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私の見た映画・美術・

映画・美術・イタリア旅行の紀行文の紹介です。

「この半年に見た映画」 ⑬ 「ブラック・ブレッド」 6/26 記

「この半年に見た映画」 13回 「ブラック・ブレッド」 

6/26 記

「ブラック・ブレッド」(スペイン映画、監督アウグスティ・ビリャロンガ。
           ゴヤ賞初めスペイン・アカデミー9部門に輝く)
            銀座テアトルシネマ  6/23~

ブラック・ブレッド

 この映画はアンドレウ少年の視点で描かれている。
1940年、スペイン内戦後のカタルーニャ地方の森の中で、アンドレウ少年(フランセス・クルメ)は幼馴染のクレットとその父ディオニスが血まみれなって倒れているのを発見した。クレットは「ピトルリウア、、、」という言葉を残して息絶える。「ピトルリウア」とは森の洞穴に潜むと言われる羽根を持つ怪物で、子どもたちの間で魔物と恐れられていた。森の魔物に殺されたのか?
森の中を鳥のようなポーズをして裸で走る青年など幻想的な風景が展開する。幼馴染が殺された。少年たちにとって、森は魔物が棲んでいて恐ろしく幻想的な魔界なのか? 残虐な殺人が行われる恐ろしい世界なのか?

警察は殺人事件として捜査、アンドレウの父ファリオルに嫌疑をかけた。ファリオルと殺されたディオニスはかって政治運動の同志で、今は鳥の鳴き声大会(鳴き声の優劣に金を賭けて儲ける)の仲間であった。2人の間に何があった?この事件を境に村は不穏な空気に包まれてゆく。

 以前からの政治活動によって、村人の不穏な動きがあって父は身を隠すことになり、アンドレウは単身祖母の家に身をよせる。祖父が亡き後祖母の家には、伯母とその息子、まだ若く美しい末の叔母、戦時中手榴弾で片手失った従姉のヌリア(マリナ・コマス。父の兄の娘、父の伯父はフランスに亡命)がいた。アンドレウはヌリアと村の学校に通う。学校の子どもたちも貧しい家の子どもたちで、映画の題名「ブラック・ブレッド」の黒パンは貧者の食べ物、金持ちは白パンを食べる。村に漂うのは救いの見えない貧困である。アンドレフは貧しさから脱却を願って、医者になろうと勉強している。

 多くの謎を持つヌリアは学校で教師と関係を持っていると噂の美少女。不吉な言動でアンドレウを引っ張りまわす。ヌリアの暗示で屋根裏部屋を開けるとそこに父が隠れていた。突如警察が押し入り、父は「地主マヌベンス夫人に助けを求めよ」と言い残して逮捕された。

 裕福な地主マヌベンヌ夫人や町長(欧州で活躍する有名な俳優セルジ・ロベス.母を巡って父と恋敵。政敵でもある。)が村の支配層。村の複雑な人間模様や入り組んだ事件は、アンドレウ少年にとって謎多き大人たちの言動であった。思春期の多感の感性は目を凝らして真相を見つめてゆく。

物語は意外な展開を見せ、大好きで理想を失わない生き方をしている父の驚きの真相が暴かれる。実は内戦後の村では人々が生きる為に嘘を積み重ねて生きてきた。マヌベンヌ夫人の弟の遺産にからむ事件で父や殺されたディオ二スが関係していたこと。夫人が弟の遺産を横領した?夫人の息子は望まぬ結婚を強要されて外国に去ったという。夫人の命令によって、息子と禁断の関係にあったマルセルという青年を、父たちが残酷な罰を与えた。幼な馴染みの父子の殺人に父は関係しているのか?謎のまま真相は語られない。大人たちの恐ろしい陰惨な真相が隠されていたのだ。

心の均衡が崩れたアンドレウは父が飼っていた鳥の巣箱をめちゃめちゃに叩き壊す。マヌベンヌ夫人から父に、それら一連の事件の真相を黙っている代わりに、アンドレウを大学に進学する援助と養子になることが申し出される。思春期の少年の、大人たちの嘘と偽悪で塗り固められた真相を知ることは、アンドレフのこれからの人生にどのような結果をもたらすか?

父は有罪として処刑される。
 大人の世界の現実を知ってしまったアンドレウはある決断をする。

 スペイン内戦にからむ映画というと、数々の名画を思い出し想像をたくましくしてしまうのである。が、この映画に限っては当てが外れた。描かれた世界は、理想と行動に富む「青春の夢」ではなく、反対にカタルーニャの村の醜く浅ましい事件であった。

7/26
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  1. 2012/07/26(木) 15:28:41|
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「この半年に見た映画」 ⑫ 「ファウスト」 6/22

「この半年に見た映画」12回 「ファウスト」 6/22 記

映画「ファウスト」(ロシア映画/監督アレクサンドル・ソク―ロフ。原作・ゲーテによる。2011年、ヴェネチア金獅子賞)
ファウスト

* 15世紀末頃ドイツに実在した黒魔術師ファウスト博士が、錬金術・呪術・医者・辻説教師をしながらヨーロッパ各地を放浪した。悪魔に魂を奪われ最後は身を四散させられた、という怪奇な伝説が16世紀にはヨーロッパ各地に流布していった。ファウスト伝説は音楽、絵画、文学の題材にされた。

* ゲーテはその伝説に基づいて一生を賭けて大作「ファウスト」を完成した。彼の人生観、世界観が投影されている。作中のファウスト博士は、あらゆる学問を極め尽したが結局「我々は何も知る事が出来ない」と絶望し自殺を企てるまで追い詰められてゆく。悪魔のメフィストフェレスがそこに付け入り、「広い世界」のあらゆる事の体験と引き換えに魂を売り渡す事を契約する。ファウスト博士の人生遍歴の旅が始まる。結局、ゲーテは「欲望むき出しに生きる」道と「精神の高みに飛翔する」道の2つに引き裂かれ、後者によって救われる。

* 21世紀の「ファウスト」はロシアの映画監督ソクーロフ。(1,951年~)実はこの監督を知らなかった。ペレストロイカまで上映禁止の弾圧にあっていたが、我が敬愛する映画監督タルコフスキーが擁護していたそうだ。ヒトラー(「モレク神」)、昭和天皇ヒロヒト(「太陽」)、レーニン(「牡羊座レーニンの肖像」)など実在した人物を描いた作品の制作者でもある。ソクーロフを調べていたら、上の3作品に続いてこのファウストで4部作の「環」が完結するという。ここではそこまで論及しない。

* 19世紀の初頭、ファウスト博士は助手と「生きる意味」を求めて旅をしていたが、金を使い果たし借りに行った先がメフィストならぬ「高利貸マウリツィウス」で、彼に引き回されることになる。映画は19世紀初頭ドイツの、廃墟のような城や家々、街頭、猥雑で喧騒な人々を映してゆくが、何しろ汚く腐臭漂う不潔で暗い映像が続く。ただ見ていて眠気を抑えるのに苦労した。

* 映画のファウストは「生きる意味」を欲望を燃え尽くすことに賭ける。恋
しいマルガレーテを手に入れる為なら魂を高利貸に渡そうとする主人公。ソクーロフの映像美作家として凄いのは、映画全体がモノクロ的な暗い色の展開の中で、恋人マルガレーテ(イゾルダ・ディシャウク)の画面全体に広がる大写しの顔である。乳白色の美しい美少女。(藤田嗣治の乳白色より赤みがかった)フェルメールの絵画に出てきそうな少女像である。それと、高利貸マウリツィウスの裸の醜悪で猥雑な肉体、ゾンビ一歩手前の淫靡で醜悪な裸体。ソクーロフは両極端の美醜を我々に突きつけるのだった。

* 今春になって映画を立て続けに見ている。見たら何らかの文章を書くよう
に心がけている。見た時すぐに書かないと記憶が遠くにいってしまう。作品から受けた感動・共感・思ったことを核にして、表現したいと思っている。自分が感動したことを他者に伝えることの難しさを常に感じる。


  1. 2012/07/26(木) 11:18:20|
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「この半年に見た映画」 ⑪ 「ジェーン・エアー」

「この半年に見た映画」 11回 6/18 記

「ジェーン・エアー」(2011年の米・英映画。シャーロット・ブロンディの名作。
監督キャーリ・ジョージ・フクナガ)

6/17 記

余りにも有名なS・ブロンディの名作、映画・ドラマがたくさん作られた。
本映画で18作目だそうだ。日系アメリカ人監督による期待の映画化である。

 原作は19世紀中頃のイギリスが舞台。主人公ジェーン・エアー(ミワ・ワ
シコウスカ)は貧乏な孤児で普通の女子。幼い頃に両親を亡くし伯父の家に引
き取られるが、伯父も死に伯母に育てられる。伯母とその子に虐待を受ける。
寄宿学校に預けられそこでも教師によって虐められ、孤独で不遇な幼少時代を
送る。ただ、彼女は逆境にあっても、魂の自由と女性としての優れた生き方を
常に求めていた。彼女は不屈の精神で勉強し、寄宿学校を卒業してなお2年も
教師として勤めた。

19世紀英国において女性に開かれた唯一の職業であった家庭教師として、
貴族のロチェスター家に住み込む。屋敷には召使長フェアファックス夫人(ジュディ・リンチ)が万事取り仕切っていた。大女優ジュディ・リンチの起用によって、屋敷の人間模様や雰囲気、召使の様子がリアリティを持って重みを持ってくるからさすがである!)
気難しい屋敷の主ロチェスター(マイケル・ファスベンダー)と主人公との会話はまるで高尚の舞台を見ているようだ。ジョン・エーアの自らの尊厳を守り通し、精神の自由と高みを求める熱情は主人ロチェスターの孤独な心を揺さ振ってゆく。めでたく結婚の運びになった。精神病を病んで屋敷内に幽閉されていた妻の突然の出現で、結婚式はメチャクチャに!
衝撃を受けたジェーン・エアーは屋敷から逃走する。僻地での牧師一家との出会いなど、英国のカントリーサイド・草地での彷徨は彼女の人生の遍歴でもあった。焼け荒れ果て屋敷、失明し落魄したロチェスターとの再会、長い遍歴の果ての結婚であった。

上質の舞台劇を見ているような錯覚にとらわれた。米の若い監督が、19世紀文学の女性差別の中、苦難にただ耐える女性のイメージを、精神の自由と新しい世界を求め、真実の愛を求める21世紀の新しき女性像として、創造したのである。ここにこの映画の新しさがある。原作の台詞の表現を語る場面があったが、それが作品の気品にもなり、新しい世界に羽ばたこうとする女性の内面の炎として見る者を感動させる。

7/26
  1. 2012/07/26(木) 11:11:12|
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「この半年に見た映画」 ⑩ 「ル・アーブルの靴みがき」

「この半年に見た映画」 10回 「ル・アーブルの靴みがき」

6月16日 記

「ル・アーヴルの靴みがき」(フィンランド・仏映画。監アキ・カウリスマキ)
ルアーブルの靴みがき

映画や小説はもともとフィクションやメルヘンであると云うけれど、フィンランドの名匠カウリスマキの作品は格別の「メルヘン」である。作品の主題はヨーロッパ社会における移民という難問題である。彼は深刻なテーマを独特のウイットと独特な映像で料理している。作品からはヒューマンな温かさが漂っている。

北仏、ノルマンディ地方の港町ル・アーヴル。かつてパリでボヘミアン的な暮らしをしていた作家のマルセル・マルクス(アンドレ・ウィルム)は、今ここで靴みがきをして質素な生活を送っている。家には愛妻アルレッティ(カウリスマキ映画の常連のカティ・オウティネン)と愛犬ライカが帰りを待っている。(「マルクス」=共産主義の創設者。とか「アルレッティ」=フランスの往年の名女優とかの名前に彼一流の洒落のわさびが効いている)
彼を取り巻く人物は、中年を過ぎ老年に差し掛かった人々だ。取り分けの美人ではなく、生きてきた歳月の年輪を感じさせ、それが人柄に磨きをかけている。特に、女房アルレッティの大きな目と素敵な眼差しは魅力的だ。パン屋のおかみさんや八百屋の親父が互いに貧しいのにマルクス夫妻のことを心配している。彼が毎晩飲みにゆく街のカフェを一人で切り盛りするマダムの、常連客にそそぐ優しい眼差しや気配り。仕事仲間のベトナム人の靴みがき。

ある日、港にアフリカのガボンからの不法移民の乗ったコンテナが漂着する。警察の目を潜り抜けた少年イドリッサ(フロンダン・ミゲル=宝石のような大きな目をした黒人の少年)が港でマルクスと偶然に出会う。少年を母親のいるロンドンへ送り出すためにマルクスは一役を買うことになる。時を同じくして妻のアルレッティが体調の不良で入院した病院で、癌を宣告され余命幾ばくもないことを宣告される。妻は夫に内緒にして欲しいと頼み込む。
モネ警視(ジャン=ピエール・ダッサン。「キリマンジェロの雪」の主人公役で好演)という凄腕の捜査陣からイドリッサを守りながら、大金の密航費の工面に奮闘するマルクス。普段マルクスにたっぷり貸しがあるために避けていたパン屋や八百屋が、移民の子を助けるとなると意を汲んで機敏に行動し協力する。(単なる善意の援助ではなく、レジスタンスの伝統を感じたが)

映画の場面で、不法移民の乗ったコンテナの船室の蓋を開けると、10数人の黒人の顔、誇りに満ちた尊厳ある風貌である。(監督の難民への、アフリカ人への敬意の表れを感じる)
ラスト近くの場面の大きな満開の桜が見事だった。
少年は無事にロンドンの母のところへ行き着けるか?マルクスが奔走している間に、愛妻アルレッティはどうなるか?
監督カウリスマキの独特な手法は見事な「おとぎ話」に作品を昇華させたのである。

7/26
  1. 2012/07/26(木) 11:03:18|
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「この半年に見た映画」 ⑨ 「キリマンジェロの雪」

「この半年に見た映画」 9回 「キリマンジェロの雪」 6/12 記

「キリマンジャロの雪」(仏映画・監督ロベール・ゲディギャン)岩波ホール6/9~

キリマンジャロの雪

南仏の港町マルセーユの労働組合の委員長ミシェル(ジャン・ピエール・ダルッサン)は不況とグローバル化の中、労使間で決まったリストラを公正に行う為にクジで解雇者20名を選び、自らも失業した。妻のマリ=クレール(アリアンヌ・アスカリッド=監督ゲディギャン夫人)は夫の潔い決断を誇りに思うのであった。
委員長権限で自らを外すことも出来たのにそうしなかったことに、ミシェルの労働運動家としての生き方、性格が良く出ている。妻のマリも夫ミシェルの生き方を尊敬し愛して結婚30年になる。主人公はフランス社会党創設者ジャン・ジョレスの「勇気とは、普通に生活をしながらも、自身の人生を理解し、正確に受け止め、成長し、深みを与え、確立することである」を信条として労働運動家のヒーローとして生きてきた。
娘と息子夫婦と孫たちや友人が結婚30年を祝うパーティを開いてくれた。解雇された元同僚も招待され、1966年にヒットした「キリマンジャロの雪」を皆で歌い祝うのであった。歌の文句、キリマンジェロは人生の終焉の地、つまり第2の人生の門出のお祝いである。子どもたちがプレゼントしたのは長年2人が憧れていたアフリカ・タンザニア・キリマンジェロへの旅行券と、ミシェルが子どもの頃から愛好した「正義の味方・スパイダーマン」のコミックであった。無くしたと思っていた思い出の本。果たしてミシェル夫婦の第2の人生はどうなるか?
数日後、ミシェル夫婦と義弟夫婦がカードを楽しんでいた夜に、突然2人組の強盗に押し入られ、4人は椅子に縛り付けられ、旅行券もコミックも銀行カードも奪われてしまった。
犯人の1人はパーティに招待されていた、元同僚の解雇者・若きクリストフだった。逮捕された彼に警察で会う。何故、元同僚の組合の委員長の家に強盗に入ったか?「一緒に働いた仲間じゃないか。何で強盗なんかしたんだ?」「腐り切った組合幹部の交渉、妥協のご褒美は?」「クジで人員整理、裏金はいくら貰ったんだ?」吐き捨てるようになじるクリストフを、思わず殴りつけてしまう。労働運動家のヒーローにとって思いがけない侮蔑の言葉だった。
犯人クリストフは、父の蒸発、母は他の男を追いかけて育児放棄、幼い弟2人を養っていたのだった。ミシェルとマリ夫婦にとって、幼い2人の子どもを見捨てられない、、、2人は海辺で海を見ながらどうしょうか、と話し合うのであった。

マルセーユの港町の良き風景の中での、フランス人のウイットとエスプリに溢れた、人情味あふれた映画である。街のはるか彼方に見える海、港を行き来する大型の貨物船、路地裏の小路、行き来する人々、街頭の何気ない風景。賑やかに人々が集う野外パーティと料理。人々の生活があり人生があるのだ。

しかし、幼き弟2人を養うクリストフに言わせている痛烈な批判・視点を問題としたい。

坂の上の海が見えるバルコニーで酒を酌み交わしながら、ミシェルとマリは30年前、2人が同じ風景を路地から見上げながら語り合ったことを思い出す。
若者は呑気そうな老人たちを見てどう思っただろうか?
「今の自分を昔の自分が見たらどう思うか。年令は自分自身の良心と恥の一部だと思う」。2人が若者の事を思い、世界の構造的問題に考えを及ぼすことを暗示している。
クリストフに代表される、解雇=生活解体という若年層と慎ましやかな年金生活の老齢者との今の社会の構図である。監督の目は老齢者に立ちながら痛烈な批判をも見逃さない。映画はヒューマニズムで2人が幼い孤児の面倒を看てゆくことを暗示しているが、世界の構造的貧困問題が重く後に残った。
ミシェルに代表されるように、正規労働者として長年働き、組合が生活を守り、結婚、子育て、老い、定年、年金生活者という老年世代。
クリストフの様なかろうじて唯一の働き手が失職すればたちまち家庭崩壊してしまう貧困層。クリストフの両親に象徴されるように、家庭で愛を育もうという意識はなく、蒸発や育児放棄・人間性の解体がここまで来ているのだ。家庭そのものがぶっ壊れているのだ。映画では触れていないが、若年層の半数が非正規・臨時という構造的な問題。又、これも触れていないが、ヨーロッパ社会において近隣貧困国からの「移民」「出稼ぎ」が大きな問題を投げかけている。
生産現場での労働形態の構造的仕組み。「持てるもの」と「持たざるもの」との格差。貧困という重い抑圧が若者に圧し掛かっている。それはヨーロッパのみならず全世界的な問題なのだ。

いつも観客の大半を占める中高年の女性層が少なく、中高年の男性が多かったのは、映画の内容によるのだろうか?殆ど満員に近かった。

7月26日
  1. 2012/07/26(木) 10:54:53|
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「この半年に見た映画」 ⑧

「この半年に見た映画」 第8回 「隣る人」
「隣る人」(監督・刀川和也)   6/2

隣る人

「児童虐待」のニュースは毎日のように目にする。身内に幼児を抱えている身にとって格別の痛恨の極みである。問題の根底には「家族・親の崩壊」、いやもっと深く社会の深層部の解体からの、暗いメッセージではないだろうか?
映画「隣る人」は「子どもたちと暮らす」ことを実践する、児童養護施設「光の子どもの家」に8年間密着して撮った、子どもたちの成長と係り合う保育士たちの日常記録である。

児童虐待から逃れてきた子どもたちの「隣る人」になろうと、実践する「光の子どもたちの家」の職員(保育士)たち。「隣る人」とは逃れてきた子どもたちが「自分だけを受けとめる特別な存在」と感じる人のこと。親以上の存在を志向する。施設のリーダー菅原哲男氏の実践的養育思想で、優れてこの過酷な情況に立ち向かっている実践集団の核・中心思想である。

郊外の田園地帯の中の「光の子どもの家」の朝の風景。朝食の支度に忙しい職員たち、朝食を食べる子どもたち。そして慌しく学校に出かけて行く。どこにでもありそうな風景から映画は始まる。映画はマリナ(7歳の女児)ムツミ(6歳の女児)と担当保育士マリコさんとの「隣る人」関係を基軸に展開する。担当は親を担い、寝る時も同室、寝食を共にする。

マリナはここへ来た時2歳3ヶ月で、夏中何も喋らなかった。今7歳、マリコさん初め職員に徹底的に甘えている。抱っこしてもらったり、体を摺り寄せたり、寝る時に本を読んでもらったり、寝る時マリコさんの布団をムツミと奪い合ったり、と。
ムツミ、「大人の心を見透かすような眼差しを持っていて、何かを求める自分と、満たされない自分との間で格闘し、それが乱暴な言動になって、いっも突っ張っている感じの子」。(監督・刀川のインタビュー)マリコさんをマリナと奪い合う場面が幾つもあった。施設の他の子どもにちょっかいを出したり、町内放送の「良い子のみなさん!気をつけて、、、家に帰りましょう」の放送に「うるせーんだよ」と茶化したり悪態をつくムツミ。マリナがマリコさんにしがみ付き「マリナのママだよ」というのを、ムツミは「マリナちゃんのママなんてこの世にいないんだからね」と悪態をつき、言い合いになる。ここに来るまでに何があったか説明はないがいろいろと想像をかき立てられる。

次のエピソードが挿入される。
マキノさんの担当の小学生のマイカは、初めマキノさんを試す為に箸をばら撒いたり砂をまいたり様々な試練を課したが、徐々に「隣る人」の関係になっていった。それが施設の方針で(他の職員が辞めたのでその穴埋めに)マキノさんとマイカは別れることになった。マイカの号泣。異動先に向おうとするマキノさんにしがみ付くマイカ。心を鬼にして2人を引き離す職員。マイカの号泣は映画を見ている者の心をグッーと突く。
号泣が私の慟哭を抑え切れなかった。号泣はこの映画の象徴であり、子どもたちの叫びなのだ。この別れがマイカにとって痛切な意味を持つだろうことを想像させるからである。施設の危機でもある。「隣る人」の崩壊の危機である。見ている施設の子どもたちも不安を掻き立てられる。その様子をじっと見ているムツミ。
その後で、新人保育士に慰められているマイカをじっと見ているムツミ。その夜、ノートに「マリコさん、大好き 大好き 大好き」何度も書き殴るムツミ。マイカの絶望を思いやり、(何たる繊細な神経!)マリコさんを取上げられる不安に慄くムツミ。

「光の子どもの家」の実践では職員は交代制ではなく、専任(担当)制で何年かその子に就き合うことが要求される。子どもと寝食を共にする事も要求される。「隣る人」は傷ついた幼児に寄り添い、成長を熱く見守りヘルプする。思春期までに「隣る人」に巡り合えたらその子どもは、その後自立して生きてゆける、というのがリーダーの菅原氏の考えだ。
職員が「交代制ではなく、専任制」といことは一般的な労働ではないことか? 職員にも私的な部分があり、交代制によって私的部分が確保されるとされる。労働の意味転換がなされている。  
* 親に捨てられて心に傷を負った子どもを救える存在として「専任制」。「隣る人」
* 幼い時に徹底的に愛された体験を持たなかった場合、思春期になって人を愛せない悩みに悩まされる。思春期を乗り切れず挫折するケース。自己に自信が持てず生きられない。引きこもりとか精神科に入院とか自殺未遂とかが隣り合わせである。
* 「隣る人」が子どもたちの傍に付き添うことによって、思春期を通過できるという菅原氏の理念。

映画の中で保育士たちは幼児の子どもたちを抱き寄せ、甘えさせ、誉める。行きつ戻りつ成長してゆく子どもたち。音楽とか効果音はなく、映像と音だけで記録したドキュメンタリー作品。マイカの号泣がそれだけ強烈だった。

ムツミ、10歳のお誕生会。ムツミの前にロウソクに火の灯されたケーキ。みんなでハッビーバースデーを歌う。皆のお祝いのスーピーチが続く。ムツミ素直に聞いたり、おちゃらけたり、幸福なシーンである。マリコさんのお祝いのことば。
「マリコさんもむっちゃんが好きです。もう、どんなむっちゃんでも大好き。いっぱい怒ったりとかするけれど、それは、むっちゃんのことが好きだからです。夜、帰ってきたりすると、むくっと起き上がって、お帰りって、にっこり、言ってくれたりすると、あー、帰ってきてよかったなあって、いつも思います。ずっと一緒にいようね。大好きだよ。おめでとうございます」
ムツミ、小さく頷く。

カメラが、施設の外観、子どもたちの靴が一杯整理された靴箱、洗面台の子どもたちの歯ブラシ、台所で大根を切る手元、マリコさんの朝食を準備する姿を撮ってゆく。
マリコさんの声、「おはよう!」で映画は終る。(施設の日常生活を写すことで、毎日
続いてゆくことを表す。)

監督  刀川和也(たちかわ・かずや)
フリーの映像ジャーナリスト。アジアプレス・インターナショナルに所属。01~02年アフガニスタン空爆の被害を取材。8年に渡る撮影を経て「隣る人」を完成させた。

 社会福祉法人 「光の子どもの家」 代表 菅原哲男
1985年、可能な限り通常な建物でふつうの暮らしを子どもたちに提供する、「子どものための子どもの」施設を建設・運営していくことを理念として創立された小舎制の児童養護施設。本園に3棟、地域に住宅2棟を借り上げて展開している。2011年10月現在、
子ども36名、大学生6名、18歳以上自立未満3名、職員24名。





  1. 2012/07/26(木) 10:26:43|
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この半年に見た映画 ⑦ イラン映画「別離」

7月25日

「この半年に見た映画」⑦ イラン映画「別離」です。
米国の敵対国になって普段知られていない国です。
「別離」イランの女性問題にとって重要な映画だと思います。映画も考え抜かれて創られていてメッセージ性のある優れた作品です。

5月14日 記
イラン映画「別離」(アスガー・ファルハディ監督) 5/11~5/14
別離

アカデミー外国賞他、全世界で80の受賞に輝くイランの気鋭ファルハディ監督の作品。

* イランの首都テヘランに住むインテリ富裕層の一家(銀行員の夫ナデル・英語スクール教師の妻シミン・中学生の娘テルメー・祖父の4人の家族)は離婚の危機に直面していた。妻はイランでの中学生の娘の将来を考えて外国へ脱出しょうと考えていた。その準備の間に祖父(夫の父)がアルツハイマーに罹ってしまった。夫は父を置き去りに出来ないと海外脱出に反対。妻と言い争う。妻は離婚してでも娘を外国へ連れ出したいと強く希望。夫は離婚は認めても娘を放さないという。妻はやむなく実家に帰って別居状態になる。
一方、夫は父の世話と家の清掃のためラジエーという女性を雇う。夫が失業中のため夫に内緒で働く、4歳の娘を連れた貧しく若い女性。男性の体に触れることは罪ではないかと心配する敬虔なイスラム教の信者であった。

*(2組の妻は現代イランの現実を象徴する。一方は、安定的な仕事を持ち経済的に恵ま
れたインテリで、彼女は経済力も行動力もある女性でイスラム原理主義が長い間支配した
イランの政治・社会の現状に見切りをつけ海外脱出を目論む。妻の行動にはイスラムの女
性差別の問題が根底にある。一方は、夫も妻も仕事が無く生活が苦しい。妻は夫に服従・
男の体に触れることは罪ではないかと心配する敬虔なイスラム教の信者。失業・借金で
甲斐性が無い夫でも大切に思う敬虔な妻。イラン社会の下層を象徴している。伝統的な信
仰・因習・貧困にあえぐ層と、そういうイランの現状に不満を持つインテリ中産階級との
対立構図)

* 雇われたラジエーはナデルの父が失禁しているのを目撃し激しく動揺し、教会に「ど
うしたらよいか?男の人に触れても罪にならないか?」と相談したりする。別の日に目を離した隙に徘徊したこともあった。ある日、ナデルと娘のテルメールが帰宅すると、ラジエーの姿はなく父がベットに手を縛りつけられ気絶しているのを発見。ラジエーはまもなく帰ってくる。怒ったナデルは追い出そうとしてラジエーと言い争い、財布の中の金が無くなっていることを誤解して(別なことで妻が使った)盗んだと言いがかりをつけ、ラジエーを玄関から追い出す。ラジエーは言いがかりに抗議するが、無理やり追い出され階段に転がり込む。そのことでその夜、ラジエーは妊娠していた胎児を流産してしまう。

* ラジエーと夫はナデルが胎児を死産させたと告訴し、ナデルはラジエーが父を危険な目に合わせたと訴える。こうして裁判が始まる。裁判の焦点は、ナデルがラジエーの妊娠を知っていながら手荒く追い出したか、という一点にかかっていた。もし、ナデルの罪が判定されれば殺人罪になる。ナデルは知らなかったと言い、ラジエーは知っていたと主張。双方互いに譲らない。ラジエーの夫はプライドが高く妻の名誉が傷つけられたこと、(ドロボー呼ばわり)流産させられたことに怒り狂う。裁判は泥沼になってゆく。
* 一種の裁判闘争の様相を呈して行く。次から次へと速いテンポで展開する。観客を強力に画面に引き付けて逃さないのは脚本が緻密で優れているからだろう。互いに自分の人生と生活のために必死でつく「嘘」や隠されていた「秘密」などが明らかになってゆく。映画はイラン社会の抱えている問題{激しい貧富の差、行き過ぎたイスラム原理主義がもたらした弊害と軋轢、特に女性への厳しい抑圧、介護問題、夫婦の在り方、家庭の在り方、教育問題など}をあぶり出す。

* 2人の子役が上手い。特に11歳のテルメー(監督の娘サリナ・ファルハディ)がいい。事件の進行をじっと見ている。「嘘をついていない?」父をじっと見つめて訪ねるシーンなど圧巻だ。いろいろあって、裁判は決着した。最後に娘の親権が問題になった。娘はどちらと暮らすか?裁判官が「どちらにつくか?」と訪ねる。娘、「決まりました」と答えながらも逡巡する。両親は法廷の外の廊下に出される。両親は互いにそっぽを向いたまま。人々が溢れ返った喧騒の世界だ。遠くで女の雷のような叫び声が聞こえる。皆、離婚調停中だ。女の鋭い叫び声が聞こえた辺りで胸が詰まってきた。このラスト・シーンを描く為に今までのプロセスがあったのか? 監督の言いたいことはこれなのか?娘の欲しいものは?掛け替えの無い「家庭」であり、「父」であり「母」であるのか。娘の無垢な眼差しが焼きついて離れなかった。

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  1. 2012/07/25(水) 08:55:14|
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この半年に見た映画 ⑥ 「ピナ・バウシュ」 ③

DSC_1627ピナのソロ ②
DSC_1628ピナ・バウシュ 群舞


5月3日 記

「ピナ・バウシュ」の3回目です。
映画「夢の教室」と「踊り続けるいのち」の2本の映画について簡単に触れます。
「ピナの舞台」について少し批評を試みました。難しい。1回限りの、言葉の説明の無い舞台を
言葉で批評することの難しさですね。こちらがよく解かっていないこともあります。今、ピナが
生きていたら、と悔やむのです。

ピナ・バウシュを知っていますか  その ③    5/3~5/7

*「ピナ・バウシュ 夢の教室」 (監督 アン・リンセル)2010年

  出演 ピナ・バウシュ/ベネディクト・ビリエ/ジョセフィン・アン・エンディコット
ダンスの経験が全然無い10代の若者が40人集まり、10ヶ月後にピナの代表的作品のⅠつ「コンタクトホーフ」の舞台に立つこと、ピナ・バウシュの企画によって始まった。

ヴッパタール舞踊団で活躍しているダンサー、ベネディクト・ビリエとジョセフィン=アン・エンディコットが実際の指導に当たった。(エンディコットは2010年の来日公演「私と踊って」で熱烈な主役を踊ったほどの実力者である)ピナは何度も稽古場に姿を見せ、子供たちと話し合ったりエンディコットたちに指示を与えたりした。
 参加している子供たちは様々な家庭環境・性格が違い、ここに集うまで互いに名前さえ知らずダンスの経験も無く、ピナの名前すら知らなかった。10ヶ月の猛特訓の間、子供たちの恥じらい・弱音・心のわだかまり・個々の家庭環境の事などをカメラは追う。ピナは「踊ることは、自分を解き放つこと、内に秘める優しさと暴力・純真な心をさらけ出すこと」と教える。心にこだわりをもっていた少女は自分の殻を破り、内気な少年はたくましく成長してゆく。そのプロセスが映画の見どころである。

* 「ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち」(監督ヴィム・ヴェンダース) 2010年

「ベルリン・天使の詩」「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ(キューバの老ミュージシャンたちの演奏が素晴らしかった)」のヴィム・ヴェンダースの3D映像の監督作品。映画監督。ピナと同世代の、映画界の巨匠でピナとも親友である。 ピナ生前から映画のために選んでいた「カフェ・ミュラー」「春の祭典」「フルムーン」「コンタクトホーフ」の4作品の舞台を中心に、ヴッパタール舞踊団のダンサーたちが街中のモノレール・工場や森や庭園などの自然の中で繰り広げられるソロ・パフォーマンス。映像では本当の舞台はわからない。やはり、実の生身の舞台でないと。他にピナの在りし日の映像、団員たちのピナへの追悼のメッセージが収められている。

* ピナが芸術監督になって以来、自身で踊ったのは「カフェ・ミュラー」と「ダンソン」の舞台と、映画「トークトゥハー」(スペインの映画・アルモドバル監督)だけである。舞台における彼女の存在は別格である。この世のものとは思えぬ軽やかでソフトな、目を閉じ、心のうちを自ら解き放すような、天使か聖女の踊り。余りにも静かでゆったりとしたソロは見ている者の心の底に焼き付き、夢幻の彼方に私たちを誘う。その映像を見たり、思い出したりすると、今でも涙が出てくる。
 だが、果たして映画を見てあの何ともいえぬ感動を感じ取れるだろうか?映像と生身の舞台とは違うのではないか。ピナはかく言う。
 「どの公演も繰り返せません。観客も含め、すべてのものを巻き込んで<特別の瞬間>をいつも創り出そうとしています。」(2002年のインタビュー)
映像は一体化することはありえない。本質的に冷ややかなものだ。生身の舞台とは異質だ。
しかも、ピナの1回きりの舞台、同じものは無いという。「特別の瞬間」との名に込められ
た、総てが一体化した舞台。今、改めて凄い舞台だったと思う。

* 舞踊は身体の動きを中心とした、美術、音楽、衣装の舞台芸術だ。ピナの舞踊は彼女
自身が言うように、「ことばが表現できない事を伝えたい」。ことばで表す事の出来ない感情のすべてを表現したい。私が言語表現しか頭に無かった時代に、「言語が表現できない世界」とは驚異であった。私の対極にあるものとして興味をもった。
ことばで説明出来ることは舞踊ではない。「パレルモ・パレルモ」(89年)で冒頭、舞台
全面を覆う巨大な壁が轟音と共に崩れ落ちる場面があった。同時代の「ベルリンの壁崩壊」を読むのは間違い。ことばで説明できる次元だからだ。壮大な崩壊感、「終りの始まり」ともいうべき世界の始まり、という舞台設定。

* ピナ作品の一貫したテーマは、男と女の、愛と憎しみ・孤独と憧れ・愛と不安・暴力・
頽廃・滑稽・悲しみ・虚しさ・飢え・束縛・破壊。
 舞台に大掛かりな「場所」が設定されている。
「カフェ・ミュラー」=船  「コンタクトホーフ」=部屋 「船と共に」=船
「春の祭典」=土の広場  「カーネション」=カーネション畑 「1980年」=芝生
「山の上~」=樹木  「アリア集」=水を張る 「青髭」=枯葉を撒く
 舞台の上に設定された物は半端なものでない。本物の水や土や植物を舞台全面
に引く。「場所」として置かれたものはどういう意味があるのか?身体の動きに対置・拮抗
するものか?ダンサーたちはその上で自由に飛び廻る。そこで作品の展開が始まる。

* ピナの舞台のおもしろさは何だろう?ピナが狙っている「特別の瞬間」とはどういう
ものか?どうやって創ろうとするか?
 まず基本的設定として、ダンサーたちと創り上げた何百というパーフォマンスとダンスがある。テーマのもとに次々と展開する。見ていて解るものもあれば不明なものもある。例えばこういうかたちで行われる。「フェンスタープッツァー」(97年、香港)の冒頭、少女が現れ、「おはようございまーす」「ありがとー」と言う。はじめ笑っていた観客も、同じ挨拶が繰り返されるに従って飽きてくる。ふいに少女は観客に「立ち上がって隣の人と手をつないでください」と言う。観客は恐る恐るそれに従う。と、間髪を入れず少女の「ありがとー」というセリフは、突然意味を持ったものになり、意外な展開に沸いた観客はすでに舞台に「引き込まれて」いる。このように無意味なものを意味あるものに転じる方法はダンスやパーフォマでも行われ、様々な方法で観客を揺さ振り、泣かしたり笑わしたり「感情のジェットコスター」状態にもっていかれる。ピナは柔らかくて温かい触手で観客の感情や感覚の襞を探り、次ぎ次に開いていく。ドラマティックな揺さ振りや、身体感覚や視覚メカニズム、時間感覚、さらに感情の襞といった様々な方法からの働きかけによって観客と舞台の間にドラマを起こしてゆくのである。

* ピナの舞台は、どの作品も心地よさや癒しで人々を迎えてくれる。どんな残酷な場面があっても、見た後、心が癒されているのはどういうわけだろうか。
 
7/24



 
  1. 2012/07/24(火) 18:31:51|
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この半年に見た映画 ⑤ ピナ・バウシュ ②

DSC_1625ピナのソロ
DSC_1630ピナ・バウシュ舞踊団


4月29日 「ピナ・バウシュ」② の続きです。
ピナ・バウシュについて  その ②       2012.4.29~

  「天地」(04年)
 ピナは1986年のローマから(作品は「ヴィクトール」)、舞踊団を引き連れて世界中を巡りその地に滞在し、出会った人々や風土・文化から作品を創り上げてきた。パレルモ、マドリット、香港、リスボン、インスタンブール、と廻って2004年は日本である。

 「天地」は日本の埼玉、高知、東京を中心にリサーチ。ピナは一都市や一民族の文化に由来する「エスニックな舞踊」やストーリーはとらなかった。現代の現実世界で生きている人々の底に流れているものは何かを問い、その核心を求めて、舞踊の動きとフォームを創っていった。日本は世界の中の日本であり、その意味で世界の現実の底に流れているもの・普遍的課題が主題となった。

クジラ(鯨)の巨大な尾ひれと背びれ、下手に胴体の上部が配置された舞台。(捕鯨で国際的に問題になっていることは一応関係ない)ピナの抱いたイメージは終生海中に住む哺乳動物クジラの胎内のような、枯山水のような削ぎ落とした不思議な世界。生きものたちとの共生が課題でもある。
 静かな琴の音と共に1人の女性ダンサーのソロが始まり、ダイナミックな踊りを展開してゆき、17人のダンサーの群舞が舞台に繰り広げられる。或るダンサーが悲劇の主人公のように欲望と喜びについて語る。 
誰しも愛されたいと願い、女は誘惑の手をさしのべ、男は女に近かづき抑えきれない欲望をぶつける。人は食を分かち合う時一層親密になる。男は女の命令に従い、女は喜び満足する。人と人とのディス・コミュ二ケーションは悲哀を誘い悲しみとなる。諍い、嫉妬、欲望が世界を覆いつくす。

ピナがダンサーたちと創り上げた幾多のパフォマンスの中から日本的なものも使われている。日本流のお辞儀や顔を白塗ぬりにしたダンサーや、着物を着付けたり日本製品のブランド名をまくしたてたり、美しいソロダンスのバックに森山良子の「さとうきび畑」が流されたりする。
ピナの舞台は作品を貫く大きな主題のもとに、ダンサーと共に創り上げた幾多のパフォマンスで構成される。パフォマンスひとつひとつが必ずしも意味あるものでは無い。次々とダンスとパフォマンスが繰り返されたりする。クジラのような海中に棲む哺乳動物の胎内で癒されたいとか、見えぬ何者かに舞台中を何回も引っ張りまわされる“無力感”とか、本人は悲壮な覚悟でしかも1人で戦っているつもりだが、はたからみると滑稽でしかないとか、、、明確な現代的テーマは常にはめ込まれている。
次の男女2人のパフォマンスは作品のテーマに関係する重要なダンスであり熱演だった。
ドミニク・メルシー(創設期からのダンサー・男性)は、逃れられない現実世界の厳しい就縛から何とか解放されんと舞台縦横に踊る。永久に解放されないかのようだ。誠実・必死であればあるほど滑稽に見えてくる。
ジュリー・アン・スタンザック(女性)はすべてに燃え尽きても、力尽きても、なお“生”の証を留め、この世の名残りを留めようと、激情と歓喜の”陶酔のダンス“を踊る。”生“への執着の凄さを思い、果ては絶望が歓喜に昇華してゆく素晴らしさに涙が出てくるのをおさえ様がない。舞台全体を降りしきる紙吹雪の中でのソロは「ああ、日本だな」という感性を激しくゆさぶって止まなかった。

7/24
  1. 2012/07/24(火) 17:27:44|
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この半年に見た映画 ④

DSC_1631フルムーン
DSC_1628ピナ・バウシュ 群舞


7月24日

コンテンポラリーダンスのピナ・バウシュの映画が春に2本来ました。
ピナは私にとって掛けがえの無い舞台の「聖女」です。
1986年以来12回の来日公演、その内9回見ました。スペインのアドモドバル監督の「トーク・トゥ・ハー」の劇中劇としてピナは「カフェ・ミュラー」をソロで踊りました。
2009年6月癌を宣告され、5日後あの世に逝ってしまいました。茫然として為すすべ無しでした。
生前、舞台を見て解からない「パフォマンス」が多かったですが、今回映画を見て私の中での「ピナは何だったのか」を少しでも書けたらな、と思いました。

4月10日 記

ピナ・バウシュについて  その ①   2012・4・10~

ピナ・バウシュを知っていますか?
ピナ・バウシュの映画が今年になって2本上映されました。
ピナ・バウシュ(1940~2009)はドイツの女性舞踊家で、世界的なコンテンポラリー・
ダンス(ダンスと演劇を独自に融合させた)の創始者の1人です。

 ピナは73年にドイツのヴッパタール舞踊団の芸術監督になってから、30数年間、世界中
を巡って公演をした。日本にも86年から12回来日。私は93年の「ピナ・バウシュの世界」
を見て、ドラマテックな展開と、奇想天外な舞台にショックと不思議な感動を受け、その
後来日の度に見てきた。土方巽の「暗黒舞踏」以来の舞台ショック体験でした。
そのピナが2009年6月突然あの世に逝ってしまった。医者に癌を宣告されて5日後
だった。まだ69歳だった。(私と同世代にあたります)その報を知り呆然としてしばらく何も手がつかなかった。

 60年~70年代の日本の舞台芸術で活気を帯びていたのが、寺山修司、唐十郎、鈴木忠志
たちの「小劇場運動」だった。私が見たのは80年代に入ってから、鈴木忠志、太田省吾、
蜷川幸雄、串田和美のたちの演劇で反・リアリズムを鮮明にした舞台芸術でした。もとも
と新劇といわれたリアリズム演劇は興味がなく、私の舞台芸術の幻想の根本にあったのが
土方巽の暗黒舞踏や能舞台だった。
90年代に入って海外のモダンダンスの精鋭が続々と来日した。マース・カンニングハム、
マーサ・グラハム、W・フォーサイス、アルビン・エイリー、ローザスそしてピナ・バウシ
ュだった。なかでもピナ・バウシュが一番面白く、2000年に入ると観客が若い女性の層で満員になりチケットがなかなか取れなくなった。卒論の対象になったからだそうです。
「白鳥の湖」などはスタイルも振付も決まっていてクラシック・バレエといわれている
が、ピナの舞台は約束ごとから「何でもありの、一切自由」の、前者に較べて反対の極に立つモダンダンスです。コンテンポラリーダンスとも言われています。
玉三郎の舞踊は見るものを陶酔させ、夢幻の彼方に我々を誘う。ピナのダンスは真実を
追究し、むしろ陶酔を壊してゆく。反対の極に立つ。

 ピナは「自分の心の内にあるものを語り、見せ、外へ出そうとしているだけです。」(96
年パンフ)と言っている。舞踊は言葉ではなく、身体の動きの表現芸術である。音楽と独
自の舞台美術を背景にダンサーの身体の動きで展開される。ピナは舞台に立つダンサー1人
1人に問う。
「あなたは悲しかった時、どのように泣き、喜んだ時、どのように笑ったか」
言葉ではなく身体の動きで答えさせる。ウッバタール舞踊団のダンサーはピナのダンス
の理念に見合った独自の答に苦闘した。ピナはダンサーの答えから物語の意味や感情性を切り離して、ひとつひとつのパフォーマンスを再編成して、ダンスの基本的パターンを創った。ダンサーとの共作と言える。そのパフォーマンスは、特別な衣装とか場面とかではなく日常的な現実の我々が見る風景だ。ピナの舞台はその何百というパフォーマンスが基本パターンとなっている。
 
 主要作品
1973年 ヴッバタール舞踊団・芸術監督就任
「タウリスのイフィゲネイア」      (74年)   (“99年)
「春の祭典」              (75年)  (”86年06年)
「7つの大罪」             (76年)   (“02年)
「私と踊って」             (77年)   (“10年)
「カフェ・ミラー」          (78年)    (“86年06年)
「コンタクトホーフ」         (78年)     (“86年)
「1980年―ピナ・バウシュの世界」「  (80年)    (“93年)
「バンドネオン」            (80年)   (“04年)
「カーネーション」           (82年)     (“89年)
「山の上で叫び声が聞こえた」      (84年)     (“93年)
「ヴィクトール」     <ローマ>  (86年)     (“99年)
「パレルモ、パレルモ」 <シチリア・パレルモ> (89年)  (“08年)
「船と共にーピナ・バウシュの世界」    (93年)    (“96年)
「ダンソン」               (95年)    (“99年)
「フェンスターブッツァー」  <香港>  (97年)    (“99年)
「炎のマズルカ」  <リスボン>     (98年)    (“02年)
「緑の大地」    <ブタペスト・パリ>  (00年)   (“02年)
「過去と現在と未来の子どもたちのために」  (02年)   (“03年)
「ネフェス(呼気)」   <インスタンブール>(03年)  (“05年)
「天地」         <日本>     (04年)   (“04年)
「フルムーン」              (06年)   (“08年)
 (“、、、、年)は日本での公演年。

  1. 2012/07/24(火) 17:17:35|
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この半年に見た映画 ③

この半年に見た映画 ③  4月25日

ベルギーのダンデルヌ兄弟の「少年と自転車」です。問題性に富む傑作です。

4月25日。記
「少年と自転車」(監督/ ベルギーのダルデンヌ兄弟。主演セシール・ドゥ・フランス。トマス・ドレ。
少年と自転車
   
養護施設にいるシリル少年の願いは、父と一緒に暮らすことだった。何回捨てられても愛してもらいたい一心で父を追い求める。それは彼が好きな自転車に乗って疾走したり、何かを追いかけているかの様に走っているのは、心の中の「追いかけている」事の象徴である。やっと探し出した父からは「二度と来るな」と捨てられてしまう。自損、激しい苛立ちと悲しみ、心の揺れ、持って行き場のない怒り。自分の感情をどう表現してよいか判らず、蛇口の水を何回も止めてといわれても執拗に流し続けるシーン、持って行き場のない感情の表現だ。少年を演じるのは、100人の応募者の中からオーディションで選ばれた新人トマス・ドレ。少年期の孤独で繊細な心情を表して、カンヌの主演男優賞か?と噂になった程の熱演だ。

 シリル少年に手を差し伸べるのがサマンサ(セシール・ドゥ・フランス)。孤独な少年の状態に心を動かされ、週末の里親を引き受ける。恋人に「あの子を取るか俺か」と迫られ、思わず「あの子」といってしまう程少年にのめり込んでゆく。
 
 ベルギーの映画監督=ダルデンヌ兄弟はカンヌ映画祭で5作品連続主要な賞の受賞に輝く、ヨーロッパ映画界の巨匠である。前作「ロルナの祈り」(2008)の来日の時、聞いた話。「施設に預けられた子供が親が迎えに来るのを長年屋根に登って待ち続けた。しかしその約束が守られないので、人を信じることを止めて退所して犯罪グループに入ってしまった」という衝撃的な話に、着想を得て作られた。

幼児虐待、子捨て、育児放棄などが現代の重要な課題だが、この作品でクローズアップされていることは父権・男性の喪失である。作品の父親もサマンサの恋人も少年を悪事に誘う不良少年も強盗の被害を受ける男も、皆エゴイストで自分のことしか考えていない。監督は彼らに男性らしさや父らしさの喪失した男を設定している。シリル少年に向き合える男性は誰もいない。これは監督の意図か?  
それに対してサマンサの母性が唯一の救いとなっている。サマンサを演じたセシール・ドゥ・フランスが素晴らしい。若いというより中年にさしかかった自ら美容院を経営している自立した女性。シリル少年に最後まで寄り添おうとする。むしろ少年に寄り添うことで自分の中の母性に目覚めていったといえる。なぜシリル少年に救いの手を差し伸べたか?映画では一瞬暗示しているが、シリルと出会う場所が病院、彼女は不妊治療をしていた。子供が欲しかった。そうでなければ彼女が恋人より少年を選ぶ行動が理解出来ない。

シリルのような心が痛んだ少年・少女に対して、傍に寄り添う存在の大切さ。サマンサのシリルとの距離感がいい。シリルが本当に困った時に助ける。親の役割を担う。が、そうでなければべたべたくっ付かない。心に傷を受け危うい思春期を向えた者に、こういう存在があれば人生の危機を乗り越えられるのではないか。

それと「里親制度」が問題点だろう。毎日のように幼児虐待が報道さている。大震災で多くの孤児が生まれたという。親とか家族とかの血縁によらない、隣人同士の愛の関係(恋愛ではなく)が問題提起されているのではないか。

作品全体に、説明や感情をカットしたシーンが続く。ラストでシリル少年がサマンサの所へ帰ってゆくシーン、これからの2人の未来を暗示しているようだ。ベートーヴェンのピアノコンチェルト「皇帝」の壮大な調べが被さって映画は終る。ベートーヴェンが邪魔にならなかった。

7/24
  1. 2012/07/24(火) 16:30:15|
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この半年に見た映画 ②

「この半年に見た映画」②

3月の韓国映画「ポエトリー」です。名匠 イ・チャンドン監督の作品です。いい作品でした。

3月12日 記
「ポエトリー」(アグネスの詩)<監・脚、イ・チャンドン。><主演、ユン・ジョンヒ>

 「ペパーミント・キャンディ」(99)「オアシス」(02)「シークレット・サンシャイン」(07)
などの傑作を制作してきた韓国の映画監督の作品。

 韓国で数年前に起きた、少年集団が女子中学生に性的暴行を加え、その少女が自殺した事件は、韓国社会を震撼させた。事件そのものの残虐性、被害者の人権の著しい侵害が問題になった。日本で起こっても不思議は無い。「アグネス」はその少女の洗礼名。監督イ・チャンドンのこの事件に対するアプローチの方法が面白い。

 遠くで働く娘の代わりに孫の中学生の息子の面倒を見ていて、認知症に罹り始めた貧しい老女が、生まれて始めて詩を作ろうとする。孫が事件の加害者の1人だった。巧い設定だ。直接事件に行かないところがなかなかの玄人だ。

カルチャーセンターの詩の講座に通って先生から教わった、「物をよく見ること」に従ってノートを持って街中に出てゆく。リンゴを眺め木を見つめては感じたことをノートに書いてゆく。しかし、詩は出来ない。詩を作ることは言葉で何事かを歌いあげるわけだが、花鳥風月を歌っても、ちっとも詩にならない。詩を書くことは人生の中の真実、奥深い所の真実と向き合うことから始まるのだ。
認知症は言葉を喪失させ、人間性を破壊してゆく。老女は詩に何を求めているのか?記憶や言葉が失われてゆく恐怖の中で、老女は自分だけの世界(言葉)を必死に守ろうとするかのようだ。老女の詩作への試みは、自分の生きている証しの証明でもある。

老女がどのような人生を歩んできたかは、一切示されない。老女は現実離れした少女のような、妖精みたいで、いつも場違いな服装を着てひらりひらりと踊っているようなイメージ。老女を演じた、「ユン・ジョンヒ」は60・70年代の韓国のトップスターで有名なピアニストの夫とフランスに在住。長らくのパリ滞在が、老女の生活感の無さを裏付けている。名演である。

老女は事件に孫が関係していると聞き、ショックを受け、事件に向き合わざるを得ない。犯行現場の学校や少女が自殺した橋に立ち、少女の家を訪れる。老女は、現実と向き合い何を思ったか。あるいは老女自身が若い時に同じ目にあったのか?一切の説明はない。被害者への謝罪、死への悼み、悲しみに向き合う。そして、そのひた向きな思いを詩に歌う。

イ・チャンドンはラストシーンで観客の心を鷲ずかみにしてしまうのに長けた監督である。老女は舞台から消え、事件の現場の教室、少女が飛び込んだ橋、少女の写真、笑っている少女!川が滔々と流れる映像が続き、そのシーンにかぶさる様に、老女の少女への鎮魂の詩の朗読と字幕が流れ映画は終る。しばらく席を立てなかった。

老女はどこへ行ったか?老女は少女の深い悲しみを思い、孫の加害を謝罪し、自分の過去の人生を重ね合わせ、心の奥深いところから発した詩を歌いあげた。ラストの少女は笑っていた。少女の悲しみと老女は一体化したのである。

7/24

テーマ:映画感想 - ジャンル:映画

  1. 2012/07/24(火) 13:14:28|
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ここ半年に見た映画

2012・7/24
2月の「ニーチェの馬」より今年度前半期に公開された映画(主にヨーロッパ映画)を見てきました。
過去形で今すぐ見られないのですが、その時どう思ったかの記録です。

2/18 記
「ニーチェの馬」監督・脚本 タル・ベーラ(ハンガリー)
ニーチェ・縦

「聖書では神が6日間でこの糞みたいな世界を作った。私なら、何をするか?」ハンガリーの映画監督・鬼才タル・ベールが作った、6日間の映像である。
荒れ狂う風、風に抗う馬の鼻面やたてがみ、凍える寒さ、嵐の中を走る1頭の荷馬車。老いぼれた馬での荷馬車で父娘は生きている。嵐吹き荒れる谷の一軒の農家、彼等の住居である。家の窓から丘の上に1本の大きな木が立っているのが見える。木は何の寓意か?絶望的情況からのかすかな希望とも見える。

家に辿り着いた父娘は馬に飼葉を与え世話をする。強風の中、娘は家の近くの井戸に水を汲みに行き、父親の着替えの手伝いをする。右手が使えないのだ。父親は病気か負傷か?娘の仕事は茹でたじゃが芋1個の食事の支度と洗濯と馬の世話。時に窓から丘の上の1本の木を見る。これは象徴的な意味を持つ。モノクロの濃密な画面。殆ど会話のない絵画的画面。外の豪風の凄まじい暴力的な音。それだけの単調な生活の6日間をカメラは追う。カメラの回し方がロングである。娘が家の外の井戸に水を汲みにいって戻って来るワンシーンをワンカットで撮る。

1日1日何かを失い、終末に向って行く。(まるで我々の人生がそうだとでも言うが如く)疲れ果てた馬が飼葉を食べなくなり、動くのを止めた。命の泉である井戸も枯れて、ここから脱出しょうと一度試みて外に出てゆくが、余りの強風に遮られて戻って家に閉じ込められてしまう。父娘の迫りくる運命を最も象徴しているのが、いつになっても止まない暴力的な風である。ラストのまるで死んでいるかのようなストップ・モーションで映画は終る。黙示録的終末の世界。そうだ!ゴッホの「馬鈴薯を食べる人々」よりもっと苛烈で、世界の終焉に向う世界だ。神が死んだ世界。

人間はこの過酷な状況を生きなければならないのか?
ここに救いはあるのか?
この終末は誰にも避けて通れないのか?
世界がこのような過酷で救済の余地のないものだとしたら、
世界がこのような夢さえ見ることが出来ないものだとしたら、
世界がこのようなどこにも希望を見出すことが出来ないものだとしたら、

黙示録的終末的世界
ここから我々は出発したのであろうか?


  1. 2012/07/24(火) 11:38:56|
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愛の残像

「愛の残像」(監督フィリップ・ガレル。撮影ウィリアム・ルプシャンスキー
       仏映画。2008年制作。2012年日本で「灼熱の肌」と同時公開。 出演・ローラ・スメット(「水の微笑」)。ルイ・ガレル(「恋人たちの失われた革命」監督の子息)

愛の残像

写真家フランソワ(ルイ・ガレル=監督の子)が機材を担いでパリの街頭を歩いてくる。あるアパートメントに入り、エレベーターがないのか、階段を汗を掻きながら上ってゆく。一室では女優のキャロル(ローラ・スメット)が友人たちと談笑しながら待っていた。キャロルはフランソワを見たとたん心の中で戦慄が走った。この出会いが2人の運命狂わすことになる。
翌日ホテルでの撮影、フランソワはキャロルの表情を撮り続ける。視線を交わし合い、その瞬間に2人は激しく燃え上がる。キャロルの夫は映画のプロデュサーでハリウッドやロンドンにいてパリのキャロルの所にはたまに帰ってくる程度。キャロルの心はとうに冷めて新しい恋人フランソワにあった。

カメラはローラ・スメットという女優の、妖しく強烈で相手の心に食い入るような視線!誘惑するような憂いと苦悶の表情、激しく壊れやすい狂気な感情をモノクロームで捉えてゆく。(撮影ルプシャンスキーの遺作だそうだ。ゴダールなどのヌーベルバークの旗手たちの一員)モノクロの映像は久しぶりなので緊張感を持った独特な画面を読み取ってゆくのが大変だった。
時代は2000年代のパリなのだが、デジカメではなく暗室でネガを焼くとか、携帯の時代に手紙での文通とか、あえて古い時代の中でのドラマだという演出の主張か?古典的な悲劇の物語か ?
キャロルの壊れそうで狂気な情念、「私が狂ってもあなたは私を愛せるか?」「先のことなど分からないのだから、愛するなんて簡単に言わないで」両極端に揺れる心理と行動。自宅に火を放って精神病院に入れられる。キャロルの狂気な熱情に振り回され受け止め切れず、遠ざかるフランソワ。新しい恋人エヴが出来る。それを知ったキャロルは夜悲しみから酒を浴びるように飲み、バスルームで棚にある薬を手当たり次第に飲み、、、命を絶つ。

1年後、エヴは妊娠し2人は婚約する。フランソワは始め戸惑いを見せていたが新しい人生を受け入れ始めた。地下鉄の階段でべビーカーの親子を助けたり、捨て猫の頭を撫でたり新たな展開を見せるかと思われた。
しかし、鏡の中にキャロルが現れ、しきりに自分のいる世界に誘う。生と死の狭間で漂うフランソワ。キャロルへの愛の深さを幻影を通して思い知る。白黒の深い陰影の映像は、我々を濃密なドラマの世界に没入させてゆく
昔見たゴダールやトリフォーなどの「ヌーベルバーク」を思い出した。
「鏡」は写すと同時に何処かへの扉と捉えた作品があった。はるか昔、ジャン・コクトーの「オルフェ」で、冥界への扉として使われた。鏡の奥のあの世界に入って往けたら、その先に何があるんでしょうか?
  1. 2012/07/23(月) 17:39:16|
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少年は残酷な弓を射る

「少年は残酷な弓を射る」(原作英国オレンジ賞作家ライオネル・シュライバー。監督リン・ラムジー。
             主演ティルダー・スウィントン(英国の大女優).エズラー・ミラー(撮影
             時17歳の米国の新星)

 窓の白いカーテンが風で揺れている、シーンで映画は始まる。続いてスペインのトマト祭り
の群集シーン。全身真っ赤なトマトまみれになった群集がぴったり押し合っている様子をカメ
ラは真上から俯瞰する。頭上から写した頭がおし押し合っているシーンは異様でグロテスクだ。
トマトの「赤」は主人公エヴァ(ティルダー・スウィントン)家の壁にも塗られ、車にも悪戯
されている。

 血のイメージでもあり作品の冒頭、強烈な印象を刻みつけられた。映像美に優れたシーンは
魅力的で見る者を引き付けてゆく。
 冒頭のこのシーンはもうひとつ、エヴァの冒険家としての若き日の記念の象徴でもあった。
旅行作家、冒険家として自由に世界を駆け巡った彼女も、不本意ながらも妊娠で仕事を中断し
なければならなかった事を暗示する。輝ける青
春に決別しなければならぬ無念さも後であとを引く。

 ケヴィン(エズラーミラー)と名付けられた息子は赤ん坊の頃から母親であるエヴァだけに
反抗し心を開こうとしない。母親に対して異様に悪意ある若者として成長する。楽天家の夫と
の間に可愛い娘も生まれ表面的には幸福な一家として物語は展開するはずだった、、、悪魔の
ようなこの子はとうとう総てを破壊するような惨劇を引き起す。

* 救いのない映画だった。「母親にとって常に息子は可愛いもの」、「息子にとって母親は 
 愛おしいもの」という一般常識が疑われている。一般に流布されているエディプスコンプレッ
 クスと反対の概念の展開ではないか?。昨日も米国で起こった若者の銃による乱射事件。世の
 凶暴で陰惨な事件の本質に迫るには、世の反対の概念に立ってみる必要があるのか ?
* T・スウィントン演ずるエヴァと夫のジョン・C・ライリーの夫婦関係に問題がある。ライ
 リーは楽天的で味のある米国人の男を演ずるにはいいが、インテリの妻と母親を敵視する息子
 を抱えた家庭を支えきれないだろう。問題の本質を捉えられない楽天家には無理である。T・
 スウィントンの凄い演技と3人のケヴィン(年代によって俳優を替えた)との葛藤が凄い。
* エヴァがラストで「過去を振り返る」ケヴィンを抱きしめるのは、エヴァ自身の自省と罪
 を共に背負うことの表れか?このあたりに希望を見出すのか?
 
7/23
  1. 2012/07/23(月) 14:05:33|
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