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私の見た映画・美術・

映画・美術・イタリア旅行の紀行文の紹介です。

『2013年映画』 「8日目の蝉」(12.17、原作角田光代。主演、永作博美。井上真央)

『2013年映画』「8日目の蝉」(原作角田光代、監督成島出、脚本、奥寺佐渡子、
               出演、永作博美、井上真央、小池栄子、森口瑤子

BSで永作博美主演の映画「8日目の蝉」(2011年制作)をやっていた。壇れい主演の2010年のテレビドラマは見ていないので、比較できませんが永作の映画に久しぶりに号泣した。(涙せんが緩んできた?)

写真館で
不倫相手の子(恵里菜)を誘拐・逃避行をした希和子(永作博美)。彼女は彼の子を中絶して子どもを産めない体になっていた。可愛い嬰児が欲しかった。

4歳の時、実父母のところに戻った恵理菜(井上真央)は、実の母になじめず一家がマスコミに叩かれて、希和子を憎むことで大人になった。成人して自立し、バイトで忙しい彼女だが何故か冷え冷えとした雰囲気が漂う。
愛した男は妻子があり妊娠したと話すと、希和子の時の父と同じ答えが返ってきた。「今はまずい。うちの子がもう少し大きくなったら、妻を必ず説得するから、その時まで」(男はいつもこうなのか?)さて、堕すか産むか?希和子と同じような運命をたどるのか?

映画は希和子と薫(恵里奈を希和子が付けた)の4年間の逃避行と現在の恵里奈の自分探しの物語がカットバックされて交互に描かれてゆく。

若い二人の女1
ルポライターの千草(小池栄子)が介添え役になって、恵理菜の自分探しの旅が始まる。それは希和子の逃避行をたどる道であった。薄ら覚えの微かな記憶がだんだんと鮮明になってゆく。

逃避行1瀬戸内海
薫を抱えた希和子の逃避行は瀬戸内海の、夢の島=小豆島が舞台であった。
「いろいろなものを見よう。何でも見せてあげる。きれいなもの、秋も冬も。何でもみせてあげるよ!」

逃避行は描き方によっては名所めぐりにもなる。小豆島の観光ルート、思い出の場所。思い出のシーン。
山の急斜面に立つ「笠ヶ瀧(かさがたき)寺」――中山千枚田(幻想的な虫取りの舞台になった)――農村歌舞伎舞台――戸形崎(とがたざき)の海岸(希和子が薫を抱き寄せてささやいた海辺)――福田港(島の玄関口で二人が島に入ってきて、又引きさかれた別れの港)

点火する2人
瀬戸内の青い海と美しい島々の風景をカメラは夢の島・楽園として撮ってゆく。
楽園のなかでの希和子の薫との慈しみの生活は、人生の最高の愛情の溢れた日々であった。

逃避行4海辺の2人
人の一生で一番可愛いといわれる、嬰児から幼児時代のカオルを希和子は一緒に過し、最大限に愛したことは本当に幸福だ。
「カオル、ありがとう!ママ、カオルと一緒で幸せだった。」
「ママはもういらない、何にもいらない!カオルが全部もっていって!」「大好きだよ、カオル!」といってカオルを抱きしめる。

カットバックされた逃避行の後半、涙が出て仕方がなかった。希和子に感情移入してしまう。満腔の思いの母性愛、母の情、哀しい、万葉人(まんようびと)のいうがごとくかなし。永作博美に合った役柄であり、最高の演技であった。

千草と共に逃避行の思い当たる場所を巡ってゆく恵里菜だが、ひとつひとつ思い出してゆく。希和子に連れて行ってもらったあすこ、ここ。感涙に咽ぶ彼女、母になる決心がついた。だが実母のところへ帰って、母に喜んでもらうという演出。

母になる決心をする
恵理菜が本能的に感じたものは、ここに最高の愛があった。人生では2度と得られぬ至上の愛だった。自分も我が子にそうせねばならぬ、と。


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  1. 2013/12/17(火) 10:44:54|
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2013年『映画』 「四十九日のレシピ」(12.4、伊吹有喜原作、永作博美主演)

『2013年映画』「四十九日のレシピ」(タナダユキ監督、伊吹有喜原作、黒沢久子脚本、
  出演、永作博美、石橋蓮司、二階堂ふみ、岡田将生原田泰造、荻野有里、淡路恵子。

49日のレシピ

原作も監督も脚本も主演もオール女性の作品。心の傷を癒し、人間の再生を描くほのぼのとした物語。

愛人の赤ん坊を盗んでの3年半の逃亡劇を描いた「8日目の蝉」で、数々の賞に輝いた永作博美の次の問題作! 地味だけど女の人にぜひ見てもらいたい。

家の前を流れる川の情景が映し出される。場面の展開の毎に何度も映される川の情景は、劇中人物の心情や見ている我々の気持ちを代弁しているかのようだ。

夫の不倫で結婚生活が破綻し疲れ果てた百合子(永作博美)が実家に帰ってみると、妻の乙美(荻野有里)の突然の死で生きる意欲を失った父良平(石橋蓮司)の姿があった。

失意の父と娘のところへ、イモ(二階堂ふみ)というハイテーションのロリータ少女が訪ねて来た。生前の乙美から、四十九日までの細々とした家事を引き受け、アルバイト代は貰ったという。乙美の残した「レシピ」を見せ、「四十九日には皆で飲んで歌って楽しい大宴会をやって」との遺言を授かっているといった。友人の日系ブラジル人の「カルロス矢部」(岡田将生)も呼び寄せた。
* 実はイモもカルロスも乙美が生前ボランティアをしていた施設の元生徒だった。

「暮らしのレシピカード」は父も娘も知らなかった。家事にまつわるちょっとした知恵やアドバイス、その中に自身の四十九日のこと、父と結婚するまでの天蓋孤独の人生が書かれていた。乙美は空襲で母を亡くし、母がどういう人か知らないという。(百合子の例でも触れるが、継母乙美も心の中で母親像が作られていない。母親は何をすべきか?どういう母親になっていいのかわからない)

何をしていいかわからなかった良平と百合子はイモやカルロスたちに励まされて、乙美の希望の「四十九日」の準備にかかっていった。

乙美の遺した「人生のレシビ」に導かれて年表を部屋中に張り出す。百合子が「子どもを産んだことがない人の人生なんて空白だらけなのね」言うとおり、家族史からみれば殆ど空白である。その空白を埋めるものは?

産みの母が死んでしばらくして、百合子が始めて乙美に会ったのは、父が再婚のため新しい母として紹介された時。その時、笑顔の乙美が差し出す立派なお弁当を幼児の百合子は拒否してぶちまけてしまった。そのことは「悔いの思い出」として後を引いた。幼い少女にとって新しき母はすぐには受け入れられない。が、彼女が成長する過程で修復できたはずだが、百合子は「継母」乙美との距離を縮められずに大人になってしまった。心の中で母親像が作られ無かった。継母乙美の場合と同じだ。そのことが彼女の結婚生活や人生全体に影響を与えているのではないか?

百合子は自身が母になろうとしてなれなかった。夫との子どもを作れなかった。夫との関係も母との距離と同じように問題があったのではないか?夫の子を妊娠した愛人との修羅場を避けて実家に帰ってしまう百合子?
何故、簡単に引くの?
彼女は人生において自分の意思を通すことをしてこなかった。自分の判断で生きてこなかった。
彼女が一番にやるべきことは「おっか(乙母)」と向き合うことではないか?

家族史では空白の多い乙美の人生だが、外では素敵なレシピやボランティアでの活動があった!

レシピの美味しそうな食べ物。
* 塩ラーメンにバターが入ったの。
* 揚げ立てのコロッケをソースでビシャビシャにしたの。
* おいしい豚まん。
それぞれ、レシピと出来上がった食品を絵に描いている。

空白を埋めたのは、乙美のボランティアで知り合った人々だ。集って、自分と乙美との思い出を年表一杯に書き込んだ!
乙美は血縁とは離れて、不幸な他人の一生に関わり、多くの人生の友人や子どもを持った。年表が埋まってゆく過程に私は涙が出て仕方なかった。

淡路恵子扮する伯母の唐突な変身ぶりがおかしい。演出の危うさか?

永作博美が気になる女優だと思っていたが、本作でその素晴らしさが実証された。作品の人間像を深く読み込む力を持っている。なかなかの読解力だ。

二階堂ふみ、「WOMAN」でも難しい役をよくやっていると思っていたが、なるほどいいなあー。この女優さんもバッドな役もハッピーな役もこなせる恐るべき成長株!

乙美の荻野有里、劇中の人柄で得をしている。

『日記』12・4
ジャナーリスト・学者の反対声明が連日相次ぐ中で「特定秘密法案」が通りそうだ。私みたいな戦後民主主義で育った人間には到底耐えられない。自民の幹事長の「デモがテロだ」の発言は、反対のデモを本心で恐がっているとも思えず、威嚇・恫喝としか思えない。又、その裏に政権党の都合の悪いデモには強力な治安・武装で臨むぞ、というハラが透けて見える。

みなさん!デモに行きましょう。「秘密法案」に反対しましょう!
                

  1. 2013/12/04(水) 10:36:05|
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『2013年映画』「ある愛へと続く旅」(伊・西映画。ペネロペ・クルス主演)11.24

『2013年映画』「ある愛へと続く旅」(伊・西映画、ペネロペ・クルス主演)11.24
           セルジオ・カステリット監督、原作マルガレート・マッアンティーニ
           主演、ペネロペ・クルス。エミール・ハッシュ、サーデット・ハクソイ、
              アドナン・ハスコヴィッチ、ジェーン・バーキン

今やスペインを代表する女優となったペネロペ・クルスが主演する映画。しかも、バルカン半島のサラエボが舞台、どんな物語が展開するか?

DSC_0761ある愛へと続く旅

ローマで息子と住むジェンマ(ペネロペ・クルス)のもとに、サラエボに住む古い友人のゴイゴ(アドナン・ハスコヴィチ)から電話がかかってきた。息子を連れて訪ねて欲しいというのだった。
16歳になった1人息子に思い出の地・吾が青春の地サラエボを見せたいという思いで訪れることにした。

イタリア人のジェンマは学生時代の1980年代に、旧ユーゴのサラエボに留学し、愉快な若者たちの群像と知り合いアメリカ人の写真家ディエゴ(エミール・ハッシュ)と恋に陥る。やがてローマで結婚し楽しい生活を送る。子どもを熱望するが無残にもその夢は砕かれてしまう。彼女は産めない体だったのだ。
旧ユーゴ紛争が始まると写真家のディエゴは紛争地に飛ぶ。後を追って彼女も行くが、前とは全然違うサラエボであった。かつての友人たちと再会し人道支援活動に参加するのであった。
どうしても子どもが欲しいジェンマは代理妻を承諾するアスカ(サーデット・ハクソイ)という女性と会う。ミュージシャンを目指し意志の強さと熱情の瞳を持つ女性で意気投合した。彼女に夫との子どもを託す。
サラエボは戦況が悪化し爆撃や銃撃戦の街と化した。ジェンマは代理妻アスカが産んだ赤子を抱いて必死の思いでサラエボを脱出するが、夫は現地に取り残され、命を落としてしまう。

それから16年。若者に成長した息子を伴ってのサラエボ再訪。懐かしい旧友の詩人ゴイゴとの再会。共に白髪交じりの年齢になった2人は亡きディエゴの思い出を語り合った。
旅の最後にゴイゴはアドリア海のある島へ誘う。そこで思いがけない深い愛の事実が、、、。

ボスニアのサラエボは不思議に人を引き付けてやまない。2008年の旧ユーゴ旅行の時、ボスニアのモスタルに行きながらサラエボに行けなかったことを悔やんだ。サラエボの街の映像が出るたびに何故か複雑な郷愁みたいな思いがしてくるのだ。「スナイバー通り」という物騒な通りにあるように、サラエボは1990年代にヨーロッパで起こったボスニア紛争の、いや旧ユーゴ紛争の象徴みたいな街なのだ。第2次大戦の「アウシュビッツ」に近いイメージと変なロマンみたいなものがある。

映画でペネロペ・クルス演ずるジェンマにとっても、青春の地であり戦争と虐殺の地であり、掛け替えのないところなのだ。80年代・90年代の、又、現在のサラエボのシーンがでてくると様々な思いを重ね合わせて胸迫るものを感じる。

映画はラストシーンの思わぬ逆転で魂がゆさぶられる感動を覚える。

* 追記
 11月14日にお知らせした「椿姫ができるまで」のソプラノ歌手<ナタリー・デセイ>が来日します。
 デュオ・リサイタルで、2014・4・14(月)19.00開演、サントリーホール。発売ジャパン・アーツ11.30
 プログラム
 シューマン。ブラームス。R・シュトラウス。フォーレ。ドビュッシーらの歌曲を歌います。
 ドイツ・リートとフランス歌曲です。ピアノはフィリップ・カサールです。ドビュッシーの歌
 曲集の演奏家としてフランスでは有名とか。ピアノ専門のラジオ番組の司会者として
 人気者とか。
 
  1. 2013/11/24(日) 15:00:57|
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2013年『映画』「眠れる美女」(伊映画、監督、マルコ・ベロッキオ)11.19

2013年映画「眠れる美女」(伊映画。監督・脚本、マルコ・ベロッキオ)
      出演、イザベル・ユベール。トニ・セルビッロ。マヤ・サンサ。
アルバ・ロルバケル。ピエール・ジョルジョ・ベロッキオ

2009年、イタリアで交通事故で植物人間の状態にあった女性が、延命措置の停止を求める家族の強い要望により、水分・栄養の補給を断たれ死亡した。
この措置に対するイタリアの世論は賛否が2分し、終末期医療や尊厳死に係わる課題の認識が叫ばれるようになった。

眠れる美女
イタリア映画界の奇才ベロッキオ監督はこの事件に触発されて、尊厳死問題の映画を作った。3つの物語からなる。
① かつて妻の延命措置を停止させた過去を持ち、ベルルスコーニ首相の延命 
 を続行さる法案に賛成票を投じるか悩んでいる国会議員(トニ・セルビッロ)と、その父に不信感を抱く娘(アルバ・ロルヴァケル)の話。
② 大女優の地位を捨て、植物人間状態の娘のために介護に専心する元女優(イザベル・ユベール)と俳優志望の息子の葛藤の物語。
③ 麻薬中毒で自殺願望に取り憑かれた女(マヤ・サンサ)と医者(ピエール・ジョルジュ・ベロッキオ)との話。

映画は3話が同時並行的に展開してゆく。

第一話で名優セルビッロが演じる与党の国会議員ウリアーノの苦悩、尊厳死反対の保守層を代弁する与党(ベルコニーニ首相を暗示)の圧力で党の意向に従うかどうかで悩む。実は最愛の妻が難病に苦しみ、妻の必死の願いにより延命装置を外した過去があった。母を死なせた父に娘(アルバ・ロルヴァケル)は不信を抱き、エルグラーナの延命措置のためにデモにゆく。そこで尊厳死を支持する若者に出会い恋に陥り、大切なものを失う痛みを知る。父親は法案(尊厳死反対)に賛成せよとの圧力に悩み考えた末、自分の信念を曲げるくらいなら議員を辞職して、娘と心を開いて話し合おうと決心するのであった。

第二話、伝説的な大女優(イザベル・ユベール)は輝かしいキャリアを捨て、植物人間になった娘の看病に専念している。エルグラーナ事件が娘と重なって
涙を流していた。彼女は「聖女になりたい。」自ら清らかでないと娘の回復を願えないと思っていた。俳優志望の息子は盲目的に大女優の母を愛し、女優を辞めたことが不満だった。そして、ある日、、、

第三話、医師バリッド(ピエール・ジュルジョ・ベロッキオ)は同僚たちが話題のエルグラーナの死の時期を賭け事にしたり、患者たちの医者への不満がある病院に違和感を抱いていた。
麻薬中毒で自殺願望の女ロッサ(マヤ・サンサ)は看護師たちに抱えられてきて、バリッドの目の前で手首を切る。一命を取り留めたが、窓から自殺を図ろうとする。必死に抱きとめて阻止しようとするバリッド。
ロッサとバリッドとの言い合い
ロッサ=「人生が破滅して生きていても無駄なの!こんな人生おさらばしたい!」
バリッド=彼女の横面をひっぱたく。「まだ痛みを感じるだろ」
ロッサはっとしてバリッドを見つめる。

映画全体の背景に、エルグラーナの尊厳死事件がある。3話の登場人物たちはこの事件下で起きたことなのだ。
最愛の人が死の苦しみから「楽にして!」と訴えた時どうしたらいいのか?
植物人間を17年間延命してただ生かすだけ、これでいいのか?
人生に絶望して自殺願望のとりこになった女にどういう治療があるのか?
尊厳死問題が、生と死のぎりぎりの葛藤であり、どういう行為が本当に愛することなのか、人間の生命と死の重み・尊厳を問う倫理的問題でもあった。

第3話で、見守っていたバリッドが居眠りしている隙に、ロッサは窓に近づき自殺しようとする。ふとベットの横のバリッドを見て死ぬのをやめて帰ってくる。孤独な女と不毛の日常に埋没している医師との、根源的な痛みを知っての出会い。

イタリアのT・セルビッロ、フランスのイザベル・ユベール、マヤ・サンサなどヨーロッパの名優たちの熱烈な演技が素晴らしい。

* エルグラーナ・エングラーロの尊厳死問題。
 17年前の21歳の時に植物状態に陥ったまま、まったく回復の見込みがないエルグラーナに対して、家族が延命措置の停止を求めて裁判をしてきた。カトリックの影響が大きいイタリアでは尊厳死・安楽死には抵抗が強かった。2008年、ミラノ提訴裁、続いて最高裁でやっと認める判決が出た。
 しかし、延命措置の停止を実行する病院がなかなかあらわれなかったが、2009年、北東の町ウディネの病院が受け入れを表明した。その病院へ搬送される経緯の中、イタリア中が賛否を巡って世論が2分した。
 こうした中、尊厳死反対の立場をとる保守層を支持基盤とするベルルスコーニ首相は、延命措置停止を中止の公布を目論んだ。ナポリターノ大統領は司法の決定を政府が覆すことに反対して署名を拒んだため、暫定措置令は発効せず、首相は同じ内容の法案を命令として議会の提出し可決させようとした。
 水分・栄養の管を外されたエルグラーナは3日後息を引き取った。折りしも法案を審議していた上院は、その知らせに「エルグラーナは殺された!」「大統領が殺した!」などの怒号や、それに対する野次が飛び交い議場は騒然となった。法案はその対象者の死によりその目的を果たせぬまま廃案になった。

  1. 2013/11/19(火) 16:35:41|
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2013年『映画』「椿姫ができるまで」(演出、J・F・シヴァディエ。椿姫ナタリー・デセイ)11.14

2013年映画「椿姫ができるまで」(「椿姫」原曲ヴェルディ。演出、ジャン・フランソワ・
                シヴァディエ。ヴィオレッタ=ナタリー・デセイ。音楽監督、
                ルイ・ラングレ。監督、フィリップ・べジア
                ロンドン交響楽団。エストニア・フィル室内合唱団。 11.14

ポスター

* 「椿姫」ヴィオレッタ演ずるフランスのソプラノ歌手・ナタリー・デセイのリリカルな美声に酔いしれました!

* ヴェルディの有名なオペラ「椿姫」が2011年夏、南仏のエクサン・プロヴァンス音楽祭で上演された。
それに先立つ11年春、世界最高のオペラ歌手ナタリー・デセイ(仏)と気鋭の演出家ジャン=フランソワ・シヴァディエが「椿姫」のリハーサルに臨んだ。
「ニーベルングの指輪」や「ホフマン物語」などオペラの映画化を手がけてきたフィリップ・べジアが、「椿姫」のリハーサルの映像化を託された。90時間カメラを廻し、編集したのが映画「椿姫ができるまで」である。


* 現代オペラ「椿姫」を創り上げてゆくプロセスをカメラは追ってゆく。
何故「現代」と私が名付けるかというと、派手な衣装や舞台装置の古典的なオペラとは対極的な舞台を志向しているからである。エクサン・プロヴァンスの会場が半屋外のシンプルなセットであることを前提としている。

舞台3

* 映画はソプラノ歌手ナタリー・デセイ演じる、現代の「ヴィオレッタ」を如何にして創り上げてゆくか、ヴェルディの意図=「生身の人間の、人間ドラマ」を如何にして創り上げるか、演出家と主役との作品創造への「格闘」だ。
リハーサルの進行、舞台が出来上がってゆく様子とオペラのストーリーが重なっていたので、物語性を感じられて「椿姫」を様々に描くことが出来た。

* <椿姫>とは
薄幸の高級娼婦ヴィオレッタとアルフレードとの純粋な恋と、彼女の難病による死の悲劇。ヴェルディの名曲によってオペラの名作――オペラで最も上演の多い作品となっている。

* 古典的なオペラの世界を現代の生身の人間ドラマにいかにしてゆくか?
物語の場面で、様々なヴィオレッタ像が浮かぶ。
「驕慢で気位の高い高級娼婦像、社交界の女王として、若いアルフレードの純愛に応えてゆく女として、義理と愛との相克に悩む女、死の病の中でアルフレードに恋焦がれる女、」

どのようなヴィオレッタ像を作ってゆくか?

絶唱4

ヴィオレッタはスリップ姿で、「乾杯の歌」を歌って愛の告白をするアルフレードとの「恋の戦い」をする。2人ともヴェルディの名曲によって甘くセクシーなラブシーンを作り上げる。お高く留まった従来の「高級娼婦」のイメージを覆し、誰しも共感しえる新しいヴィオレッタ像を創り上げた。
不幸な主人公の傷つきやすい心を、有名な「ああ、そはかの人か」や「花から花へ」の純粋でリリックな歌唱にのせて、観客は自分を重ねて、ヴィオレッタに感情を寄せ、涙を流す。

* それにしても、舞台がピナ・バウシュの舞台と似ているではないか!
舞台に雑然と置いてある机や椅子、野原の写真をプリントした大きな立て看板が3枚。遠景のカフェで寛ぐ男や女。雰囲気には場違いな豪華なシャンデリア。
古典的なオペラの装飾性の削ぎ落とし・シンプル化である。

* ナタリー・デセイのリリックなソプラノが素晴らしい!神から与えられた声という言葉があるけれど、久しぶりにいい歌唱に出会った。

稽古3

歌は歌として、演出家との言葉・身振り手振りでのやり取りで、ナタリーが演技を深め、歌い方を変えてゆくのにびっくりした。
「ヴィオレッタが死ぬ場面にカタルシスを出したい」という演出家の提案に、ナタリーが何度も試行錯誤を繰り返し舞台を作っていた。

デセイ 1

* ナタリー・デセイ (1965~)
国際的に活躍しているソプラノ歌手。リヨン生まれ。ボルドー国立音楽院で声楽を学ぶ。90年、ウィーン歌劇場のモーツアルト国際コンクールで優勝、パリ・オペラ・コミック座でオペラ・デビュー。92年、ロマン・ポランスキー演出「ホフマン物語」のオランピア役で脚光を浴びる。94年、エクサン・プロヴァンス音楽祭で、<魔笛>の「夜の女王」役でさらなる喝采を浴びた。
演技に対する貪欲な姿勢は並々ではなく、役の大小に関わらず積極的に挑み続け、レパートリーを次々と開拓している。
09年にはオペラ歌手人生の目標であった<椿姫>をサンタフェ音楽祭で好演し、翌10年には、トリノ王立歌劇場のツアーで日本での公演も果たした。本作で撮影されているJ・F・シヴァディエ演出、エクサン・プロヴァンス音楽祭での公演に続き、11年にはヴィリー・デッカー演出のメトロポリタン歌劇場でもヴィオレッタを演じ、新たな当たり役になりつつある。
08年には、ペリ演出<連隊の娘>でローレンス・オリヴィエ賞を受賞。

* ジャン=フランソワ・シヴァディエ(1963~)
演劇の名門・ストラスブール国立劇場高等演劇学校の出身。著名な演出家の舞台に俳優として立つ傍ら演出家としても名を馳せる。2000年、ブルターニュ国立劇場の客員アーティストに就任。P・O・K・ボーマルシェの「フィガロの結婚」ブレヒトの「ガリレイの生涯」などの演出作はフランス国内を巡回した。
05年、「ダントンの死」の演出でモリエール賞。プッチーニの「蝶々夫人」(04)モーツルトアルトの「フィガロの結婚」(08)ビゼーの「カルメン」(10)などオペラ作品も数多く演出し、本作はウィーン国立オペラ座の演目となった。

* 1950年代に映画監督ルキノ・ヴィスコンティと稀代のソプラノ・マリア・カラスが組んだスカラ座の<椿姫>が現代オペラの幕を開けたという。それから半世紀、様々な展開をしてきたそうです。

* 小生のCDは
 カルロス・クライバー指揮、バイエルン国立管弦・合唱団
  ヴィオレッタ=イレアナ・コトルバシュ。
  アルフレード=プラシド・ドミンゴ
  ジェロモン =シェリル・ミルンズ

 若きドミンゴの美声にびっくりした!
 コトルバシュの悲壮感漂う純情な声もいい!

  1. 2013/11/14(木) 15:33:05|
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