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私の見た映画・美術・

映画・美術・イタリア旅行の紀行文の紹介です。

『2018年映画』「葡萄畑に帰ろう」(ジョージア・エルダル監督)12/26

『2018年映画』「葡萄畑に帰ろう」(ジョージア・エルダル監督)12/26

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ジョージアはコーカサス山脈の南、黒海とカスピ海の狭間の土地、ヨーロッパとアジアに挟まれた東西文化・民族の交流地であった。昔グルジアと言った。ペルシャ・アラブ・モンゴル・トルコ・ロシアの侵略と支配が絶えなかった。19世紀に帝政ロシアの支配、ソ連の支配と続き、1991年ソ連から独立した。内部から分離独立の動き、ロシアとの紛争、長く混乱した政治状況が続いた。2015年、「グルジア」から「ジョージア」に国名を変更。どんなに抑圧されても守ってきたのが次の3つである。「ジョージア語」「ジョージア正教」「ワイン」、独自な文化を持っている。

 しかし、我々がジョージアでイメージするのは「放浪の画家、ピロスマニ」(1969)である。その監督ギオルギ・シェンゲラヤの兄、エルダルの監督作品が今作の「葡萄畑に帰ろう」。84歳のエルダルはジョージア映画界の大御所であり、国会副議長を務めた政界の最長老。最愛の娘を亡くした後、政界を引退した。

 この作品は、ユーモアとアイロニカルな寓意に満ちた風刺映画である。監督エルダンの体験した、戦中戦後のジョージア政治史の体験が裏打ちされている。

 主人公ギオルギは故郷に母を残し、大臣に出世した。「国内避難民追い出し省」という何とも皮肉な看板の省の長官である。省内をローラースケートで行き来する職員、皆無表情で不気味な雰囲気が漂っている。大臣自慢の座り心地のいい椅子に悦に入っていると、ボタン一つで天井まで上がったり急に下がったり、ブラックコメディーの世界に引き込まれてゆく。母を忘れ、故郷を忘れた男はどのような運命をたどるか?
 妻を早く亡くし、娘とは折り合いは悪いものの、地位も権力もあり、可愛い息子と義姉と立派な家に住んでいる。順風満帆、或る
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日出会った元ヴァイオリニストのドナラとの恋も成就した。ドナラとの結婚式はジョージア伝統の飲めや歌えの結婚式。(ジョージア伝統の祝宴。)しかし、権力渦巻く泥まみれの政治の世界。彼は大臣を首に、立派な家も取り上げられる。さて、ギオルギと一家の運命はどうなるか?

5年の歳月が流れる。

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 ギオルギは故郷の母を訪ねた。「あんたの家はここ、葡萄園で働けばいい」母の温かい言葉!そうだ!故郷に帰ればいい。母の温かい言葉で忘れていたものを思い出したギオルギ。
故郷の村には妻のドナラも娘も息子も待っていた。ギオルギは葡萄畑で働き、家族との時間で自分を取り戻していった。或る日、ニュースで新首相に昔の部下が就任したことを知り、ギオルギは苦々しい思いで、今は不要となったあの「椅子」を崖から投げる。いったんバラバラになった椅子は、元どおりになり、ギオルギに向かって

 <いつだってこうでした。今もそうです。これからも同じでしょう>

と言って、不気味な笑い声をたてて、青空に去って行った。

 「椅子」は何の象徴か?権力―政治的な権力の象徴か?政治の栄光を求めて、出世階段を上ったが、権力争いに引き込まれて失脚。転落の人生をたどるが、故郷のジョージアの自然、葡萄畑に帰ってゆく。ジョージアの人にとって「言語」「正教」「葡萄酒」が大切な物だと言っている。

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 みなさん、いろいろとありがとうございました。
来たる2019年もよろしくお願いいたします。

 ジュリアンの夢




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  1. 2018/12/26(水) 17:35:58|
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『2018年映画』「ぼけますから、よろしくお願いします」(監督、信友直子) 12/2

『2018年映画』「ぼけますから、よろしくお願いします。」(監督、撮影、語り、信友直子)
                                   ポレポレ東中野 12/2 
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 広島県呉市で生まれ育った私(信友直子)は、ドキュメンタリー制作に携わるテレビディレクター。18歳で大学進学のために上京して以来、40年近く東京生活を続けている。
結婚もせず仕事に没頭する一人娘を、両親は静かに遠くから見守り続けている。
 
 そんな私に45歳の時、乳がんが見つかる。メソメソばかりしていた娘を、ユーモアたっぷりの愛情で支える母。母の助けで人生最大の危機を乗り越えた「私」は、父と母の記録を撮り始める。元々ドキュメンタリーの映像表現を幾つか手掛けてきたが、自身の病気体験を基に撮った2009年の「おっぱいと東京タワー」(私の乳がん日記)が幾つかの賞を取った。その続きで自分の両親の生活を撮ってみよう、プライベートビデオ風を考えてビデオを撮り始めた。この時は認知症のことは想定しなかった。だが、私はカメラを通して、少しずつ母の変化に気づき始めた。認知症の発症である。
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 87歳で認知症になった母を95歳の父が介護する、老老介護が現実になった。一人娘の私は、仕事を止めて実家に帰るべきか色々と悩んだ。父は「あんたはあんたの仕事をしなさい。わしが元気のうちは、わしがみるけん」という父の言葉に背中を押されて、私は記録を撮り続けた。父の言葉――“あんたの仕事”には、父は大学に行って学問をしたかったが戦争のために志しを果たせなかった、父の無念の思いが込められている。

 私は東京でテレビディレクターの仕事をしながら、故郷の呉市では父が母を介護することに甘えた。故郷には時々帰った。母は機嫌の悪い時は、何日も貯めた洗濯を手伝おうとすると、異臭がする洗濯物をいじるだけで、「放っておいて」と取付く暇もなかった。廊下での母娘のやり取りは、耳が遠くなった父には聞こえない。実家に帰る度に認知症のシグナルを感じる。やはり帰って来ようかと思うが、父の励ましの言葉に甘えるのだった

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 <ドキュメンタリーの方法論>について。2009年に自身の病気を題材に、ザ・ノンフィクションで「おっぱいと東京タワー」(私と乳がん日記)を製作したことは以前に触れた。
乳がんの時、おっぱいを切るとか抗がん剤で髪の毛が抜けるとか、隠そうと思えば隠せる。今までいろいろな方を取材してきて、“これ以上は止めて”と思うようなところまで踏み込まないと取材したとは言えない、と思って取材相手と関係を築いてきた。その上で普通だったら言わないようなことを聞くとか、、、そういうことをやってきたので、それに対する贖罪、、、(あなたにいっぱい話を聞いてしまったけれど、私はすべて出しませんというのは申し訳が立たないと思う。それが私の表現に対する姿勢だとも言える。)
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 監督のカメラは1200日になった。介護保険のサービスとか支援とかディケアなど話してゆくと、受付けなかったのが聞くようになった。家事をやったことがなかった95歳の父が家事に挑戦しだした。しかし、穏やかだった暮らしが一変、娘の私も戸惑うほどの激しい衝突!カメラには壮絶な認知症と老老介護の現実が映し出された。壊れてゆく自分に不安を抱く母と、そんな気持ちを理解する父との間には夫婦の絆が浮かび上がる。

 監督は「ここまで撮っていいか?」と常に自己自身に問うた。父・母に聞いた。「撮ってもいい?」「直子の仕事だから協力するよ」家族の認知症のシーンをどこまで撮っていいか?機嫌の悪い時には、「私だけが知らんことばかり、、」と泣いた。父は、それが“日常”だと言う。初めて見る母の自虐と混乱。洗濯物の山の前でやる気を失くしてゴロンと横になってしまうシーン。

* 認知症の修羅場のようなシーン。「私だけが知らないことばかり」と泣きだす。「やる気を失くして布団に寝てしまう」「もう邪魔になるから死にたい」「私ばかり写さないで」
* 逆に文句を言う。文句を言うのをなかなか止めない。攻撃的になる。
* 母は若い頃は戦後のキャリア・ウーマンの一人。意欲的に何でもやった。書道の全国大会で賞を取ったこともある。私に対してやさしく快活な母だった。何でも叶えてくれた。
* 機嫌の悪い時に出て来る言動の根底にあるのは若い時の明朗な言動の裏返しではないのか?母の心の深層には、あんなに出来たのに、今出来ない自己への不満・不安・自信喪失・いらだちが渦巻いているのか。心細さからの寂しさなど。

2005年、若年性認知症を取材した時は、認知症を否定的に捉えていた。が、母は可愛いいままだし、父とは今までにない関係を築くことが出来た。両親が愛し合って本当に仲が良いシーンを見た。母が布団の中から父の手を握るシーンは涙がでてくる。

この映画は、認知症の修羅ともいうべき悲惨な場面も赤裸々に撮っているのに、暗くならないのはどういう訳か?認知症の修羅を見ても、どうして絶望的にならないのはどういう訳か?認知症は多くの人が罹る病気だ。死と同じように多くの人の人生の終末期に訪れる。人間の心・理性の崩壊である。人間の寿命は限られている。いかに死んでゆくか?寿命を全うするか。それはいかに生きたかでもある。認知症の修羅が映されても、暗くならないのは作者や登場人物の”父や母”が絶望していないからだ。お互いを愛し尊敬しているからだと思う。
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  1. 2018/12/02(日) 20:47:20|
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『2018年映画』「ガンジスに還る」(インド映画、シュバシシュ・ブティアニ監督) 11/21

『2018年映画』「ガンジスに還る」(シュバシシュ・ブティアニ監督インド映画)11/21
               1016年ヴェネツィア国際映画祭入賞、他多数入賞
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 ある日、夢の中で自らの死期を悟った父ダヤは、ガンジス河畔の聖地「バラナシ」へ行くと家族に宣言する。家族の反対をよそに決意を曲げない父。恐らくダヤの母があの世から呼んでいるのだろう。聖地バラナシには死を待つ家がいくつかあり、ダヤはそこへ行って死期が来るのを待つというのだ。翌日、ダヤは牝牛を寄進し、仕方なく付き従う仕事人間の長男ラジーヴと旅立つ。
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 辿り着いた先は、安らかな死を求める人々が暮らす宿屋「解脱の家」。施設の仲間と打ち解けて、残された時間を有意義に過ごそうとするダヤ。付き従う長男のラジーヴは常に携帯をかけ回っている仕事人間。(死にゆく父と対象的な位置にいる)仕事で忙しいが、男子が彼しかいないので仕方なくついてきた。父親との関係はわだかまりがあるようだ。
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 施設長のミシュラは解脱の家の決まりを話し、「ここからは信仰の話です。突然悟るのです。それが解脱です。」と言う。この家には15日間しか滞在できないのだが、老女ヴィムラは夫に先立たれ18年もこの家に滞在している。ヴィムラは「自分は死ぬのにまだ努力が足りない。いろいろ試してみて断食もしたけれどそれでも死ねない。小手先の努力では死ねないのだ」と言う。「死」とは各人の運命みたいなもので、いつやって来るか?

 バラナシの聖地内の巡礼路があり、それが俗世との結界をなし、内側に入った者は、たとえ罪を犯した者でも死ぬと即解脱が得られるという。死期を悟った主人公ダヤは必死である。生きている内に聖地にたどり着かなければならないのだから。途中で絶えたら解脱は得られないだろう。ダヤの意志の固さの内にはそのような心理がある。
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 バラナシはヒンドゥー教の聖地で、信仰者はここで死ねば解脱が得られると固く信じている。シヴァ神に守られてこの聖地で死ねば、解脱が得られるという信仰に支えられて、古来、死ぬまでに一度はここを訪れたいと願う多くの巡礼者を引きつけてきた。ダヤがバラナシの解脱の家に入りたかったのも、ガンジス河で沐浴して祈るのも、ヨーガを実践するのも、ガンジスの聖水を飲むのも、みんな「信仰」からきている。
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「聖なる母ガンジス」の信仰の具現ともいうべき父ダヤに対して、息子のラジーヴは仕事人間の典型的な現代インドビジネスマンだ。父子は心の疎通を欠いている。映画のひとつの主題は父子の対立だ。昔高校の教師だったダヤは息子に厳しく、ラジーヴの詩人になる夢を壊した苦い思い出がある。ラジ―ヴの心のわだかまりとなっている。父に頭が上がらずいつも抑え付けられていると思い込んでいる息子。 

 ダヤはすぐ周りの人と馴染んだが、息子のラジーヴは手に携帯を持ち、常に会社と連絡を取り、なかなか馴染まない。日が昇ると人々はいろいろな生活をする。ダヤは老女ヴィムラに誘われて、ヨーガを教わる。又、彼女はノートに「ラーマ」を何字も書く。ダヤはガンジス河に入って身を清める。食事の席で、携帯で会社と連絡を取っているラジーヴにダヤは切ない表情をして、彼が作った食事を口にすると、「これが、メシか?味がない」ラジーヴは不満そうに、口に入れた途端、慌てて他の容器に吐き出す。
(ラジーヴの世間知らず、仕事以外何もできない人間の象徴として描いている)

 薬も拒み淡々と死への準備をしてゆくダヤを、複雑な表情で見守るラジーヴ。河の洗濯場で慣れぬ手つきで洗濯しているラジーヴ。その脇で書き物をするダヤ。ダヤが話しかける。「昔、よく物語を書いていたな。」「物語ではなくて、詩です。お父さんのせいです、、、」とラジーヴは言い返した。

 老女ミシュラが死んだ。ガンジスの河岸で遺体は焼かれ、ガンジスに流された。
 ある夜、ダヤは高熱を出して寝込む。最後が来たと思ったダヤはガンジスの聖水を飲ましてとラジーヴに頼む。ラジーヴは急いで家族を呼び、ミシュラに葬儀の相談を持ち掛ける。ラジーヴは河岸の火葬場にゆくと、そこでは毎日のように人が群がり、煙が立ち込める中で遺体が河に流されていた。ラジーヴは、燃え上がる炎をじっと見つめた。
 夜通し苦しむダヤを、ラジーヴが介抱していると、「わしは、お前の才能を伸ばしてやれなかった。」とか細い声でダヤが囁く。ラジーヴはダヤを抱きしめ、声を上げて泣く。

 一方、息子に対しては厳格な父だったダヤも孫娘スニタにはオオ甘だ。もうすぐ結婚が決まるというのに、孫娘が就職したいという希望を簡単に許してしまう。息子ラジーヴも食事の時、携帯の電源を切ったり、料理に挑戦したり、洗濯初めを初めてやったりする。映画は息子の成長、孫娘の自立という現代インド社会の構造をゆるやかに変えてゆくことを示している。
DSC_2463.JPGガンジス河

 聖なるガンジスの畔で、家族に温かく見守られながら人生の最後の時を過ごす。何人かの楽士が昼夜を問わず神々への賛歌や宗教歌を歌っている。人は最後の時をどのように迎えたいか。ダヤはこうして死を迎えた。
 一方残された家族――息子ラジーヴ夫妻、孫娘スニタは、残された生をどうやって全うするか(特に息子ラジーヴに象徴される)が描かれている。母なるガンジス河が滔々と流れ、人々は生を受け、生き、そして死んでガンジスに帰ってゆく。ああ、聖なるガンジスよ。

監督・脚本、シュバシシュ・ブティアニ
ラジーヴ=アディル・フセイン ダヤ=ラリット・ベへル 
ラタ=ギータンジャリ・クルカルニ スニタ=パロミ・ゴ―シュ
ヴィムラ=ナヴニンドラ・ベへル、 ミシュラ=アニル・ラストーギー

  1. 2018/11/21(水) 13:37:46|
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『2018年映画』「教誨師」(主演、大杉蓮。監督/脚本、佐向大。)10月28日

『2018年映画』「教誨師」(主演、大杉蓮。監督/脚本、佐向大)10月28日

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2018年2月、俳優大杉蓮が突然病死した。ロケ先の旅館で腹痛を訴え、急性心不全により搬送先の病院で亡くなった。66歳だった。400以上の映画・ドラマ・演劇に出演した彼の突然の死は衝撃をもたらし、何か大病を患っていたのか、、、と思ったが?

大杉蓮を70~80年代、板橋氷川台の倉庫を演劇空間にした劇場で見ている。能に通底した太田省吾主宰の「転形劇場」無言劇で、「小町風伝」「水の駅」など主役の一人として出ていた。当時、演劇はオーソドックスな大劇場より小劇場に、渦巻くように独自な演劇思想を持った演劇人が集まっていた。鈴木忠志、唐十郎、蜷川幸雄、串田和美、太田省吾、花組芝居等で、よくわからなかったが小劇団にはエネルギーがあった。転形劇場の無言劇は伝統芸能の能楽からの影響を受け、緊迫感ある舞台を創り出していた。演劇の主要素である「科白(せりふ)」(言葉)を無化して、空間の中に役者の動作と音で劇的空間を創出。削ぎ落す、純化させるなどのイメージが残っている。舞台を男と女が行ったり来たりしていた。、、、それからしばらくして、蓮さんは映画やテレビで見かけるようになった。しかし、無言劇の蓮さんと現代の彼とはイメージが合わず、亡くなって遺作の「教誨師」を見て何となく納得がいった。

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 「教誨師」は大杉蓮のプロデュース・主演作であり、遺作でもある。大杉蓮の教誨師が6人の死刑囚に面会して対話をする。世界各国で廃止が決まる中、いまだ存続するわが国の死刑制度の下(死刑が極刑として肯定されている)で、死刑囚が望めば己の心の対話を行える宗教的行事(刑の執行までだが。)平安時代から牢屋に話に行くお坊さんのことが記録されていて、そこを起源とする。教誨師と死刑囚の対話、宗教的空間があったということか?教誨室という特異な空間での会話劇の中で、魂のぶつかりあい、次第に明らかとなるそれぞれの人生。人間の本質。生きるとは何か。罪とは何か。人間ドラマの展開である。

光石研①

 無言を貫き、心を閉ざして反応しない。教誨師佐伯(大杉蓮)の問いにも一切答えようとしない鈴木(古舘寛治)。気のよいヤクザの組長吉田(光石研)。年老いたホームレス進藤(五頭兵夫)、文字を読めない。後、教誨師から文字を習う。
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よく喋る関西の女、不気味さを感じる野口(烏丸せつこ)。子の方が拒否しているのに、我が子を思い続ける気弱な小川(小川登)。
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大量殺人者の高宮(玉置玲央)。相模原事件がモデル。攻撃的な態度を教誨師にするが、刑の執行の時それまでの態度と正反対になる。
教誨師は彼らが自らの罪を見つめ、悔い改めること。心安らかに「死」を迎えられる、などを目指す。しかし、なかなか思い通りにはゆかず、自分の言葉が彼らの心に届いていないことを感じる。一通りではない心を持つ死刑囚。教誨師との葛藤が、彼らの罪の深みに炸裂する。教誨師自らが自己の人生の罪と向きあうことになる。
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死刑囚は何時、刑が執行されるか「待つ」のだ。有限の刑ではなく、無限の刑なのだ。ある意味では、「無意味な行事」だともいえる。どんなに精進しても死刑から逃げられないのだから。荒れる。自暴自棄。泣き崩れる、、、教誨師にむき出しの「生」をぶっける者もいる。
――物事の根底のところでの、真のドラマが生まれるのだ――
 それは、死刑囚だけでなく、教誨師もむき出しの「生」を晒されるのだ。何故、教誨師をやっているか?己の少年時代の過ちをえぐられることになるのだ。
映画で表現される「むき出しの生」を恐れ嫌悪すべきものと感じない。むしろ、「愛おしい生」「大切な生」として見えてくるではないか!
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< 文字を教わった年老いたホームレスが文字盤に書いた文章。>

あなたがたのうち
だれが わたしに つみがあるかと
せめうるのか

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  1. 2018/10/28(日) 20:52:41|
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『2018年映画』「負け犬の美学」(仏映画、監督.脚本サミュエル.ジュイ主演マチュー・カソヴィッツ

『2018年映画』「負け犬の美学」(仏映画。監督/脚本サミュエル・ジュイ。
                         音楽/母マリオンオリヴィア・メリラティ。   10/16
                       出演スティーブ(マチュー・カソヴィッツ)
                         チャンピオン・タレク(ソレイマヌ・ムバイエWBA世界王者
                        娘オロール(ビリー・ブレイン)母マリオン(オリヴィア)
 
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舞台はフランス。49戦13勝3分33敗。主人公スティーブの戦績である。彼はこれ程多くの敗北を重ねながら、なぜボクシングを諦めないのだろうか?冴えない戦績ながらボクシングにしがみついている中年ボクサーが映画の主人公だ。今日も敗戦、会場の外で漠然としていると、会場のスタッフに顔すら覚えてもらえない彼はあわや締め出される始末。勝ったのは3年前だという。アメリカ映画の「ロッキー」のような成功物語ではない、「負け犬の美学」が展開されるのだ。私はこんなフランス映画が好きだ。
 アメリカ映画と違って、描かれるのはリングの戦いではない。それに附随するものだ。トレーニング、試合の前後、ボクサーの孤独、無謀さ、心情、家族との暮らし、毎朝どのように起きるか、また何のために戦うのか、である。
 殴られっぱなしの体はボロボロ。妻からは50戦したら引退をと迫られている。娘から試合を見に行きたいとせがまれても、いいところを見せられない彼はダメだと言う。生活は苦しく、
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美容師の妻の稼ぎと自身のレストランのアルバイト代でやっと家計を支える日々。そんな彼の楽しみは、愛娘のピアノを弾く姿を見ること。だが、ピアノのレッスン代もろくに払えず、各請求書が溜まっているというのに、娘のパリ高等音楽院へ入学したいという夢を叶えるために、ピアノを買うことを思っている主人公スティーブ。
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 彼はピアノ購入のために、誰もが敬遠する*1欧州チャンピオンの(チャンピオン=タレクを演じるのは欧州世界チャンピオンのソレイマヌだ。*2スパーリングパートナー(実践形式の練習相手。チャンピオンが選手権のためのハードな練習の相手。試合を控えて闘争心がみなぎり荒れ狂った男を一か月の間、毎日相手をしなければならない)
に志願するのだった。パートナーの仲間は、皆輝かしい戦績を誇り自信に溢れた若者たち。何とかパートナーを務めたスティーブだが、ポンコツ呼ばわりされ、クビになった。娘のために黙って引き下がれない彼は、翌朝、薄暗い中ホテルの前でチャンプを待ち伏せ、ロードワークについて行った。ついてゆくのが瀬一杯。「サンドバッグなら間に合っている」「俺にもあんたに無いものがある」と応酬。KO負けの恐怖を乗り越えた経験とその重要性を説くスティーブにチャンプも折れ、クビは免れる。とはいえ、スパーリング中はボコボコにされるスティーブ。パートナーの仲間たちからも同様に、、、
 
 陣営の作戦会議。戦法変更を唱えるトレーナーにおずおずと異議を出すスティーブだが、負け犬は黙っていろと相手にされない。それでもめげずにチャンプの部屋に行って、自分が考えている秘策を提案する。チャンプの公開練習の日、そこに念願だった父のボクシング姿を楽しみにやってきた娘オロールの姿が。チャンプは2番目のスパーリングにスティーブを指名、観客に彼を紹介、「勇敢ないいボクサーだ」だが、「パンチは当たらないからヘッドギアは不要」と煽(あお)る。観客ドッ!と笑う。チャンプに面白いようにボコボコにされるスティーブ。ヤジを飛ばす観客。いたたまれなくなったオロールはその場を飛び出した。
 その後も普段通りにスパーリングの日々は進み、本番が近づいた或る日チャンプが彼に、意外な提案をする。「前座試合に出ないか」と。奇しくもスティーブの50試合目、引退を約束した最後の試合となる。妻のマリオンが見守る中、スティーブの最終戦が始まる――。
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 映画の中で、主人公のスティーブの目の腫れが尋常でなかった。演技としてのボクシング(振付)のシーンではなく、本当の殴り合いをやっていたのだ。メイクなんかであんな傷ができるか!劇中での50試合目は、主人公にとって引退試合なのだ。自分に才能がないことは分かっている。が、ボクシングが好きだ。年齢の加速は肉体の退化。わかっている。もう限界だということを。引き際は大切だ。勝負よりもどういう戦いをするかだ。我がボクシング人生を賭けた勢一杯の戦いをしょう。これによって引退後の人生がどのようなものになるか?結果が勝ち負けというより、俺はどのように頑張ったかという自己肯定感を得られるかということだ。

 見ていて涙が出てきた。リングは二人の男の戦いだ。白熱したボクシングの勢一杯の戦いが続く。最後の引退試合は、一度も栄光を見なかったボクサーたちへのオマージュなのだ。スターの影に日陰のボクサーがいる。彼らがいなければプロボクシング界は存在しないのだ。彼らこそリング上で得られる栄光の絶頂にいるのだ。絶頂にいることへの賛歌ともいうべきものだ。
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 娘オロールを演じたビリー・ブレインの無垢の眼差しと笑顔が可愛い。彼女が弾くショパンのノクターン2番は、映画の初めの方で弾いたのよりいいが、父のボクシングと同じレベルかなー、、、



  1. 2018/10/16(火) 21:19:21|
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