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私の見た映画・美術・

映画・美術・イタリア旅行の紀行文の紹介です。

『日記』「2020年8月14日」


『日記』 2020年8月14日 美術家 Yさんへ

育鵬社の歴史教科書の不採択は久しぶりに爽快な気分に浸りました。横浜在住の孫が中学一年生で、入学と同時に育鵬社を使わずにすむので喝采をあげています。「日本会議」主導の育鵬社の教科書から、他の出版社に変える動きは全国的にあったようです。

コロナパンデミックは簡単なものではありませんね。昨年発症した当時甘く見ていました。人類はどうやって対処するか? ウイルス感染は今までの価値観と真逆の体系との対決なのです。愛し合う/友情/出会う/人間が手を結ぶことの否定ですね。ー反対に、孤独/閉じこもる/ 今まで「善」とした概念が否定されたのです。コロナ後の世界をどう描くか?無策な政府。専門家はどうか? 今まで築いてきた人類の叡智が問われているのですね。
Y 様

ジュリアンの夢
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  1. 2020/08/14(金) 11:33:03|
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『日記』 「ある友人への手紙」 2020年5月

『日記』 「ある友人への手紙」DSC_3373_202004251435550ad.jpg


市民連合がまだ息吹きを保っていた頃、朝日の右傾化に対する批判が起こり、朝日も紙面の活気が衰えた。長年の購読を辞めて東京新聞に乗り換えた。その結果、我が政治面の不完全燃焼が収まった。だが、高邁な論調・文化評論の不満を感じている。(そんな高邁な論調など何処にあったのだろうか?、、、とも思うが。)

去る日、NHKのETV特集「7人の探究者たち」を録画して見た。宮城県気仙沼の小さな小学校、7人の子どもたちの話しである。子どもたちが円になって話し合いをする、P4Cピーフォーシー(子ども哲学)の教育実践のことであった。対話によって議論を闘わせて考えを深めるという、懐かしい教育の現場のドキュメンタリーであった。彼らは小5の時からP4Cを始めた。小6の冬にコロナ感染による全国一斉休校にぶっかった。カメラは休校を聞き、子どもたちのどよめき、困惑をキャッチしている。涙を流して大人たちに抗議する子どもたち。皆学校が好きなのだ。この春卒業、中学に進む。冬になってコロナ感染避難のため、授業が中断!登校禁止、揺れに揺れる。卒業式は行われるのか!
実は孫のT君が同じ小6で、無残な登校禁止・自宅自粛にあっている。日本全国の、小6の子どもたちにどのような心の傷を与えたか、7人の子どもたちの行末に、我が孫を重ねて映像を見ていた。

7人の中に「・・ゴン」と呼ばれた活発な女子、会議のリーダーとしての活躍は見事だった。彼女の好きな曲「アトラクトライト」の歌の歌詞のように、若鮎のように目覚ましく成長する姿が画面一杯に溢れていた。

♪ 「アトラクトライト」(抜粋)
未だ青くて つたない   弱くて 足りない
小さくて弱くて どうしょうもない 
知りたかったんだ 
成功と失敗 〇と×の 境界線を引くとしたら どこだろう
大人と子どもの 境界線を引くとしたら  どこだろう

横一列で スタートを切った あの日の僕らは もういない
君の行く場所に 僕の行く場所に  それぞれ必要ないから
いくつもの挫折を越えて   いくつもの冬を越えて(略)

(孫もこの歌が好きになった。10代の 感性の表現なのだろうか。子どもとも大人とも云えない感性の微妙な時期。思っていることを表現し難い時期。しかし、磨けば輝いてゆく大切な時なんだなあ、と思う。
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

コロナ感染で、学校休業が続いている。今や日本の教育は崩壊である。本年の1月頃から全国一斉休校、自宅自粛に追いやられた。PCなどの教育機器が未普及の小中学校は、学力の壊滅に追われた。家から出るな!では子どもは何をするのか!「ほったらかし」である。
学校は学年・学級に分かれて編成される。子どもたちはそこで友だちを作り、遊び、学ぶ。その基本的なことを、今回改めて感じた。家で無為に過ごす子どもたちを見て、大変な事になったと思った。

宮城のP4Cは優れた教育実践である。こういう「核」みたいなものがあれば、子どもたちはつながれる。教師の実践が問われている。

一家に一台のパソコンがあれば、映像と音響を通して授業が可能だ。小学生にパソコンを!教育の再生を!

だが、一番心配していることは、子どもたちの心の中のことだ。壊れていないだろうか?コロナ感染が心の傷を与えていないかということだ。

2020年 5月


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  1. 2020/05/06(水) 11:08:02|
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『日記』 学校休業  1        4/28     

『日記』「7人の探究者たち」を巡って 4/28 火  


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「7人の探究者たち」は小学6年生(現中一)が主役である。新聞のテレビ欄で「ETV特集 卒業直前小学6年の学級で何が『7人の探究者たち』(4月18日、午後11時~0時)を目にし、録画して翌日見た。地味なドキュメントだが良かった。
 孫のT君が同じ小学6年、小学卒業・中学入学を目前にして、コロナ・ウイルス感染のために長期の学校休業にさらされている。学校や学習塾を長期休業して、自宅自粛は初めての経験で暗澹たる思いだ。自宅自粛!ああコロナ・ウイルス!コロナのために映画館、博物館もすべて休館。友だちとの交友も自粛。学校へも塾も行かないで自宅待機という措置!しかも一地方だけではなく、日本を越えて地球全体の問題だ。全世界の問題だ。
 しかも、文科省が全国一斉休校を打ち出した当初、PCなど考えられなかった。教育手段が「人対人」「紙・鉛筆」しか考えつかない状況だ。全国的に混迷が続いた。今でも続いている。日本はPCなどのデジタル機械を使った情報・通信技術に弱いと言われている。この事は学校・会社にとって致命的なことだ。今、自宅において学習・企業的労働をPCによってできなければならない。
 学校も会社も塾も20年度に入って混迷した。混迷は今も続いている。

  児童・生徒たちにとって学校が学習の場面でなく、学級というホームが否定された。クラブ活動も閉会であり学友も冷えた関係になった。これは大変なことだ。学校が無くなるということは、経験してみなければ分らないほどの、困難なことを子どもたちに負わせているのだ。「7人の探究者たち」では当事者7人の率直な反応が画面に掴まれていた。「6年生を送る会」の時、校長先生が「決まりました。確定しました。明日から休校です、その後春休みに入ります。」その時の6年生の子どもたちに広がる動揺、不安。顔をのぜけて拒否を表す児童、「大人の意見だけで決めてはいけないと思います。」子どもたちは泣いている。悲痛な叫びは教室に戻ってからも続いた。(孫は同感だといった。)孫たちは何か大変な事件に遭遇しているかのように感じる。              (4/28 火)
  1. 2020/04/28(火) 16:15:53|
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ETV特集「7人の探究者たち」 4月20日

ETV特集「7人の探究者たち」4月18日(土)午後11時~①
全国に先駆けて、対話を通じて子供が考える力を育(はぐく)む授業P4C(ピーフォーシー)の実践を行ってきた、気仙沼市の小さな小学校。P4Cとは(子ども哲学)の略で、東日本大震災をきっかけにこの活動が学校現場で始まった。グループ毎に円く囲んでテーマ毎に話し合ってゆく。P4C活動で子どもたちは目覚ましい発展を遂げた。
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気仙沼の小さな小学校では5年生の頃からP4Cに取り組んだ。
―――――――――――――――――――――――――――――
<2月27日>  コロナ感染のため全国一斉休校 (政府の要請)
彼らが6年生になった時、7人は卒業直前に新型ウィルスによる臨時休校に揺れた。子どもたちは現状をどう捉えたか?子ども独自の視点で捉え、言葉にしてゆく。――彼らは学校が無くなった日々に何を考えたか。政府の突然の「休校要請」!コロナ感染のために、残りの授業を止めて、学校は臨時休業。卒業式はどうなる?全国の小中校は揺れに揺れた。

<6年生を送る会>
会が終わり、校長のスピーチ。「確定しました。決まりました。」座って校長を見ていた6年生たちがどよめく。校長「今日で学校は最期になります」!!6年生の騒めく声!          ②
呟(つぶや)く声が聞こえる。顔をのぜける子ども。子どもたち納得しない!「えっ、もう卒業なの?」「大人の意見だけに頼るのはいけないと思います」「子どもの意見も言いたいです」6年生、泣いている。
校長のスピーチが続く。
「春休みまでお休みです。春休みが続きます。でも卒業式も終業式もやりたいです。考えていきたいと思います。
今日もあたたかい会だったので、皆でパブリカを踊りませんか。
心のこもった、皆が一つになった踊りを踊りたいです。
パブリカを踊り出す。
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2月27日    <6年生の教室>
「残されたわずかな時間」7人は対話を始めた。
「A女」 「今のぼくは何でもないのかな。でもどこかで見せつけたい。ぼくたちも考えていることを。吐き出したい」
「卒業式は絶対にやりたい。差別があります。子どもも意見を言いたいです。」
「きよは」 「なぜ子どもの意見は聞いてもらえないのか?」
「まる」 「義務教育の途中だし、考えがまとまらないから取り入れられない。」                 ③
「たかひろ」「社会的に子どもは認められていないと思います。」
「まる」 「何時から大人なんですか?」「20歳から」
「あい」「何才ではなくて、いろいろな経験をしてから大人になる。
   子どもの時、こういう経験をしていれば子どもの気持ちは分かるけど、大人になってこういう経験をしたら、自分のことだけ考えて、子どものことは考えないと思う。
「まる」 「今、自分たちが『子どもの立場を考えて』と言っているけれど、大人にしたら『大人の立場を考えろ』というと思う。
   ぼくは絶対に大人になりたく無い。大人って嫌な人と思って
   いるから。
「たっくん」 「なりたくなくっても、大人になるのだから、相手の立場を考える大人になりたい」
「たかひろ」 「いらつきと悲しみ」(臨時休校に対して)この気持ちをどうする。もうおさえられない。子どもの意見を聞かずに決めてしまっていいもんですか?
                        ④
――――――――――――――――――――――――――――
【ETV特集】 タイトル「7人の小さき探究者」
       ―-変わりゆく世界の真ん中で―

12月11日、(卒業予定日まで「100日」。)
6年生の教室。担任(女)と7人の児童、“対話の授業。
*(P4C(ピーフォーシー)子どものための哲学)
(担任)考えてもらったことをいつも通りに、書いて話し合いします。皆のどういうことを話し合いしたいかを黒板に書いてもらいます。
「戦争を無くすためにはどうすればよいだろうか」
「戦争を未来に伝えるためにはどうしたらよいでしょう」
(自分の中で感じた“なぜ”を出す)
みんなが出したテーマを採決で選ぶ。円く囲んで話し合い。
*(「P4C」 のルール)
* 大切なことは「友達を傷つけることは言わない。」
*  ボールを持つ人だけが話せる。
* 話せない時はパス出来る。
(P4Cは画期的な教育実践としてこの地方では、50を越える団体に広まっている。)                    ⑤

<担任>7人が選んだ「人々が望んでいる平和とはどんなものか?」
「まる」 たかひろさんは今の世界は平和だと思いますか?
「たかひろ」 平和だと思っている。理由は、まあ無事に暮らしている。大きな喧嘩を国がやっていない。たくさんの人が傷ついたり、学校に行けなかったり普通に暮らせなかったりするのが平和じゃないと思います。
「まや」 国と国の争いだけじゃなくて、国の中で争いがあるのが平和じゃないと思いました。
<担任> 戦争で失われる大切なものとはどんなものがあるのかな。
「たかひろ」 ぼくは家や家族の人だと思います。家が無くなったり暮らせる場所が無くなったり家族が無くなったりすると、ひとりぼっちになって悲しい思いをするからです。 
「まる」  思いでとか自分のいい心が無くなってしまう。理由は今まであった思い出が無くなってしまう。嫌な思い出で自分の心消し潰されると思ったから。
「担任」  平和になるために、みんなが出来ることってあるのかな。
「まる」  石碑のように戦争があったことを子孫たちに伝えたらよいと思う。理由、石碑があったら原因がわかるから。 ⑥
   人のいいところを積極的に見つけてゆくことが大事だと思う。嫌になった時にその国のいいところを見つけて仲良くできると思う。
「まる」<まとめ>
   戦争が悪いものだと子どもだってわかっているのに金と欲に負けて世界は醜いものだと感じた。いつもの暮らしが一瞬で無くなってしまうという清原さんやアリさんの考えは凄いことになると感じました。


<反省会>
<担任、岡本先生> 子どもたちが家族のこととか、実生活に話を落として言っていたので、びっくりしました。
<宮城教育大学・庄子教授 子どもが育っていると思った。まるさんの質問、凄いよ!先生が使いたくなるような掘り下げの問だよ。鳥肌が立った!議論を自分たちで掘り下げてゆく。生きる力になる。そういう人を育てるのが私たちの仕事だ。正解なんてわかんないのだから、環境、戦争、正解があったら世の中騒いでいないのだから。         ⑦
<宮城教育大学>  なぜ、P4Cを始めたか?
   東日本大震災の写真――子どもたちは傷をおおっているだろうなあー何とかしなきゃーと考えていた。ハワイから来た先生が持ってきた。その時の子どもたちの表情が楽しそうで、忘れられなくて、これって何だったのか?、、、安心感、ここだったら僕の話を聞いてくれるかな。
   東日本大震災をきっかけに宮城に導入された、人から話を聞くとこと、なるほどそういう見方があったのか。心の内を語り合おう、、、安心できる場所作りがスタートした。自分の総てを語り合える、セフィーティーな場、子どもたちの学びの場を大きく変えてゆくだろう。現在50以上の公立小中学校でP4Cが取り入れられている。


 <3・11 津波の教えの石碑>
「たっくん」
3歳の時に東日本大震災に出会った。家があった場所は15mの防潮
堤で囲まれていて、それを見ながら育った。「防潮堤を作るより橋を
高くして欲しい。津波は毎回前より高くなってゆくのであれが乗り
越えられてもおかしくない。           ⑧
たっくんは家ではグーグルをよく使う。「人生一番楽しいこと」や「人はなぜ生きるのか」などを調べている。「正解はあるの?」と聞くと、「自分にとっての正解はある」という。
最近はユーチューブで音楽を聴くことが多い。調べるのがめんどくさくなった。調べる気持ちが無くなっている。学校がないから思いつかないのかな。最近はどんなことを考えているの?学校をずっと待つている感じ。早く学校に行きたい。みんなと話したい!
「まや」 

<卒業に向かって>
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 7人は幼稚園時代からずっと一緒だった。幼稚園から一緒だった7人。相手が何を考えているか分かってきて、互いに尊重するようになった。P4Cでの話したテーマ。
*「役割を果たすために必要なものとは何だ」
*「夢がかなったら次にあるのは何だろう」        ⑨
*「人を信じるとはどういうことか」

「まるちゃん」に質問
 何で性別が決まっているのか。何で化粧なんかするのか。自分の中で答えが出来ないから、もし分かっている人がいたら、聞いてヒントにしたいな。
 対話の時、みんな真剣だよね。まるちゃんにとって楽しい?
楽しいよ。みんな本当はこう思っているのが分かって面白い。


まるちゃんは「アトラクトライト」という音楽が好きで聞いていた。
まるちゃんの感性を歌っているかのようだ。

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>♪ 「アトラクトライト」

まだ 青くて つたない 脆くて 足りない 
小さくて 弱くて どうしょうもない
ぼくだ 知りたかったんだ 
成功と失敗 〇と×の
境界線を引くとしたら どこだろう
それじゃ ×が〇になって
失敗を乗り越えたとしたら
それを何と呼ぶんだい
いつか名前をつけよう

夢はかなわない  願いは届かない
だから歩くのを 止めてしまうのか

努力は報われない 誰も認めてくれない

だから走るのを止めてしまうのか
止まってしまうのか
止めてしまいたい理由なら 10も100も1000もあった
でも その全てがちっぽけに見える一つがあったんだ

逃げ出すための言葉なら飽きるほど浮かんだ
でもそれを零さないだけの輝きがあった

知りたかったんだ 明日と今日の
大人と子どもの境界線を引くとしたら どこだろう
大人になったらあれになりたいって
みんな言うんだけれど

じゃあ 何にもなれないんだろうか
今日の 僕は
三年前 誰かが 夕空に投げた言い訳は
もう 忘れた 必要のない言葉だ  言い訳は
いつか 口ずさむ  歌にでもしよう

道標なんてない 誰れも 教えてくれない
だから 足跡は交わったんだ 出会えたんだ
壊してしまいたい夜なら 10も100も1000もあったんだ
でも その全てを飛び越える羽を持っていたんだ

あの日始まった物語は どこに向かうんだろうか
明日からの僕に課す宿題が増えたみたいだ

横一列でスタートを切った あの日の僕らは もういない
君の行く場所に 僕の行く場所に
それぞれは 必要ないから
いくつもの挫折を越えて いくつもの冬を越えて
花が開くように 青い宝石が輝くように

だって見つけたんだ 眩しくって仕方ないんだ
その 光の正体は
辞めてしまいたい理由なら 10も100も1000もあったんだ
でもその全てが ちっぽけに見えたの

夢はかなわない 願いはとどかない

知りたかったんだ 明日と今日の           ⑩ 
大人と子どもの  境界線をひく
そしたらどこだろう

横一列でスタートを切った
あの日の僕らはもういない
君の行く場所に 僕の行く場所に
それぞれ必要ないから
いくつもの挫折を越えて いくつもの冬を越えて

花が開くように  青い宝石が輝くように
だって見つけたんだ  眩しくて仕方がないんだ
その光の正体は
辞めてしまいたい理由なら10も100も1000もあった
でもその全てがちっぽけに見えたの
あの日始まった物語が 向かう先で
僕らの見つけた光を合わせて 答えあわせをしよう
答え合わせをしょう
思い描く たった一つの 青く光る一瞬の輝きを

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<卒業に向かって>
「まや」 みんなで考えることは大切だ。
「あいり」コロナウイルスでガラっと世界が変わりそうな気がする。
「きょは」みんな大変なのに、お金目的でマスク売ったりするの考えられないです。困っていたら助けるべきです。   ⑪f
「たかひろ」コロナのせいで家の中が落ち着かないです。
「てんせい」この状況になって考えたことは、悲しい思いとか寂しい思いがあります。臨時休校にそこまでする意味はあるのかなと思いました。丸ゴンだったら何でその問いを立てたかと聞いてきそうです。
「丸ゴン」ゲームは息抜きだから、そんなに楽しくない。明日もこれなのか?希望もないし、辛さもない。何も感じなくなっている。恐さも辛さもうれしさもない。感情がマヒしている感じ。つらいですね。マヒして感じないまま大人になるのはどうですか?それは形だけの大人であって本当の大人ではない。前に
   あいちゃんが言っていた大人は経験を積んだら大人になる。
   経験を積んで学ぶことが子どもより詰っているのが大人だ。
 
  形だけの大人は、子どもの心のまま見た目だけの大人になった人。 
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 3月某日  卒業式 を迎えた。
  女子は綺麗な着物姿、男子はスゥーツ、皆正装である。
 気仙沼から世界に羽ばたいてゆく


  1. 2020/04/25(土) 15:32:44|
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『巡礼の約束』(チベット映画。監督ソンタルジャ、主演ヨンジョンジャ。ニマソン) 2/22

『2020年映画』「巡礼の約束」(チベット映画。監督ソンタルジャ。
       製作ヨンジョンジャ。歌唱ワンモ 2/22
       夫ロルジェ(ヨンジョンジャ)妻ウマ(ニマソン)
       息子ノルウ(スィチョクジャ)ダンダル(ジンバ)

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チベット仏教の聖地ラサへの巡礼が有名である。広大なチベット文化圏――緑豊かな田園から荒涼たる山岳地帯を舞台に人間ドラマを展開させてきたのがチベット映画である。ソンタルジャ監督「巡礼の約束」は夫婦や親子の物語である。それも心の内側を独特の映像で描いている。
チベット文化では、「鳥葬」という死者を鳥に食わせて弔うというギョとする儀式がある。死者は来者へ身を捧げて(鳥に身を喰わせる)生物の生と死の天地循環に加わることでわが身の来世を託す。思考としては分かるが、身は竦んでしまう。

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又、聖地ラサへの巡礼で、「五体投地」という五体(両手・両膝・額)を投げ伏して大地に祈り、長い時間を掛けて行うことが最高の巡礼であるとされる。五体投地は苦行である。わが五体を大地に投げ出して全霊をかけて祈るのだ。前途途方もない業を、巡礼者は誰の為に祈るのか?愛する亡き人か?亡き我が子?または、我が為か?
いずれにしましても、死に対して根源的な洞察を経ての行いであり、ラサへの巡礼は死者を背負った途方もない旅である。チベット仏教は死者共にある。
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前夫と死別して再婚した女ウォマ。前夫との間に一人息子ノルウがいる。ノルウは、自分を祖父母に預けたままの母にわだかまりを感じ、部屋に引きこもって出てこない。又,義夫ロルジェに対しても心を開かない。ウォマは病気に罹っているが医師からあることを告げられた。夫のロルジェにどこも悪くはなかったと言うが、突然、「五体投地でラサへ巡礼に行く」と決心を告げる。
半年以上もかかる巡礼に、反対していたロルジェは、ウォマの固い決意が自己の病苦にあるとわかり、渋々ラサ巡礼を受け入れた。
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物語はウォマの巡礼から始まる。題名の「約束」は現代人のいい加減なそれと異なって、ウォマにとって亡き夫との絆としての「約束」であることが、現夫ロルジェの嫉妬を巻き起こす。だが、死病を抱えたウォマにとって、果たさなければならないことなのだ。或いは死病を抱えた彼女だからラサ巡礼、それも五体投地での苦行が必要なのだ。ウォマの心の底には何があるのか?病と闘うことなのか?運命を受け入れる為なのか?「約束を果たす」ことはどういう意味なのか?
息子ノルウ.スィチョクジャ

母に会いたいと息子ノルウが来て、「一緒にラサまで行きたい」と頑固に言い張る。父のロルジェは仕方なく、三人で巡礼の旅に出る。母ウォマは自分に会いたいと言ってきた息子のノルウを抱きしめる。だがノルウは義父とは打ち解けない。ぎこちない一家の巡礼が行く。母親の五体投地、それを見守る夫と子ども。チベット高原東端のギャロンと言う豊かな田園地帯を巡礼者は行く。

旅の途中、ウォマの病が進んで、死ぬ際に巡礼の理由を言う。それは亡き夫との約束だった。複雑な思いで聞くロルジェ。ウォマの死の象徴かのように、お産で死んだロバの死骸と、残された仔ロバ。仔ロバは彼らについてくる。ウォマが亡くなってロルジェとノルウの関係が微妙になった。巡礼の意味が変わった。亡きウォマへの巡礼になった。五体投地をロルジェがやることになった。それを見ていたノルウの態度が変わってゆく。

荒地の中の聖地ラサを目指して、仔ロバと二人の巡礼者が行く。
果たしてこの一行はウォマをラサに弔うことが出来るだろうか?父と子は和解することが出来るだろうか?

ラサDSC_3235
 
  1. 2020/02/22(土) 11:39:38|
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