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私の見た映画・美術・

映画・美術・イタリア旅行の紀行文の紹介です。

2011年⑦『イタリア列伝の旅』 「シエナ」そのⅠ  2011.5.17(火) 記12.10.5

2011年⑦『イタリア列伝の旅』「シエナ」その1 2011.5.17(火) 記12.10.5

ドゥオモと塔
      (シエナ、ドゥオモと塔)

カンポ広場に寝転ぶ人
    (カンポ広場で寝転ぶ人)

 シエナのカンポ広場に寝転がって空を見てみたいと言うと、コルトーナの「受胎告知」の大ファンの女史にげらげら笑われた。シエナの魅力を知ったのは、昨年の旅行だった。ドゥオーモの素晴らしさに感動している内に時間がたってしまい、カンポ広場でお土産を買って去らざるを得なかった。シエナの不思議な魅力は後を引いた。。
①「コムーネ」という市民の代表によって運営された中世の自治都市シエナ、聖母マリア信仰の熱いシエナ、もし か したら、僕が心の底から求めているイタリアかも知れない。ヨーロッパ市民社会の根底にある自治と自由と 独立の精神の歴史があるかも知れない。  
② 絵画における「シエナ派」。特に市立美術館の、シモーネ・マルティーニやアンブロジオ・ロレンツェッティ の作品。絵画館や付属美術館のシエナ派の作品を見たい。
③カンポ広場のカフェで休み、広場に寝転んでマンジャの塔やあたりの景色を見ながら旅のつれづれに思いをはせ たい

市の鍵の献上
     (フィレンツェとの決戦の時、市民たちは市の鍵を聖母に預けて戦った。)
A)シエナの歴史
 10世紀時代からは有力貴族が政権を握っていたが、13世紀大商人・銀行家などの上級市民が政権を支配した。ローマ教皇からヨーロッパ半分の税金の徴収権を一時任されてシエナの金融業・商人の富を増大させた シエナは教皇派(ゲルフ)のフィレンツェとは仲が悪く、商業覇権を巡って何度も戦争を繰り返した。皇帝派(ギベリン)に拠っての1,260年「モンタペルティの戦い」で奇跡の勝利を得てから、1348年のペスト、14世紀後半の経済危機、共和制の崩壊までの黄金時代70年間(1287~1355年)にシエナ市民主義は花を開く。

 シエナには「コムーネ」という都市自治組織があり、それがシエナ及び郊外農村地域を統治していた。その「コムーネ」が「ノーヴェ」(9人の代表による評議委員会)を外から雇って政治を任せた。(政治・司法・警察・行政・軍事・外交などを行う「ノーヴェ」をシエナの外から雇い、請負させた。彼らの権勢化をコントロールしながら)貴族や司教・封建領主を排除した上・中層市民の共和制の政治を行った。
 
マンジャの塔と市庁舎
      (マンジャの塔と市庁舎)
B).「カンポ広場」「市庁舎」
 後でドゥオーモ付属美術館の屋上から眺めてみると「マンジャの塔」「プッブリコ宮」(市庁舎)と「カンポ広場」が見事に調和しているのが分かる。14世紀にレンガをひきつめ、9つに区切られた扇形の広場で市庁舎に向って傾斜している。こことヴェネツィアのサン・マルコ、ローマのサン・ピエトロと並んでイタリア3大広場といわれている。日常市民が集ってくる憩いの場になっている。年2回行われる「パリオの競技」(コントラーダ対抗の裸馬の競馬)で広場は熱狂と歓声で包まれる。

カフェも一杯
      (カンポ広場のカフェは夕方客で一杯になった)
 フリータイムの時、最後にここのカフェでお茶を飲んだ。広場には程好い人々が散策に来て坐ったり寝転んでいた。至福の時間が流れていた。夜9時近くに1人で又広場に来て寝転んでみた。昼ほどではないが結構の人が座っていた。夢の公約を果たしたと思った。
 シエナの人は街中で友人や知人と出会うと互いに抱き合って(今の言葉でハグする)挨拶を交わし、キスして別れる。何組も見た。他の都市ではそれは見かけず、シエナには中世が残っていた。

C)「プッブリコ宮殿の市立美術館」(カンポ広場に面して立っている。)
 * 市庁舎2階の「評議会の間」(世界地図の間)・「平和の間」

荘厳の聖母・市庁舎
       (市庁舎・マルティーニの(荘厳の聖母>)
1、「荘厳の聖母」(マエスタ)シモーネ・マルティーニ
 「マエスタ」とは多くの聖人や天使に囲まれたマリアが母として誇らかにイエスを抱いている構図をいう。他にないシエナ特有の聖母子の祭壇画。マルティーニの「マエスタ」は燦然と燃えていた。煌びやかな大星雲が燦然と燃えていた。言葉を失った。青地の背景に左右の聖人や天使たちが生きて息づいている。極楽浄土の楽園の図だ。天使・聖人の表情が1人1人丁寧に描かれ、見ているものを安らぎと不思議な世界に誘う。聖母が坐る玉座の下にダンテ風の3行詩が書かれているという。
 私の愛する者たちよ、心にとどめておきなさい/あなた方が敬虔な祈りを捧げるように/
 あなた方が望むことをかなえてあげる/けれども、力を持つ者が弱い者を苦しめるのなら
 ば/そのもの達に恥辱と咎めを科す/あなた方の祈りはこの者たちのためではない/私の町を裏切る者のためでは ない
 シエナの市民は守護者聖母を熱心に信仰する。独特の聖母信仰である。

2 1308年、ドゥッチョ(1255~1319年)の「マエスタ」(荘厳の聖母・現ドゥオーモ付属美術館)が完成し、ドゥオーモに運びこまれる時の様子をある本が伝えている。
司教は信仰熱き一団を指揮し行列を組み、コムーネを初め全市民は店を閉め行列に続き、カンポ広場をぐるりと廻ってから大聖堂までこの絵を送っていった。町じゅうの鐘が高らかに鳴り響いた。信仰と民衆、芸術と民衆がこのように熱くほとばしる関係があったろうか?尋常でない熱きシエナの民の歴史に思いをめぐらす。これは遠い昔の神話時代の話ではなく14世紀の話だ。民衆の信仰に支えられた宗教の理想のあり方をみる。
ドゥッチョはジョットと同世代 の画家で、マルティーニやロレンツェッティ兄弟に影響を与えシエナ派の祖となった。

DSC_2558グイドリッチョが描かれている壁面
     (市庁舎、「世界地図の間」に飾られている<グイドリッチョ・ダ・フォリアーノ騎馬像>)
2、「グイドリッチョ・ダ・フォリアーノの騎馬像」シモーネ・マルティーニ
 荒涼とした戦場をグイドリッチョ将軍は1人行く。前方の山上都市はこれから攻める敵城か?後方の城はすでに攻略した城か。将軍を孤高と捉えるか意気軒昂と捉えるか?ただ背景の群青の青い空だけが心の底に焼きついて離れない。この絵の作者について疑問が出されている。将軍は実在の優れた傭兵隊長であり、シエナはかくて守られたと主張しているかのようだ。「グイドリッチョ」の深い群青の青は私の心に焼きついてしまった。 

DSC_2622善政の寓意が描かれている部屋
       (市庁舎、A・ロレンツェッティの「善政と悪政の図」)
3、「善政と悪政の図」アンブロージョ・ロレンツェッティ(1285~1348年)1339年制作
 シエナ共和国の理想の政治理念を表現した希少な絵画である。正面に正義と公共に奉仕する「善き政府」が描かれる。右壁面に善き政府のもとで繁栄する都市と農村の様子が描かれる。左壁面には悪しき政府の様子と、荒廃する都市と農村の様子が描かれている。この寓意画が掲げられていたのが市民政府の「閣議の間」だと言う事に傑作な意味がある。14世紀前半のシエナの市民主義の面白さはこう云う所にもある。閣議をやる部屋の壁面に「善政の効果」「悪政の効果」の寓意画を掲げているところがどこにあるだろうか?シエナ市民主義のふところの深さ、志向する地平の高さを思う。
 シエナ派の出発をプッブリコ宮に掲げられた市民主義の熱き理念を原点と考える。その後国際ゴシック派として開花してゆくのだが、黒死病、経済破綻、市民主義の破綻と芸術の土台が崩れてゆくのを止めようもない。

D)。 「善政と悪政の図」(1338~39年制作)補遺
 市庁舎「ノーヴェの間」(平和の間)に掲げられた世界に稀な絵である。「善政」をやると世の中はどうなるか、「悪政」だとこうなるのだ、と左右3面にわたって壁面に大きく描かれた寓意である。壁画は正面に「公共善」と「正義」が支配する「善き政府」の寓意画が、右に善き政府のもとで繁栄する都市と農村の様子が、左に悪政のもとで荒廃する都市と農村の様子が描かれている。重要なのはここでノーヴェ(9人の執政官)の閣議が行われ、シエナの政治が執行されていたことだ。

DSC_2625善政・左側
       (善政と平和の寓意=左側の部分)
「善政と平和の寓意の図」
左側上空に聖書を手にした「叡智」いる。その下に「正義」。大きな天秤を2つ持ち、それぞれ擬人像が乗っている。左の「置換の正義」は1人に王冠を与え、もう1人の首を刎ねている。右の「分配の正義」は金庫と槍と指揮棒(公の職務の象徴)を立派な服装の2人に渡している。これは「公共の金をうまく利用して政治を行い、厳格な処罰によってシエナを運営する」を示している。「分配の正義」から1本の紐が出てきて「調和」の擬人によって24人の市民の行進に引き継がれる。凝った服装をしたシエナを代表する、銀行家、大商人、学者たちである。彼らによってシエナの市民主義は支えられていること示している。
 「悪政の効果」
悪政の寓意とその結果がひとつの画面に描かれている。画面右中央に角と牙の悪魔のような「専制政治」が金や宝石のついたマントを着て金の杯を持っている。足元には色欲の象徴である山羊がいる。打ち負かされ縛られた「正義」が捕らえられている。専制政治の周りには「残虐」「裏切り」「欺瞞」「激怒」「分裂」「戦争」の擬人が描かれている。「専制政治」の上には3人の邪悪な女性像。「貪欲」「傲慢」「虚栄」のイメージ化である。
 中央の場面、都市の家々は壊され火が放たれ、兵士たちが人々を殺し傷つけ横暴を極めている。働いているのは職人と鍛冶屋だけで武器をつくっている。左の丘の連なる広大な風景では村が火をつけられ、畑を耕す者は誰もいず荒廃した不毛の世界である。

 女性のダンス
     (善政の効果=シエナの町の平和で幸福な様子)
ダンス(拡大)
      (踊る若い女性たち)
「善政の効果」
  正義の善政が行われているシエナの町は幸せで喜びが満ち溢れている。靴屋やワインを売る店、教師の授業を熱心に聴く生徒、屋上では左官屋が働き、人々が家業に熱心に励んでいる。婚礼を迎えた娘を祝って輪になって踊る若い娘たち。狩に出る馬上の貴族たち、農村から食料を運んできた農夫と平和な都会の風景である。
  農村では冬と夏の作物が一緒に描かれ、種まきと刈り入れが同時に描かれている。丘の間や平野の中に小川が流れ、遠くに青い海が見える。(当時のシエナが必死に探していた水源や待望していた交易港を暗示)街道は馬上の貴族、物を運搬する馬、編成の商人の一行で賑わっている。
 何回もイタリアに来て、やっと求めていた作品にであった! 西欧やイタリアに求めていた「市民主義・民主主義」の原点・原型みたいなもの、それにやっと巡り合えた感じ。 
アンブロージョ・ロレンツェッティは物語性に優れた画家である。「聖母子」や「荘厳の聖母」「聖ニコラウス伝」「受胎告知」をみても夢幻の物語を織り込めながら描いている。この「善政と悪政の効果」は14世紀前半のシエナ市民主義の黄金期の芸術表現として最高のものである。単なる政治的プロパンダではなく、絵画の質としてもいいと思う。作中、「9人の踊る一団」や「海辺の都市」は独立して切り離しても充分に愉しめる。
  
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  1. 2012/10/04(木) 18:09:42|
  2. 2012年『映画』
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「この半年に見た映画」 ⑬ 「ブラック・ブレッド」 6/26 記

「この半年に見た映画」 13回 「ブラック・ブレッド」 

6/26 記

「ブラック・ブレッド」(スペイン映画、監督アウグスティ・ビリャロンガ。
           ゴヤ賞初めスペイン・アカデミー9部門に輝く)
            銀座テアトルシネマ  6/23~

ブラック・ブレッド

 この映画はアンドレウ少年の視点で描かれている。
1940年、スペイン内戦後のカタルーニャ地方の森の中で、アンドレウ少年(フランセス・クルメ)は幼馴染のクレットとその父ディオニスが血まみれなって倒れているのを発見した。クレットは「ピトルリウア、、、」という言葉を残して息絶える。「ピトルリウア」とは森の洞穴に潜むと言われる羽根を持つ怪物で、子どもたちの間で魔物と恐れられていた。森の魔物に殺されたのか?
森の中を鳥のようなポーズをして裸で走る青年など幻想的な風景が展開する。幼馴染が殺された。少年たちにとって、森は魔物が棲んでいて恐ろしく幻想的な魔界なのか? 残虐な殺人が行われる恐ろしい世界なのか?

警察は殺人事件として捜査、アンドレウの父ファリオルに嫌疑をかけた。ファリオルと殺されたディオニスはかって政治運動の同志で、今は鳥の鳴き声大会(鳴き声の優劣に金を賭けて儲ける)の仲間であった。2人の間に何があった?この事件を境に村は不穏な空気に包まれてゆく。

 以前からの政治活動によって、村人の不穏な動きがあって父は身を隠すことになり、アンドレウは単身祖母の家に身をよせる。祖父が亡き後祖母の家には、伯母とその息子、まだ若く美しい末の叔母、戦時中手榴弾で片手失った従姉のヌリア(マリナ・コマス。父の兄の娘、父の伯父はフランスに亡命)がいた。アンドレウはヌリアと村の学校に通う。学校の子どもたちも貧しい家の子どもたちで、映画の題名「ブラック・ブレッド」の黒パンは貧者の食べ物、金持ちは白パンを食べる。村に漂うのは救いの見えない貧困である。アンドレフは貧しさから脱却を願って、医者になろうと勉強している。

 多くの謎を持つヌリアは学校で教師と関係を持っていると噂の美少女。不吉な言動でアンドレウを引っ張りまわす。ヌリアの暗示で屋根裏部屋を開けるとそこに父が隠れていた。突如警察が押し入り、父は「地主マヌベンス夫人に助けを求めよ」と言い残して逮捕された。

 裕福な地主マヌベンヌ夫人や町長(欧州で活躍する有名な俳優セルジ・ロベス.母を巡って父と恋敵。政敵でもある。)が村の支配層。村の複雑な人間模様や入り組んだ事件は、アンドレウ少年にとって謎多き大人たちの言動であった。思春期の多感の感性は目を凝らして真相を見つめてゆく。

物語は意外な展開を見せ、大好きで理想を失わない生き方をしている父の驚きの真相が暴かれる。実は内戦後の村では人々が生きる為に嘘を積み重ねて生きてきた。マヌベンヌ夫人の弟の遺産にからむ事件で父や殺されたディオ二スが関係していたこと。夫人が弟の遺産を横領した?夫人の息子は望まぬ結婚を強要されて外国に去ったという。夫人の命令によって、息子と禁断の関係にあったマルセルという青年を、父たちが残酷な罰を与えた。幼な馴染みの父子の殺人に父は関係しているのか?謎のまま真相は語られない。大人たちの恐ろしい陰惨な真相が隠されていたのだ。

心の均衡が崩れたアンドレウは父が飼っていた鳥の巣箱をめちゃめちゃに叩き壊す。マヌベンヌ夫人から父に、それら一連の事件の真相を黙っている代わりに、アンドレウを大学に進学する援助と養子になることが申し出される。思春期の少年の、大人たちの嘘と偽悪で塗り固められた真相を知ることは、アンドレフのこれからの人生にどのような結果をもたらすか?

父は有罪として処刑される。
 大人の世界の現実を知ってしまったアンドレウはある決断をする。

 スペイン内戦にからむ映画というと、数々の名画を思い出し想像をたくましくしてしまうのである。が、この映画に限っては当てが外れた。描かれた世界は、理想と行動に富む「青春の夢」ではなく、反対にカタルーニャの村の醜く浅ましい事件であった。

7/26
  1. 2012/07/26(木) 15:28:41|
  2. 2012年『映画』
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「この半年に見た映画」 ⑫ 「ファウスト」 6/22

「この半年に見た映画」12回 「ファウスト」 6/22 記

映画「ファウスト」(ロシア映画/監督アレクサンドル・ソク―ロフ。原作・ゲーテによる。2011年、ヴェネチア金獅子賞)
ファウスト

* 15世紀末頃ドイツに実在した黒魔術師ファウスト博士が、錬金術・呪術・医者・辻説教師をしながらヨーロッパ各地を放浪した。悪魔に魂を奪われ最後は身を四散させられた、という怪奇な伝説が16世紀にはヨーロッパ各地に流布していった。ファウスト伝説は音楽、絵画、文学の題材にされた。

* ゲーテはその伝説に基づいて一生を賭けて大作「ファウスト」を完成した。彼の人生観、世界観が投影されている。作中のファウスト博士は、あらゆる学問を極め尽したが結局「我々は何も知る事が出来ない」と絶望し自殺を企てるまで追い詰められてゆく。悪魔のメフィストフェレスがそこに付け入り、「広い世界」のあらゆる事の体験と引き換えに魂を売り渡す事を契約する。ファウスト博士の人生遍歴の旅が始まる。結局、ゲーテは「欲望むき出しに生きる」道と「精神の高みに飛翔する」道の2つに引き裂かれ、後者によって救われる。

* 21世紀の「ファウスト」はロシアの映画監督ソクーロフ。(1,951年~)実はこの監督を知らなかった。ペレストロイカまで上映禁止の弾圧にあっていたが、我が敬愛する映画監督タルコフスキーが擁護していたそうだ。ヒトラー(「モレク神」)、昭和天皇ヒロヒト(「太陽」)、レーニン(「牡羊座レーニンの肖像」)など実在した人物を描いた作品の制作者でもある。ソクーロフを調べていたら、上の3作品に続いてこのファウストで4部作の「環」が完結するという。ここではそこまで論及しない。

* 19世紀の初頭、ファウスト博士は助手と「生きる意味」を求めて旅をしていたが、金を使い果たし借りに行った先がメフィストならぬ「高利貸マウリツィウス」で、彼に引き回されることになる。映画は19世紀初頭ドイツの、廃墟のような城や家々、街頭、猥雑で喧騒な人々を映してゆくが、何しろ汚く腐臭漂う不潔で暗い映像が続く。ただ見ていて眠気を抑えるのに苦労した。

* 映画のファウストは「生きる意味」を欲望を燃え尽くすことに賭ける。恋
しいマルガレーテを手に入れる為なら魂を高利貸に渡そうとする主人公。ソクーロフの映像美作家として凄いのは、映画全体がモノクロ的な暗い色の展開の中で、恋人マルガレーテ(イゾルダ・ディシャウク)の画面全体に広がる大写しの顔である。乳白色の美しい美少女。(藤田嗣治の乳白色より赤みがかった)フェルメールの絵画に出てきそうな少女像である。それと、高利貸マウリツィウスの裸の醜悪で猥雑な肉体、ゾンビ一歩手前の淫靡で醜悪な裸体。ソクーロフは両極端の美醜を我々に突きつけるのだった。

* 今春になって映画を立て続けに見ている。見たら何らかの文章を書くよう
に心がけている。見た時すぐに書かないと記憶が遠くにいってしまう。作品から受けた感動・共感・思ったことを核にして、表現したいと思っている。自分が感動したことを他者に伝えることの難しさを常に感じる。


  1. 2012/07/26(木) 11:18:20|
  2. 2012年『映画』
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「この半年に見た映画」 ⑪ 「ジェーン・エアー」

「この半年に見た映画」 11回 6/18 記

「ジェーン・エアー」(2011年の米・英映画。シャーロット・ブロンディの名作。
監督キャーリ・ジョージ・フクナガ)

6/17 記

余りにも有名なS・ブロンディの名作、映画・ドラマがたくさん作られた。
本映画で18作目だそうだ。日系アメリカ人監督による期待の映画化である。

 原作は19世紀中頃のイギリスが舞台。主人公ジェーン・エアー(ミワ・ワ
シコウスカ)は貧乏な孤児で普通の女子。幼い頃に両親を亡くし伯父の家に引
き取られるが、伯父も死に伯母に育てられる。伯母とその子に虐待を受ける。
寄宿学校に預けられそこでも教師によって虐められ、孤独で不遇な幼少時代を
送る。ただ、彼女は逆境にあっても、魂の自由と女性としての優れた生き方を
常に求めていた。彼女は不屈の精神で勉強し、寄宿学校を卒業してなお2年も
教師として勤めた。

19世紀英国において女性に開かれた唯一の職業であった家庭教師として、
貴族のロチェスター家に住み込む。屋敷には召使長フェアファックス夫人(ジュディ・リンチ)が万事取り仕切っていた。大女優ジュディ・リンチの起用によって、屋敷の人間模様や雰囲気、召使の様子がリアリティを持って重みを持ってくるからさすがである!)
気難しい屋敷の主ロチェスター(マイケル・ファスベンダー)と主人公との会話はまるで高尚の舞台を見ているようだ。ジョン・エーアの自らの尊厳を守り通し、精神の自由と高みを求める熱情は主人ロチェスターの孤独な心を揺さ振ってゆく。めでたく結婚の運びになった。精神病を病んで屋敷内に幽閉されていた妻の突然の出現で、結婚式はメチャクチャに!
衝撃を受けたジェーン・エアーは屋敷から逃走する。僻地での牧師一家との出会いなど、英国のカントリーサイド・草地での彷徨は彼女の人生の遍歴でもあった。焼け荒れ果て屋敷、失明し落魄したロチェスターとの再会、長い遍歴の果ての結婚であった。

上質の舞台劇を見ているような錯覚にとらわれた。米の若い監督が、19世紀文学の女性差別の中、苦難にただ耐える女性のイメージを、精神の自由と新しい世界を求め、真実の愛を求める21世紀の新しき女性像として、創造したのである。ここにこの映画の新しさがある。原作の台詞の表現を語る場面があったが、それが作品の気品にもなり、新しい世界に羽ばたこうとする女性の内面の炎として見る者を感動させる。

7/26
  1. 2012/07/26(木) 11:11:12|
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「この半年に見た映画」 ⑩ 「ル・アーブルの靴みがき」

「この半年に見た映画」 10回 「ル・アーブルの靴みがき」

6月16日 記

「ル・アーヴルの靴みがき」(フィンランド・仏映画。監アキ・カウリスマキ)
ルアーブルの靴みがき

映画や小説はもともとフィクションやメルヘンであると云うけれど、フィンランドの名匠カウリスマキの作品は格別の「メルヘン」である。作品の主題はヨーロッパ社会における移民という難問題である。彼は深刻なテーマを独特のウイットと独特な映像で料理している。作品からはヒューマンな温かさが漂っている。

北仏、ノルマンディ地方の港町ル・アーヴル。かつてパリでボヘミアン的な暮らしをしていた作家のマルセル・マルクス(アンドレ・ウィルム)は、今ここで靴みがきをして質素な生活を送っている。家には愛妻アルレッティ(カウリスマキ映画の常連のカティ・オウティネン)と愛犬ライカが帰りを待っている。(「マルクス」=共産主義の創設者。とか「アルレッティ」=フランスの往年の名女優とかの名前に彼一流の洒落のわさびが効いている)
彼を取り巻く人物は、中年を過ぎ老年に差し掛かった人々だ。取り分けの美人ではなく、生きてきた歳月の年輪を感じさせ、それが人柄に磨きをかけている。特に、女房アルレッティの大きな目と素敵な眼差しは魅力的だ。パン屋のおかみさんや八百屋の親父が互いに貧しいのにマルクス夫妻のことを心配している。彼が毎晩飲みにゆく街のカフェを一人で切り盛りするマダムの、常連客にそそぐ優しい眼差しや気配り。仕事仲間のベトナム人の靴みがき。

ある日、港にアフリカのガボンからの不法移民の乗ったコンテナが漂着する。警察の目を潜り抜けた少年イドリッサ(フロンダン・ミゲル=宝石のような大きな目をした黒人の少年)が港でマルクスと偶然に出会う。少年を母親のいるロンドンへ送り出すためにマルクスは一役を買うことになる。時を同じくして妻のアルレッティが体調の不良で入院した病院で、癌を宣告され余命幾ばくもないことを宣告される。妻は夫に内緒にして欲しいと頼み込む。
モネ警視(ジャン=ピエール・ダッサン。「キリマンジェロの雪」の主人公役で好演)という凄腕の捜査陣からイドリッサを守りながら、大金の密航費の工面に奮闘するマルクス。普段マルクスにたっぷり貸しがあるために避けていたパン屋や八百屋が、移民の子を助けるとなると意を汲んで機敏に行動し協力する。(単なる善意の援助ではなく、レジスタンスの伝統を感じたが)

映画の場面で、不法移民の乗ったコンテナの船室の蓋を開けると、10数人の黒人の顔、誇りに満ちた尊厳ある風貌である。(監督の難民への、アフリカ人への敬意の表れを感じる)
ラスト近くの場面の大きな満開の桜が見事だった。
少年は無事にロンドンの母のところへ行き着けるか?マルクスが奔走している間に、愛妻アルレッティはどうなるか?
監督カウリスマキの独特な手法は見事な「おとぎ話」に作品を昇華させたのである。

7/26
  1. 2012/07/26(木) 11:03:18|
  2. 2012年『映画』
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