受賞
「アレクサンダー大王」1980年、ヴェネチア映画祭グランプリ
「シテール島への船出」1984年、これ以降音楽はエレニ・カランドールに。
「蜂の旅人」1986年、
「霧の中の風景」1988年、ヴェネチア映画祭銀獅子賞
「こうのとり、たちずさんで」1991年、
「ユリシーズの瞳」1995年、カンヌ・グランプリ批評家大賞ダブルグランプリ
「永遠と一日」1998年、カンヌ・パルム・ドール。
「エレニの旅」2004年、
「エレニの帰郷」2008年、

音楽 エレニ・カラインドール
「シテール島への船出」から、アンゲロプロスの作品の音楽を担当。哀調と華麗に充ちた調べは我々を何れかの世界に連れてゆく。ギリシア・バルカン半島・トルコ・ロシアに原流がある「音」だろうか。曲が流れ出すと涙が滲んでくる。

撮影 アンドレアス・シアノレス
アンゲロポロスの全作品の撮影を担当、長い1シーン・1カットの手法とか、不気味な群像シーンとか、音楽に合った抒情的シーンとか、映像の面白さ!

僕の中ではテオ・アンゲロプロスはアンジェ・ワイダに似ている。2人ともバックの現代ギリシア史や現代ポーランド史をわからなければ彼らの世界にいまひとつ入ってゆけない。情況の中の人間、情況に生き死にした人間が描かれているからだ。
又、彼らが捉えた歴史なり状況は普遍化され、20~21世紀の誰にも課題となるものなのだ。



  1. 2014/02/13(木) 16:18:48|
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2014年『映画』「エレニの帰郷」① (監督、アンゲロプロス。音楽、カランインドルー。2008年作、2014年1月公開

2014年映画「エレニの帰郷」①02.10(監督、脚本、テオ・アンゲロプロス。2008年制作、脚本
                  トニーノ・グエッラ。撮影アンドレアス・シアノレス、音楽エレニ・
                  カラインドルー
                  出演、ウィレム・デフォー。ブルーノ・ガンツ。ミシェル・ピッコリ。
                  イレーヌ・ジャコブ。

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2012年1月、交通事故で不慮の死を遂げたギリシャ映画の巨匠、テオ・アンゲプロスの遺作である。20世紀を題材にした3部作として1作「エレニの旅」(04年)、2作「エレニの帰郷」(08年、日本では2014年1月公開)、3作「もう1つの海」の制作中に2012年1月交通事故で亡くなった。享年76歳。世界的巨匠の死が悼まれる。
2作目「エレニの帰郷」―原題Dust Of Time(時の塵)―-が遺作となった。

1975年「旅芸人の記録」の登場以来、「アレクサンダー大王」(80)「シテール島への船出」(84)「霧の中の風景」(88)「ユリシーズの瞳」(95)「永遠と一日」(98)「エレニの旅」(04)等スケールの大きい作品に我々は出会った。20世紀の現代史と交差する、現代の愛と人間の生き方に関わる物語、背景にギリシャ神話や伝説がクロスする壮大なアンゲプロスの叙事詩は我々の心を撃った。

「エレニの帰郷」(2008年制作、2014年1月日本公開)

若きエルニ
気品と哀調を帯びた、エレニ・カラインドルーの調べ。心細く切ない哀調の世界は我々を何処の世界に誘うだろうか。
有名な「ワンショット・ワンシーン」や雄大な画面による見事な映像美の追求。
カットバックの多様による映画の「時間」と「空間」の飛躍。

動乱の20世紀、歴史的事件に翻弄されたエレニ(イレーヌ・ジャコブ)という女性の激しい愛と流浪の物語。彼女を愛し続けた男(ヤコブ=ブルーノ・ガンツ)と、彼女が想い続けた男(スピロス=ミシェル・ピッコリ)3人の愛の叙事詩の50年に渡る物語。エレニの息子・ギリシャ系アメリカの映画監督「A」、(ウィレム・デフォー)の視点で語られる。

<STORY>
1999年の年末の「現在」、映画監督の「A」は中断していた映画の再開のためローマのチネチッタ撮影所に来る。母親エレニと2人の男の激動の半世紀の物語を撮ろうとしている。映画は母親たちの物語=「過去」と、子どもである自分の現実と現在の両親たちの物語=「現在」が、交互にカットバックされて映画は進行する。この手法に慣れないとわかり難い。1999年のローマの「現在」、息子の映画監督「A」が携帯をしきりに掛けているシーンかと思うと、次に1953年のベルリンのシーンといった具合だ。
「過去」の物語

DSC_1893若きエルニ2

* 母エレニは女子大生の時、ギリシャ共産党の内部抗争に関係して秘密警察
に逮捕さて、テサロニキの収監所に入れられた。女性囚人と共に脱走して行方不明になる。恋人のスピロスと離れ離れになる。
(エレニは共産党内反スターリン派に所属か?粛清された側か?)

* 1953年、エレニはギリシャからカザフスタンのギリシャ難民の町テルミタウへ行った。イスラエル難民ヤコブが共に付き添っていた。恋人のスピロスが国境を越えて訪ねてくる。スピロスとエレニは久しぶりの再会、激しく愛し合う。(エレニは息子「A」を宿す)しかし、秘密警察に2人とも捕まる。
* スターリンの死の混乱でエレニとスピロスは別々の車でシベリアへ流され
る。エレニを愛するヤコブもシベリアへ自ら追って行き苦境にあったエレニを20年近く献身的に支える。
(当時のギリシャの共産党はスターリン主義の絶対的な支配下。各国の共産党はスターリンの意向で動く、反対派はシベリアの収容所送り。ギリシャの政治犯でもシベリア送りが可能。)
* 二人の間に生まれた「A」をヤコブの姉のラケルの尽力でモスクワへ逃した。
(ヤコブなどのユダヤ人はギリシャ・バルカン地方に多く居住していた)
* スピロスは交換出獄によって海外へ逃れた。

* 1974年、その後20年間シベリアで過ごしたエレニとヤコブはオーストリ
アへ脱出。エレニはアメリカを目指す。イスラエルへの帰郷を夢見ていたヤコブは迷ったが、結局エレニを追ってアメリカに行く。
* アメリカに渡ったエレニはニューヨークでスピロスを探したが、彼は別の
女性と暮らしていた。呆然自失になったエレニはカナダへ行き、徴兵忌避のためにカナダにいた息子「A」と何十年ぶりに再会した。

「現在」の物語
* 「A」は何年か前に離婚していた。原因は彼が忙しくて仕事で海外を駆け回
り、家庭を顧みなかったため。
* 娘エレニ(祖母の名前をつけた)が家に帰って来ない。父母の離婚後抑鬱
病に悩んでいた。自殺しようとしていた。
* 父親「A」はしきりに携帯を掛けて行方不明の娘を探している。

映画が進行し、年老いたエレニやスピロスやヤコブたちが現在のベルリンに現れると、時間の均衡が崩れ、過去と現在の時間が大きく揺れ動く。現在のベルリン空港が過去のオーストリア国境に、年老いたエレニたち3人がベルリンのバーに入ると、70年代のトロントのバーとなる。時空を越えて、現在と過去がつながってゆく。目眩むようなシーンの連続だ。

1999年末の「現在」、監督Aはベルリンでエレニ達と再会した。大晦日の夜、20世紀が終わろうとしている時、この物語はどういう結末をみるだろうか?

続く






  1. 2014/02/10(月) 17:43:50|
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2014年「映画』「さよならアドルフ」(原作レイチェル・シーファー<暗闇の中で>、監督ケイト・ショートランド主演ザスキア・ローゼンダール)豪・独映画02.03

『2014年映画』「さよならアドルフ」(原作レイチェル・シーファー「暗闇の中で」監督、ケイト・
                  ショートランド。出演、ザスキア・ローゼンダール。)豪・独映画2/2

1945年の敗戦のドイツ。ナチ親衛隊の幹部の子供達が辿った過酷な運命を描く。
ユダヤ人やレジスタンス側からの視点が多いのに、ナチ側の家族の視点で描いた作品は珍しい。
DSC_1879さよならアドルフ

昨年の8月にテレビで「ヒトラー・チルドレン」―-ナチスの罪を背負って――というドキュメンタリー番組を放映していた。9月2日にブログに書いた。ナチスの幹部の子孫たちが戦後どう生きたか?
背負うに重過ぎる「ヒトラー・チルドレン」という悪名。ゲーリング、ヒムラ―、ヘス、ハンス・フランクという錚錚(そうそう)たるナチ大幹部の子孫たち。自分自身が「自分の人生を生きるためのバランスをとるのに悩んだ」、とあった。テレビを見ていた私は、彼ら自身が生きるためにどうやって自己肯定したか、彼らの内面に興味を持った。又、或る子孫は「自分の家系は絶やさなければならない」といって不妊治療をしたり、大叔父の年齢を越えて生きてはいけないといって自殺した者もいた。「ヒトラー・チルドレン」の戦後は想像以上に重いのだ、と噛み締めた。

さて、映画は戦中のドイツ。ヒトラーの「最終勝利」を信じていたナチ幹部の家庭の14歳の少女ローレ。ガチガチのヒトラー崇拝の家庭で育った。敗戦で父母は連行され幼い妹弟総勢5人の一行は、はるか遠くの祖母の元へのロード・ムービー。さぁー、どうやって生き延びたか?どのような体験をしたか?

物々交換で食べ物を求めるローレの苦労、ナチへの憎悪、しぶしぶ物々交換に応じる農家、(農民が価値あると認識した物とは交換に応じる=どこの国でも同じだ。日本の戦後も同様だった。)

橋が壊された川を渡る上で船を貸してもらうために、身を犠牲にせざるを得なくなった14歳のローレ、敗戦後の情況では性的暴行の危険は当然考えられる。
ローレの性的暴行の危険性、末の赤ん坊の生存の可能性、5人の身の危険・病気・餓え・誘拐、、、作品を通して5人の運命はどうなるかが気がかりである。

連合軍に捕まりそうになった時、彼女らを救ったのは皮肉にも、あんなに憎悪していていたユダヤ人の青年トーマス(カイ・マリーナ)だった。(敗戦時点でここにいるユダヤ人は強制収容所からの生還者である。)ローレにとって助けて貰ったとはいえ、トーマスは憎むべき存在と教え込まれたユダヤ人である。気を許すわけにはゆかない。しかし、心細いローレにとって彼の存在無しには生き延びられない。ユダヤ青年との間で揺れ動く思春期の微妙な心理をザスキア・ローゼンダールは絶妙に演じていた。

ユダヤ人虐殺の写真を路上での壁新聞で見たローレはショックを受け、「ナチスはそんな酷いことをやっていたのか!ヒトラーは惨いことする」と心が打ち砕かれる。ローレの価値観の崩壊。民衆はユダヤ人虐殺を戦後に知ったから、ヒトラーへの憎悪をたとえ子供であってもナチ幹部へ向けた。見るからにナチ党員の子供とわかるローレたちには少しのパンも分けず罵る。

やっと会えた祖母は厳格なドイツの昔気質の女性。ローレたちの旅の苦労に思いを馳せることもしない。孫たちに食事の席で無作法を厳しく咎める。ローレは予想外の行動に出て、部屋の飾り――中産ドイツ家庭の象徴を破壊してゆく。彼女の戦後が始まったのである。


  1. 2014/02/03(月) 13:51:48|
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