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私の見た映画・美術・

映画・美術・イタリア旅行の紀行文の紹介です。

『日記』 「Tくんとの夏休み」 2013.08.07 <8.30記>

『日記』「Tくんとの夏休み」2013.08.07

夏休みなど長期の休みの時、合宿と称して身内のTくんが1週間なり10日なり泊まりにくる。あっちこっちに行きます。この夏はどこへ行きましょうか?

DSC_9810科学館2
<名古屋・科学館>

早朝、普段なら寝ているTくんを起して出発。今日は名古屋に行くのです。
名古屋の「科学館」と「リニア鉄道博物館」の見学です。また、新幹線に乗るのはTくんにとって夢のような出来事です。長距離を乗るのは2年前の「リニア鉄道博物館」以来のことです。この夏休み前。Tくんは耳元で「ねえ、新幹線に乗って名古屋のリニアに連れて行って!」と呟きました。

朝の新幹線「ひかり」7時33分発に乗って一路名古屋を目差します。名古屋着9時21分。名古屋市「科学舘」に9時40分頃着きました。
科学館前

何故、朝早く急いだかというと、プラネタリウム見学券の売り出しが9時半から始まり、1時間ごと1回350人で計6回、総計2100人で締め切りです。午後は「リニア」の予定があり出来れば午前中に見たいのです。
プラネタリウムの予定
9.50 11.10 12.30 13.50 15.10 16.30

玄関に展示したH2のエンジン
< H2のエンジン>

「科学館」は夏休みのためか、子ども連れの家族で大変な混みようで結構並んでいます。10時過ぎにやっと12.30分が確保、それまで科学館の見学です。
入り口ー2階から
竜巻ラボ
<竜巻ラボ>

「科学館」は
内径35mの世界一のプラネタリウムが有名、科学館も昭和37年に天文館がオープン、平成23年に新館がグランドオープンして最新の科学博物館で有名。中学・高校の理科の授業・実験室として最適だそうです。以前ここを訪れた人からの話しで、子どもたちに科学・技術の世界に触れさせるには最適な施設だと言われました。
A, 生命館(地球のすがた。生活のわざ。人体のしくみ。生命のひみつ)

B, 理工館(不思議のひろば。技術のひろがり。科学原理とのふれあい。物質エネルギーの世界。最先端科学とのであい。天文台・星のひろば)

C、天文館(サイエンスステージ。宇宙のすがた。プラネタリウム)
プラネタリウムの

<プラネタリウムの中>
夏休みのせいか、館内は親子連れでいっぱい!小学生の男女が目立った。
Tくんにプラネタリウムを見せたいと思っていた。前に渋谷区立の天文館で宇宙ステーション(?)から帰ってきた「はやぶさ」(?)を見た。それ以来、本物の星座を見せたいと思っていた。
ここのプラネタリウムは世界一で、一番の人気だそうだ。始まる前に許可を得てカメラに撮ったが、うす暗くてボケてしまったのが残念。
星座

プラネタリウムが始まった。やさしい解説委員の説明で宇宙、天体、星座、ブラックホール、が次々と展開して夢みる世界に迷いこんだみたいだ。Tくんは目を輝かして見ていた。

<リニア鉄道博物館>

午後、「リニア鉄道博物館」へ行く。一昨年開館以来2度目である。
名古屋から「あおなみ線」で30分、名古屋港の近くに2011年に出来た。
Tくんは大宮の鉄道博物館を何度も行っているので、鉄道博物館は慣れている。
<リニア鉄道博物館>の車両展示
リニア 2

DSC_8839リニア博物観
① 鉄道の歴史がコンパクトにまとめられて、それぞれ電車・車両の実物を39台も展示している。
② 超伝導リニア新幹線について解説・実験の展示。
③ 鉄道ジオラマが精緻で手がこんでいる。
④ 電車・新幹線の車両の仕組みを実験装置を含めて展示してある。

ここの<ジオラマ>は精緻で手がこんでいる。
ジオラマ 2
 <プラレールで遊ぶ子どもたち>
プラレールで遊ぶ


帰りの新幹線はほぼ満員だったが、皆座れて東京に帰った。

Tくんは鉄男・鉄女ならぬ鉄児で2歳頃から電車や新幹線を見るのが好きだった。大宮の鉄道博物館は何回行っただろう。ディズニーより鉄博だった。
昨年は「恐竜展」だった。今年は「マンモス」かどちらにしょうか迷ったが、新幹線に乗ることと、「科学館」「プラネタリウム」「リニア博物館」を選んだ。星座を見たことはTくんの夢をふくらませただろうか?
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  1. 2013/08/30(金) 22:03:47|
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2013年『映画』 「アンコール」 英映画、.8.14

『アンコール』(英映画。ポール・アンドリュー・ウィリアム監督。
       テレンス・スタンブ。ヴァネッサ・レットグレイヴ。
       ジェマ・アータートン
       主題歌 セリーヌ・ディオン
DSC_9446アンコールパンフ

テレンス・スタンプス扮する、労働者階級出身のアーサーはいつも怒っている。中産階級出身の妻を幸福に出来ない自分に常にいら立っている。70代の彼は実は1950年代に「怒れる若者たち」と呼ばれた世代なのだ。
無口で気難しい老人のアーサーは近所で有名な頑固者で息子とも折り合いが悪いが、癌に冒された最愛の妻マリオン(ヴァネッサ・グレイプ)にだけはやさしいかった。マリオンの趣味は可笑しな合唱団でのコーラスだった。ロックやホップに挑戦する老人男女の合唱団の名前は「年金ズ」!
これが愉快、傑作なのだ!コーラスの場面を見て、抱腹絶倒!笑い、泣き(久しぶりに泣き笑いを味わった)
アンコールヴァネッサと

最愛の妻の癌の再発、アーサーの妻マリオンへの労わり、ソファーで肩を並べて話すシーンや、寝る時マリオンが「温めて頂戴」というと、包むように抱擁するシーンはしみじみとしていい。それは人間の終末期の崇高なシーンでもあるとじーんと感じて見ていた。

最愛のマリオンの死後、一切が虚しくなった彼を再生させたのが、あれほど嫌っていた妻のコーラスだった!

終幕でアーサーが歌うビリー・ジョエルの「眠りにつく君へ」はよかった。


ヴァネッサ・レットグレイヴは私たちにとって映画世界の聖女である。1,978年の米映画、劇作家リリアン・ヘルマンの自伝的回想の映画「ジュリア」でたちまち私たちの心を奪ってしまった。映画の主人公・劇作家のヘルマンの回想の中での少女時代からの友人ジュリア(レットグレイヴ)は知的で行動的な友人で共に青春を過した。ジュリアは青年になるやヨーロッパの新しい思想・科学・学問の最先端に飛び込んでゆく。1930年代、ファシズムと戦う輝ける知識人の女性像は、レットグレイヴのとび色の大きな瞳と共に私たちの心に焼きついた。

夫ダシール・ハメット(ジェイソン・ロバーズ)とヘルマン(ジェーン・フォンダ)が海辺で暮らしながら戯曲を書いている。行き詰まるとヘルマンはタイプライターを投げつける激しい気性!ハメット役の 渋いロバーズもよかったなぁ。
* グレイヴとロバーズが共にアカデミー・男・女助演賞を取った。
* ダシール・ハメット(米の推理作家、ハードボイルドの確立者。「マルタの鷹」他作品多数。)

それ以来彼女が出る映画は何回見たことか。(「ジュリア」が一番輝いていたが)
今回も彼女が出るというので見てしまった。しかし、主役は彼女の夫役の気難しく頑固な老爺(テレンス・スタンプ)であった。英国風のユーモアを久々に楽しんだ。
* 「テレンス・スタンプ」英男優。 63年の「コレクター」でカンヌ・男優賞に輝く英国の代表的俳優。

  1. 2013/08/29(木) 11:43:45|
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2013年『映画』 「少年 H 」 8.21

『少年 H』(監督、降旗康男。原作、妹尾河童。
      出演、水谷豊。伊藤蘭。吉岡竜輝。花田優里音。小栗旬。
少年H

妹尾河童の自伝的小説を、「あなたへ」「鉄道員(ぽっぽや)」の名匠降旗康男監督がメガホンをとった。
昭和の神戸という海外に開かれたハイカラな港町、高級洋服仕立屋の父(水谷豊)、クリスチャンの妻(伊藤蘭)、主人公の肇(吉岡竜輝)、妹の好子(花田優里音)の一家が太平洋戦争という激動に翻弄されながらも、勇気と信念を貫いて生きた家族の物語。

神戸の昭和をしっかりと描いた映画で、特に「少年H」―本名の肇から「H」と言われるー子役の吉岡竜輝が素晴らしい!父母役の水谷・蘭(実際にご夫婦ですね)夫妻を相手になかなかの演技!
H少年は好奇心と正義感が強く、戦争に突入してゆく時代の流れの中で、自由にものが言えなくなる周囲に対して、おかしいことはおかしいという少年。リベラルな父や博愛精神の母が支える。

H少年が慕っていたうどん屋のお兄ちゃん(小栗旬)が「アカ(社会主義者)」容疑で捕まり、元旅芸人の「オトコ姉ちゃん」(早乙女太一)は出征後脱して首をつる。一歩一歩戦争に向かって時代は進んでゆく。

そして、神戸大空襲のシーンはリアルでした。隣近所は皆逃げたのに、母と子で火災を消し止めようと訓練どおりにバケツの水を掛けますが、お父ちゃんのミシンを2人で担いで逃げ出すが、火の勢い物凄く命からがらやっと助かる。

空襲で焼け野原になった町に立つHと父。2つの原爆を落とされやっと戦争が終わる。
焼け野原の少年Hと父

戦後、焼け跡で裸の出発。金を出せば何でも買える闇市。戦中までの軍国主義をコロリと変えて生きる大人たち。

60・70年前の日本の現実が見事に描かれている。国家が戦争に突き進んでゆく時、社会の隅々まで総力戦化してゆく。反対は言うまでもなく傍観も「非国民」扱い、スパイ扱い、狂った世相がよく出ていました。
  1. 2013/08/29(木) 11:30:12|
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美術/音楽/舞台「プーシキン美術館展」(横浜美術館~9/16).8.25

「プーシキン美術館展」-フランス絵画の300年横浜美術館~9/16。8.25

ポスター

すぐれた名画を間近に見て堪能した時の、あの酔ったような独特の空気の中にいる。4月のプラド美術館の時もそうだった。今回で3日も経つが僕の心を今も名画の数々が占領している。
キスリング・少女(キスリング/「少女の顔」)
キスリングは元々派手で強烈な印象を見る者に抱かせる「女」を描く画家だが、この「少女」も後を引いて東京まで追っかけてきた。
プーシェ
フランス・ロココの代表ブーシェの「ユヒテルとカリスト」いわゆるきれいな絵の代表みたいな存在か?確かに美しいが、心の底にちっとも響かない。

ロシアの皇帝エカテリーナ2世の絵画コレクション。ロシアの大ブルジョアー特に「モロゾフ」と「シチューキン」の二人の大富豪のフランス近代絵画のコレクション。革命で総て没収、幾多の変遷を経てその1つがモスクワの国立プーシキン美術館。今回は「フランス絵画300年」とうたっているが、印象派、ポスト印象派、20世紀のフォーヴ、キュビスム、エコールド・パリの傑作に体が震えた。
ルノアール/<br />セーヌの水浴ルノアールの「セーヌの水浴」緑の色調に見ていた観客が驚いていた。鮮やかな色彩に感動!ポスターの「ジャンヌ・サマリーの肖像」も大人の女性を描いていていいですね。

作品構成
1、17・18世紀―古典主義・ロココ
  ニコラ・プッサン「アモリ人を打ち破るヨシア」
  フランソワ・ブーシェ「ユピテルとカリスト」
  ユベール・ロベール「ピラミッドと神殿」
2、19世紀前半―新古典主義、ロマン主義、自然主義
  アングル「聖杯の前の聖母」
  ドラクロワ「難破して」
  カミーユ・コロー「突風」
  フランソワ・ミレー「薪を集める女たち」
3、19世紀後半―印象主義、ポスト印象主義
  マネ「アントナン・プルーストの肖像」
  モネ「陽だまりのライラック」
  ルノワール「セーヌの水浴」
       「ジャンヌ・サマリーの肖像」
  ドガ   「バレエの稽古」
  ロートレック 「窓辺の女」
  セザンヌ  「パイプをくわえた男」
        「水浴」
  ゴッホ  「医師レーの肖像」
  ゴーギャン「働くなかれ」
4、20世紀―フォーヴ、キュビスム、エコールド・パリ
  マティス「カラー、アイリス、ミモザ」
  ピカソ 「マジョルカ島の女」
  アンリー・ルソー「詩人に霊感を与えるミューズ」
  キスリング「少女の顔」
  シャガール 「ノクターン」

特に19世紀後半の印象派以降の作品は傑作揃いだ。第3章、第4章は粒ぞろいの傑作が目白押しだ!時代に先駆けて画家のアトリエに行って、自分の目で買い付けた審美眼に敬服!
マティス・ミモザ
マチスの「カラー・アイリス・ミモザ」この色彩感の凄さ!強烈なパンチを食らった!

医師の肖像
ゴッホの「医師レーの肖像」この前に立った時、鳥肌が立った。耳を切って入院しお世話になった医者への感謝として描いた。見ていて気持ちのいいものではない。が、人の魂を鷲掴みにするどえらい感動がある。

他に、
モネの「陽だまりのライラック」
ドガの「バレエの稽古」
ロートレックの「窓辺の女」
セザンヌの「パイプをくわえた男」=世紀の傑作
ゴーギャンの「働くなかれ」   =ゴーギャンの真骨頂!
ピカソの「マジョリカ島の女」
アンリ・ルソーの「詩人に霊感を与えるミューズ」=ミューズが2・3倍のデブちゃんとは。ルソーの不思議さ・面白さが少しわかったように思えた。

それにしても、19.20世紀のフランス絵画の傑作が辺境(差別語?)の大ブルジョワにコレクトされていたとは!


  1. 2013/08/25(日) 19:51:02|
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美術/音楽/舞台「松田正平展」(神奈川県立近代美術館。~9/1)08.24

『松田正平展』(神奈川県立近代美術館・鎌倉6/8~9/1)08.24

正平展看板

この夏には鎌倉の『松田正平展』と横浜の『プーシキン美術館展』を見に行こうと思いながら、毎日の熱帯性の暑さに出かける気になれなかった。そうしている内に、終わってしまうとあわてて出かけました。

8時に東京を出て、9時過ぎには鎌倉に着くと、夏の湘南の特有の暑さと潮風が少し漂っていました。
犬2
生誕100年 『松田正平展』(神奈川県立近代美術館・鎌倉)~9/1

自画像

松田正平(1913・大2~2004・平16)の名前を知ったのは、洲之内徹の「気まぐれ美術館」でした。

島でインテリといわれている女性が、正平さんのスケッチを覗き込んで
「あんた趣味で絵を描いているのかね」と聞いて、
「うちの子もちょうどこんな絵を描くよ」と言ったとか。

一見、子どもが描くような絵です。正平さんの絵は飄々とした軽妙溢れる作品です。掴み所のないひょうひょうとした作風は誰かが言っているように、彼の絵を評価して相手に伝えるのは難しい、そのとおりですね。

展覧会では、次のパート順に構成されています。
1、 油絵と出会い
2、 絵の具との格闘
3、 美しい「絵肌」を求めて
4、 犬馬難鬼魅易
5、 悠久の周防灘

1937・昭12年東京美術学校を卒業してパリに留学、西欧美術の本道に触れ決定的な影響を受け、油絵に一生を捧げようと心に決めました。戦争が始まったので志・半ばにして留学を中断して帰国。
帰国後の彼は油絵の具という素材との格闘に没頭して、西洋絵画の素材の絵の具を自由に使いこなす方法を修練しました。
キャンパスに厚く油絵の具を塗ったり、逆に削りとったり、時に引掻いたりと苦難の果てに、透明感のある作品が出来上がってきました。
笛吹き.5
<笛吹き>パリで見た辻音楽師を回想して描いた。
眠る人2
<眠る人>
戦争中、世の中に花という花が一切無くなった時に、通りすがりの道端に咲いていたバラを見て心が奪われた。それから「薔薇」は何十年描き続けてきた。(薔薇を描いては梅原隆三郎、児島善三郎、松田正平といわれる)
バラ1
バラ3
「祝島ー周防灘」
周防灘1
ねっとりとした内海の感触が油絵の具の質感に似ていることに気がつく。それ以来祝島に行くことは恒例になった。祝島の空や風景を何十年も描き続けている。
周防灘2
正平さんの「周防灘」の絵は僕にはまだよくわからない。島の家並み、港の風景、空の雲の動き、潮の流れ、陽の傾きいろいろと季節によっても変化すだろう。正平さんの原風景になっているらしく、僕には到底理解し難い。
犬馬易
「犬馬難鬼魅易」
人を驚かす恐い化け物を描くのは易しいが、犬とか馬のようなありふれたものを描くのは難しい。(正平さんの仕事を言っている。)

鎌倉の美術館
「神奈川県立近代美術館・鎌倉」
1951年創設という。戦後初めての公立の美術館だったと思う。東京にまだ美術館が無かった50年代高校の先輩に連れて来られた。東京から湘南電車に乗って鎌倉に来た。帰りに海辺を散歩して帰った。小旅行だったけれど夢の一日だった。

<補遺>
1913年・大2、島根県に生。 1921・大10年山口県宇部市の松田家の養子になる。
1937年・昭12、東京美術学校を卒業、パリに留学する。戦争のため39年・昭14年帰国。
1941年、国画会展発入選、51年会員となり毎回作品を出品し続けた。
1942年、山口師範の美術教師になる。
1943年、パリで知り合った吉川精子と結婚、横浜に新居を構える。
   生活が忙しくて絵が描けなくなったら、女房から「このままじゃええ先生になるが絵
   描きにはなれん。私は絵描きと結婚したんじゃけん、」と言われて教師を辞めた。
1951年、銀座フォルム画廊で初めて個展を開催。
1976年頃、洲之内徹と知り合うようになる。
1987年、日本芸術大賞を贈られる。
2001年、文化庁長官表彰を受ける。
2004年、死去、享年91歳。


YAMAMURA様

お便りありがとうございました。鎌倉の美術館、以前と異なってうら寂しい感じがしました。
  1. 2013/08/24(土) 22:33:17|
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2013年『映画』 「風立ちぬ」(監督宮崎駿。スタジオ・ジブリ)8.15

『風立ちぬ』(宮崎駿監督、スタジオ・ジブリ)2013.08.
風立ちぬ

戦前の1,920年代からー関東大震災(1923.9.1大12)、世界的経済不況(1925昭2)、太平洋戦争に突入してゆく時代を舞台に、若き技術者の夢と美しい女性との出会いと今生の別れを描く。

後の零戦の設計者・堀越二郎の生い立ちと航空機設計に賭ける夢と青春の日々、美しい菜穂子との出会いが描かれる。
菜穂子

「零戦」とは、当時の世界のどこよりも速く長い飛行距離を持ち、空中戦において無敵を誇った戦闘機であった。

「美しい飛行機」というイメージは当時の皇国少年の夢のシンボルであった!どの時代にも「少年の夢」はあるが、それが美しく語られている。
(その時代、その時代の少年の夢、人々の思いは大事であり、しっかりと踏まえることは大切である。)

映画「風立ちぬ」で描かれた、当時の日本の風景―木造の家並み、緑の美しい田園、町や村の風景、美しいが意外に貧しく古臭くこれでよくアメリカと戦争をしたものだ、と思ってしまった。

今、皇国少年の夢を語ることが何故必要か?
戦でボロボロになって、戦に負けて、68年。
戦後は戦が無かった。軍隊も徴兵も戦死も無かった。
そういう状態がよく続いた。近代に入って初めてだ。
アブナイ、どこかで壊れそうな気がする。

ジブリの監督は戦が好きではないことがよくわかっているが、
アブナイ橋を渡っているのか?

  1. 2013/08/23(金) 18:35:20|
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『日記』 残暑お見舞い申しあげます。 8月末日

『日記』 残暑お見舞い申し上げます。 8月末日

熱帯的日々が続きます。みなさま、お体に留意下さるよう!

ブログを再開しますので、よろしくお願いします。
  1. 2013/08/23(金) 17:40:47|
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『日記』 「暑中お見舞い申し上げます」 08.03

『日記』 「暑中お見舞い申し上げます」

この暑さは1ヶ月以上続き、まるで熱帯にいるようです。
 
少し、休んで暑気払いをしとうございます。

月半ばか下旬には再開したいと思います。

8月3日
  1. 2013/08/03(土) 16:50:56|
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2013年『映画』「ビル・カニンガム&ニューヨーク」08.01

『2013年映画』「ビル・カニンガム&ニューヨーク」(米・ドキュメンタリー。
                           監督リチャード・プレス)08.01

ニット・デザイナーの知人からの情報で、「ストスナ」(ストリート・スナップ)の伝説的な存在であるビル・カニンガムのドキュメンタリーを見た。
* [ストスナ」という言葉を始めて知った。「街頭での写真・スナップ」がパリやNY でそのような伝統があると   は!


映画は「ビル・カニンガム&ニューヨーク」である。

表紙

ストリート・スナップ=街頭で街中の様子や人々の様子を撮ること、と漠然と考えていたが、カニンガムのようにファッション・スナップの世界で50年以上取り続けている存在を知って驚いた。知る人ぞ知る人、だそうである。

ニューヨーク・タイムスで長年ファッション・コラム『ON THE  STREET』 や社交コラムを担当している、
赤のコート

ビル・カニンガム(1929年生まれ)はファッション・フォトグラファーとして有名だそうだ。50年以上もニューヨークの街角でファッション・トレンドを追いかけ、今や、ストリート・ファッション・スナップの元祖といえる彼に撮られることは、ニューヨーカーのステータス・シンボルになったと云われている。

しかし、彼自身については謎に包まれており、親しい業界人でさえ彼のプライベートを知るものは殆どいないという。
リチャード・プレス監督が彼と交渉(説得に8年もかかった)撮影・編集と10年がかりでドキュメンタリー作品を完成させた。

ビルは1929年生まれの84歳、今なお現役のファション・フォトグラファー。
1948年ハーヴァード大学を中退、ニューヨークで広告業界を経て、カーネギーホールに帽子サロンを開く。兵役後、シカゴ・トリビュー紙にファッションに関する記事を書き、ファッション・ジャーナリズムに影響を与えた。

世紀の大女優グレタ・ガルボをストリートで撮影したことがきっかけで、ニューヨーク・タイムズの名物コラム『ON THE STREET 』 を30年以上、毎週写真・文章を乗せ続けている。
ショーで

ビル・カニンガムの方法は、ニューヨークのファッション・ショーを見て、(客席の脇から最新コレクションの全体像を撮る)終わるやストリートに繰り出して私服のファッション・スナップを取り続け、(街中でのファッションを撮る)夜はパーティーや社交界に出没してスナップを撮る。(社交界に出かけてくるゲストを撮る)時にはパリのファッション・ショーに出かける。(パリにファッションを撮りにきて、多くを学んでいる。目に何度でも学ばせないと、彼は云っている。)
この幾つかの場面(ショー・ストリート・パーティ)で最新のファッション感覚を磨き、スナップを撮ってきた。
ストリート②

映画では彼の求道者のような、質素で清貧な生き方を捉えている。カーネギーホールの上の古いスタジオに住み、小さな部屋には今まで撮影した全ネガが入ったキャビネットで埋め尽くされている。

彼はブルーの上っ張り(パリの清掃員のユニホーム)を着て、どんな所でも自転車に乗って出かける。パーティーでは水一杯も口にしない。出かける前に食事は済ませてくる。
(金を貰わなければ口出しされない。金に触れるな、触れたら最後だ)

「無料の服を着た有名人(紐付きの服)に興味はない。」バックにスポンサーがついて宣伝のための「広告塔」になっている有名人を信用していない。
ビルが一番問題にするのは自分に合った、新しいスタイル、シルエット、色づかいの「衣装」をどう着こなすかである。彼の名言「ファッションとは、身体に装いを凝らす芸術だ」
ダイアナ妃?

ファッション・ジャナーリストの山室一幸氏によれば、
「人種の坩堝」といわれるニューヨークの街中で、人種や文化、階級意識に対する微妙なヒエラルキーを認識しながら、総ての人々に同じ姿勢で接してカメラを向けるビルのストリート・スナップには、彼にしか撮れない被写体の「体温」が宿っているという。
(人種や文化や階級の錯綜したNYでストリート・スナップを撮り続けること自体大変なこと、それも50年間も続けた。)

ビルにしか撮れない不思議な「被写体の体温」、的確な表現だと思う。「身体に装いを凝らす芸術」の表現が「体温」が感じられるフォートになっていったのだと思う。
時代の先端をいく、シャープで個性的センスを高く評価していることもうなづけることである。

さらに、ビルのネガには戦後ニューヨークのファッション史、都市社会学・文化人類学的にも貴重な資料ともなっているという。50年にわたる各時代のファッションの歴史が積み重なっているのだ。

ビル・カンニンガム



  1. 2013/08/01(木) 23:36:56|
  2. 2013年『映画』
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