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私の見た映画・美術・

映画・美術・イタリア旅行の紀行文の紹介です。

『2019年映画』「COLD WAR あの歌、2つの心」ポーランド映画 監督パヴリコフスキ 7/8

『COLD WAR (冷戦)』-あの歌、2つの心― (ポーランド映画)
                   
        監督、パヴェウ・パヴリコフスキ。撮影、ウカシュ・ジャル
        出演、(ズーラ)ヨアンナ・クーリク。(ヴィクトル)トマシュ・コット。
            (カチマレク)ボリス・シィツ。(イレーナ)アガタ・クレシャ。
            (ジュリエット)ジャンヌ・バリバール。
                  
             ジャズ・クインテット(ピアノ=マルチン・マセツキ。
             サクソフォンやベースやトランペットやドラム奏者)
             バッハ=ゴールドベルク変奏曲の「アリア」

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映画は、主人公の15年に亘る宿命的なラブストーリーと、ポーランド民俗音楽及びジャズ&クラシックの音楽総体、特に民俗音楽が素晴らしい。俗悪な社会主義リアリズムに対してポーランドの民俗音楽の素晴らしさ。COLD WAR(冷戦)、15年に亘る歴史状況のなかで繰り広げられるドラマ。主人公たちの人生、ポーランド音楽、冷戦情況に覆われる東欧社会。白黒の映像が不思議な効果をあげた、オペラ的要素たっぷりの作品である。映画はシンプルなモノクロームの映像の中での、夜のパリの佇まいの、何という美しさ!

1949年、ポーランド。民族の音楽を収集するため村から村へと訪ね歩いていた男女がいた。
彼らの使命は、民族音楽を集め、歌とダンスの才能に恵まれた少年少女を探し、マズレク舞踊団を立ち上げることだった。管理部長のカチマレク、ピアニストのヴィクトル、ダンスのイレーナが中心となって団員を選抜して舞踊団を作りあげていった。

ピアニストのヴィクトルの心を奪ったズーラという少女がいた。ダンスのイレーナが「問題児なのよね」と指摘する。「父殺しで執行猶予中」と聞いて驚いたヴィクトルは、「お父さんと何か?」と尋ねるが、ズーラは平然と「母の代わりをしょうとしたから、だけど死んでない」「私に興味?それとも私の才能に?」直情的なズーラと内省的なヴィクトルとの宿命的な出会いであり、冷戦という過酷な状況に翻弄され、別離と再会の15年のラブストーリーを生きるのである。
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1951年、ワルシャワで初舞台の幕が開く。ひときわ輝く光を放つズーラ!公演は大成功!ヴィクトルたちは大臣に呼び出され、最高指導者の賛歌を歌えば支援は惜しまないと、もちかけられが、「私たちは純粋な民俗芸能に拘っている」とイレーナは断るが、カチマレクは引き受ける。

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(40年代末から冷戦に入って行き、ソ連を中心とするスタリーン主義が東欧諸国を襲った。文化・芸術において<社会主義リアリズム>の支配である。演目の中に露骨に個人崇拝・スタリーン賛美が入ってくる。西欧音楽を捨て切れないヴィクトルはパリへ亡命する。その時、ズーラを誘うが、彼女は来なかった。)

1954年、パリでヴィクトルは編曲や作曲しながら、ジャズバンドのピアニストとして活躍していた。舞踊団のツアーがやってきてズーラと再会する。「未熟だから未来が不安だったというズーラ。二人は強く抱き合った。ヴィクトルは一緒に暮らしていた恋人ジャンヌに「大切な女に会った」とうちわける。

1955年、ヴィクトルは舞踊団の公演を見るためにユーゴスラヴィアを訪れるが、保安局の男たちに連行され、パリへ送り返されてしまう。ズーラは空席に向かって悲しく歌うのであった。

1957年、シチリア人と結婚して合法的にポーランドを出たズーラは、夫と別れてヴィクトルと暮らし始める。ヴィクトルのプロデュースでレコードデビューを果たしたズーラだが、パリの華やかな浮ついた日々が馴染めず、次第に心を閉ざしてゆく。
 
そんな中、何も言わずにズーラはポーランドに帰ってしまう。ヴィクトルが舞踊団に電話をかけても、「行方不明」だと言われてしまう。ヴィクトルはズーラを追ってポーランドに戻り、懲役15年の刑を受け刑務所に入れられた。やがて、ズーラがやってきてヴィクトルを出す為に政府高官と結婚し男の子の母親になっていた。

愛の民謡「2つの心」、「オョョ―ィ」は舞踊団の中心的な歌で心に迫る切ない歌だ。ズーラに何度か異なった歌い方をさせている。素朴な農民の歌のような、、、哀愁を帯びた切ない歌であるかのように、、、亡命先のパリでのやるせなさが忍び寄るようなアンニューな「オョョーィ」。

ラスト・クレジットに流れるグレン・グールドの弾く「ゴールドベルク変奏曲」の「アリア」が人々の心を癒し続けるのである。


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  1. 2019/07/06(土) 16:00:08|
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『2019年映画』「僕たちは希望という名の列車に乗った」ドイツ映画

2019年映画』「僕たちは希望という名の列車に乗った」(監督ラース・クラウメ
               出演レオナルド・シャイヒャー。トムグラメンツ
               ロナルト・ツェアフェアフェルト 6/1

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 1950年代は僕らにとって文学に目覚め、西欧の思想や共産主義というものにも出会った、色々なものに出合った覚醒期だった。ソ連とか共産主義がバラ色の布で覆われた時代であった。(その後失速するが)戦争が終わり日常に平和が訪れた、60年の安保闘争までの、全世界がまだぼやけた霞みがかかった時代であった。

 共産主義がバラ色に思える一方、ハンガリー動乱、ポーランドの民主化、ワレサの連帯、プラハの春、東欧ではソ連型一党独裁政権の強圧に抗して、民主化を求めて民衆が立ち上がった。それに対して必ずソ連の戦車が出てきて民主化を弾圧。デモと戦車、戦車と市民のデモの対立という構図が戦後東欧史の僕のイメージに強く残っている。

 映画は1950年代の東ドイツのエリート校の高校生たち。第2次大戦が終わり社会主義国として踏み出した、青春の真っただ中にいた彼ら。ドイツ映画「僕たちは希望という名の列車に乗った」は、一九五六年の「ハンガリー動乱」が関係して、東ドイツの高校生が主人公だ。ある時、二人の高校生が西ベルリンに行き、映画館に入った。(ベルリンの壁が出来たのは1961年、それまで東西の交通は可能だった)ニュース映画が付いて、ハンガリー動乱が、ハンガリー国民の自由を求める運動であると報道されているのを見て、二人は衝撃を受けた。当時の東ドイツ国家権力は「ハンガリー動乱」を「反革命」と断罪した。しかし、若者たちは納得しない。ソ連の支配の息苦しさに抵抗して抗議の声を上げたのではないか。僕たちも自由を求める彼らに連帯すべきではないか。二人は学校でクラスに訴えて、動乱の死者たちへ「二分間の黙とう」を捧げた。ここに戦後の東ドイツ社会主義の若々しさを見る。

 「2分間の黙とう」がソ連圏の東ドイツでは、「国家への重大な犯罪」になってゆく。校長を越え、共産党の幹部が乗り出してくる。女性でナチのゲシュタポのように怖い共産党の幹部、ケスラー。「首謀者は誰か?何を狙っているのか?黙とうしたのは誰と誰だ?」犯人捜しが始まった。クラスの生徒一人一人、呼び出して追求する。言わないと退学だと脅迫する。犯人捜しの手法は隠微で過酷なものだった。

 彼らが通う高校の進学コースは、将来を約束されたエリートへの道だった。彼らに退学という脅しは将来を左右する決定的な揺さぶりだった。だが、ナチばりの脅しによく耐えた高校生たち。また、彼らの祖父や父親に暗い影として付きまとうナチイズムの過去。ナチと社会主義が彼らの家族の歴史に深く反映されている。
共産党幹部ケスラーの巧妙で隠微な追求は、西ドイツに行って卒業試験を受けようと決心するまでに追い詰めた。彼らの家庭の事情によって「西行き」は家族を引き裂くこともあった。果たして、彼らの運命は、、、どうなるか?西へ行って卒業試験を受けられるだろうか?

映画の最後に字幕で東ドイツに残った4名を除いて全員が西ドイツに行き卒業試験を受けたとある。映画の舞台は1950年代で戦争の傷跡が残っていた。作中人物の家族関係で表現される。父親がナチ党員だったので夫に引け目を感じて服従している母親。社会主義者として命を賭けたとされた父親の隠された秘密。ナチスに付けられたという共産党幹部ランゲの首の切り傷。
しかし、高校生たちは古い戦争の傷跡を越えて生きてゆくのです。高校生たちの生き方・行動力に新しい息吹を感じます。
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2019年公開 (ドイツ映画)
監督     ラース・クラウメ
  1. 2019/06/01(土) 10:40:42|
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『2019年映画』「希望の灯り」(ベルリン映画祭受賞。監督トーマス・ステューバー)5/3

『2019年映画』「希望の灯り」(ベルリン映画祭入賞。監督トーマス・ステューバー
                             出演フランツ・ロゴフスキ。サンドラ・ヒユラー。
                                ぺーター・クルト。   5/3
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 ドイツ映画はナチイズムに関連した作品が多いが、この作品は平凡な市民―落ちこぼれた階層の人々が主人公だ。東ドイツの大型スーパーマーケット、深夜の巨大倉庫が舞台だ。深夜、商品の補充や破棄をしている労働者たち。先輩労働者たちは悪態をつくがみんな人が良い。仕事が終わると、みんなが帰るのを責任者が一人一人握手して送り出す。(東独時代の残りか?)小さなチョコ・クッキーにろうそくを立てて誕生祝いをしている。クリスマスイヴには集まってイヴを祝う。これは日本にも米国にもない、ドイツしかも旧東ドイツだけに残っている職場の情景ではないか?ソ連支配下の旧東ドイツの悪評とは異なる一面だ。スーパーマーケットの深夜、倉庫管理専門の労働者たちのホットな庶民たちの話である。

映画のファーストシーンで「美しき青きドナウ」や「G線上のアリア」などの名曲を巧く使って、映画全体に名の知らない曲が流れていた。

こういう職場に首、腕、背中に刺青を入れた無口な若者クリスティアンが、試用期間付きで採用される。管理責任者ブルーノの監督を受けることになる。冷戦時代の東ドイツでトラックの運転手をしていたブルーノは労働者仲間から慕われている。ブルーノはクリスティアンにフォークリフトの動かし方とかいろいろと仕事を教える。無口の変わり者の彼もだんだん溶け込んでゆく。
DSC_2896.JPGマリオンとクリスティアン

クリスティアンは棚越しに見た年上の女性マリオンに恋する。店内の休憩所で二人はデートするようになる。だが、職場の中年女性から、マリオンは既婚者であること、傷つけないで欲しいと忠告される。落ち込む彼をブルーノは慰める。或る日、ブルーノから東ドイツ時代のスーパーについて聞かされる。ここはトラック輸送会社で今いる従業員はトラックの運転手だった。東ドイツが無くなって会社も無くなって、そのままスーパーマーケットで働き始めた。そこで、従業員みんなの独特な雰囲気が理解できた。
マリオンが仕事に来なくなり寂しいクリスティアン。ブルーノは見かねてマリオンの家庭―夫が暴力を振るうーのことを話す。クリスティアンは花束を持ってマリオンを訪ねる。入浴中のマリオンにビックリして逃げ出してしまう。
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或る日、ブルーノはクリスティアンを自宅に呼ぶ。ブルーノは妻を亡くし、一人暮らしだった。旧ドイツ時代を「楽しい時代」と呼び郷愁を語る。その郷愁に生きているようだ。クリスティアンを「お前いい奴だ。皆もそう思っている」と励ますのだった。やがてマリオンも仕事に復帰し工場も以前のような明るさを取り戻していった。ところがある日、ブルーノが自殺してしまう。

ブルーノの自殺の場面でやっとこの映画の秘密が分かった。映画の意味を。ブルーノはなぜ自殺したかの訳は明らかにされない。旧東ドイツ時代の郷愁をしきりに語る彼の姿が全てだ。妻も死に喪失に耐え切れなくなったのだろう。又、この工場のベテラン従業員全員がブルーノである。彼らは旧ドイツの崩壊によって喪失した。ベルリンの壁崩壊によって解放された人もいるけれど、人生を喪失した人もいる。この工場のベテラン従業員のように。喪失した人は残りの人生をどう生きるか。耐えて生きるしかないと映画は言っているかのようだ。喪失と悲哀、耐える人生、人生にはそう一面もあるよと言っている。
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マリオンはブルーノに教わったフォークリフトによって波の音を発生させ、憧れの波の音・海の音を聞く。(海から遠い内陸部の人にとって海は憧れである。)

ブルーノに代わって職場管理責任者となったクリスティアンは、今や一人前の従業員となって働いている。

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  1. 2019/05/03(金) 10:07:01|
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『2019年映画』「セメントの記憶」(監督ジア―ド・クルス―ム.シリアドキュメンタリー映画4/16

大きい文字>『2019年映画』「セメントの記憶」 (監督、脚本ジア―ド・クルス―ム..
             撮影監督,タラ―ル・クーリ、音響監督アンツガー・フレーリッヒ)
              ドイツ、レバノン、シリア、カタール、アラビア語 
              中東のパリ、ベイルート、地中海を眺望する超高層ビルの建設現場
                シリア人移民労働者の受難のドキュメント! シリア・ドキュメンタリ―

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<男性のモノロ―グ>
1975年から1990年までの内戦で、レバノンの中心街は崩壊した。その後、ある男の父が長い間、レバノンの建設現場に出稼ぎに行っていた。帰った父がキッチンに一枚の絵を貼った。ある男がその絵と父の記憶を語った。

「その絵には白い砂浜、青い空、風景を囲むように2本のヤシが描かれていた。その男が少年の頃初めて見た海の記憶である。父親の手のひらがセメントの味がしたのを思い出す。
父は少年に語った。“労働者は戦争が国を破壊し尽くすのを待っているんだ。”

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<ベイルートの高層ビル>
近代建築と歴史的建造物が混在した美しい街並みで、多くの観光客を魅了しているベイルートは、シリア人移民労働者にとって希望であり地獄であるといわれる。長い内戦(75年―90年)を経験したベイルートは、内戦で都市機能が完全に破壊された。そして今、建設ブームに沸く海岸沿いは超高層ビルの乱開発が進行中だ。超高層ビル建設の担い手はシリア人移民・難民労働者たちだ。彼らは自国の内戦(2011年3月~今も内戦状態)によってベイルートと同じようにすべて破壊され尽くして、難民となって海外に逃れた。そして、今奴隷的待遇の労働者としてベイルートの超高層ビル建設の担い手となっている。
シリア人たちは基本的人権すら保障されない労働環境で働いている。建設現場と住む地下はひとつの穴で繋がっている。ビルはベイルートの美しい街並みと真っ青な地中海を望んでいる。しかし、労働者にとって美しい街並みや真っ青な地中海は無縁なのだ。彼らの一人が「壁紙みたいな物」と言った。労働者たちは毎日蟻のようにその穴を出て、剥(む)き出しのエレベーターで高層ビルの屋上へ上り、セメントを運び、カッターでブロックを切り、ドリルで壁を砕いている。巨大な牢獄で暮らしているシリア人労働者たちは、祖国から亡命し異国でアイデンティティを探し求める旅路にいるのだ。
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燃えるような夕日がベイルートの海に沈んでゆく。渋滞の車のヘッドライトが揺れる、美しい夜景が労働者たちにも一日の終わりを知らせるが、彼らはいつもの穴を通り地下へ帰ってゆく。ビルには “午後7時以降、シリア人労働者は外出禁止” と書かれた大きな横断幕が張られている。

<夜>
 夜、地下は雨漏れで水浸しのところに電球の明かりが水に反射している。労働者たちはテレビを見ている。レバノン国境で追い返されるシリア人の映像、空襲で破壊されたアレッポの市街、シリア人難民への差別やダマスカスで政府軍によって使用されたとする毒ガス兵器で苦しむ少女について報じている。
 カメラは労働者の瞳にクローズアップする。(瞳の中がレンズのようになっていて)祖国が空爆されている映像を男たちは瞬きもせず見つめる。無言の男たちの虚無的な眼を映してゆく。空爆の轟音が途絶えることなく鳴り響く。

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<男の記憶=空爆>
空爆の轟音とドリルの轟音が夢の中で炸裂する。空爆で破壊され家の中で夢を見ていたのか?“立ち上がれ息子よ!どこかで呼ぶ声が聞こえる。僕はドリルの轟音で意識を取り戻した。しかし、身体を起すことが出来ない。体は瓦礫の中で埋まっていた。遠くから呼ぶ声が聞こえる。皆が一日中ドリルで瓦礫を削り僕を救出した。口の中は瓦礫で一杯だ。セメントの味が僕の心を蝕(むしば)んだ。

<朝>
内戦が終わったベイルートの人々は、朝工事の音で目を覚ます。労働者たちはヘルメットをかぶり、いつもの穴を登りエレベーターに乗り込む。12時間地下で暮らし、12時間地上で働く。彼らの上にベイルートがのしかかり労働者たちを支配している。

<男性のモノローグ>
父がベイルートから戻ってきた。僕は駆け寄ると父の手を握り抱きついた。抱きついた父はセメントの匂いがした。旅する人の匂いだと思った。父はシリアに私たちの家を建てた。セメントの匂いはずっと消えなかった。匂いが消える、父もまたいなくなった。

<サウンド(音響)>
これはドキュメンタリーだ。だが、このドキュメントでは映像とサウンド(音響)が主体である。昼間は建築現場の轟音。高層ビルでの労働者の労働と建築の轟音。夜は労働者たちが見るテレビやスマホでの空爆の轟音。建築現場の轟音と空爆の轟音とを交互にカットバックさせてゆく。瓦礫を踏みつけながら進む戦車の音。爆撃音とハンマーでコンクリートを叩く音。建設現場と戦場場面の境界線を取り払い、二つの現場のイメージとサウンドを積み重ねてゆく。
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<夜>
ビルの地下、水溜まりに反映される鏡のような映像では、階段を上がる労働者の姿が地下に下りて行くように映った。水溜まりはまるで世界の二面性を映し出しているかのようだ。
天国と地獄の二面性か。
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<男性のモノクローク>
内戦が始まり、悲報が続き、死が日常の出来事となり、次々と家が破壊された。ボロボロになって家に戻ると僕はキッチンに直行した。母はテーブルに頭を載せて眠っている。母の横に立つと大海が広がった。僕は海と空を見つめた。絵には歳月の跡が見てとれた。15年以上も経つ。初めてこの絵を見たときのことを思い出す。
<男性のモノクローク>
レバノン内戦が終わって、ベイルートでは復興ブーム・高層ビルラッシュだ!その労働の担い手としてシリア人移民難民労働者が使われている。シリア人労働者が隣国に逃げて奴隷のように使われて建設を担っている。その時、シリアの家々は空爆破壊されて壊滅になっている。レバノン内戦でも地下室は空爆破壊されたのだ。レバノンではセメントは水と混ぜられて建築資材となる。シリアでは空爆後に家屋が倒壊後セメントは粉塵となって空を舞う。この戦車と、戦車のような建設機械の対比。戦争と建設とは表裏一体ではないか!これはシリアだけじゃなく世界のどこでも起こりうる状況ではないか。
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<男の記憶>
 内戦が始まり、悲報が続き、空爆で次々と落ちた。死が日常になった。僕はボロボロになって家に戻った。キッチンにあの絵が張ってあった。15年も経つと歳月の跡を感じる。


 この海に飛び込んで二度と戻りたくないのだ。内戦へも廃墟にも。

 手を伸ばし海に触れると波がうねり始めた。ヤシが揺れ、僕は叩きつけられた。

―――――国外で働く全ての労働者に捧ぐ

 中東での出来事、戦争あいつぐ戦争。大量の移民・難民。自国で生きられなくて、國を捨てて生きられるところを探しての旅路。僕は眺めているだけだlった。
 
 このドキュメントを作ったシリア人アーティストたちに敬意を表します。只ならぬ才能を感じます。



  1. 2019/04/16(火) 16:08:42|
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 『2019年映画』「こどもしょくどう」(監督、日向寺太郎。脚本足立紳。)4/7

大きい文字>『2019年映画』「こどもしょくどう」(監督、日向寺太郎。脚本、足立紳。

DSC_2829.JPGこどもしょくどう➂

「子ども食堂」というと、NPO法人などが営む、家庭で食事がとれない子どもに食事を提供する場をさす。この映画ではそうではなく、食堂をやっている家の子が、いじめにあっている子に、次に、家庭崩壊して放置された姉妹を家に連れてきて食事をさせる話である。主人公はあくまで子ども、食堂の子の視点に立って、彼に見えた現実を描いてゆく。

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ユウトは食堂を営む両親と妹と健やかに生活していた。ユウトの幼馴染のタカシは、育児放棄の母子家庭で、母親は僅かな食費を置いて、家には時々しか帰らなかった。タカシは母子家庭が原因のイジメにあっていた。そんなタカシを心配して、ユウトの両親は夕飯を食べさせるのであった。
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或る日、ユウトと妹とタカシは河岸で車中生活している姉妹に出合う。ボロボロの軽ワゴン車で父親が居たり居なかったりで、姉妹はどうやってご飯を食べているのだろうか?ユウトはコンビニで姉がお菓子を盗もうとする時、彼女と目が合う。その後捕まったらしいことを知る。姉妹に関心を持ったユウトは、家に連れていって母親に食事を出して欲しいと言う。久しぶりの夕飯に妹のヒカルは喜ぶが、姉のミチルはどことなく他人を受けつけない様子である。

姉妹の車を高校生のグループが遊び道具に使って、車をめちゃめちゃにしてしまう。ただ見ているだけの姉妹とユウトとタカシ、見ていて逃げ出す父親らしき人。

また、映画の途中でタカシがクラブ(野球部)の蓮中に何度もイジメにあう。助けることも出来ず、見ているだけのユウト。

劇中ユウトが両親に向かって「僕に(タカシの)面倒を見てやれ!というだけで何もしてくれなかったじゃないか!」というシーンがあった。ここに作品のテーマがある。両親もユウトの友だちや捨てられた姉妹をどうするかを巡って言い合っている。心配するけれども具体的に何もできない。タカシがイジメられているのを何度も見てきたが、ユウトは救えなかった。姉妹を救いたいが何もできない。この状況を突破する行動が姉妹を連れての、姉妹の母親がいるという、海辺のホテルへの脱出旅行なのだ、、、

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親がやっている食堂で、子供無料の看板が張ってあり、何人かの子どもが食べている。

原作、足立紳。監督、日向寺太郎。
出演、ユウト(藤本哉汰)ミチル(鈴木梨央)母親(常盤貴子)父親(吉岡秀隆)
  1. 2019/04/07(日) 18:48:21|
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